仮面夫婦

私は美しいものが好きだ。
反対に美しくない自分の顔が大嫌いだった。
だから仮面をした。
それは誰にでも好まれる平均的な日本人の顔だった。
会社でも家でもはずしたことはない。
誰もそれを咎めないし不思議には思わない。
皆何かしらの仮面をつけて生活しているからだ。
空前の整形ブーム、伊達マスクブーム、その次は仮面ブームだった。
ある日誰かが付け出したことを発端に次々と皆それを装着するようになった。
街を見渡せば常時うすら笑みを浮かべた仮面の群れが闊歩している。
一見それは異様な光景に見えるが、沢山の人に好印象を与え人間関係を円滑にするという効果があった。
笑顔の仮面はコンビニで接客する店員や営業の仕事をしている人に人気だった。
逆に学校では没個性的な表情のない仮面が流行った。
授業中寝ているとばれないように、教師に目を付けられないようにするためだ。
それだけで通信表の成績は標準以上を貰うことができた。
まさにいいことづくしだった。
夫との結婚はお見合いだった。
そのときもお互い仮面をつけていた。
隣に座る両親も相手の親も皆仮面をしていた。
夫はさわやかでイケメンな上に優しい顔の仮面をしていた。まさに理想的な相手だった。
彼も私のお面を気に入り、交際して一ヵ月後には式を挙げた。
一年後には子供を授かった。
子供も自分たちの理想とする顔の仮面をつけさせた。
生まれた子供が不細工だと学校でいじめられてしまうからだ。
結婚生活は順風満帆だった。
皆不満を口にすることもなく常時笑いの耐えない家庭だった。
反対に仮面をつけていない隣の家の夫婦は喧嘩が耐えなかった。
隣の奥さんはいつも泣き腫らした顔をしていた。
それを見てふと自分の元の顔がどんなだったかと気になった。
鏡の前で仮面をはずそうとしたが、仮面が強く顔に貼り付きはずれなかった。
長年付けっぱなしだったお陰で皮膚と結合してしまったらしい。
私はとうとう自分の顔が思い出せなくなってしまった。
だけど私には優しい夫と子供がいる。
それだけが自分という人間を保つことができる唯一の手段だった。
しかしあるとき夫が帰宅すると、スーツから知らない香水の匂いがした。
問い詰めると彼は隣の奥さんと不倫をしていたと白状した。
私は怒り狂った。
それなのにどうしても怒りの表情が作ることができなかった。
笑顔の仮面が貼り付いてまるで心にブレーキがかかったように言うことを聞いてくれない。
本当は泣きたいほど悲しいのに、それを怒ってないと思った夫はその後も隣の美しい顔の女と浮気を繰り返した。
私も優しく穏やかな夫の仮面に騙され翌日にはキレイさっぱり忘れていた。
しかし遂にその重い呪縛から解き放たれる時がきた。
あるとき夫が酔っ払って帰ってきた。
それについて追求すると夫は近くにあった灰皿を私の顔面めがけて投げつけた。
その時仮面の一部分が割れて私の素顔があらわになってしまった。
初めて晒す素顔に動揺する私を見て夫が言った。
「何だその顔は!?こんな顔だと知っていたら絶対にお前と結婚しなかった!」
自分の不貞に謝罪するどころか私の顔をあざ笑ったのである。
私は夫に対して初めて殺意が芽生えるのを感じた。
仮面を外しゆっくりと立ち上がる。
もう私を邪魔するものは何もない。
そして私は今までの溜まった鬱憤を込めて夫を包丁で殺害した。
その場に崩れ落ちる夫。
そういえば彼と出会ってから一度も仮面の下を見たことがない。
最後に素顔を見ようと夫の仮面をそっとはずした。
夫の顔は仮面とは似ても似つかない禿ネズミのような醜い顔をしていた。
似た者同士の結婚。
あまりの滑稽さに思わず笑いが溢れてしまった。
そして私は気づいた。
私が愛していたのは夫ではなく彼がつけていた仮面だったということに。
その後私は再婚した。
新たな仮面をつけ第二の人生をスタートさせた。
新しい夫は昔の夫と全く同じ仮面をしていた。
だから息子は未だに父親が入れ替わったことに気づかない。
誰も夫が死んだことにも気づいていない。
もしくは気づいていても仮面に支配された人々はそれを表に出せないのかも知れない。
代わりはいくらでもいる世の中。
私たちはそんな世界に何の疑問も持たないまま、今日も素顔の上に仮面を貼りつけて生きている。

仮面夫婦

仮面夫婦

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-25

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