佐藤先生のしあわせ
気後れしないで。
佐藤先生は、加藤先生に手を引かれて、嬉しそうに笑いました。
ある日のことです。
私は、佐藤先生が(同級生なのだけど)加藤先生に、公園で手を引かれているのを父の運転する車から見ました。
二人は日向の猫のよう、三毛猫と白猫。お似合いで、素敵でした。
大人しそうな佐藤先生の黒髪が、品の良いベージュのセーターの上で耳にかかって揺れていました。
加藤先生は、子供たちに人気です。
スポーツ刈りの髪型がかっこいい笑顔に似合って、とても素敵です。
私は心の中で、佐藤先生の幸せを祝福しました。
ところがです。
11月の雨の中、佐藤先生は一人で駅前のバスのロータリーに立っていました。
加藤先生が、離れた場所に立って、しきりに佐藤先生を気にしていました。
私はなんだか気になって、ちらちら見ていましたが、駅から出てくる私を見て、佐藤先生が「香苗ちゃん!」と叫びました。
手を振る先生から、離れていく加藤先生。
私は「どうして?」と思いながらも、大人な佐藤先生のことだから、と聞かずにおいて、とりあえず一緒にミスタードーナツでコーヒーを飲みました。コロコロしたドーナツを一粒だけ選んで食べました。
「香苗ちゃん、彼氏できた?」
どき、として「え?まだだよー」と言うと、佐藤先生は「私も、ぜーんぜん」と言って笑いました。
イヤリングもしていない、指輪もマニキュアも塗らない佐藤先生は綺麗でした。
私は加藤先生に手を引かれた佐藤先生の笑顔を思い出して、「どうして?」と声に出して聞いてしましました。
佐藤先生は、「いい男には、いい女が付いてるもんなんだよ」と言って、明後日の方を見ていました。
と、と、と傘から雨が滴り落ち、靴の先を濡らしていきます。
私は悲しくなってしまいました。
佐藤先生、身を引いたんだ。
私は若干、加藤先生が恨めしくなって、でもあの純粋な待つ姿には何か心を打たれるものがあって、この二人の間には、決して立ち入ってはいけない、そう思いました。
だから何も、聞かなかった。
ある日、加藤先生が、バイクに乗ってうちの酒屋にお酒を買いに来ました。
私はじーっと彼の顔を見ながら、「佐藤先生が、いい男にはいい女が付いてるって、言ってたよ」と言いました。
加藤先生は「え?」と言って、黙って、それから「やな男には、誰もいないよ」と言いました。
私は思い切り立って、「それなら部屋で飲む酒なんか選んでないで、紗江ちゃんのとこ行きなよ!」と後ろを指さして叫びました。
清隆君は、俯いて、「俺にそんな資格、あるかな」と言いました。
「もう、似た者カップル!!」
私はそう叫んで、日本酒の「初雪」を選び、どんとバイクに載せてから、「さあ、行った行った」とヘルメットを被りました。
清隆君は、ちょっと沈んでいましたが、つと顔を上げ、「おう!」とバイクに乗りました。
それから海沿いの国道を飛ばし、お巡りさんに「君たち、飲んでないよね」とパトカー越しに聞かれ、「これからです!」と答えると「なら、よし」とにっと笑われました。
「うっしゃー!」と清隆君が叫びました。
部屋の前に着くと、はーはーと息が二人弾んでいました。
チャイムをぴんぽーんと押して、ごくりと息を飲む。
がちゃりと開いたその先に、紗江ちゃんはいて。
「見て、初雪だよ!」
そう言って、私は清隆君を押し込んでドアを思いっきり閉めました。
カンカンカン、と階段を下りて、部屋の明かりが点くのを見て笑いました。
初雪が降ってきます。
せめてアウターを着てくるべきだったと、私はさむさむとタクシーの前まで走って行きました。
佐藤先生のしあわせ
二人の幸せを願う。