森の廃墟の小劇場の
あるところにおじいさんとおばあさんがおりませんでした。父と母もおりませんでした。だれもおらず、子供だけがおりました。
子供は荒野をゆきます。
厳しい大地。飢えと渇き。進みさえすれば粗悪ななにかで腹と喉をごまかせますが、つらさは募るばかりでした。つねに満たされぬ苦しみ、歩みつづける疲れ、だれをも頼れぬ独り。物言わぬ石ころ。
子供は荒野をゆきます。
人骨がありました。ずいぶん昔に死んだのでしょうか、それは肉のひとつも残っていないものでした。子供はその人のために墓をつくりました。
子供は荒野をゆきます。
骨の人から借りた簡素な地図。それにしたがって進みに進み、丘を越え砂を蹴り、地図の示す山へ向かいます。そして、崖から見えた。どこまでもどこまでも大きく、なにかを思いだせそうに全部を忘れ、山に見とれました。
崖を降り穴を抜け、険しい道の果て。雲を腹に纏う、台状の高い高い山の上、ついに大森林へたどりつきました。
奥へ、奥へ、見たことのない、そこへ。
川に沿って、その上流へ、源へ。
頬が空気のながれの変化をとらえると同時に、視界がひらけました。
大森林に抱かれるその広大な場所は、北から南へ流れる大河によって二分されています。西側は雲の海に面する低い土地であり、昨日までだれかが暮らしていたような小さな建物がたくさんたくさん色々にありました。橋を渡ります。東側は栄華を極めた都の中心部だったはずですが、いまはただ風が吹くのみです。ひときわ高い建物の上から見える景色は、ここが大きな森の大きな廃墟だと子供に教えてくれました。
だれもおらず、子供だけがおりました。
子供は世界をゆきました。
だれかを探してどこまでもゆきました。その旅の終わりに森の廃墟へ至りました。なにも見つかりませんでした。
子供は世界をゆきました。
廃墟の外れに小劇場がありました。
おぼつかない足どりの子供は、ここが最後だとおもいました。扉を押すのはちからない腕でした。もう、なにもありませんでした。
そこは埃っぽくなく、静かです。通路を抜けました。
まんなかに丸い舞台があり、そこに身を投げだしました。喉の奥が、指の先が、目の奥が、痛く熱くなりました。地図へ涙が落ちると文字が滲む。文字だけが滲みます。
小劇場の小部屋。地図は、それだけを子供に教えてくれました。
子供はこれが最後だとおもいました。
子供は秘密の階段をみつけました。そして暗闇の梯子をのぼります。
子供はその先を、その蓋をひらきました、胸の高鳴りを感じながら。
子供はまだ知りません。これからもずっと、ひとりであることを。
森の廃墟には小劇場がありました。
森の廃墟の小劇場の