子供遊び
一
甘いものが欲しくて泣いたとき,ワタル君は落ちている木の枝を必ず見つけて来て,それを手に持ち,腕を伸ばせるだけ伸ばしてから,そこをクルクルっとかき回した。まわりをふっくらにまとめて,もう支えきれなくなったと言えるようになるまで,それから,ワタル君はそれを私に手渡した。枝の真ん中を折って,二本にするまで,ワタル君は私に「口にしちゃいけないよ。もう少し待っているように」と教えてくれた。泣いてベソをかく私は,ほとんど拗ねた気持ちで黙っていたから,それを破ったことは一度もなかった。けれど,子供だましも大嫌いだった。夢で見た空飛ぶマントも,言うことを聞く絨毯も,秘密が詰まったランプも,合言葉を待っている扉も,私の近くにはなかった。全部が遠い異国のお話だった。読み聞かせてもらう度に,私はパパやママの口をふさいだ。歌を歌ってと,おねだりした。ベッドの傍に誰もいなくなる前に,私は夢に入る努力をした。見たことのある花を植え,草をなびかせ,雲を浮かばせ,水を注いだ。私はきちんとしたことを知りたがった。だから,泣いている私や,笑っている私を,大人しくさせるための術を拒んだ。甘いものが欲しい私には,飴でも何でも,口の中に放り込んで欲しかった。ないものをあるって言いたくなかった。だから私は,また声を出して泣いた。ワタル君がしようとする何もかもを,壊してしまおうと思っていた。当時の私の背丈からいって,何処までも見渡せると思い込んでいた,その小高い丘でなら,すべてが許されると信じていた。パパやママも居ない,今なら出来るって。
なのに,向こうからやって来た。それは私だって摘んだことがあるから,知っていた匂いだった。おばあちゃんが好きで,おばあちゃんの家に必ず挿してある一本,二本。神父様も褒めてくれた,私のスケッチブックの中にも描かれている。でも,ここの何処に咲いていて,いつの間に見つけて,摘んで来たのかを,私は知らなかった。一所懸命に目を瞑って,お腹に力を入れて,ワタル君から受け取ったものを,私は捨てていなかったからだ。枝にまとわりついたそれ,ワタル君が折ったから,短くなった二本目は,今度は私に目の前でクルクルっと動かされて,呼ばれるように,写し取られるように,小さくふっくらと巻かれていく。あれば,淡いピンクや青や黄色といった,カラフルな色が味わえる,綿菓子に近いもの,私は一度も食べたことがないから,甘さがどのくらいかなんて想像もできない,それだった。綿菓子というからには,甘いんだろうし,美味しいのだろう。それでも,好きになるかは分からない。マーマレードが少し苦手な私の口には,合わないかもしれない。甘すぎるのかもしれない。それで,嫌いになるのかもしれない。私は,綿菓子を二度と口にしないかもしれない。ううん,でも,違うかもしれない。
本当は,そこには何もないのに,気になってしまった私からは,もう泣き声が元気に飛び出していかなかった。まだ悲しんでいることは,どうにか続けられていたけど。続けている,そのことにも気付いてしまったら,私は真っ赤な恥ずかしさから,怒ったりしたんだろう。でも,そうしなかった私は,コツを掴んだワタル君がクルクルっと回す,楽しそうで,まだまだ膨らむ,食べ切れたらいいなと願って,夢中になったあの時間を過ごした。午後の鐘が鳴って,鳴り終わっても辺りには確かに残っていた,学び終えた私たちが暗くなるまで,自由に歩き回ることができた。泣くこともできた。反対に,そうしないことだって許された。こうして心ゆくまで,信じることができた。遊べた。
折れた枝を振り回して,そこかしこを切っているようなワタル君の後ろにくっ付いて,私は綿菓子を余らせたように,勿体ぶって,匂いを嗅いで,眺めた。そして,時々,それを口にすることを試してみた。上手くできているのかを知りたくて,前を歩くワタル君の名前を呼んで,振り向いてくれたタイミングで「ねえ,見てて」と言って,もう一度,同じように口にした。目を閉じて,口を閉じて。
それから視界を広げて,そこに立っているワタル君に感想を聞いた。うーん,と唸って答えないワタル君は,いいか,見てろよ,とばかりに枝を取り出して,クルっと回して,クルクルっと作り出したそれをさっきみたいに口にした。知っているのはワタル君の顔。それを見ている私。笑っているのが分かる。ワタル君も嬉そう。私も嬉しい。
だから思ったことは,これは枯れるまで,飾っておく。花瓶と一緒に,ベッドから見える所に,置いておくんだという私事(わたくしごと)。それに気付いたパパやママに,私から話してみる,初めての事だ。
「あれはなに?」
最初はこう。顔を出して,身を乗り出して,
見よう見まねの真似をして。
「それでね。」
子供遊び