蜘蛛の娘
アラネアと呼ばれた蜘蛛 -1-
上半身は女性だった。その見た目は、可憐な少女と言えるのかも知れない。
一糸さえも纏わず、身体を隠すこともしない。別に恥ずかしくないとも言っていた。
白い髪は無雑作に伸びていて、大きく丸く、赤い瞳は僕を見つめる。
下半身は蜘蛛だった。それはそれは巨大な蜘蛛で、おぞましささえも感じてしまうほど。
黒っぽい体毛が足先から付け根まで生えていて、
赤黒い腫瘍のようなものが上半身との繋ぎ目に無数にあり、それはまるで目玉のようにも見える。
八本の脚はその一つだけで僕の身長よりも大きく、だからその子は巨体だった。
僕は蜘蛛女と出会った。森の中、歩いているとその子の方から僕を見つけた。
最初は食べられるのかと思った。その姿は巨大で恐ろしく、僕も腰を抜かしてしまった。
だけれどその子は僕を見て、少し微笑み、首をかしげていた。
「食べないよ?」
なぜ僕が腰を抜かしているのか、そんなことはお見通しなのだろう。
少女らしい活発さを感じる声と、そもそも人間の言葉を話したことに驚き、目を丸く見開く。
上半身だけで言えば、僕と同い年ぐらいだろうか。十四か、そこらか。
「……ホント、に?」
そう言われても、まだ立ち上がることはできない。まだ腰が抜けてしまっている。
「恐がりさん、なんだね?」
彼女は、とても楽しげに笑っていた。
「じゃあ聞くけれど、君は食べられたいのかな? そんなわけはないでしょ?」
なんて陽気に話しながら、八本のうちの一本、しかし僕の身長を超えている脚が、
僕の顔の近くまで近づいてきた。無数の黒く、堅い体毛。
しかしその脚は僕の身体を突き刺したりはせず、直前で止まった。
奥にある彼女の顔を見る。首をかしげて、やはり笑みを浮かべていた。
どういうつもりなのだろうか。このぐらいにもなると僕も落ち着きを取り戻し、その脚に手で触れる。
すると彼女は、楽しそうに、嬉しそうに、笑い声を上げた。
「はい、握手!」
巨大な脚が上下に動く。それにつられて、僕の手も上下に動いた。
この脚じゃなくて、腕があるじゃないか! だなんて口には出せなかったけれど、ムッとした。
上半身の少女の身体には、確かに腕がある。それで握手すれば良いのに。
「……君は、誰?」
立ち上がる。彼女の上半身は僕の目線より少し上にあり、本来ならば見上げなければならない。
しかし彼女は僕に合わせるように、身体を沈めてくれた。おかげで、彼女の顔が近くにある。
上半身だけで言えば、とても可愛らしい少女だった。
「名前なんてないよ?」
彼女の笑みが少し歪んだ。
「こんな身体だからね、人間の名前は持ってないんだ」
いつもは蜘蛛娘ってだけ呼ばれていると、彼女は言った。
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「じゃあ、名前はアラネア……ってのは、どう?」
名が欲しいって言われて、僕が名付けた。アラネア、蜘蛛を意味する昔の言葉。
安直だと思ったけれど、気に入ってくれたようで、アラネア、アラネア、と何度かその名を呟き、
満足そうに肯いていた。
「アラネア……アラネア、ね!」
大きな瞳が、より大きく見開かれる。赤い瞳の奥に、歓喜の光が見える。
「良い名前じゃない、アラネア! 気に入ったよ、アラネア、って!」
その喜びように少し戸惑い、けれども気に入ってくれていたことには単純に喜んだ。
アラネア。その時から、アラネアの元へと足を運ぶことは日課になった。
蜘蛛の娘