ゾウ親子の愛情

「いたか?」

「仲間とはぐれた母ゾウと子ゾウです。今日も質の良いのが取れそうですぜ。」

マイクがそういうと俺たちはライフルの用意をしてジープを降りた。こっそりと二匹のゾウに近づいていく。
倒木の陰に隠れ様子をうかがう。子ゾウが母ゾウの周りでじゃれ遊んでいる。

「まだ俺たちに気づいてない。いっせいに撃つぞ。」

照準を母ゾウにあわせる。

「撃て」

俺が合図をして、三人同時にライフルの引き金を引いた。

「スパアアアン」

三発の弾丸は母ゾウの体を貫いた。母ゾウが倒れ、動かなくなったのを確認して俺たちは象牙を回収に行った。

象牙はゾウの歯の一部で、これを採取するにはゾウを殺して根元から抜くしかない。もちろんこれはケニア政府が取り締まる違法行為だ。
しかし、政府は政府で自分たちの政治汚職を全く取り締まらない。どっちもどっちだ。

俺とポール、マイクは元は農業をしていたが、今では雇われて象牙狩りをしている。獲れた象牙は上の組織が定期的に買い上げていく。組織がなにをしていて、象牙をどうしているかは、俺たちは知らないし、知る必要もない。

子ゾウはまだ殺された母ゾウの横でウロウロしている。母親が死んだことがまだわからないのだろう。

「フィリップさん、こいつの象牙は取らなくていいんですかい?」

マイクが子ゾウの方を見ている。

「まだ子供だろ。なんでも殺せばいいってもんじゃない。」

「そうだな。まだ牙も小さい、まだ育つだろう。」

ポールも象牙を背負いながらそう言った。

「運が良ければ元の群れのゾウに見つけてもらえるだろ。」

俺たちはジープに戻った。もう日は傾き草原はオレンジ色に光っていた。振り返るとあの子ゾウはまだ母親の周りをウロウロしていた。

* *

星が出てきた。

周りに灯りはないので、星は、頭上にガラスの破片をぶちまけたみたいに見える。

マイクとポールは隣村に住んでいる。隣とは言っても広大なサバンナを挟んで20km以上離れている。俺は二人を村まで送り自分の村までジープを走らせていた。

象牙はいったんポールが家に隠し月に一回組織がまとめて買い上げる。

アカシアやバオバブが後ろに流れていく。

さっさと家に帰ろうと思っていたが無性にタバコを吸いたくなった。ジープをとめて周りにライオンがいない事を確認し、外に出た。

タバコに火をつける。赤いぽちっとした火から一筋の煙がのびる。

なんとなく星空を見上げた。
今更やたらビカビカ光る星に感心することもない。

密猟は金になる。生きていくには困らない。ただ、生きていたいともさほど思えないのだ。
それでも続けるているのはやはり自分も少しは命が惜しいとでも思っているからなのか。

音のしないサバンナの真ん中の赤いぽちっとした火がまだ燃えている。

その時後ろの方で物音がした。

「グオオオオオン、グウウウウウン」

俺は驚いて振り返った。獣だろうか?

ゾウがいた。

10頭以上いる。その時気付いたが、ここは昼間母ゾウを撃った場所だった。

「ゾウの葬式だ。」

ゾウ達が死んだ母ゾウを取り囲んでいる。ゾウ達は1人ずつ鼻で母ゾウをなでていく。
昼間の子ゾウもいた。

俺はタバコの火を消しゾウ達を見ていた。

異様な光景だ。

ゾウの葬式の話は仲間に聞いたことがあったが見るのは初めてだった。ゾウにも仲間を弔う心があるのか。

観察していると、俺はおかしなことに気がついた。よく見ると、母ゾウの体から白いもやのようなものが出ているのだ。

「なんだ、あれは」

白いもやはだんだん体から抜け出し、空中に浮かんでいる。
よく見ると、それはゾウの形だった。

「ゾウの魂なのか?」

ゾウ達はぼんやりと光るそれに向け、鼻を持ち上げた。

母ゾウは今、天に昇ろうとしていた。
俺は何頭ものゾウを殺したが、そいつらがどうなるのかなんて考えたこともなかった。殺したことに対する罪悪感というのはあまりわいてこない。どちらかというと、死んでからこうも穏やかに他のゾウに見送られるのかと安心に近い気持ちを持っている。

子ゾウも鼻を持ち上げていた。母ゾウに別れを告げるのだろうか。

「いや、違う!」

その時俺は気づいてしまった。
子ゾウの体からも白いもやが抜け始めている。母ゾウと子ゾウはしっかりと長い鼻を繋ぎ合っていた。

「子ゾウをいっしょに連れていくつもりか!」

母親は身勝手にも自分の子を共にあの世に連れて行こうとしていた。俺はライフルをひっ摑んだ。

「スパアアアン」

距離があってうまくは狙えない。弾丸は夜の闇に飲み込まれた。
子ゾウのもやはもうすでに半分以上体から抜け出している。

「おい、それが母親のすることかっ。」

二発目の弾をつめる。しかしライフルの調子がおかしい。

「なんでこんな時に弾づまりが、」

俺はライフルを投げ出し、ゾウたちの方へ走り出した。すっかり母親と同じ姿になった子ゾウは母親のもとへ進んでいく。

俺は走った。全力で。
草原の枯れ草に足をとられる。
ゾウの魂はいっそう強く光だし、ゾウの形をとることをやめた。
もう間に合わない。

「待て、待ってくれ。」

言い終わる前に俺は木の根につまづき、倒れた。

母ゾウと子ゾウの魂はものすごいスピードで上昇し始め、そのままギラギラと光る星の間に入り、見えなくなってしまった。

* *

ようやくゾウたちのいたところに着くと、不思議なことにあんなに集まっていたゾウは残らずどこかへ消えていた。
そこには牙を抜かれたゾウと、小さな子供のゾウの死骸が、転がっていた。

ゾウ親子の愛情

ゾウ親子の愛情

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-30

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