ラビンズ・サング
俺が歌うのは愛か恋----。
あいつが歌うメロディーと言葉に、
不思議なほどに惹かれていってしまう。
のどの奥がきゅっとして、
首筋があつくなって、
どうしても、あいつに手をのばしたくなる---。
恋と愛と、切なさがあふれる純愛ストーリーです。
感想求めています(^^)/
知っていますか?
わたしの「しあわせ」を――――。
わたしの「しあわせ」は、
あなたが“しあわせ”をうたうこと。
昨日も今日も願っていること、
いつかあなたが、
わたしの「しあわせ」を歌っていますように――――。
『ストラップと陣地』
「李久!ノート貸して!」
目の前に大きくて武骨な手が差し出された。
人差し指の少し下から薄く伸びるなんとか線には、汗がにじんでいる。
「また寝てたの?」
片付けかけた数Ⅱのノートを机の中から引き出して、放っぱるように渡すと、
寝てねーよ、とタケがいいながらナイスキャッチした。
「つか5月だろ?あつすぎだなー」
タケは机の上の私の下敷きで首元をあおぎはじめた。
「やめてよ、くさくなるじゃん。」
「はあー?俺くさくない体質なのー。」
「汗かいたら誰だって臭いんだよ。」
腕まくりしながら席を立って、涼しい廊下に向かった。
他のクラスの生徒も、みんな風通しのいい廊下に出ている。
首元を通り過ぎる冷たい風が、心地いい。
「あー、李久李久!」
振り返ると、5組の方から梨奈が走ってきた。ポニーテールで束ねた髪が、左右に揺れている。
「もらっちゃったぜーい。」
いたずらをしてきたような笑みで梨奈が笑う。
「何を?」
「まさかのセダックス無料券!」
「え、まじで?誰からもらえたのそんなの。」
「こないだ500円貸した雄太郎から。俺今カラオケ金なくていけねーし、だって。」
近頃カラオケによく行く。週2くらいだろうか。
セダックスは面倒くさいところにあってあまり行ったことがない。
私の家の最寄り駅から4駅で、学校の最寄り駅からは6駅だった。
「で、あと1枚あるんだよね。」
梨奈はじゃじゃん、とラスト1枚を見せた。
「誰か誘う?」
周りを見回していると、うしろから太くて低い声がした。
「俺がいってあげる!」
私のノートをタイミングよく返しにきたタケはうれしそうにこっちを見ていた。
「えー、でもあんた部活あるじゃん。」
「なんと今日は顧問の都合でありませーん!」
「うっわ、なにこの調子いい奴。」
吐き捨てるように梨奈がいうと、タケがヘッと鼻で笑った。
「女子会にしたいのに。」
「まあ、タケっちでもいいか、このさい。」
「えー、でも梨奈、タケなんかと遊びいってたら芯くん妬いちゃうよ?」
芯くんというのは梨奈の彼氏で、他校に通っている。
遠距離恋愛というやつだ。(近いけど)
「芯はそんな心の狭いやつじゃないのね。それに李久もいるし。」
「そーだそーだ、俺も歌ってストレス発散してやる。」
なんだか成り行きでこの3人に決定。
タケは男子トイレの方へ歩いていった。
梨奈と教室に戻る。
「じゃ、終わったらすぐ行こっか。」
うん、とうなずいて席に戻り、グラマーの準備をした。
がんがんと冷房がきいているせいか、少し寒くなってきた。
小さな個室に、梨奈の歌声とタケのあいのてが響く。
「おい、おまえマラカスぐらいふれよ。」
タケは緑と黄色の安っぽいマラカスを私にぽん、となげた。
「歌い疲れた。てか、あと3分でしょ。帰ろ。」
「あ、ほんとだ。はえーのな1時間て。」
私もだけど、1時間ぶっつづけでノリノリのハイテンションな曲ばかり歌い尽くした。
「aikoでも歌えばよかった!」
梨奈がマイクを通して叫んだ。
あー、耳痛い。マイク切れよ、とタケが言う。
「さ、出るよ。」
あまり口に合わなかったジャーマンポテトを残して、部屋をでた。
暖かい。
昼と違って、夜はちょうどいい暖かさだ。
冷房つけすぎでしょ、あの個室。
「つーか、1時間ぶっとおしでハイテンションな曲歌ったな。」
「あたし今ほんとaiko歌わなかったの後悔。」
帰宅するサラリーマンやOLが通り過ぎていく。
この通りはビルが建ち並んで、夜も明るく照らされている。
「李久も宇多田ヒカルとか歌えばいいのにさー。」
「あんたらがノリノリの歌ってんのに急に宇多田歌えないでしょ。」
「ありがとうと~とかどうよ?」
「タケっち、オクターブ下ですけど。」
ははっ、と笑いながら人をよける。
と、そのとき
シャラーン―――――。
騒がしい通りの中で、小さな音がした。
つまさきに、何かを蹴った感触。
ふと下をみると、手のひらくらいのサイズのストラップが落ちていた。
思わずしゃがんで拾うと、さっきよりも小さくシャランと音がした。
ギターをふちどった金色のリングに、銀色の細いチェーンが輪になってたれている。
「どしたの?」
梨奈がのぞき込む。
「なんかこれ、蹴っちゃったみたいで。」
「李久の?」
「いや、違う。」
「ギターの形してんじゃん。」
あたりを見渡す。拾いにこようとする人はどこにも見あたらない。
人差し指にストラップを引っかけて、持ち上げる。
「そこのベンチにでもおいておけば?」
梨奈の指の先には、青い木のベンチがある。
まあ、おいておけば、明るくなったらとりにくるかも。
頷いて、ストラップを軽く握った。
――――あれ?
びっくりした。
ふつうならひんやりするリングの感触はなく、
まだ少し、あたたかかった。
梨奈とタケは、少し前を歩いている。
自分でも、どうしてかわからないけれど、
握ったストラップをそのまま、ブレザーのポケットに落とした。
朝の電車に揺られながらメールチェック。
珍しく5組の祐太から件名なしのメールがきていた。
去年は同クラだったけれど、今年は離れて、クラス替えのとき以来のメールだ。
『明日の朝委員会あるけど、何時に行く?』
送られた時間は23:34。
返信ボタンを押して、親指をこまめに動かす。
ゆれがひどくて、自動ドア付近の棒を左手でつかんだ。
『電車なう。次で降りる\』
ポケットに携帯を落とす。
シャラーンと、聞き覚えのある音がした。
ポケットに手を入れると、金属の冷たい感触がある。
壊れ物を扱うように、あたしはポケットからストラップを取り出した。
そのへんでは見かけないストラップだった。
なんでこんなの拾っちゃったんだろう。あたしの好みでもなんでもないのに。
衝動的にポケットに入れちゃったんだから。
それにしても、落とし主、誰なのかな。
これを拾った日から、そればっかり考えてしまう。
「よう。」
玄関にはちょうど祐太がいた、
「おはよ。」
上履きをつま先の前に放って下駄箱をしめる。
祐太は両手をポケットに突っ込んであたしを待っていた。
「てか、おまえなんで企画委員なんてやったの?すげーめんどいじゃん。」
祐太があたしの顔をのぞきこむ。
「なんか、委員決めるときに携帯いじってて、気づいたらそれしか余ってなかった。」
「あ!俺も!てか、ねて起きたら企画しかなかったんだよ。」
「ばかじゃん。」
「おまえもな。」
ハハッと静かな廊下に2人の声が響いた。
長い廊下を肩を並べて歩く。なんか、一緒に来たみたいでちょっといやなんだけど。
つきあたりを左にいって、2年1組の教室に入った。
「あ、おはよー李久たち!」
高くて耳にツンとする声は、芽衣だった。芽衣も、去年のクラスメート。
「おはよ。」
黒板には各クラスの委員が座る席が記されている。
2年3組の席を探した。一番窓側の列の前から3番目。
席へ向かうと、同じクラスの委員の橋本がもう座っていた。
「なあ、高橋。」
席へつくなり、橋本が話しかけてきた。
「なに?」
「英訳の宿題やってきた?」
「あー、まあ一応。」
忘れたからうつさして、ってパターンだろう。
そう思っていると、橋本はニッと笑った。
「み・せ・て☆」
・・・やっぱりか。あたしは仕方なくカバンをあけて、英訳ノートを手渡した。
「では、分担は各学年で決めてください。男女各1名ずつです。
あ、決まったらわたしのところまで2人でいいに来てください。」
委員長が言っていることが理解できなかった。朝早かったせいでほとんどうたた寝していた。
号令がかかって、みんなが教室から出て行く。
とりあえず教室を出て、3組に向かった。
「あ!李久いた!」
廊下の角から梨奈があたしをみつけて駆け寄ってきた。
この時間帯にいちばん廊下の密度が高くなる。
「ね、あたしの携帯についてたハートのストラップしらない?!」
意外に焦った表情だった。あたしはしらない、と首を振った。
「えー、もうどこで落としたんだろ。」
梨奈は6.7組校舎の方へ走っていった。
なんとなくまた思い出してしまった。
あの、ギターのストラップ。
やっぱり返した方がいいよなあ。でも、どうやって・・・。
ストラップはまたあたしのブレザーのポケットで音を立てた。
ラビンズ・サング