記憶の宿
その日は、秋と言うのに蒸し暑い日だった。
同僚と二人、得意先回りのセールスで地方の街へ出張。朝から数件こなし、午後の仕事も片付け市街地を走っていたとき、会社から同僚の携帯へ連絡が入った。得意先から急な注文が入り納品しなくてはいけなくなったのだが、僕らを含め五人は出張で地方へ、残りも手が回らず、一番近くいた同僚に至急戻ってもらえないかと言う連絡だった。今日はたまたま荷物が多く二人で回っているが、普段はひとりで回ることの方が多い。この後も一件集金して次の街へ移動するだけ。明日回るところの荷物もそう多くない。件数もひとりで十分な数だ。申し訳なさそうな同僚を駅で降ろして、僕は直ぐに次の街へ向かった。
出張の予定は二日間。明日はここから百キロほど離れた街で得意先を回る。時間的にも今日はその街に着くだけでいい。焦る必要もない。ここから先は市街地もなく、順調に走れば七時半か八時には着くはずだ。道も慣れている。ひとり。ドライブ気分でのんびり走ればいい。
この仕事をはじめて二年になる。慣れない愛想笑いもどうにか板に着いてきた。自分が営業畑でやっていけるとも思わなかった。三十歳を過ぎて、理想と現実との間の壁が、思っていた以上に高いことを知らされた。自分は社会に不適合な人間なのかと悩んだ時期もあったが、歳月は容赦無く過ぎて行った。知り合いの紹介で面接を受けた。人手が足りないということで、すぐに採用が決まった。興味のある仕事でもない。得意な分野でもない。確かに迷いもあったが、とにかく、食べて行くために働くことにした。今はそれ以外のことを考えようとは思わない。会社の要求に応え給料をもらう。言われたとおりに動いていれば何の問題も起こらない。サラリーマンは会社の部品。それ以上でも、それ以下でもない。意思を持つ必要はない。そんな言葉をよく耳にする。
フロントグラスから差し込む光がまだ暑い。時計は四時を少し過ぎたところだった。
市街地を抜け一時間ほど国道を走ると途中道幅が狭くなる。帰宅時間とも重なり少し車の流れが悪くなってきた。同僚を駅まで送るのに少し回り道をしたのもあってか、ここまで来るのに思ったより時間がかかった。目的の街までは二時間ほどの距離だが、この分では少し遅くなりそうだ、止っている時間も多くなってきた。こんな時、窓枠にひじを描け、ぼんやりと考え事をする風景をよくドラマなどで観るが、特に何か考えることがあるわけでもなかった。
少しすると、カーラジオから懐かしい曲が流れてきた。八十年代に流行った曲だ。学生時代、今は死語となってしまった「エアチェック」で好きな曲をカセットテープに撮りためた時代。今ほど音楽のジャンルも多様ではなく、アイドルが世間を熱狂させ、その日その週のトップテンの変動が話題になり、それを知っているかいないかが友達の輪の中に入る大事な要素のひとつでもあった。みな同じ方向を向いていることが何よりの安心、安全の風潮が確固たるものになった。そんな時代。
当時の他愛ない思い出を幾つか思い出した。今となっては微笑ましい思い出だ。もちろん良い思い出ばかりでもないが、その一つ一つの出来事に罪がないのが「思い出」と呼べる要素なのかもしれない。ボリュームを少しだけ上げて口ずさむ。渋滞でなかなか進まない車の列を眺めながら、時間もゆっくり流れている気がしたのは、懐かしいこの曲のせいなのだろうか。
車の列は小さな町に入っていた。直線で町の反対側が見えるのだが、短い距離に信号が多い。一度に数台分しか前へ進まない。次第に街灯りが鮮やかになってゆく。暮れはじめた町の景色の向こうには、茜色から群青色へと変わる空の下に、折り重なるように山々の姿が見える。手前には、雲の鉛色が夕日にて照らされた黄丹色が美しく浮かび上がっていた。商店街のアーケードの下を、友達に手を振りながら走る子供たちが見えた。
日没はこの時期何時ころなのだろうか。時計は六時を迎えるところだった。
やっと渋滞から解放されてコンビニに寄ったころには辺りも暗くなっていた。日も沈んでだいぶ涼しい。しばらく走ると登り坂が多くなってきた、峠に差し掛かった。ほどなくポツリポツリと雨が降り出し、その雨はあっという間に本降りになった。雨粒は結構な勢いでフロントガラスに叩きつける。さっき見た雲は雨雲だったのだ。山間の道は民家もなく街灯も少ない。天候のせいか対向車も少なかった。時折強く吹きつける風に雨が勢いを増し視界も悪い。峠道はカーブも多く、自ずと運転にも緊張する。しばらく時計は見ていないが、走った感じと暗くなってからの時間を考えると、おそらく七時半から八時近くだろう。さっきのコンビニでは缶コーヒーを買っただけだった。何か小バラを満たせるものでも買っておけば良かったと少し後悔した。
慣れた道だが、天候が悪いと距離も長く感じるし気分も沈む。暗い峠道をひとりで運転するのは決して楽しいものではない。ひとりは気楽だが、こういうときは誰か居てくれれば会話で気を紛らわすこともできるし、安心感があるいかもしれない。
この仕事につく前、僕は友人数人とイベント関係の仕事をやっていた、学生時代に知り合った連中だが、卒業後は連絡もなかった。社会人になってしばらくしたころ、あるイベントで再会。打ち上げの席で、思い出話から仕事の話になり、それぞれ得意な分野を活かして一緒にやらないかと、若さと酒の勢いで話がまとまるまであっという間だった。数ヵ月後、小さな事務所を借りて、机や椅子はリサイクルショップをまわって集めた。はじめたばかりのときはほとんど仕事もなかったが、アイデアを搾り出し、みんなで言い合いしながら時間が過ぎて行った。それはそれで充実感があり、漠然としてはいたが、未来への期待感もあった。
でも、いい時期は長く続かなかった。
二年が過ぎたころ、世間の評価も上がり仕事も増えた。やっと起動に乗ったのだが、自分たちのキャパ以上の仕事を請けることも少なくなく、それぞれが自分の仕事に追われ連絡はスタッフを通じて行われるようになっていった。酒を飲むこともなくなり、一ヶ月のうち一度も会わないような月もあった。そうなると、周りからは噂や陰口ばかりが聞こえるようになる。知らぬ間にお互い疑心暗鬼に陥る。たまに顔を合わせたとしても、出てくる言葉は、どこか相手を疑ってかかる雰囲気が見透かされるものだった。三年半が過ぎたころ、立ち上げのときにいたメンバー五人のうち三人がいなくなった、別のところに引き抜かれた者もいれば、理由を言わなかった者もいる。最後まで残っていたのは、僕ともう一人。学生時代、しょちゅうやりあっては一緒に酒を飲み、こいつに負けじと争った奴だが、そんな状況で雰囲気が改善されるわけはなく、尚いっそう気持ちは離れていった。
そして半年後、僕もその会社を去った。言いたいことはたくさんあった。でも、何も言わずに。
今となっては誰が悪いとか、何が間違っていたということではないようなき気もする。何がきっかけなのかと振り返ってみても、そう致命的なこと思いつかない。いや、あったのかも知れないが、それは互いにとっての重要度に違いがあり過ぎて気付かないまま置き去りにされたのはないだろうか。それとも、最初から馬が合わなかったのか。どんなに頑張っても、調和しない色があるよに。
過ぎたことを「たら・れば」で考えても、所詮過ぎたことに違いはない。ただ、そんな状の中、珍しく二人で飲んだ日の夜、彼に言われた言葉が今も頭から離れなかった。
フロントガラスに打ち付ける雨は、あっという間に後方へと流れ去るというのに。
そろそろ峠の頂上に近づくころだろう。幾つかのトンネルを抜け峠の頂上をやっと越えた。下りに入った頃には雨も少し弱くなってきた。長い右カーブを曲がると、左正面の木々の隙間から遠くに目的地の街の灯りが見えた。真っ暗で雨模様の峠道で街の灯りが見えると、けっこう安心感があるものだ。気がつけば、ラジオから聞いたことのない番組が終わりのコメントが聞こえていた、そういえば何時になるのだろうか。コンソールパネルの時計に目をやると、十時を過ぎている。おかしい。いくら何でも、そんなに時間がかかるはずがない。もう一度時計に目をやった。間違いない。十時二十分。山道はさほど変化もなく単調だし、雨の日の運転は景色を見る余裕もなくなる。時が過ぎる感覚も狂うかもしないが、それにしても時間が経ち過ぎている。感覚的にいえば八時前後のはずだ。時計の故障だろうか。あいにく腕時計はしていないし、運転中に携帯を見るわけにもいかない。ほっとしたのもつかの間といった感じになってしまった。ここへきて空腹感も襲ってきた。このまま行けばどんなに急いでも一時間以上はかかる。と言ってもどうしようもない。走ればそのうち着く。少し焦りだした気持ちを抑え、ひとつ大きく深呼吸をした。
下り坂が少し平坦になった。雨はだいぶ弱くなり、フロントガラスに点々と雨粒が着く程度になったが、代わりに霧が出てきた。季節外れの暑さとこの夕立のせいだろう。とくに山は気温差も激しい。視界が悪くなった。フォグランプのスイッチを入れると、路肩のガードレールと標識が暗闇に明るく浮かび上がった。
霧は長く続かなかった。薄くなってきた霧の合間に、尾根越しの街灯りが次第に鮮明になってきた。いつもは夕方に集金や納品で数件回る。この辺りを通るのも明るい時間帯だから景色は違う。この夜景を見るのは始めてかもしれない。時折霧と重なり薄くぼやける街灯りは、少し幻想的でもあった。
緩く大きな右カーブを曲がり、短い橋を渡った所で左手に細い道の入り口が目に入った。この道は何度も通っているが、こんなところに道があったとは気付かなかった。近道なのだろうか。道の入り口を少し越えたところで車を止めた。眼を凝らして見たが暗くてよく見えない。先を急ぎたいところだが、気になって数メートルバックし枝道の入り口まで戻ってみた。枝道らしき道の行き先は、坂を下り街の方へ向かっているように見える。方や本線の国道はここから谷を大きく迂回して右に曲がって行く。一度街から離れる格好になる。近道の可能性は高い。農道の様な感じだが舗装もされている。辺りを見回したが標識はなく、どこへ向かう道なのかはっきりとはしなかった。でも、街までそう距離はないはずだし、方角的には間違っていないはずだ。悪天候の中けっこう長い時間運転したし、正直、一分でも早く到着したい気持ちだった。枝道に入ることに、少し不安はあったが、不思議と迷いは少なかった。
ハンドルを切り、その枝道に入った。緩やかに下る道の正面に街灯りが見える。イケそうだと思った。
だいぶ下って薄霧の向こうに対向車のライトが見えた。やはり車は通っている道なのだ。一つしか点いていないヘッドライトに最初バイクかと思ったのだが、左側のバルブが切れた古いボンネットトラックだった。今時珍しい車だ。あまり車に詳しいほうではないが、少なくとも四・五十年前のカタチだろうか。減速してすれ違う。乗っていた人の顔は見えなかったが、車体は明るめの色だった。これから峠を越えるのだろうか。それとも途中に民家でもあったのだろうか。少し急いでいたようにも感じる。気にはなったが今は先を急ぎたい気持ちに勝るものはなかった。
街灯もないその道はカーブが多く見通しは良くなかった。ガードレールなどもなく、所々道端の草がせり出しているところもある。まもなく舗装路も途切れ砂利道へと変わった。両脇にはうっそうとした森が広がる。少し心細くはなったが、農道や林道だとしたら未舗装区間もあって不思議ではない。自分に言い聞かせるようにハンドルを握りなおした。するとすぐに森は開けた。折り重なるカーブの向こうに古い木造の家や、納屋のような建物が数件見えた。明かりは点いていない。遅い時間だし、それだけでは人が住んでいるのかどうなのかわからないが、おそらく集落だろう。と言うことは、この道は街へ続いているはずだ。もしかすると旧道なのかもしれない。確実に標高も低くなっている。さっきまでの霧もはもう見えない。少し安堵感と自信が沸いてきた。
ところが、しばらく走ったところで、道は再び森の中に向かっている。それもヘッドライトで照らされたその道は、先で左の方、つまり山の方へ戻るようにも見える。やはり近道ではなく行き止まりの道なのだろうか。それとも分岐点を見逃してしまったのだろうか。車を止めて先の方を確認した。やはり道は深い木立の中に入って行っている。このまま行っては行き止まりになるかもしれない。知らない山道で脱輪やパンク、エンストをしたら。と、堰を切ったように急にネガティブなことばかり頭に浮かぶ。ひとまずさきほどの開けたとこまで戻ろう。考えるより先にギアをバックに入れていた。
数十メートル。いや百メートル近くバックしただろうか。やっと開けた場所に出た、右手に街の灯りに照らされた空が見える、お化けや幽霊を信じるほうではないが、夜の山道で道に迷うと、さすがに心細い。このままでは埒が明かない。枝道に入って二十分程度走っただろうか、しかしこのまま無理に進んでも仕方がない。本繊まで戻るしかないだろう。そう思いさらにバックしようと右後方を振り返ったとき、街灯よりはるかに近く、ぼんやりと明かりが見えた。目を凝らして見ると民家の明かりだ。数箇所の窓から明かりが見える。この状況で人気があるというのは何よりの安心感だった。ギアを再びバックに入れて数十メートル戻ったところで右へ伸びる道があった。草が生い茂り、道があるのか、よく見ないとわからないほどだ。その道の先、ほぼ正面にさっきの明かりが見える。ここから百メートルほど先だろうか。草が生い茂った道の片隅に、古い木製の看板が少し傾いて立っているのが目に入った、いかにも風雨にさらされた感じが見て取れる色合いと、根元に茂った草がいっそう見づらくしているのだが「民宿」と書いてあるように見える。「民宿、まつ・・・。」それ以上は読めない。こんなところに民宿があるのだろうか。観光地でもないし、普段人が頻繁に訪れる所にも思えない。この看板にある民宿があの明かりかどうかも確実ではないが、もしそうならここに泊まることもできるかもしれない。宿ではなくても道を聞くことはできるかもしれない。そろそろ空腹もつらい段階になってきている。決断するのに時間はかからなかった。ブレーキペダルから足を離しハンドルをいっぱいに切った。
ゆっくりその建物の方へ車を向けた。道は砂利道ではあるが普段から車の往来があるようで、はっきりとその痕跡が見受けられる。道の左側には建物の明かりを写した水面が見える。池なのか水田なのか。暗がりで奥までは見えない。他にヘッドライトに照らし出されたわずかな範囲にはこれと言って目立つものは見えなかった。徐々に建物に近づく。シルエットがはっきり見えてきた。民家にしては大きいようだ。やはり民宿なのだろうか。敷地の入り口までたどり着いた。この道はまだ先に続いているようだが、左に行く道が建物の正面らしき部分へと続いている。入り口に看板などはない。ゆっくりハンドルを切り敷地の中へ入った。ヘッドライトの光が建物まで届く。建物から少し離れて車を止めた。
漏れる明かりが車内まで届いた。エンジンを止めると、静かな車内に安堵感が広がったようだった。
ドアを開け外に出ると、山間のせいか昼間の暑さとは違って涼しかった。さっきの霧で少し湿り気のある空気も心地いい。建物からは話し声や物音は聞こえない。辺りからは虫の音が聞こえてくるだけだった。
ドアロックをして入り口の方へと近づくと、その建物は思いのほか立派だった。二階建ての様な高さで壁は板張り古い創りだが、素人目にも丁寧に仕上げられているのがわかる。数箇所の窓から明かりが見えた。泊り客がいるのかもしれない。
入り口は上半分が格子状の曇りガラスで両開きの引き戸になっていて、軒先の裸電球にぼんやりと照らされている。右側の扉を開けた。ガラガラという音が鳴る。少し滑りが悪い。中へ入ると、思ったより広い玄関で、幅、奥行き共に三メートルほど。中央部は土間になっていてコの字形にスノコが引いてある。両脇の壁には扉のついた下駄箱のようなものが並んでいる。結構な数の靴が収まりそうだ。上がって正面。良く磨かれた板の間の奥には、少し小さ目だが立派な書の額が飾ってあった。隅にある小さな四角いテーブルには、数輪の花が飾られている。
一歩中へ進み扉を閉め、恐る恐るたずねてみた。
「すみません。どなたか居られますか。」
すぐに反応は無かった。この時間だ、もう寝てしまっているかも知れない。もう一度言おうとしたとき、左手の奥の方から声が聞こえた。
「はい。お待たせしました。」
大きな声ではないが、はっきりとした声だった。程なく、女性が迎えに出てきてくれた。
「いらっしゃいませ。よくお越しくださいました。」
ゆっくりと腰を下ろして僕の方を向くと、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
七十代の前半から半ばだろうか。着物に前掛け姿で、派手な色使いや柄ではないが、着こなしも品がある。ここの女将だろうか。
「夜分遅くにすみません。国道から近道だと思ってこっちに入ってきたら道に迷ってしまって。街にはどう行ったらいいか教えてもらえないでしょうか。」
「まあまあ、それは難儀でございますねぇ。こんな山奥で夜更けにねえ。」
と、親しみのあるゆっくりとした喋り方で、穏やかに微笑みながら会釈をしてみせた。
僕は続けて、通ってきた道と街灯りが見えた方角などを説明した。そのとき、まるで漫画の一コマのように空腹を訴えるお腹が鳴った。
それは、一瞬喋るのを忘れるほど、自身想定していないタイミングと音の大きさだった。苦笑いで彼女を見ると、にっこりと笑っている。でもその顔に嫌味や馬鹿にしたような表情はまったくなかった。
「ここからだと、まだ一時間ほどかかります。お疲れのようですし、もしよろしければこちらにお泊まりくださいませ。」
「こちらは民宿をされてらっしゃるのですか。」
「はい。さようでございます。」
「時間も遅いですし。ご迷惑ではないでしょうか。」
「いえいえ。お食事もご用意できますし、ゆっくりしていってください。」
何時なのかはっきりはわからないが、確かに時間も遅い。向こうのビジネスホテルにも予約を入れているわけでなかった。定宿として利用しているので、よほどのことがない限り部屋を用意してくれるが、さすがにこの時間だと若干の不安もある。ここはありがたく申し出を受けることにした。
「女将の松乃と申します。本日はよくいらっしゃいました。」
改めてお辞儀をすると、ゆっくりと立ち上がり案内してくれた。
すぐ右手は食堂のようだ。電気は消えているが、薄明かりにテーブルや椅子が並んでいるのが見える。。
「お食事はお部屋にお持ちします。」
傍らに立つ女将はにっこりと笑って言った。
「すみません。遅い時間なのに。あまりものでも結構ですから。」
「凝ったものはございませんが、ご用意させていただきます。」
そう言うと、軽く左手を廊下の奥の方へかざした。
食堂と反対側の方へ進むと、幅二メートルほどの板張りの廊下が二十メートルはあろうか。先へ伸びている。電球の照明が等間隔で三つほどさがり、その灯りに照らされて黒茶色の重厚なの床が鈍く光沢を放っている。左側は住まいだろうか客室だろうか、下三分の一が板の襖が何箇所かある。宿によくある部屋ごとの名前のような表示はない。右手に階段が見えた。女将に二階へと案内される。少し角度の急な階段は脚を乗せるたびにわずかに軋んだ様な音がした。上がりきると廊下が左右に伸びていて、女将は階段からすぐ脇の部屋の前で振り返った。
「こちらでございます。」
と言って、下の階と同じような襖を開けた。
すると女将は自ら先に中へ入って行った。程なく部屋の灯りが点く。部屋を覗き込むと、電球の下にぶら下がる紐を握っている女将の姿が見えた。部屋の照明も今時珍しい裸電球に傘がついたレトロなものだった。
中へ入るとすぐに畳敷きになっている。広さは八畳敷きで、窓辺に板の間が二畳ほど。テレビや冷蔵庫、電話などはない。中央に置かれた座卓には盆の上に数個の湯呑み茶碗と急須がある。向かい合わせに座布団も敷いてある。よくある宿の光景だ。
「下にお風呂もございます。汗を流してください。お食事は後ほどお持ちします。」
女将は軽くお辞儀をして部屋の外に出ると、こちらに向き直り正座をし、再びお辞儀をして襖を閉めた。とても丁寧な接客だった。
ひとりになった部屋はとても静かだった。不意に時刻が気になって内ポケットから携帯を取り出した。街からそう遠くはないと思うのだが圏外になっている。時刻は十一時二十四分。この時間だと客がいたにしても大半は寝ているだろうし、起きていたとしても聞こえる声で話しているわけでもないだろう。留守電が入っていないことを確認してまたポケットにしまった。
部屋を見回すと壁に木製のハンガーが一本ぶら下がっている。その下には浴衣と手ぬぐいも置いてあった。
それから三十分は経っただろうか。風呂から上がり部屋に戻った。ビールを一杯。と、いきたいところが、自販機も見当たらない。聞くのも申し訳なくそのまま部屋に戻った。
窓もアルミサッシではなく、障子張りの内窓と、木製の枠のガラス窓。静かに開くとわずかに風が入って来る。少しひんやりとするが冷たくはなかった。
程なく廊下から女将の声がした。
「お待たせしました。お食事でございます。」
お膳に乗せられた食事は思いの他豪華だった。山菜の天ぷらや魚。煮物に豆腐など、美味そうなものばかりだ。気の利いたことにビールも用意してくれている。
「たいしたものはございませんが、この辺で取れたものでございます。ごゆっくりお召し上がりください。」
「ありがとうございます。ビールまで用意していただいて。」
味は見た目期待以上のいい味だった。季節の素材をふんだんに使い、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。華美な器ではないが、盛り付けは丁寧で、分量も自分にはちょうどよさそうだ。ビールは見たことのない銘柄だが、空腹にも効いたし、風呂上がりは格別だ。もしかしたら地ビールだろうか。
残さずたいらげ空腹も十分に満たされた。素朴であるが粗末ではない。食事だけではない。部屋も廊下も、古いには違いないが、よく手入れされていて清潔感がある。風呂もこぢんまりとはしていたが、木の香りが心地良く湯加減もちょうど良かった。何より、遅い時間にもかかわらず嫌な顔もせず迎え入れてくれた気持ちがありがたい。膳を下げに来た女将が、今日は虫が多いからと言って蚊取り線香を置いて行ってくれた。そんな気配りも気持ちが良い。押し付けでもなく、押し売りでも無い。とても自然で、こちらの心を汲んでくれる、そして、ひとつひとつが温かい。
ビールの残ったグラスを片手に、窓枠に腰掛けながら、しばし外の風景を眺めた。
霧もすっかり晴れて、暗さに慣れて来た目に数え切れない星が見える。街中では見ることのできない星空だ。慣用色名にミッドナイトブルーという色がある。この色は分類上では青系ではなく灰色系の色だなのだが、青の他に様々な色を含む深みのある色だ。見上げる夜空は、まさに深く沈み込み、無数の星が漂っているかのように見える。自分もその中に吸い込まれるような気さえする。恐ろしさの中に神秘的で心惹かれる、まさにそんな色だ。時折、近くや遠くから虫の音が聞こえる。新興住宅街で生まれ育った僕には、いわゆる田舎と言うものはない。亡くなった祖父母は地方に住んでいたが、訪ねたのも物心つく前の事であまり覚えてはいない。もしかすると、この景色や雰囲気、肌触りは、人間が潜在的に求めている田舎の光景そのものなのかもしれない。こういう風景を見ると、ふと、絵を描くことが好きだった頃を思い出した。幼い頃から山や空、森や海、写生ではなく、イメージした風景を描くのが好きだった。現実を忠実に再現するのではなく、自分の理想像とも言うべき景色を、想像しながら描くのが楽しかった。特に賞を取ったこともないが、学校では先生に褒められることもあったし、絵を描くと、両親や友達が喜んでくれた。それも嬉しかった。自然と色にも興味を持つようになり、子供の頃は、色鉛筆の色名を覚えては、その名の由来をよく両親に聞いていた。この風景も、写生として残すのではなく、雰囲気や色から感じるこの世界をイメージとして描いてみたいと思った。
あの頃は、描くことが、ただ好きだった。
高校を卒業して専門学校に入った。デザインの学校だった。家族は反対しなかった。担任には大学受験を薦められたが断った。好きなことをやって、その道のプロに近づいている気がした。小中高と勉強ができるほうではなかったが、その頃の成績はよかった。毎日座学と実習に明け暮れた日々だったが、おそらく、夢と言うものが一番大きく膨らんでいた時代かもしれない。
卒業を向かえる頃バブルがはじけた。世の中は一気に不景気ムードに染まり、皆自分を守るのに必死になった。芸術性は二の次。何かを育てる余裕などなくなってしまった。採用数は激減。卒業生の大半がまったく違う職種についた。成績上位でも、希望する会社に入れるものは少なかった。卒業後、僕が入ったのは地元の工場だった。
夢と現実とは折り合いがつかないことを知った。それでも、若い自分にとって、毎日見るものが新鮮で、直向に仕事に取り組むことができた。もともと手先も不器用ではなく、仕事もすぐに覚え、人よりかは先に成果を出した。こんな生き方も悪くはない。そのときはそう思っていた。
数年後、知人に頼まれてイベントのポスターを創った。小規模でローカルなイベントだったが、デザイン性の高いポスターだとメディアにも取り上げられた。それがきっかけでその後もイベントを中心にポスターやチラシのデザインを頼まれるようになった。忘れかけていた描くことの楽しさを再び味わえた。出来上がりに喜んでくれる人もいる。報酬は少なくても達成感があった、そして、また描くことにのめりこんで行った。
そして、あるイベントの打ち上げで、仕事を頼みたいという奴がいる、会ってくれないか、と頼まれて紹介されたのが、一緒に仕事を始めることになった彼だった。
学生時代、毎日座学と実習に明け暮れた日々。みんな限られた知識と経験の中で、自分の個性をいかに発揮するか躍起になっていた。時には自画自賛になり、時には自暴自棄にもなった。彼は僕の後ろの席だった。入学当初から成績がよくクラスでも仲間を増やしていった。僕はいつも別のグループで行動していたが、描く時はいつも彼を意識していた。それは彼も同じだった。彼には僕にないものがある。僕にも彼に負けない自信があるものもあった。いつしか、二人で話す時間も増えた。絵やデザインのことだけじゃなく、勉強、学校、バイトの話、そして恋愛。二年生になり二十歳を過ぎると、一緒に酒も飲んだ。勢いあまって喧嘩したこともあったが、お互い言葉にはしなくても「親友」という気持ちに変わりはなかった。
しばらくの間時間を忘れていた。不意に思い出した古い記憶と、無邪気に振舞っていたあの頃の自分に、少しくすぐったさを感じた。酒で体が火照ったのか、風が少し冷たくなってきた。グラスに残ったビールを飲み干して、静かに窓を閉めた。
障子越しの朝日が部屋の中を照らしていた。夢は見たのだろうか。いつになくぐっすり眠れた気がした。枕もとの携帯の時計を見ると六時ちょっと前だった。普段なら起きるには早い時間だが、その明るさと、目覚めの心地よさに思いの他体がすぐに反応した。内窓開けると、いっそう眩しい光が飛び込んできた。向かいの尾根が逆光でよく見えない。外窓も開けた。空気は既に温かみを帯びている。風はほとんどない。虫の音に混じって聞こえる鳥のさえずりが、爽やかな朝の雰囲気を盛り上げてくれる。昨日走ってきた道の一部が見えた。明るくなって見てみると随分雰囲気が違うものだ。遠くに何件かの建物も見える。遠目にはっきりとは分からないが、無人家屋のようだ。視線を落とすと、右手に川があった。川幅は道幅と同じ程度だろうか、流れはとても穏やかだ。ここへ向かうときに見えた水面はこの川だったのだろう。左手には自分の車が見えた。昨夜は気付かなかったが、車の横には大きなミズナラの樹が立っている。樹木に詳しいわけではないが、この樹はなんとなく覚えていた。宿の屋根と同じぐらいの高さだが、幹が太く立派な樹だった。
原風景。もしかするとそんな景色なのかもしれない。
再び顔を上げると、日差しは夏を思わせるほど力強かった。
共同の洗面所で顔を荒い一階へ降りた。奥の窓からは日の光が差し込み、つやのある廊下に反射し、こちらの方まで届いて来る。人気はまだ無い。玄関から外へ出ると、先ほどよりいっそう日差しの力を感じられた。部屋の窓から見えた向こうの尾根とミズナラの樹。そして、庭先には何種類かの花が咲いている。花壇と言うほど整備されたものではないが雑草も生えておらず、手入れが行き届いているのが分かる。僕の車の左手には、昨夜玄関に飾られていた白い花のつぼみが、どこか控えめに並んでいた。
振り返り建物を見上げて見た。板張りの概観に屋根は赤茶色のトタンだろうか。ガラスには空や草原が写り込んでいる。建物の概観を眺めながら裏手へと向かった。角を曲がると自分のいるところと反対側に納屋のようなものが見えた。こちらも年季は入っているが大事に使われているようだ。両開きの扉の片側が開いている。よく見ると、奥に車のライトのようなものが見える。暗がりにぼんやり見えるその形はおそらく年代ものだろう。すぐに昨夜すれ違った車を思い出した。丸目のライトに。明るめの色の車体。もしかしてこの車だろうか。ここからだとはっきりしない。確かめたい気持ちに二・三歩歩みを進めたが、無断で除き見るような嫌悪感にかられ、その場は思いとどまった。
少しお腹も空いてきた。
宿の中へ戻り食堂へ向かう途中、玄関先の花が昨夜のものとは変わっているのに気がついた。ピンク色の可憐な花だった。花びらも葉も、生けたばかりのみずみずしさを保っている。壁や床の重みのある色合いに、花の彩りが粋に感じる。女将さんは既に起きているようだ。
食堂に入ると、他の客は誰もいなかった。時間が少し早いのかもしれないが、昨夜ここへ来てから女将さん以外、まだ誰とも会っていないし、どこへ行っても人の気配は感じられない。もしかすると、そもそも客は僕ひとりなのかもしれない。
「おはようございます。よくお休みいただけましたか。」
女将が奥の方からにこやかに声をかけてきた。
「ええ。疲れも取れました。」
「お食事今ご用意いたしますので、お掛けになってお待ちください。」
そう言って奥の方へ入って行った。
まもなく、奥の方からいいにおいがしてきた。食欲をそそるにおいだ。窓際の、奥の台所が見える席に座った。椅子もテーブルもかなり年季の入った黒光りとも言うべき色合いをしている。既製品と言うよりは手作りの物のようだ。四人掛けが十二・三ある。五十人弱は座れるだろう。建物の大きさから言ってもそのくらいは泊まれそうだ。賑わっていた時期もあるのだろう。調度品もレトロな雰囲気だ。映画などで観る昭和のはじめ頃の日用品が、いまだ現役で使われているようだ。よほど手入れが良いのか、朽ちた感じや忘れ去られた感じはひとつもない。
見回していると、台所へ向かう通路の壁に何枚かの写真が、大事そうにフレームに収まってかけてある。どれもモノクロだが、セピアと言うほど色は落ちていない。大勢で撮った集合写真や建物の写真。あれはこの建物だろうか。そして男性の写真が二枚。一枚は工夫のような屈強な男性。もう一枚は、車の前で微笑む若い男性の写真だった。
昨日見た車と同じだ。先ほど見た車のライト部分にもよく似ている。
写真の車は、前左側半分しか写っていないが、この道に迷い込んだときすれ違った車とそっくりだ。いや、間違いなく同じ車種だ。
「お待たせしました。どうぞ、お召し上がりください。」
女将はお盆の上に載っていた皿を次々とテーブルの上に置いた。ご飯に味噌汁。焼き魚は岩魚だろうか。キノコや山菜が彩り良く、品数もちょうど良い感じだ。昨夜の食事同様、献立、盛り付け、素朴な中に品がある。
「美味い。」
目の前の料理に引き寄せられるように、次々と口へ運んだ。一人暮らしの朝は、食べてもパンやコーヒーを流し込む程度。たまに出る出張でもギリギリまで寝ていることがほとんどで、ホテルの朝食も数回しか食べたことがなかった。無心に食べる姿を、女将はしばし傍らでにこやかに見ていた。そして頃合良く、軽く会釈をして奥へ入って行った。旅先では朝飯が美味い。と聞いたことがあるが、この時ほどその言葉を実感したことはない。
食べ終わる頃、女将はお茶を運んできてくれた。ゆっくり一口すすり、奥へ戻ろうとする女将に声を描けた。
「こちらは女将の他にどなたかいらっしゃるのですか。」
女将はゆっくりと振り返り
「私一人でございます。」
「そうですか。これだけ大きな宿だとお一人では大変ですね。」
「いえいえ。年寄りひとりのんびりとやっております。」
「随分大きな建物の様ですが・・・」
そこまで言うと、女将は、笑顔を絶やさずに、そして、ゆっくり壁の写真に視線を移して話してくれた。
「この辺りも随分と変わりました。ここは昔鉱山の宿舎だったところでございまして、昔はうちの他にも何件もあって賑わっていたものです。そのうちヤマも閉じてしまいまして、人も離れて寂れてしまいました。」
「あの写真の男性お二人は?」
「左の写真は主人でございます。もうずいぶんと前に亡くなりました。大きな事故がありましてね。主人の他にも大勢亡くなりました。」
一瞬戸惑った僕を見て、女将は何もなかったかのように、穏やかに話を続けた。
「右は息子でございます。こんな田舎では居れんと言いまして、今は町で働いております。」
「息子さん、こちらへ帰ってこられないのですか。」
「忙しいで帰ってこられんそうです。」
そういって笑顔を見せたが、少し間を置いて、語るように話しはじめた。
「なんにも無い所ですので、息子のように若い人は退屈な暮らしかもしれません。中には古臭いと言う方もおりますが、変わらんものにも良いところはございます。建物も年寄りでございまして、あちこちガタが来ておりますが、大事に使えばまだまだ役に立ってくれます。ここで生まれて、他のことも知りませんで、良い時も悪い時もずっとこの仕事を続けてまいりました。
最初は料理もろくにできませんで、宿の女将がそんなでどうする。と、よく母親に叱られたもんです。大勢の人が居りましたので、朝から晩まで休む暇もございませんでした。私も若いときは逃げ出したいと思ったもんです。それでも、「飯美味かったぞ」やら「ここはのんびりできてええのう。」やら言われれば嬉しくて、おかげで続けてこられました。未だに満足できるおもてなしは出来ておらんような気もしますけれども、来てくださる方が居りますうちは、ここで商売を続けることが私の暮らしでございます。この辺は春も秋もいいところでございます。冬は厳しいですが、夏は過ごしやすく、大事なもんは全部ここにございます。古臭いのかもしれませんけれども、変わらんようにすることも私の仕事かもしれません。息子の生き方もあり、年寄りの生き方もありでございます。」
そう言って、また穏やかな顔を見せた。
けっして多くを聞けたわけではないが、その表情からは、迷いや僻みなどは全くなく、女将さんの想いや誇りが十分に感じられる話しだった。
車のことも聞きたかったのだが、聞きそびれた感じもあるが、女将さんの話に、その質問は特に重要なことには感じられなくなっていた。
身支度を整え玄関に向かった。玄関の前では既に女将が待っている。
「お世話になりました。」
「なんのお構いもできませんでしたけれども、お出でくださいましてありがとうございました。道中気を付けて。」
靴を履いて女将さんに会釈をした。
「女将さん。女将さんは、いつまでこちらをお続けになるのですか。」
突然の質問に、不思議そうな表情を浮かべた女将に、僕は慌ててつくろうように付け加えた。
「いえ。お一人で続けるのは大変だろうなと思いまして。それに、また来られたらと思いまして。」
すると女将は
「一人でもお客様がいらしてくださるうちはと思っております。ただ、なにせ年寄りでございますので、いつまでできるかわかりませんが、是非またお出でください。お待ちしております。」
と言って笑った。
おそらくそう言うだろうと思っていた。と言うより、僕にとって期待通りの答えだった。
ふと、奥に飾ってある花が目に入った。
「あの花は、なんと言う名前の花ですか。」
花に特別な興味は無かったのだが、気になって聞いてみた。
「テンジクアオイと申します。お客様をお迎えするのに何もないと殺風景でございますので、庭で育てたものをあそこへ飾っております。」
昨夜飾ってあった花は日々草と言う花だそうだ。素人目にも庭にある花は、野花ではないものもたくさんありそうだ。きっと手入れも大変なのだろう。
「本当にゆっくりできました。こんな時間を過ごせたのは久し振り、いや、始めてかもしれません。なんか、とても懐かしい感じがして、本当にお世話になりました。松乃さんもお元気で。」
おそらく錯覚なのだろうが、はじめて訪れたような気がしなかった。ずっと前から知っているよな、そんな感じさえした。
何かとても満たされた感覚だった。女将は最後まで穏やかで、優しい笑顔で送ってくれた。宿というサービス業としては、特に目立った特徴や話題性は無いのかもしれないが、評価や批評する必要を感じないというか、何か理屈などではなく、感覚そのものが満たされているような気がした。
バックミラーに映る女将さんの姿に少し寂しさを感じた。過ごした時間以上に、深く心に入り込んでくる、そんな宿と女将だった。
教えられた道は街まで時間はかからなかった。予定された仕事は思いの他早く片付いた。気のせいか、いつもの作り笑いもそのときは億劫に感じなかった。むしろ、得意先との会話でさえ楽しく感じることができた。
昼過ぎには街を離れ帰路に着いた。昨日と同様、この季節にしては気温が高い。帰りは国道を走った。昨日の雨のせいだろうか、迎える峠の山並みも、その上に広がる空も、いっそう鮮やかに感じた。エアコンのスイッチを切り窓を開けると、日陰を抜けるときには涼しい風が車内に入ってくる。やはり季節は秋なのだ。
峠のワインディングと風の感触を楽しんでいるうちに、いつの間にか峠の頂上に近づいた。あの道との分岐点はどこで通り過ぎたのだろう。たしか、こちらからだと、峡谷にかかる橋の手前で右側にあったはずだが、それらしき道は目に入らなかった。少しドライブ気分を楽しんでしまったせいだろうか。
そう言えば、あの宿の名前、すっかり聞くのを忘れてしまった。でも、また近いうちにこちらに来る機会もある。今度来た時に寄ってみよう。また泊まることもできるだろう。
峠の頂上からは高く秋の空が広がっていた。景色に溶け込んで行くように、気持ちも軽く晴れ晴れしかった。それは、空色と呼ぶににふさわしいものだった。
峠を降りて町に入った。昼飯がまだだった。あとはまっすぐ帰るだけだし、一息入れよう思い走っていると、タイミングよく定食屋の看板が目に入った。
以前一度入ったことのある小さな定食屋だった。席に座り注文を済ませ、運ばれてきた水を半分ほど飲んだとき、前のテーブルで地元の人らしき男性二人がしている話が耳に入ってきた。
「昨日、また出たらしいぞ。あの車。」
「あぁ。うちの嫁も見たってさ。」
出た?とは何だろう。盗み聞きとはわかっているが、少し興味を惹かれる内容のようだ。テーブルの上にあった雑誌をめくりながら、二人の話の続きに聞き耳を立てた。
「毎年この時期だよなぁ」
「あの話って本当なのかね?」
「松乃の宿の話か?さぁな。何人か話は聞いたことがあるが、あったって奴もいれば、無かったって奴もいるし。」
「お待ちどうさまでした。」
「おばちゃん。昨日の話し聞いたかい。また出たんだってよ」
「そうなのかい・・・いらっしゃいませ!」
忙しいせいか、店の女性は軽く興味のなさそうな返事をした程度で、それ以上その話に入ってこなかった。
前のテーブルの二人はその後も話を続けていたようだが、そこから先は耳に入ってこなかった。松乃の宿?・・・あった?・・・なかった?・・・どういうことだろう。
その怪談話めいた内容に心がざわめいた。まさか、昨日見た車や、あの女将の宿の話お話なのだろうか。『松乃』という名前が出たのは間違いない。
食べ終わる頃には、僕の他、店内にお客はいなかった。午後三時を過ぎた。ラジオからは流行りの曲が流れていた。勘定を済ませ扉に手を描けた。が、振り返り、思い切ってあの話を聞いてみた。
「すみません。さっき話していた車の話。それに『松乃の宿』のことなんですけど、」
お店の女性は一瞬驚いた顔をして手を止めたが、柔ら作業を続けながら静かに話を聞かせてくれた。
「あれは、もう五十年も前のことだったかねぇ・・・」
当時このあたりは、国内でも珍しい鉱物が発見され、全国から人が集まり、一気に景気が良くなった。全国から人が集まったが、仕事が厳しく、短期で人を入れ替える方法で採掘をしていたとのこと。鉱山を取り巻くように何箇所かに集落ができ、それぞれ四・五件の宿舎と商店が立てられ、定住するのではなく、皆宿舎に寝泊りして働いていたそうだ。鉱山企業の宿舎もあったが、多くの宿舎は地元で農家や林業に携わっていた人が管理していたという。
しかし、鉱脈は思ったほど無く、産出できる量も採掘開始から六年目をピークに減少。二千人ほどいた工夫も徐々に減り、一時は二十件以上を数えた宿舎も次々と閉鎖。わずかに残った関係者の宿泊所として数件が営業を続け、そのうち一軒が最後まで民宿として営業していた。それがあの松乃さんの宿だ。名前は『民宿まつの』。ご主人は鉱山の出水事故で亡くなり、宿は松乃さんと息子の誠一さんで切り盛りしていた。松乃さんの宿の前はいわゆる街道で、中継地として松乃さんの宿にも客が訪れていたそうだが、道路事情や車が発達するにつれ客数が減った。
どう頑張っても客が来ない。どんどん苦しくなって行く生活に、宿の仕事手伝っていた息子の誠一さんも、とうとう我慢できなくなり、ある秋の雨の夜に家を飛び出した。残された松乃さんに、贅沢をしなければ保証金で食べて行ける。宿は廃業して町に来るように。と、親戚や近所の人が説得したようだが、松乃さんは、来てくれるお客が何人かでもいる。自分が辞めたら、その人たちが困るだろう。と言って一人で宿を守っていたそうだ。
それから七年の月日が流れ、誠一さんから「近いうちに帰る。」と便りがあった。当然松乃さんも息子の無事と再会への期待で喜んだ。誠一さんは家を出た後、町で部品工場に勤め、休日も返上して必死に働き、三年後には独立。当初は借金の返済が危ぶまれた時期もあったが、二年を過ぎたときには移動に乗せた。規模は小さいが確かな仕事をする工場だと評判になり、地元でも有数の会社にまで育てたそうだ。
しかし松乃さんに便りが届いた数日後、その事件は起こった。
その日は町で例大祭が行われた日だった。年に一度の大きなお祭りは地元では皆が楽しみにしており、当然誠一さんや工場の人たちも何ヶ月も前から準備をし、当日は朝から町中がお祭り一色になっていた。多くの会社は午後の早い時間に仕事を切り上げたのだが、多くの注文を抱え納期もギリギリになっていた誠一さんの工場は、その日も夕方まで操業を続けていた。それでも年に一度のお祭りの日ということで、誠一さんも従業員たちに、今日だけは仕事を残してもいいからと伝えていた。就業時間を迎え皆慌しく仕事を切り上げる中、一人仕事を続ける若手がいた。その年入った青年で研磨加工の見習いだった。田舎出身で学は無いが仕事はまじめに取り組み、誠一さんも目をかけていたそうだ。皆が帰宅する中一人作業を続ける青年を見た誠一さんは、当然切り上げて皆と一緒に祭りに参加しろと声をかけたのだが、もう少しで終わるということで、焦らず気を付けて作業をするよう注意をし、事務所の数人を残し皆と祭りへ向かった。それから数十分後、青年の作業も終わろうとしたいた。最後の部品の研磨を終え、機械を停めて帰ろうとしたとき、足元に部品が落ちている事に気がついた。作業代からこぼれ落ちたのだろう。まだ加工が済んではいなかったが、明日朝一でやればいいとも思ったのだが、まじめな性格の青年は、やり残しをしてはいけないと、再び機械の電源を入れその一つの加工をはじめた。簡単な作業で特に危険なものでは無い。いつもどおりなら何も問題はなかった。しかし、時間に焦った青年は、集塵機のスイッチを入れずに作業をはじめた。研磨をはじめた直後、飛び散った火花が目に入り、青年は慌てて部品から手を離した。運悪く、赤く焼けた部品は近くにあった清掃用に使っていた溶剤の一斗缶の中に入ってしまった。揮発性の高いその溶剤はわずかな火でもすぐに引火した。青年は慌てて火を消そうとしたのが、その缶を倒してしまい、辺りいにあった箱や別の溶剤にも引火、事故を聞いて誠一さんが駆けつけたときには、火の勢いは抑えられるものではなかった。ところが、青年がまだ出てきていない。誠一さんが中へ飛び込むと、まだ火を消そうとしていた。誠一さんは、青年に逃げるよう言ったが、パニックを起こしていて自ら逃げることができず、誠一さんは制服をつかみ、外へ引っ張って行こうとした。そのとき、焼け落ちた屋根の一部が誠一さんを直撃。青年は他の人に連れ出されたが、誠一さんはそのまま火に巻かれてしまった。
新聞でも大きく報じられたその事故は、翌日松乃さんにも伝えられた。息子に帰りを楽しみにしていた松乃さんは当然失意したに違いないが、その日からもずっと、いつものように宿を開け、旅人を迎え、最後までこの地で暮らしたそうだ。
それから再三、山を降りるて町で暮らすように、親戚や誠一さんの工場の人たちからも薦められたが、松乃さんは、頑なに断り続けたと言う。
数年後、買出しに訪れた先で倒れ、亡くなる日も、宿の食事やお客さんの世話を心配していたと言う。
そらから何年か過ぎて、ある秋の雨の夜、街に向かうボンネットトラックが目撃されるようになった。当時女性では珍しく車を運転松乃さんが、買出しや自家農園野菜の販売に使っていた車だそうだ。更に、その車に導かれるように迷い込んだ人が、無人になったはずの松乃さんの宿に灯りが点いているのを見たと言う話も聞かれるようになった。
「私の祖母が松乃さんの妹の娘でしてね、宿にも何度か遊びに行っていたらしいです。とても良いところだったって言ってました。」
礼を言って店を出た。停めてある車に向かいながら考えた。半ば怪談めいた内容だったが、話を聞いても不思議と恐怖はなかった。もちろん、世にも奇妙な話なのは間違いない。僕が見たものは何だったのだろう。車に宿の建物に、松乃さん。ただ、僕以外にも見た人がいると言うことは、幻影や夢ではない。だとしても、なぜだろう。
不意に携帯が鳴った。
「おう。やっとつかまったな。」
課長からの電話だった。
「昨日は急にすまなかったな。一人で行かせて。」
「いえ。」
「昨日も電話したけど連絡つかなくて、ホテルに電話しても泊まってないって言うし、どこ行ったのか心配してたんだけど、今日そっちのお得意さんから、昼前に来たって聞いて安心はしてたんだが、昨日はどこに泊まったんだ。」
タイミングの悪い質問だった。話を聞いたばかりで、自身戸惑っているのがわかった。
「昨日は、思ったより時間がかかって、着いたのも遅くて、別のホテルに泊まりました。連絡しなくてすみません。何かありましたか?」
特に用事があったわけではなく、途中で一人抜いたことへの侘びだったらしい。
昨日の話はしなかった。仮に話しても信じてもらえないか、気味悪がられるだけだろう。それに、人に話していいことなのか、そのときは判断がつかなかった。
確かに昨晩、僕はあの宿に泊まった。松乃さんにも会った。食事も味も、宿の雰囲気も、蚊取り線香の香りも覚えている。お化けや山姥の類とはとうてい思えない。怖い思いどころか、とても充実した時間を過ごすことができた。霊感は強いほうではないと思っていた。まさか自分がこんな不思議な経験をするとは思ってもみなかった。
それにしても、なぜ、松乃さんは僕の前に現れたのだろう。僕だった理由があるのだろうか。何か伝えたいことでもあったのだろうか。僕に。誰かに。
途中の立ち寄ったパーキングエリアの駐車場から、地平線へ向かう夕日と。向日葵色の空を眺めた。それは、夏の後姿に、秋の高い空が、少しずつ色を塗り重ねようとしているようだった。昨日の出来事が何故か随分前のことのように思えた。
日が沈む前に戻れるだろうか。
傍らで、ススキの穂が風に揺れていた。
季節が過ぎ、何度目かの秋がやってきた。あれからいろいろな事が変わり、あの宿がある街に行くこともなくなった。日常に埋もれ、何か大事なものを落としながら歩いているのではないかと言う疑問や不安は、今もまだ感じている。物事は、ドラマのように劇的に変化するわけではない。振り返ったときに、様々なことが、そこに至る道標だったのかと気付くのだろう。
車に乗り込むと、中はむっとした空気だった。九月に入っても日差しが強いのはあの日と同じだ。それでも自分の車だと同じ距離でもさすがに快適だ。この季節でもエアコンはありがたい。音楽もラジオではなくCD。ただ、流れている曲は八十年代流行った曲。途中寄り道でもしながらゆっくり行こう。
この数年で途中の景色も変わった。営業で行った街も新しいビルが立ち、あの鮮やかな夕暮れの雲を眺めた道は整備されてきれいになり幅も広がった。そのせいだけではなのだろうが、どこか新鮮な気持ちで走れている。あの時、長く感じた道程も思いの他近く感じる。
宿の話や松乃さんの話は、まだ誰にもしていない。最初は、ただの安っぽい怪談話としか理解されないとだろう思い話す気がなかったのだが、今は少し違っている。理屈や既成概念ではなく、もっと深いところで分かって欲しい。そのためには、もっと深く感じられるように伝えたい。そう思うようになった。それまでは、あの記憶を大切にしていたい。
昼過ぎには峠を下り、あの道を探した。短い橋を渡ったところでその細い道はあった。両脇から雑草が覆いかぶさり、実際の道幅より狭くなっている。確かにこれは見つけづらい。調べてみると、昔この道が主要幹線道路だったようだ。地図で確認すると、今でも確かに掲載されている。しかし、大雨が降ると、脇を流れる川が氾濫し度々通行止めになることから、幾つかのトンネルを掘って迂回する道が作られた。それが今の国道だ。
あの時とは違い、今回は迷い無くその道へ入った。しばらく行くと道は砂利道に変わった。林の間を進むと、木漏れ日がキラキラとフロントガラスに降ってくる。同じ道も時間が違えばこんなにも見え方が違うものなのだろうか。そのまま細い道を行くと、開けたところに大きな樹が数本見えてきた。建物らしきものはこれと言って見えなかった。生い茂った草に痕跡が隠れているのかもしれない。
遠くに幹の立派なミズナラの樹が見えた。おそらくあの辺りだろう。近づくと左手に川が見えた。あの川だ。かろうじて残る道をゆっくり進んだ。目の前に大きな樹が威厳をたたえて立っている。間違いない。ここだ。
車を降りて辺りを見回した。建物がないとずいぶん印象が違うものだ。生い茂る草もあの日よりずいぶん背丈が高い。振り返ると、あの日逆光でよく見えなかった尾根は、少し紅葉がはじまっている。山と森と川と。どこにでもある里山の風景だ。何も知らずにここへ来たら、おそらく誰も、集落があったとは思わないかもしれない。それに、この辺りの歴史も、宿のことも。
どこからともなく虫の鳴き声が聞こえてきた。どこにでもいる秋の虫だが、その鳴き声あの日の感覚をはっきりと呼び起こしてくれるものだった。
女将、松乃さんは何を僕に言いたかったのだろう。それとも、きまぐれに過去の姿を現しただけなのだろうか。それに、僕にとって必然だったのか、それとも、単なる偶然。それは今でもわからない。でも、忘れられない出来事になったことは間違いない。
車の後部座席からスケッチブックを取り出してボンネットの上に広げた。ここには写生をしに来たと言うわけではない。この場所から感じる、あの宿の、あの日の風景をどこかにどんなカタチにせよ残しておきたい。そう思って描きに来た。はっきりと言葉にできるほど具体的ではないが、誰かに何か伝えたいものが、自分の中でどんどん大きくなっている。それは、描く楽しさを無防備に感じていたあの頃の感覚に似ている。あの頃と違うのは、誰かのために描くのではなく、描きたい気持ち、自分の中の『伝えたい』気持ちが尽きることなく沸いてくることかもしれない。
驚くほどペンがすすんだ。一枚、二枚。三枚。
「おまえの言っていることは正しい。でも、おまえ自身は何がしたいんだ。」
イベント会社を去る前に言われた言葉だ。
あの時は何も言えなかった。答えられなかった。仮に答えていたとしても、おそらく、理屈と正論を並べたものに過ぎず、答えにはなっていなかっただろう。ほんの少しのセンスと、ありふれた正義感に溺れかかっていた。いや、溺れていた、軟弱な信念。本質を見失ったまま経験と知識にもたれかかっていた価値観。
いずれにせよ、思い返してもそれは過ぎ去ったものでしかない。そう、過去なのだ。
描きたい。そして、何かを伝えたい。それで誰かが喜んだり、感動してくれるのを見たい。実際はそこに付随する様々な事柄があるとは思うが、描く理由はシンプルにそれだけ。そして、それが今の僕自身。それがあのときの答え。
「おまえが描いたの、くやしいけど、なんかいいんだよな。」
一緒に酒を飲んだとき、酔っ払った彼から、そんな事を言われたのを思い出した。少しくすぐったくなった。
携帯電話が鳴った。
「もしもし。・・・どうも、お世話になってます。・・・はい、ポスター追加ですか。・・・わかりました。確認して明日連絡します。・・・はい。それでは。」
ここは圏外かと思っていたが、普通に使える。もしかすると、僕があの時いたのは、携帯がなかった時代。だったのかもしれない。
留守電も一件入っていた。
「もしもし私です。今どの辺かな。もう着いてるかな。この前頼まれてた花言葉なんだけどね、一つの花でも色で違ったり、いろんな花言葉があるみたいなの。で、まず日々草が、若い友情とか楽しい思い出。そして、テンジクアオイが真の友情とか決意、決心。なんですって。参考になったかな。話は変わるけど、今日予約した旅館、カニとかアワビとか美味しいんだって。私も一緒に行けば良かったなぁ。お土産忘れないでね。それと、帰ってきたら、あなたの思い出見せてね。じゃあ、気を付けて帰ってきてね。」
松乃さんが何を言いたかったのか確かめる術はないが、僕に、この気持ちに気付かせてくれたきっかけになったのは確かだ。
先々どうなるかは分からない。なるようになる。と言ってしまうと無責任のように聞こえるかもしれないが、不思議と開けているような、先にきっと何かがあるような、そんな予感がしている。
いつの日か、あの出来事を、今まであった全てのことを、自分自身を、ただ真直ぐにシンプルに表現できるようになりたいと思う。
彼は、今の僕を見たらなんと言うのだろうか。スケッチブックに細い線を重ねながら、ふと、そんなことを思った。
視線を落とすと、草むらにドングリが転がっていた。
時を見守ってきたミズナラの樹。人々の軌跡を刻んだ道。色づき始めた山並みや、空。雲。日差しのぬくもり。風。手入れの行き届いた床や壁の木のにおい。蚊取り線香の煙が鼻をくすぐる。山菜に川魚。煮物の味付けは絶品だった。女将さんの顔も懐かしい。
もしかしたら、今もどこかで、道に迷った誰かを優しく迎えているのだろうか。
傾いた九月の日の光が、膨らんだ穂を包み込み黄金色に輝かせている。
秋だ。
記憶の宿