リンゴ姫は誰の物?

 バランスのとれた関係をイメージする時、五角形を思い浮かべる。だから五角形みたいな人間関係を作りたい。いや、実際に高校の頃、ぼくたちは五人だった。だから再開した奇跡を目の当たりにした瞬間、降りてくる物があった。これだ、もう一度ここから作り直す、という決意。
 奇跡の軌跡をなぞってみた。しかしまあ、なんというか、人間社会という物は良くできている。「働く女性のための手帳術」という特集で雑誌の数ページを与えられた編集者のぼくは、取材のために某社の若くて綺麗だと有名な社長の元を訪れた。
 雷に打たれたかと思った。そこには、高校時代の旧友が、かつてよりも女性の匂いを強くして立っていたのだから。
『久しぶり。変わらないわね』
 笑うとあどけない印象になり、あの頃の彼女と重なる。
 ぼくは仲間たちと数年ぶりに連絡を取った。五角形のために。


リンゴ姫:こんばんはー。
ナシの介:こんばんは。リンゴ姫さん、今日もお仕事でした?
ブドウ騎士:こんばんは!
ナシの介:ブドウ騎士さん、こんばんは。
リンゴ姫:さっきまで仕事でした。ブドウ騎士さん、こんばんは。
ナシの介:おつかれさまです。
リンゴ姫:ありがとうございます。
ブドウ騎士:他はまだこないかな? 同窓会の具体的な話を早くしたいんだが。
ナシの介:まだみたいですね。おいおい、来るでしょう。
ブドウ騎士:んだよ……。ちょっと酒取ってくる。すぐ戻る。


ミカンの妖精:すいません、遅くなりめした!
ミカンの妖精:ました、です。
ナシの介:お待ちしてましたよー。
ブドウ騎士:いちいち、タイプミスの訂正しなくていいっつの。わかる。
メロン参謀:ブドウ騎士さんも突っ掛からなくても良いのでは? お酒、たいぶ進んでいるみたいですね。
ナシの介:みんな揃ったんですから、さっそく始めましょう。
リンゴ姫:何から詰めていきます? 差し当たり、前回決めた日時は確定で良いですか?


 放課後までだらだらと残って、ぼくたちは何を話していたのだっけ。屋上は立ち入り禁止だったから、教室が多かった。男子はみんな机の上にお尻を乗せていた。彼女は自然とその中心になるような位置の椅子に腰かけ、愛想の良い笑みを浮かべていた。決して口数の多いほうでは無かったと思う。それでも、ぼくたちの中には、彼女を中心として集まっている、という共通認識があった。五角形で言ったら、一番上。
 高校を卒業しても、こうして集まるだろうという予想をしていた。たとえ、バラバラの進路を選択したとしても。大学が異なっても、就職先が異なっても、ぼくらは。
 さて、一つの賭けに出た。あぶり出しではないけど、ウソをついている人がいないか、抜け駆けをしている人がいないか、確かめてみたくなったのだ。
 どうせ、ぼくのほうもいずれは打ち明けなければならないと考えていたから。
 これはカタルシス。


ナシの介:おはようございます。
ブドウ騎士:おはよう!
ナシの介:いつも思うんですけど、ブドウ騎士さんのレスポンスは早いですよねー。
ブドウ騎士:あ? 嫌味か、それは。
メロン参謀:そんな訳ないでしょう。まあ、わかっててやってるんですよね。
ナシの介:メロン参謀さん、おはようございます。
メロン参謀:おはようございます。
ナシの介:あとは、ミカンの妖精さんだけですね。もうすぐ来るでしょうか。
ブドウ騎士:ったく、あいつが遅いのはいつもじゃねーか。イライラさせやがって。
メロン参謀:リンゴ姫さん抜きなんですよね、今日は。どうしてなんですか?
ナシの介:あ、それはミカンの妖精さんが言い出して……。
ブドウ騎士:あいつに聞かなきゃわかんねーのに、待ちぼうけかよ。


ミカンの妖精:本当に申し訳ないです!
ブドウ騎士:もう文句を言う気にもならねえ。
メロン参謀:それより、話とは? わざわざリンゴ姫さんを呼ばなかったのにも理由があるんですよね?
ナシの介:同窓会の事とは関係は無いんですか? 
ミカンの妖精:だいじょうぶです。順番に話して行きます。今日は、どうしてもいくつか確かめたい事が有りまして。
ブドウ騎士:確かめたい事……?
ミカンの妖精:この中で、リンゴ姫さんの現在のお住まいを知っている方はいますか?
ブドウ騎士:知らん。
ナシの介:知りませんよ。直接会ったのは、ミカンの妖精さんだけだったんじゃ。
メロン参謀:すみません、ぼくは知ってます。
ナシの介:あれ、そうなんですか?
ミカンの妖精:謝る必要は無いですよ。
メロン参謀:別に、特別な事は無いんだ。たまたまぼくも再会して、ただ言いそびれていただけだ。
ミカンの妖精:そうでしょう。今のは、あくまで序の口です。次に、高校時代、リンゴ姫さんを好きだった方はいますか?
ブドウ騎士:お前、何がしたいんだ? この質問にどんな意味がある。
ミカンの妖精:だから、確かめたいんでしゅよ。
ミカンの妖精:ですよ、です。ぼくたちには欠かせないイニシエーションみたいな物です。
ナシの介:さっきの質問の答えだけど、リンゴ姫さんを好きだったのは……全員じゃないでしょうか?
メロン参謀:そうですね。それはそうでしょう。
ブドウ騎士:否定はしない。
メロン参謀:初心だなあ。はっきり、好きだったと言えば良いのに。
ブドウ騎士:うるせえ。で、ミカンの妖精さんはどうなんだよ?
ミカンの妖精:もちろん、みなさんと心は同じですよ。それでは、当時、内緒で付き合っていた方は?
ミカンの妖精:それからもう一つ。リンゴ姫さんの好きな人を知っていた方はいますか? それが誰なのかも。
ナシの介:特定の誰かをあぶり出そうとしているんですか? ちょっと、話の方向が怖くなって来ました……。
メロン参謀:ミカンの妖精さんは何かすでに掴んでいるのではないですか? どうにも、そんな気がします。
ブドウ騎士:言いたい事が有るなら早く言えよ。回りくどい。だいいち、こんなふうに質問をして行くのは何故だ。


 ぼくはパソコンの前でニヤリと笑った。笑顔を消さないまま、次の書き込みをした。


ミカンの妖精:五角形を崩さない為ですよ。

リンゴ姫は誰の物?

リンゴ姫は誰の物?

笑うとあどけない印象になり、あの頃の彼女と重なる。

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更新日
登録日
2016-10-29

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