玉手ボックス
「正直者のあなたには、この玉手ボックスをあげましょう。」
幼い頃、母親から読み聞かされた絵本のセリフをかなり大胆にまとめたようなことを言われたのだった。
僕はその時、俗に言うカツアゲというものにあっていた。今思えば正直と言うよりまぬけだろう。
「ニーチャン、金持っとるやろ?」
「えぇ、まあ」
僕はかの有名な ージャンプしてみろよー の段階を踏むことなく速やかに次の段階に移った。無一文になった。
正直をほめる前に助けてくれれば良かったと思うがその少女は、、、謎の少女は、上のようなセリフと奇怪な箱を残してすぐ走り去ったのだった。
からかわれているのか、普通に考えてそうだろうが嫌に近未来的なその箱は、本当に何かを僕にもたらしそうな雰囲気を醸していた。
「開けるべきか、開けないべきか。」
悩みどころである。
最近は恐ろしいニュースが多い。ドラム缶にコンクリート詰の人が入っていたり、可愛いプレゼントボックスから小指が出てきたり、何があるか予想もつかない。
開けないでおこうか…。しかし、そういうナマモノの類が入っているなら尚更押入れなんかに仕舞えないだろう。
「よし、開けよう。」
そう決心すると、僕はテープやらダイヤルやらのついたその箱に手をかけた。10分ほどに及ぶ試行錯誤によってようやく箱のフタが動いた。
フタを慎重に持ち上げると、絵に描いたような白煙が噴き出す。
「グォッホォ、ブォッフオゥイ。」
煙は噴き出し続け、気管を容赦なく痛めつける。これじゃ中に何が入ってるかわからない。僕は箱をひっくり返し底をポンポンと叩いた。何も出てこない。
「なんだ、空だったのか…。」
落胆しかけたその時、黒いものが箱からニュルッと滑り出した。それは何と、ワニだ。畳三畳分はあるだろう。
「ウォオオォッツ、アアッァイヤァ。」
いや、絶対におかしい。ワニだぞ。日本に生息するだろうか。それ以前にコンパクトに収まりすぎだろう。こんな箱にワニを詰めるな。四次元〇〇の域であろう。
全力で逃げた。
奴は追ってこないようだ。助かった。無駄にでかい口、無駄に太い尾、控えめに言って恐ろしい。
なんども後ろを確認しながら走り続けた。だから前を見ずに走っていたのは仕方ないことだったんだ。
ついさっき僕から金品を奪ったチンピラの1人に、全速力のまま衝突してしまった。
「お、ニーチャンいい度胸やな。」
「すいません、ワニから逃げていたもので。」
「何わけわからん事言うとんのや。」
「ちょっと来いや。」
僕は2、3人のチンピラによって彼らのアジトに連れていかれた。
「今、わしは暇しとんのや。なんかおもろいことやれ。」
「そんな突然言われても…。」
アジトはメンバーの自宅らしい。そうそうに難しいことを言うもんである。
「ラップやってみろや。」
「はぁ、それでは僭越ながら、」
「ビブン、セキブン、イイキブーン
計算ミスって点数半ブーン。」
「お前ラップなめてんのか、おい手本見せてやれ。」
「へーい」
「コブン、カンブン、ゲンダイブーン
夏の終わりのカンソウブーン。」
果たしてこの手本は機能しているのだろうか。
「ラップってのはこういう風にするんや。ラップはもういい、モノマネをやれ。」
そんなことを言っても僕にはレパートリーがない。
目を大きく見開いてわざと焦点をずらした。
「何のモノマネや。」
「死んだ魚の眼です。」
たいそうウケたようだ。チンピラ達は痙攣しながら地面を這い回っている。
「やろうと思えば出来るんやないか。」
彼らのツボが僕には理解できない。
そんな時であった。僕とチンピラ達の心が通い合い始めたとき、事件は起こった。
「アニキ、てぇへんです。裏口にワニがいやす。」
「なんだってぇ。」
そうか、玉手ボックスから出て来たワニだ。今頃になって現れるなんて、
チンピラ達はかなり動揺している。
「アアアアアアアアアアァァァァァァ。」
ワニはもうすぐ裏口から家に入ってくる。そうなればもうおしまいだ。
僕はとっさに走り出した。
そして急いで裏口の門を閉めた。
「ニーチャン、やるやないか。」
ワニを外に締め出すことに成功した。僕らはワニの崇高なるランチになる運命を回避した。
この勝利に僕はこう叫ばずにいられなかったのだ。
「ウラ、シマッタロウ。」
玉手ボックス