陽だまりで見た遺書

この作品は自,殺などと言った言葉が出てきます。できるだけ明るい話になる予定ですが、ご注意下さい。
また、奇病などといったものも出てきますので苦手な方はご注意下さい。

プロローグ

君は、あの日のことを覚えていますか?
忘れっぽい君のことだから五年前のことなんか覚えていないかもしれないね。
でも私は今でもはっきりと覚えているよ。
君がくれた言葉のひとつひとつは今でも私の心の中できらめいている。
あの日、君が私を変えてくれたからかな。

ああ、また無性に君に会いたくなってきたよ。
そんなことを言っても叶わないのはわかっている、ちょっと言ってみただけだよ。
まあそんな感じで私は元気にやっています。
だから

ゆっくり眠ってね。

1

窓から見えるいつもの景色。
もう春なのに葉をつけていない樹木
いつになっても取り壊されない廃ビル
しおれた花
他人から見たら寂しい光景と思うだろうが、わたしにとっては最も落ち着く光景。

「はあ」
そんなため息をついても誰か心配して声をかけてくれるわけでもない。
唯一心配してくれるのは担当看護師の加藤さんくらい。
なんていったってここは奇病研究病室。
最近世の中で話題になり始めた、治る確率が低く、今の科学では証明できない不思議な現象を起こす病気のことをまとめて奇病と言い、簡単にいえばその奇病を研究するための病室というわけだ。
この研究室には私を含めた七人がいて、最近(といっても二か月前だが)入った私が当然一人部屋となっている。
寂しいといえば寂しいが奇病の患者でのトラブルは意外とあるらしいから一人でもいいかなと最近思い始めている。

「ここに新しい患者さんが入ってくるそうよ。これで寂しくなくなるわね。」

そんな爆弾発言を加藤さんがにこにこしながら言ったのはいかにも春!と言っていいほどポカポカと太陽の光が差し込むいい天気の日。
きっと加藤さんはいい意味で言ったのだろう。それに応じて喜ぶべきなのだ。本来は。
しかしひねくれている私の返事は
「えーめんどくさいなあ。」
と入ってくる患者にもいい知らせを持ってきてくれた加藤さんにも失礼なものだった。
そんな最低な返事にもかかわらず加藤さんは
「またそんなこといって、ほんとは寂しかったんでしょ」
とまたもやにこにこしながらいってくるので私は愛想笑いでごまかした。

この病室に入ってくるということはもしかしたら同じ奇病かもしれない…そんなことも考えてはみたけれど、期待が外れたときの悲しさを引きずらないためにも今はあまり考えないでおこう。
そう思いつつもやはりため息がでる。
それをみていた加藤さんに「幸せがにげるよ」と言われた気がしたが今更幸せなんて…と思い本日三度目のため息をついた。

寝るのは好きだ。
とても心地良いし、何より現実を忘れられる。

奇病研究病室ではだいたいお昼から日替わりで違う検査をするのだが、それが終わればほぼ自由だ。
ネットサーフィンやら音楽を聴くとか…入院してから色々やってみたがやはり寝るのが一番いい。
まあ当然そのせいで夜は寝られなくて起きているのだが、夜の病院というものは思っていたより怖くなくて今は密かに探検したりしている。
加藤さんとかに見つかったら…と思うと少し躊躇うが、やはり深夜テンションには勝てずにいつも抜け出してしまっている。
むしろ今はその冒険のために寝ているといっても過言ではない。

そんなふうに今日も検査が終わり、夜のために昼寝をしていたのだが、今日はやけに騒がしくて浅い眠りを繰り返していた気がする。
今更二度寝するのもめんどくさかったし、今は起きようと目を開けた。

目を開けた

‘‘誰かの顔‘‘が目の前にある。
そんなことだれが想像していただろうか。驚きすぎてフリーズする。

するとその”誰か”は
「あっ起きた」
となんとも嬉しそうに言うものだから内心起きたのがそんなにうれしいのか?と奇妙に思いながら体を起こす。
体を起こしたことで脳がやっと動き出し、もしかしてこの子が加藤さんのいっていた新しくきた患者仲間なのかなと思い普段はめったに使わないコミュニケーション能力をフル活動させて話しかけてみることにした。

3

「あなたは?」
 自分のコミュニケーション能力がこれ程だったとは情けない。もっとましな聞き方があったろうに…とおよそ二秒悔やんでいるとその子はにこにこしながら私を見ていたので一気に顔に熱が集まる。
「ふふ、あ、ごめんね。わたしはうみの。海に野原の野って書くの。苗字みたいでしょ。」
 そういうと海野さんはまた、ふふっと笑った。
 相手に自己紹介させておいて自分がしないのもおかしいから海野さんと同じ感じで自己紹介をしてしまおう。
「あ、私は、ななと言います。奈良の奈に数字の七で奈七です。」
 私はそこまで言うともう一度海野さんを見た。
 こうしてみると海野さんは美形だ。長くてきれいな黒髪、白い肌、ぱっちりしている目、などなどどこから見ても容姿端麗だ。突然、
「奈七ちゃん歳は?」
 と海野さんが聞いてきたので思わず肩が跳ねた。しかし
「あっ、十六歳になる年です。」
 と普通に返せたのでよかった。
 そんなことは置いといて、私の返事を聞いた海野さんは、
「本当に!じゃあ私と同い年だね!」
 と本当にうれしそうにいった。

 正直、これで同い年か…と思うとなんだか悲しくなってくる。
 


 長い沈黙が続く。本当はそんなに長くなかったかもしれないが、とても長く感じた。
 その間、海野さんはまだにこにこしていたし、私はきっと何とも言えない顔をしていた。

 そんな中、急にドアが開き、加藤さんが海野さんと同じくらいの笑顔で入ってきた。きっと毎日何度もする恒例行事の体温測定と血圧測定をしにきたのだろう。
 私は心のなかでナイス!と加藤さんにいいつつ、おとなしく体温計を入れる。
 

 

5

  あれから特に何もしていないし、海野さんとも話していない。ただ時間だけが過ぎていった。

 窓の方を眺めながらどうでもいいことを考えていたら、突然海野さんが横の本棚からバインダーを取り出して呟いた。
 「これってなんだろう…」
 特に答えるつもりではなかったが、物も物なので、しょうがないなぁといったかんじで言った。
 「ああそれ、奇病辞典ですよ」
 「じゃあこれって奇病のこととか載っているの?」
 「あ…まあだいたいなら載っているんじゃないんですかね」
 「そうなんだ…ありがとう」

 海野さんの表情がまるで、今までしまいこんでいた嫌な物を見たような…そんな悲しそうといったらいいのか、苦しそうといったらいいのか、そんな表情をした。
 まあ、それもすぐに消えたから、気のせいだったのかもしれない。
 しかし、辞典を熱心と言ったらいいのか…むさぼるように読んでいる海野さんを見ていると気のせいでなかったのかもしれないと思った。

 それからしばらくして、海野さんは読み終えたのか、ふう、と息をついたのが聞こえた。
 私はその間海野さんを眺めているわけにもいかず、またどうでもいいことを考えていた。

 息をついた海野さんはしばらく宙を眺めていたが、意を決したようで
 「ねぇ…」
 と声をかけてきた。私が返事を返す間もなく、
 「奈七ちゃんの病気って何なの?」
 と聞いてきた。

 
 静まりかえる病室

 なぜこのとき答えられなかったのか。今ならわかる気がする。

 そんなことは置いといて、きっとその時海野さんは空気を読んだのだろう。

 「あ、ごめん。言いにくい話だったよね…」
 といった。
 気まずい空気が流れる。

 「じゃあ、当ててみませんか?」
 「え?」


 なんでこんなことを言ったのか、今でもわからない。

 「そうだなあ…その辞典のなかにある奇病から選んで、一週間に一回だけ答えるとかどうですか?ほら、奇病って少ないんで一日に何回も聞いていたらすぐ終わってしまいますから」
 「そうだね……面白そうだしやってみる!」
 「じゃあ先に当てられたら罰ゲームとかにします?」
 「いいね、うーんじゃあ当てられたほうになんでもできるとかは?」
 
 そのあといろいろ案を出し合って結局海野さんの案になったのだが、その時の会話の内容はもう覚えていない。

6

私が敬語をやめたのはきっとその後からだったと思う。

 その日は一日中小雨が降っていて、肌寒い日だった。

 「奈七ちゃんおはよう。」
 いつもと変わらずにこにこして挨拶してきた海野さん。朝、低血圧な私には到底できない技だと思う。
 「あ、おはようございます。」
 何とかして微笑んだつもりだが、きっとロボットのようにぎこちない微笑みだったのだろう。

 そんなこんなで朝は過ぎていき、ああ今日は雨か、とどうでもいいことを考えていたら
 「奈七ちゃん!」
 と急に海野さんが話しかけてくるものだから
 「うわあ!」
 と叫び声をあげてしまった。
 「ど、どうかしました?」
 「いやあ、色々考えていたんだー奈七ちゃんのこと。」
 
 一瞬何のことかわからなかったが、すぐに奇病あてのことか、と思う。
 海野さんは少し困ったような笑顔で言った。
 
 「奈七ちゃん敬語でしょ?ほら私達せっかく同い年なんだから敬語とかやめない?」
 「無理です。」

 即答してしまったことをすぐに後悔した。はっとなって海野さんをみると笑顔は消えていた。

7

 すぐに海野さんは笑顔を作って
 「そっか…そうだよね、急に言ったりしてごめんね。」
 そういってベッドに戻った、と思っていたのだが、少し困った顔でこちらを見ている。
 ハッとなって見ると、どうやら服の裾を掴んでいたようだ。
 「あっ、すみません。」
 その場でパッと放したが、なんだかやりきれない気持ちになり、今度は腕を掴んだ。
 「さっきは本当にすみません。でも敬語が外れないのはもうしょうがないことなのかもしれないんです。せめて理由だけでも聞いてくれませんか?」
 そういって海野さんの目を見ると、海野さんはにっこり微笑んで隣に腰かけた。

  大きく深呼吸したらだいぶ落ち着いたので、じわじわと話し始めることにした。

 「えっと、何から話し始めればいいのかわかりませんが…
  私がまだ学校に行っていたとき、そのクラスには何というか…お嬢様みたいな人がいて、その人が小さい頃から周りから大切にされてきたというか、使用人の人とかお世話係の人とかから敬語を使われて育ったらしいんです。それで自分より位が低いというか、対等な立場にないものは敬語であるべきっていう考え方が染みついていて、クラスメイトのほとんどがその子に対して敬語を使わなければならなかったんです。」

 一旦話を止めて深く深呼吸をする。

 「それで敬語を使わなかったらその子からは基本無視で終わるんですけど、それよりその子の信者というか、取り巻きの人から嫌がらせをされるんです。」

 「それで奈七ちゃんが嫌がらせに?」

 「いえ、自分の親友が嫌がらせに遭ってしまって…助けてあげれたら良かったのですが、丁度その時自分は盲腸で入院してしまっていたんです。海野さんは普通病棟に行ったことありますか?あそこの西側の窓から廃ビルが見えるんですけど、そこから」

 「もう大丈夫。」

 そう言われてハッとなった。海野さんはゆっくりといった。

 「つまり見てしまったってことだよね?」

 一瞬その光景がフラッシュバックしそうになったがなんとか抑えてこくりとうなずいた。

 「本当にごめんなさい。」
 
 びっくりして顔を上げると海野さんはもう一度謝った。

 「いえ、敬語を外せない自分が悪いので、海野さんは何も…」

 「ううん、自分が無理に言わなければ奈七ちゃんが思い出すことはなかったから…」

 そういって表情を沈ませる海野さんの手を強く握っていった。

 「そんなこといわないでください、海野ちゃん!」

 あっ、と思ったが海野さんはもっと驚いた顔をしていた。


 おそらくこの時からだったのだろう、海野さんとの距離が近くなったのは。

陽だまりで見た遺書

閲覧ありがとうございます。
久しぶりの更新です。また勝手に新作も考えています…。

陽だまりで見た遺書

病院でたまたま出会った二人の少女たちが持ちつ持たれつ関わりあうことで自分を認め成長していく話です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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