銀色の瞳

その銀色の瞳を見た者は莫大な富を得る代わりに永久に何かを失う。


ある変わり者の大富豪がいた。
彼は砂の国の領主だった。本宅とは別に砂漠のど真ん中にあるオアシスに豪邸を建て暮らしている。
理由は二つある。一つは彼の奴隷が逃げられぬように
もうひとつは彼の大事なコレクションが逃げ出せぬように。
大事なのはもうひとつの方だった。
その富豪は珍しい生き物に目がなく、世界各地からそれらを買い集めて回る蒐集家で
広大な敷地内に無数の檻を建て、そのひとつひとつにお付きの奴隷をつかせ管理させていた。

白と黒の縞模様の馬、目の周りを黒く塗りつぶした熊
長い鼻の巨大な獣や恐ろしく首の長い黄色いロバ・・・
およそこの領地にいない動物などいないのではないかと奴隷達は思っていた。
管理は徹底されていて、奴隷達はここに連れてこられて間もなく
担当の動物についての知識を叩き込まれ、彼らを弱らせようものなら容赦なく殺されることを知らされる。
ただうまくこなせば処遇が良くなることもあり、奴隷はみな必死になって仕事を覚えていた。

ある日、また新しく幾人かの奴隷が異国の土地から運ばれてきた。
その中の一人に、ある若い男の奴隷がいた。
彼は元空き巣の泥棒で、運悪く奴隷商人の倉庫に忍び込み捕らえられた為
こんなところに来るはめになったツキのない男だった。

彼は荷の中に押し込まれこの地に連れてこられる間から
いかにしてここから抜け出すかを思索し続けていた。
また、ここで生活するにつれ抜け出すばかりか
いずれ領主のように財を成してやると夢見るようになったどうしようもない野心家であった。

長年、ここで仕える彫りの深い奴隷長が、新しく来た奴隷達に番号を割り振る。
彼の番号は47番だった。正しく言うと、彼の担当する生き物に割り振られた番号が47番だった。
全部で百以上はあるらしい。

名前を奪われ、番号で呼ばれる屈辱。
まだ現実を受け止めきれず虚ろな目をした奴隷達。
その中で一人、彼の目は死んでいなかった。
なんとかしてここで成果を挙げ、奴隷からでも成り上がろうとしていた。

奴隷長が新入りたちをそれぞれの檻に連れていく。
最後に残ったのは47番だった。
奴隷長はこれまでの全員に告げたのと同じ言葉を47番にも言った。
「これが今日から生活を共にするお前の檻だ」
「え?」
47番は当惑した。一体どんな珍獣の面倒を見ることになるのかと思えば
奴隷長が指差す檻の中には何も入っていなかったのだった。
つまり空き部屋の掃除でもしていろ、ということに違いない。
彼は落胆した。完全な外れくじだ。
空の檻でどうやって領主に成果をアピールすればよいのだ。

しかし、項垂れる彼に、奴隷長はこう言ったのだった。
「この『生き物』は領主きってのお気に入りだ。
くれぐれも丁寧に扱うことだ。・・・自分の命が惜しければな。」
「『生き物』ってこれ、何も・・・」
奴隷が言い切る前に奴隷長は足早に去ってしまった。
どこか逃げるような足ぶりだった。

去っていく奴隷長を呆然と見送り、奴隷は改めて檻を見た。
どう見てもがらんとしたただの檻にしか見えない。

領主たった一人の為の動物園。
その檻は幾百の動物が閉じ込められたこの土地の中で唯一、
「何も入っていない」檻だった。

その檻は邸の端、壁の隅にあり、どの時間でも太陽を遮るような位置にあり、
真っ暗でじめじめして辺りには苔がよく生えていた。
最初、47番は目が慣れず、よく床に躓いた。
他にも夜行性の生物のためにこしらえたカーテン付きの檻は幾つもあったが
そのどれよりもここは暗かった。

この土地でもっとも条件の悪い場所であり、およそ動物の飼育に適しているとは思えなかった。
しかしなにより理解に苦しむことに、その空の檻こそが領主の一番のお気に入りだったのだ。
それは誰の目にも見るに明らかであった。いや、同時に全く不可解でもあった。

領主が時折、気紛れに園内を見回りに来る。動物たちの様子を確かめに来る。
奴隷たちに緊張が走る。どの檻を見て回るかはその日の領主の気分次第だった。
機嫌のいい日は足取り軽く園内を一周してすべての動物を眺めに来る。叱責も少ない。

だが機嫌の悪い日は本当に酷い。
神経質に、どこからでも小さな不始末を見つけ出しては奴隷達に理不尽に怒鳴り散らす。
暴力を振るうことも日常茶飯事だった。

しかしそんな日も最後には必ずその何も入っていない空の檻の前に立ち、しばらく眺めると
恍惚とも呼べる表情を浮かべ、今までの激昂が嘘のように上機嫌になって帰っていくのだった。
不気味としか言い様がないその光景に奴隷達の間であらぬ噂が飛び交った。
皆、近づこうともせず、その檻の担当になることを強く恐れていた。

だが、この野心に溢れたこの奴隷は一味違った。
チャンスだと思った。まだ俺にはツキがある。
噂が本当なら領主は毎日ここに来る。
しかも一番のお気に入りだって?
うまくやればすぐに奴隷長にだってなれるかもしれない。
そう何もかもうまく行くはずはないと思うが、とにかく彼は本気だった。

47番は熱心に仕事に取り掛かろうとした。
しかし、その熱意に反して彼にできることはほとんどなかった。
また奴隷長がやってきたのだ。
「領主様からの命令だ。決して檻の中に入るな。」
夜に一度、餌を、鳥とも豚とも違う得体の知れない生肉の入った皿を檻の隙間から差しこむ。
彼の仕事はこれだけだった。
「これは個人的な助言だが、とにかく檻に近づくな、ろくなことにならない、お前の出世の為にもな。」
奴隷長はとっくに彼の魂胆を見抜いていた。いや、誰から見ても明らかだったのだが。
彼はそれだけ言うとやはり逃げるように檻の前から去っていった。

47番は再度落胆した。
それに、やはり檻は近づいて見てもがらんどうなのだ。
生き物、忍び込んだ鼠の気配すらない。どうやっても何も入ってなんかない。
急にバカらしくなってきた。領主は金を儲けすぎて気が狂ったに違いない。
俺はそうならないように気をつけなければ。
そう固く誓って彼はみすぼろしい堅い床の上で寝相を何度も変えながら何とか眠りに就いた。

しかし、次の日彼は驚いた。
皿の上の肉がなくなっていたのだ。
他の奴隷が盗んで食べたのかと思ったが
あの肉は異臭がした。とても人が食べられるような代物じゃない、
それに盗み食いがバレたら厳重な処罰をうけることになる。
俺以外のここの奴隷にそんな度胸のある奴がいるとも思えない。

それとも外から鳥がやってきて、肉を啄ばんだ?
自分がかつていた故郷とは違うのだ、
ここの砂漠では羽を焼かれて鳥は飛ぶことすらできない。
だが、皿の汚れ具合から見てもなにかが肉を食べたのだ。
では、ここには一体何がいる?

次の日、奴隷は一日眠らず、檻を監視することにした。
何がいるのか確かめてやる。

奴隷達が寝静まった夜中、こっそり雑魚部屋を抜け出した。
部屋に一つしかない燭台を持ち出してロウソクに火を点けた。
そして檻へと向かう。

すると人影が立っていた。
あのずんぐりとしたフォルムは領主だ。
痩せ細った奴隷にあんなスタイルの奴がいるはずはない。

今なら二人きり、領主様に近づくいい機会だと思い
奴隷は話し掛けようとした。
しかし、彼に気付いた瞬間、領主は物凄い勢いで走ってきて
彼の手元の灯を弾き飛ばした。そして凄まじい剣幕で怒りだした。

「馬鹿者!お前は一体何をやっているんだ!
いいか?あの檻に火を近づけるな!どんなに小さな光でも、照らしたりするんじゃない、いいな!」
領主の剣幕に圧倒され、奴隷は首を縦に振るしかなかった。
「分かったら、とっとと去れ!首を刎ねられたいのか!」
47番は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

大人しく部屋に戻り、横になった。
相変わらず同僚が物凄いイビキをかいている。もう慣れてしまったが。

最後の領主の言葉は冗談ではないだろう。
一歩間違えればどうなっていたか、想像した彼はここに来てはじめて恐怖を感じた。
しかしまた、どうして恐怖と好奇心というのは表裏一体なのだろうか?
領主はあんな真夜中に檻の前で何をしていたのか?
これまでの出世心とはまた別に、あの空の檻の秘密について、奴隷は強く興味を抱き始めていた。

47番は前よりずっと奴隷達の噂に耳を澄ますようになった。
するとやはり仕事を追われた奴隷が首を刎ねられるのは
本当だったらしい。彼はいかにあの夜の行動が危険なものだったかを
思い知って身を震わせた。
危ないところだった、もっと慎重にうごかなければ。
彼はそれから古株の奴隷と親しくなり、自ら情報を仕入れるようにしたりした。


領主は本邸よりこの動物園の別宅で商談を行うことが多い。
なにしろこれら珍獣ほど話の種になるものはない。
むしろそれ目当てで領主の下へ来る者も少なくなかった。

商人の荷に入り込んで逃げ出すのは
彼の脱出プランの一つだった。
荷は出入りの際に門番に厳重にチェックされるので
この計画には早々に見切りを付けたのだが。

そしてある日、47番は領主と商人が大きな声で言い争っているのを見た。
どうもその商人はあの空の檻を譲ってほしいらしい。
領主は断固として拒否した。
しまいには本題であるはずの商談交渉すら
それが原因で決裂する始末だった。

47番は傍目でそれを眺めながら確信した。
やはりあの檻の中には何かがいる。
それも他の檻の動物とは比べ物にならない程
価値のあるなにかが。

そしてある決心をした。―その生き物を盗もう。
結局、それが俺の本分なんだ。
奴隷長なんてもの目指すより、そいつを盗んであの商人に売っ払っちまった方が早い。
そして次の日来たあの商人の荷車に乗っておさらばするんだ。

そして月のない夜に計画は実行された。
決まって必ず領主が本宅に帰って一家で食事を取る日だった。
しかもあした商業者が荷運びに来るという。
これ以上の好機はなかった。

真夜中、蝋燭を持ち檻へ急ぐ。
この日の為に少しずつ藁をくすねて編んだ
捕獲用の縄も忘れずに持って行く。
どんな生き物かは知らないが彼は身のこなしには自信があった。
たとえいかにすばしこかったとしても必ず捕まえてみせる。

そして慣れた手つきで檻の錠を外した。
腕は鈍っていない。鍵開けはお手の物だ。

47番は火を灯し、檻の中を照らした。
そして遂にそれは姿を現した。
彼は最初、9番の檻に入った、千枚の鮮やかな羽を持つ鳥のようなものを想像していた。
金持ちが欲しがるものはキラキラして光っていると相場が決まっている。

しかし予想に反し現れたのは骨ばった骸骨に皮を貼り付けただけのような白い馬だった。
これ以上なく白い毛並みに、剥き出しにされた歯茎、歯はそっくり人のそれと同じに見えた。
背中にはコウモリのような羽を生やしてそれを小さく折りたたんでいた。

そしてくぼんだ眼窩の奥に宝石のような輝きを放つ銀色の瞳を持ち
静かに彼のことを見つめていた。
47番はその視線に一瞬怯んだ。
その瞳に明らかな知性を察したからだった。

この生き物はグロテスクとしかいいようのない姿だったが
47番はなぜか不気味さや嫌悪感を感じなかった。
容姿の一箇所、一箇所よりも全体の挙動からあふれ出す気高さや高貴さの方が際立っていた。

47番は縄を取り出し、近づこうとした。
しかし、次の瞬間、蝋燭の火でほんの少し照らしただけで
その生き物の身体は突然溶け出したのだった。

光を受けた箇所から順に白い毛並みがしゅわしゅわと泡立ち、
たちまち真珠のように輝く無数の泡が生物を覆い始めた。
そして泡はシャボンのようにふわふわと浮き始めた。
粒のように小さな泡が鉄格子の間を潜り抜け夜風に吹かれて飛んでいく。
47番は呆然とその光景を眺めていた。

シャボンは檻にぶつかったり、庭の木の葉に打たれたりしたが
決して一つも割れることはなかった。

もう身体の大半が溶け出していた。
それでも沸き立つ泡の向こうから銀色の瞳がこちらを見ている。
47番はなおも立ち尽くしていた。
そして最後に生き物が目を瞑るとすべてが泡に飲み込まれて消えた。

-逃げられた
-そもそもあの生き物は何だ?
-あれは何だ?
-この後、俺はどうすればいい

当然、失敗の可能性は想定していたものの
現実は彼の想像を遥かに越え
目の前の出来事をどう処理していいかわからず
47番は膝をつき、途方に暮れた。

するとどこからか、ちいさく、カツンという音がした。
何かが床に落ち転がっている。

拾ってみるとそれは紛れもなくあの泡立つ真珠だった。
拾い上げて灯りに近づけてみると、炎を反射して強く煌めいた。
かすかに向こう側が透けて見える。
豆粒ほど小さく中は空洞のようなのにまるで石のようにずっしりと重かった。

それから夜が明けた。
まだ誰にも知られてはいない。
あの檻が本当に空になってしまったことは。
昨日の真珠を取り出して陽に照らしてみた。
いったいこれは何でできているのか不思議でならない。
しかし、領主が見回りにくれば、ばれてしまうだろう・・・
それには確信めいたものがあった。

そうして彼が頭を抱えていたら
キャラバンが砂漠を越えて荷を運んできた。
主に異国の葉や葦、動物たちが必要とする膨大な餌だ

今朝来た商人は領主が取引する中でも
最も大きい商社の主人であった。
彼は思い切ってその行商人に真珠を見せてみた。

すると商人はそれを見て眼を剥き、その手に飛びついた。
そして必死になって47番の足元に縋りついた。
「わ、私の持っているす、すべての財産をお、お前にやるから
それと、こ、これとを引き換えてくれないか・・・!」
必死なあまり声は震え、しどろもどろだった。

奴隷はその提案に驚き
願ってもないことだったので
快く承諾に応じた。

了承を示す差し出された右手に
その商人は目に涙を浮かべ、
ありがとう、ありがとう、と何度も感謝の意を述べながら
握った手を風を切る音がするくらいの勢いで何度も振った。

こうして奴隷、いや元奴隷は真珠と引き換えに
荷車とかなりの財、つまり砂漠を抜ける手立てと当面の生活を手に入れたのだった。

しかも商人はあろうことか自分から服まで脱ぎ出した。
財産すべてとは言ったが流石にそこまでしなくていいと
元奴隷は言ったが、元商人は
こうしなくては自分の気が済まないと言ってやめようとしなかった。
そしてたちまち貴族のような煌びやかな衣装から
乞食同然のみすぼらしい格好となった。

しかし、目には少年のような輝きを称え、なにやら言葉にならぬ歓喜の叫びを上げながら
踊るような足取りでどこかへ走り去った。
どこからみても狂人にしか見えず、元奴隷は唖然とした。
そして叫び声に反応して動物達が目覚め、みなけたたましい鳴き声を上げたので
屋敷は一時、騒然となった。

そしてその騒ぎに乗じて遂に元奴隷は忌々しいあの生活から抜け出すことに成功した。



とりあえず行く当てもないので
譲り受けた駱駝馬車を引いて
物を売りながら各地を回ることを思いついた。
元奴隷の本当の名前はエージと言った。

いい加減な男ほど口が上手い。
エージには商売の才気がありたちまち儲けを生み出した。
なんだ、盗みなんかよりはじめからこうすればよかったんじゃないか、と
彼は笑いが止まらぬ思いで馬車を走らせた。


時が経ち、エージはそろそろ故郷に帰ってもいいかもしれないと思い始めていた。
彼はいつの間にかこの国で最も有力な商人の一人に数えられるほどになっていた。

そして故郷にかつて奴隷だった頃の領主よりも
遥かに大きな宮殿を建て妾を何人も持った。

旅の最中、ここにいたるまでに、尽きることのない広大な塩水の湖を見た。
砂の代わりに雪が敷き詰められた氷の土地を見た。
古代の民が積み上げた偉大な王の墓標と巨大なその番人を見た。

荷には喉の渇きを抑える薬や、人に起きたまま夢を見せる葉巻・・・
他では到底手に入らない珍しい品が幾らでも揃っていた。
それを求めて各地の豪族たちが彼の下へ集まるのだった。

金で手に入るものはすべて手に入れたと彼は思った。
あらゆる国を自由に行き来し、政治家に口利きをして下手をすれば
彼の言葉ひとつで国を動かしかねないような政治的権力も握った。

しかし、どんな景色を見ても、どんな希少な品を手に入れても
そのなかにあの日見た銀色の瞳を忘れさせるものはないということに
やがてエージは気付き始めた。

野心を叶え、誰もが羨む富豪になったというのに
何をしても満たされない。その胸中は空虚そのものだった。

満たされぬ渇きに耐えかねとうとう彼は
あの生き物を探す放浪の旅に出るようになった。
今になってあのとき商人に真珠を渡したことを烈しく後悔している。
彼は着の身一枚、灼熱の中、裸足になってさえ跳ね回って喜んでいた。
彼はあの真珠の秘密と価値を知っていたのだ、あぁ渡すんじゃなかった。
失ってから日を増すごとにあの日の出来事は彼の心の中で重みを増した。

太陽の照りつける真昼、また例の客が夢を見る葉巻を一ダースほど買いに来た。
このご老人、アルゲントはもはや葉巻の中毒になっており
普段、見ているものが夢か現かも怪しくなってきていた。
しかし、その日は調子が違った。
眼は見開かれ、顔には生気が宿り、いつもの千鳥足ではなく一直線にこちらへ向かってきた。
そしてはっきりした滑舌でエージに語り始めた。

「あぁ、旦那。俺はついに葉巻の吸いすぎでおかしくなっちまったみてぇだ。
俺を治す薬を売っておくれよ、な?あるんだろ?
ついさっき、この町の外れにある見世物小屋に行って、
葉巻に火を点けようとマッチを擦ったら
銀色の目をした化物が泡みたいに溶けてったんだ。
ここ数日は金もなくて葉巻を吸ってねぇのに
あんなおかしなものが見えるなんて、いよいよ俺は中毒なんだ。
だから薬を・・・ あれ・・・おかしいな・・・財布がない!」

アルゲントはあまりに動揺して慣れないような走り方をした為に
どこかで財布を落としてしまったようだ。

しかし、そんなことはエージにはどうでもいい。
彼もまた別の意味で動揺していたからだ。
どれだけ探しても見つからなかった。
まさかこんな辺鄙な町で出逢うとは。

一刻も早くその見世物小屋とやらに向かわなければ・・・
エージは店をほっぽり出して走り出した。
しかし、その足に老人が情けなくしがみつく。

「あぁ、待ってくれ、旦那!金なら幾らでも出すから!」
「離せ!私は行かねばならぬのだ、あんたの相手をしてる暇はない!
第一、さっき金がないと言ったばかりじゃないか、ふざけるのも大概にしろ!」

「いや、違うんでさぁ!見てくだせぇ、これを
化物が消えた後に残した銀の泡の一粒です!
宝石みてぇだ、きっといい値がつくはずだ、だから・・・」
老人はあまりに口早に喋ったので息切れしてそのまま
地面に倒れてしまった。

エージは老人を助け起こすでもなく
老人の左手をじっと凝視していた。
なにかが固く握られたその手を。

心臓の鼓動が早鐘を打っている。
騒がしい大通りの雑音、なにひとつ彼の耳には入らなかった。
彼は今、記憶の中であの日の夜の静寂を聞いていた。
ようやく、理解した。これから自分の身に何が起こるか、彼にはすべて分かっていた。

「アルゲントさん・・・」
その商人は言った。
「ここにある私の財すべてとあなたの真珠を引き換えてはくれませんか?」

彼の心はまさに衣を脱ぎ捨て、すべてを投げ打ち
足の裏を焼く砂の上で踊り狂い、歓喜の叫びを上げる準備をしていた。

おわり。

銀色の瞳

銀色の瞳

その銀色の瞳を見た者は莫大な富を得る代わりに永久に何かを失う。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-25

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