思い出

 思い出すのはあの、からだの肉を、アイスクリームをすくう丸いやつですくわれる、感じ。
 こんにちは。こんばんは。おはようございます。ぼくというニンゲンは、きょうも、きみのことを考え、きみのことを想い、きみのためにごはんをたべ、きみのために呼吸をしているのですが、さいきん、ぼくの耳の中を住処にした小さなリスが煩わしくて、困っています。花のにおいは常に漂ってきますが、花の名前はわかりませんで、ぼくは学校に行くと、どうにも血が沸騰してしまう体質のようで、きのうも、おとといも、クラスメイトのニンゲンを三人ばかり殴り倒してしまいました。あの花のにおいのせいかと思われますが、花のにおいはどこにいても、におってくるものですから。どこにいても、におってきますが、誰かを殴りたいという衝動に駆られるのはあの、おなじような背格好の性格の異なるニンゲンがぎゅうぎゅうに詰めこめられた四角い箱に入った瞬間、だけなのでありますから、名も知らぬ花のせいではないかもしれない。花は、耳の中のリスが、どこからか摘み取ってくるのです。小さな黄色い花。ぼくの耳の中はリスの抜けた毛と、糞と、エサのたべかすと、黄色い花の落ちた花びら等々で、大変なことになっている。誰かと暮らすのって面倒なことなのだな、とつくづく思います。
 そうそう、あの、からだの肉を、アイスクリームをすくう丸いやつですくわれる感じですが、あれはきみが、ぼくの目の前で焼失したときに初めて感じたものでありました。きみは青い炎に包まれて、焼けて、いなくなりました。青い炎の中に吸いこまれた、とも表現できるし、青い炎に骨まで焼かれて塵となり、塵となったきみは空気中を舞う塵と一緒くたになって、どれがきみなのか判別ができなくなった、とも言い表せるのですが、どちらにせよ、きみが青い炎に包まれて消えたことには変わりないのでした。きみは、ぼくの、すべてでありました。愛した人でありましたし、憎んだ人でもありました。殴りたいと思ったことはありませんが、からだの内側をめちゃめちゃにしてやりたいと思ったことは多々とあり、内側といっても臓器や血管などではなく、そう、心とか神経とか、そういう精神的な部分を傷つけたくなったことはあり、傷ついたそれらを癒してやりたいとも考えていたのでした。きみは、かわいい人でありました。やさしい人なのでした。家族を愛し、友だちを大切にし、知らない誰かにも思いやりを垣間見せ、道具も大事に使う、そんな人なのでした。ぼくが拾ってきた小さなリスのことも、大好きなのでした。小さな頭を小指で撫で、丸まった柔らかい尻尾を触ると、きみは極上の至福を手に入れたかのように、とろけた表情を見せるものですから、ぼくは幾度か耳の中の小さなリスに嫉妬したことがありましたね。覚えていますか、きみ。
 それから、コンビニエンスストアの前での、やりとり。
 ぼくはそのとき、おにぎりを三個とからあげを買い、きみは菓子パンを一個とおにぎりを一個とアメリカンドッグを一本買い、ふたりでコンビニエンスストアの前で我慢できずにおにぎりの封を開けたのだけれど、きみが、
「きょうの部活、たのしかった」
と言って、ぼくが、なにがたのしかったのかたずねると、きみは、
「誰かが言ってた、痛みを感じるってことは、生きているということ。心臓が正しく動いているということ。汗が目に入ったとき、ものすごく痛かったよ」
 きみはぼくに向かって微笑んでから、明太子おにぎりをぱくぱくたべた。
 ぼくは、ふうん、とだけ言って、ツナマヨおにぎりを、もさもさたべた。
 では、いま、クラスメイトを殴っても拳の痛みを感じないぼくは、生きているようで、実は生きていないのかもしれません。きみが、焼け死んだのならば、生きていなくてもいいと思うし、けれども、きみが、単にその場から焼け消えただけで、どこかでひっそりと暮らしているのであれば、ぼくは、生きていなくてはなりません。
 耳の中のリスが、なにやらがさごそとしている。不快感は、次第になくなりました。ぼくはリスに、きみの名前をつけるような真似はしていないけれど、でも、面倒とは思いながらも、きみの分身として可愛がり、やさしくしているよ。
 きみ。
 ぼくはさいきん、また少しお腹が出てきたのだけれど、きみはどうだい?

思い出

思い出

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-23

CC BY-NC-ND
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