三題噺「レバ刺し」「陰謀」「まがい物」

「思えば短い人生だったな……」
 自宅の隣に作られた倉庫の中、天井から吊るされたロープには頭一つ分通るだけの輪っかができていた。
 半年前、私は裁判に負けて損害賠償という名の借金を背負うことになった。
 私の工場で作った食品を食べて、子どもが事故死したのだ。
 マスコミには散々叩かれた。「有志」と名乗る集団には、私の顔から住所まであらゆる個人情報をインターネットの掲示板に晒された。
 これ以上は無理だ。だから私は自ら死を選ぶことにした。
 ロープの輪っかに頭を入れる。あとは足元の三脚を蹴れば楽になれるはずだ。
 そう考えた途端、膝がガクガクと震えだす。歯はカチカチと音を鳴らし、世界が色を失いチカチカと点滅し始める。
 その時だ。
「○○さん、生きてますかー?」
 一人の男が倉庫の入り口に立っていた。

「単刀直入に言います。この工場、私に売りませんか?」
 その男が提示したのは私の抱える借金以上の金額だった。男曰く、アメリカで経営している鶏肉の卸売業が上手くいっているらしい。
「……私をからかってるんですか?」
 男はきょとんとした顔をすると、慌てて首を振る。
「と、とんでもない! 私はただあなたを救いたいだけですよ」
 男が嘘をついているようには見えない。だが、私は誰も信じられなくなっていた。
 それこそあの死亡事故でさえ、誰かの陰謀だったと疑っている自分がいる。
「そ、それじゃあ……あなたのやってる卸売業を譲ってくださいよ」
 だから、私は条件を出した。
 工場を売るのなら新しい仕事が必要になる。男が儲かっているという仕事をくれるというのなら考えても良いと思えたのだ。
「そんなことで良いんですか? 別に構いませんよ」
 ところが、男は自分の儲かっている仕事をいとも簡単に投げ捨てた。
 どうやら慈善事業が好きな金持ちというのは馬鹿がつくほど気前が良いらしい。
 これで私にもようやく運が向いてきた。
 私はこっそりと笑みを浮かべた。

 それから一ヶ月ほど経って、●●新聞の社会面に小さな記事が載った。
『――警視庁などによると、7日未明、都内の自宅に隣接する倉庫内で、鶏肉卸売会社経営の○○○○社長(54)が首をつっているのを訪ねてきた知人が見つけたという。○○社長の経営する卸売会社は、米国カリフォルニア州で先日施行された、飲食店などでのフォアグラの提供を禁止した州法を受け、大量の負債を抱えたという関係者の話もあり――』
 新聞を読んでいる男は悲しそうに笑っていた。
「まがい物の希望だというのに。さぞかし救いの蜘蛛の糸に見えたんでしょうね」
 男はさらに新聞をめくる。そこには男の買い取った工場のことが書いてあった。
『――今、世間ではレバ刺し風味のこんにゃくが大ヒットしている。7月1日から飲食店で生レバーの提供を法律で禁止されたことをうけ、レバ刺し風味のこんにゃくが急激に売り上げを伸ばしている。売り上げは■■億円とも言われ、空前の疑似レバ刺しブームとなっている――』

三題噺「レバ刺し」「陰謀」「まがい物」

三題噺「レバ刺し」「陰謀」「まがい物」

「思えば短い人生だったな……」 自宅の隣に作られた倉庫の中、天井から吊るされたロープには頭一つ分通るだけの輪っかができていた。 半年前、私は裁判に負けて損害賠償という名の借金を背負うことになった。 私の工場で作った食品を食べて、子どもが事故死したのだ。 マスコミには散々叩かれた。「有志」と名乗る集団には、私の顔から住所まであらゆる個人情報をインターネットの掲示板に晒された。 これ以上は無理だ。だから私は自ら死を選ぶことにした。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-07

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