ひとつの恋 ☆ 5

自転車泥棒




冬の海は寒々しく、されど深く温かい。



揺れた柊や松の常緑樹の向こうに、灰色がかった藍色の海原へと続く地平線。


10年後に、いや5年後でもいい

またここで会おうとあなたと約束をした



あの海に還りたい。




五限目は野外で実習だった。


果樹の時間、私が四つ葉のクローバーが欲しいと言えば広大な果樹園の雑草の中から探しだしてくれる。

決して探している風には見せず必死さも感じさせず自然体でマイペース、それがあなただった。


今更何て呼べばいいのだろう。


クラスの女子に鳴海くんがゴマあざらしに似てると言われ、ふざけて" ゴマちゃん "と呼ばれていた。

きっと眉毛の形が笑うと余計に下がって、そこを無理矢理" ゴマちゃん "にこじつけられたんだと思う。


彼氏なってもやっぱり私には『 鳴海くん 』が自然だったので、そう呼ぶことにしていた。





鳴海くんは西から三つ東へと電車通学をしていた。

あなたの家は、流れの緩やかなキラキラとした川のすぐ側にある集落だった。

私の故郷の河とあなたの住む川が繋がっていたと知った時、それはちょっとした感動だった。


放課後、私のカマキリのような形の自転車
" カマチャリ " の出番だった。

鳴海くんが自転車を漕ぎ私がステップをまたいであなたの肩を持ち立つと、荷台がなくても二人乗りが出来る。

私達はまるで一つになったかのような錯覚で、二人乗りして鳴海くんを駅まで見送る。

駅へと群れをなし一筋の方向へと導かれていく先輩や同級生達を横目に、二人乗りで追い抜いていく。

擦れ違い様誰かに「 鳴海の女や。 」と言われた時感じたことのない不思議な気持ちに包まれ、何とも言えない感覚に(さいな)まれた。


私は初めて、誰かのモノになったんだ。



駅に着いてもすぐにまたねとは言えず、名残惜しくてまだ帰りたくないと私は言う。

あなたも同じ気持ちだったのか、それとも優しさで付き合ってくれたのだろうか。

まるで追いかけっこの延長線上に、探険気分で駅近くの雑居ビルに入っていく。

そのビルは5、6階建てでスナックや飲み屋の店舗がそれぞれの階にあった。

ビルの一番上まで掛け上がると、そこには何にもない真っ白な屋上が広がっていた。

まるで、ラプンッエルの塔のようにそびえ立ち
そこは誰も知らない私達の秘密の場所になった。

少しでも時を共に過ごしあなたを感じていたい
とにかくずっと傍に居たかった。

一分でも一秒でも、笑顔でも澄ました顔でも
あなたをただ独り占めしていたかった。


まだ高校生の現実味のない無邪気な夢を語り合いながら、二人で一つの同じ夢を見る。

結婚して子どもが出来たら何て名前にしようか
男の子がいいか?女の子だったら?

そして大きな家を建ててくれると、偽りのない穏やかな目をしてあなたはそう言った。

そんな実感のない遠い未来を想像し言葉にするとそれは叶うかもしれないと、おまじないをかけるかのように唱えていた。



その屋上の世界はたった二人、互いしか見えていなかった。

繋いだ手をあなたが自分のポケットの中に入れて、優しく心をも暖めてくれる。

冷たい風に吹かれると一つに繋がり、寒さを分かちあい抱きしめ合った。

硬い学ランの下に潜むあなたの柔らかい想いを知り、骨の髄まで好きだと感じる。



時が過ぎるのも忘れふと空を見上げると、いつの間にか濃紺から薄くブルーがかった白んだ空が広がっていた。

西の先には沈みかけた暖かいオレンジ色が濃く染まり、落ちていく寸前に輝きを放つ。

オレンジと(あお)、大空の幻想的なグラデーションが美しい色彩で描かれたと思えば、その片隅に一番星がキラリと光る。

そこはまるで、ピンポイントに昼と夜の狭間だった。私達はその狭間で 心を強く揺さぶられていた。



あの夕陽の空に似た空に、私はこの後々


幸せだった日も、辛く悲しく寂しい夜も


あなたに愛されたと実感し励まされ続けてゆく。







十一月の寒い雨の日、雨粒が大きな窓を這うように流れていくのをじっと眺めている。

私はここ暫く一人でバスに乗って通学していた。


一週間前、最寄りの駅に置いていた私の大切なカマチャリは忽然と消え盗まれてしまった。

私はあの自転車が気に入っていた。

あのスッキリした無駄のないフォルムも、濃紺の色も好きだった。

特有の癖も知っているから、例え無くなったとしても簡単には納得出来ずにいた。



私の住む町はバスが1時間に1、2本しか通らない田舎町。朝、その数本しかないバスに乗って高校へと向かう。

窓からはかつめしで有名な喫茶店に古びたパチンコ屋、派手な美容院なんかも見えた。

そして左手には沼のような大きな溜め池が広がっている。

夏には牛蛙がグォーングォーンと独特な声で鳴き、秋には睡蓮の花が咲き浮かぶ。

その溜め池を通り過ぎると緑が生い茂った高校の西門に辿り着く。

西門の向かいには小さな駄菓子屋があって、頼りなさそうなお婆さんが店番をしている。

ゆっくり教室へ行っても、まだみんなが到着するまで時間があった。



誰もいない朝の教室は清々しく澄みきった空気の中ひんやりとしている。

上履きのスリッパの音が、オペラハウスの音響設備に反射してるかのように小刻みに響いていた。



私は前から5番目の窓際の席、机に伏せて座る。


この調子で毎日早起きしているから眠くなってくる、ふあっと欠伸をしながら窓の外に目をやる。


その視線の先に、ゾロゾロと蟻のように皆が登校してくるのが硝子越しに小さく見えてくる。



その中に一際目立った背の高い、馴染めない動きをした人がいる。

何かを抱えているか、引きずるようにしながら学校へと向かう。


さっき来た千尋が驚いて私の肩を叩く



「 あれ、鳴海くんちゃう?なんか持ってない? 」



それは、確かに鳴海くんだった。



窓の外を見たクラスの誰かが



「 鳴海さしおりがチャリなくしてから、毎朝早
よ駅まで出てきて、チャリ探しとったらしい
で。 」




私は何も知らずにいた。




付き合って鳴海くんのこと知る度、予想を軽く越えたあなたの気持ちに驚かされる。


あなたは、私が思っているよりも大きな大きな人だったんだと気付き始めている。



そして小さな不安が芽生える。




教室を飛び出し走って階段を降りていく

鳴海くん、鳴海くんと何度も何度も思う。




あなたは何でもなかったように照れた顔をして
私に自転車を差し出す。



「 前のタイヤはパンクしとったけどな…… 」


長い距離、重い自転車を担いできたから手は赤く、所々油まみれで真っ黒になっていた。



私はまたあなたの奥深さを知り
こころが熱くときめいていた。







あなたは四つ葉のクローバーを私の頬に当てる。


誰もいないその広い果樹園の奥のまた奥に立つ
林檎の木の下で、優しいキスをする。


ほのかに甘酸っぱい匂いと共に、青々しくそれはまろやかに満たされる。


あなたの唾液が私の身体の細胞の中に入っていきDNA へと辿り着くのを


必死と受け止めていた。







5年後、10年後の年末も押し迫る頃の
約束の誕生日。



季節外れの誰もいない荒れた波の片隅に
あなたの後ろ姿がぼんやりと見えている。




私はただあなたの傍にいる勇気がなかった。






もう、23年も経ってしまったけれど
今年こそあの海に、逢いにゆきたいと思う。









#

ひとつの恋 ☆ 5

ひとつの恋 ☆ 5

自転車泥棒

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted