悪魔コーポレーション
その時僕はインド産の、どこからも開けることのできない岩塩の袋と格闘していた。
いただいたそのお土産にはいわゆる「開け口」と呼ばれるものが見当たらない。
コンソメスープはとっくに湧き上がっており後は塩をミルで削ってまぶすだけだった。塩には気を使うタイプだった。
やっとハサミを使う発想に至ったころ、そう、突然に、悪魔があらわれた。
「こんにちは、悪魔コーポレーションの者です。悪魔的サービスに興味はありますか?」
少し胡散臭いが、みるからに悪魔という風貌だった。つま先で机に立ってるのかと思ったら、少しだが、浮いている。
「ないね、どうせ命をくれとか言うんだろ」
「察しがいいですね。率直に言えば命とか魂とかが欲しいです。」
「素直な奴だな。魂なんか何に使うんだ?」
「業務内容はくわしく話せませんが若い人の魂を取って悪魔にして働かせます。」
「人間を言葉巧みに死に追いやり、すぐさま魂を拾って悪魔にしてしまいます。死んでから時間がたつと魂の鮮度が落ちますからこれも難しい仕事です。」
「僕は悪魔になる気はないよ。てかホンモノ?」
「そうなんです。最近の人間は我々を見ても『そういうファッションあるわ~』とか『俺、ヘビメタは趣味じゃないんだよね』とか言って悪魔を信じようとしません。『ついに俺にも魔獣召喚魔法が使えるようになったか!フハハハハハァ』とかほざいてどっか走っていっちゃうやつもいました。」
「お前も大変なんだな。」
殺されるのは困る。しかし確かに人間というのは欲にまみれ、自分勝手な行動に走り、嘘をつく。こちらの方がよっぽど悪魔なのかもしれない。そういう奴がいるから悪魔というのも生まれてきたんじゃないか。
「突然命をくれというのもやはりハードルが高いので当社としましても、もっと手軽なサービスをご用意しようと取り組んでいます。」
「人間の身長をもらったり、つめや髪など体の一部をもらったり、もちろん提供できるサービスも簡単なものになりますがね。」
「ふーん、髪の毛なんかでもいいんだ。」
今、結構羽振りよく遊んでいるので金欠気味である。散髪気分で5センチくらい持ってってくれるなら切りに行く手間が省けるというものだ。
「そういう…取引っていうのか。は、どういう風に行うんだい?」
「難しいことは何もありません。火をつけたろうそくを持ち、私の名前を呼ぶだけでいいんです。」
「そうか、簡単だな。髪を5センチほど売りたい。サービスは……後で考える。ろうそくとマッチを取ってくるから待っててくれ」
僕は引き出しをごそごそやって、いつだったか焼肉屋でもらったマッチと古びたろうそくを一本取ってきた。
「本当にそれだけでいいのか?」
「はい、そうです。」
マッチ箱を左手で持ち、一本のマッチを箱の側面にこすりつけた。
もっと早く気付くべきだった。そういえば変なにおいがするような気がしたんだ。悪魔とのおしゃべりに夢中になっていたのかもしれない。しがないサラリーマンみたいなことをいう悪魔に親近感を覚えていたのかも。
塩をふり損ねたコンソメスープは煮立ちに煮立って、吹きこぼれ、ガスコンロの火を消してしまっていた。
僕はろうそく一本どころか盛大にアパートの一室を炎上させてしまった。
「毎度、ありがとうございました」
悪魔の声が聞こえたような気がした。
悪魔コーポレーション