時を越える推理  第三章 2

二十日崎シュウ

「では、まず、犯行現場の状況から。先程配った、資料の表紙を開いて2枚目にある写真を見てください。」
一日警部の声が走ると、会場には紙を捲る音が響く。そして音が消えると目の近くに資料を寄せて挙って眼を開いている。
「では、説明します。中は二十畳の広い部屋でした。虹岡さんが遺体を発見した時には、扉横の網戸と、その真向かいの網戸が開いていました。私達は、部屋の中の空気を入れ替えるために網戸を開けたと見て現在調査中であります。そして見てわかると思いますが、中には様々な家具や木々が散乱していました。しかし、ここで二つの疑問が、わいてきました.まず一つ。当初は、部屋の中が散乱しているのは、犯人と争ったときによるものだと考えていました。しかし、家具にはこれと言った傷もなく軸野さんや、中金さんの証言でそのような音はしなかったと言っていました。そして二つ目。家具だけなら、まだ、理解が容易ですが何故材木のような木々が部屋の中にあったのでしょうか。」
ここで、公が手を上げた。
「部屋の中に争った痕跡がないのはまだわかりませんが、おそらく材木が部屋にあったのは、授業で使うものだったからだと思います。弟は、生徒を持っていましたがごく偶に図工も教えていましたから。」
(へえ、初耳だな。)千郷は思った。一日警部は、公の話を聞いて納得しているようだ。
「なるほど。そういう事でしたか。参考にさせてもらいます
では、話に戻ります。次に、事件詳しい時間帯や、経緯について話します。
まず十二時二十分頃、虹岡さんと詞木さんが宅配物を届けに被害社宅に到着。詞木さんは外で、虹岡さんは門を開けて敷地内に入る。扉を叩いたり、外から中へ呼びかけたが返事が無く、心配になり裏へ回って中の様子を伺おうとして中を覗いた。そこに被害者の背中に刃物が刺さっていて倒れているのを発見。恐らくここの時点でもう絶命していたと考えられます。焦った虹岡さんは、門の外で待っていた詞木さんに、助けを求め、二人で扉を押し破って中に入って遺体を始めて直で確認。そして、十二時三十分頃、詞木さんが近くの交番に駆けつけて通報。これが発見当時の経緯です。では現場に駆けつけた巡査の証言。資料の次のページを見てください。」
またもや紙の擬音が会場に走る。
扉を押し破って中に入ったという事は、鍵がかけられていたという事。網戸には、防犯専用の補助錠が設置されていて、事件当時も施錠されていた。当然反対側の網戸にも。これは用心深い性格の持ち主である公の弟だという事を考えれば説明は、容易だろう。そして虹岡氏が中を覗いたという大きな窓や、その他諸々の窓にも同じ器具の補助錠が付けられていてやはり施錠。ん?待てよ・・・。と言う事は・・・。
「皆さんお判りですね。犯人が抜けられるのに必要な穴と言うのは、網戸の網目。しかしこの網目を破った後は勿論、網戸自体を取り外しした痕跡さえもありませんでした。残る隙間は、扉と、地面、又は床との五センチ程度の間くらい。当然この間を大人の体が出入りする事はできません。つまりこの犯行現場は密室、不可能犯罪が行われたという事です。」
会場に今日一番のざわめきが起こる。不可能犯罪?この事件はそれほどまでに難解だったのか!
「部屋の鍵は?」
公が質問をした。確かにそこは会場にいる人の全員が気になるところだ。
「しっかりと被害者の手に収まっていました。」
会場が沈黙した。その線が無くなったのならば一体どうやって犯人は部屋から抜け出したのだろうか。
その沈黙を振り切ってついた一日警部が次の話題に移る。その勇気も大したものだ。
「次に、事件の容疑者です。」
会場にまた声が戻る。恐らくそこが一番気になる所だろう。
「容疑者を選んだ決め手としてはまず、アリバイが無いのと、容疑者と面識があり動機も揃っている人です。」
「外部犯の可能性は?」
公がまた質問をする。
「いいえ、外部犯の犯行なら、これ程手の凝った仕方はしないでしょう。」
と、一日警部。公の意見はまたもや否定された。
「容疑者は三人。一人は、被害者が勤めていた学校の元教師の延藤 玄人(えんどう くろうと)。被害者が、学校に入って来たために数合わせで解雇させられ恨みがあった事は認めています。」
なるほど、それなりの動機にもなりそうだ。
「二人目は、鐘里 省憲(かねさと しょうけい)。被害者が突然の教育法改定をかなり推していた事に憎悪を抱いていたそうです。」
確かにこれもそれなりの理由ではありそうだ。
「三人目は、穂平 信友(ほだいら のぶとも)。学校内での不正取引を被害者に知られてしまいどうにかしようと考えていたそうです。それが、犯行に繋がったと考えられるかと。」
なるほど。いわゆる口封じと言う奴か。
確かに、いずれの容疑者も怪しい。三人とも、動機としては十分だしアリバイも無いともなれば確実だろう。
公は、黒板に貼り出された三人の写真をまじまじと見つめている。この中に弟を殺した人物がいる、そう思うと憎しみの思いが込み上げてくる。公の目は、殺気立っている。
対する千郷は、事件の捜査会議から除外されたような感じだ。元々、職柄で法廷に立つ事は少なかったし、万が一有ったとしても、過去の弁護記録は全て敗戦になっている。こういう事は、元々得意ではない。
今日だって話に参加出来ないと言うよりも、話について行けないという所。またもや、情けない一面を露にした。

今日の会議はここでお開きになった。結局、犯人も判らなければ、密室トリックも判らず、おまけに犯人や、密室をとく鍵さえも見つからなかった。まあ、こんな特殊な事件、そう簡単に解けるとも思ってはいないが・・・。だが、推理小説等でもこういうケースの事件は、意外と単純なトリックだったりするもの。色々小難しい事を考えて、頭が破産するよりも、簡単に考えて事件の道筋を立てるほうがよい。少なくとも千郷はこんなように楽観的に考えていた。だが、事件の容疑者や現場の様子を判っていなくては事件の道筋など立てられる筈が無い。やはりここは公に解説してもらおう。
早速千郷は、公に解説を求める。幸い、公は事件の事を大方理解したようだった。千郷の申し出を聞いた公は若干呆れながらも解説を受理した。
しかし、それからと言うもの千郷はのめり込みが遅く、公は同じ事を二回も三回も説明しなければならなくなる。こうは、さらに呆れた様子で、千郷は、これ以上公の機嫌を損なわせないよう、焦りまくる。思えば、先ほどまで殺気立った顔をしていた人にこんな事を頼んだのだ。更に、千郷はその人を苛立たせるような事をしているのだ。これは、火に油を注ぐような事だ。こんな些細な事で二人の仲が壊れないと良いが・・・。
やっと、事件の事を飲んだ千郷は公と別れた。
千郷は、事件の事を考えながら、歩いている。公は、千郷の踊っている背中を、哀れむような目で見送っている。

三十分後・・・。
千郷の頭はショートしてしまっていた。ショートの原因はいわなくてもわかるだろう。
そもそも千郷は、弁護士と言う職にありながら、こういう殺人事件とかの事は不得意なのだ。
千郷は、本格的な刑事裁判というものに殆ど出たためしが無い。しかし、その「殆ど」から外される物だってある(要するに、刑事裁判に出たこと)。だが、いざその裁判の記録表を見てみると全てが有罪、即ち敗戦になっている。
しかも密室殺人と言う特別な事件、こんな経歴の千郷に常識の範囲内から見れば不可能に等しい。
ついに千郷はショートした。と言うより、開き直ってしまった、と言ったほうが正しいだろうか。
(こんな、特殊な事件、殆ど事件の関係の無い「おまけ」みたいな、感じで来た俺が考えるよりも専門職の警察に任せた方が良いだろう。)
そう考えてしまったのだ。
心の内が晴れた様子で千郷は正常に戻り、家路に向かう。
明治の世の中で千郷が気楽で居られたのはここまでだった。これからは、「事件に関係の無い」と言ってもいられなくなる。当然この時の千郷は、そんなこと微塵も考えてはいない。
自宅に着いた千郷は、暗い家の中を手探りで歩く。階段を見つけると一段目に足を踏み出す。
そして二段目、三段目と普段の足取りで二階へと上がっていく。
そろそろ二階の新たな床が見える頃だった。一階からは三メートル程。高所恐怖症の人が下を覗けば十分足がすくむほどの高さだ。
千郷がまた次の階段へと上がろうとした、そのときだった。
「あ。」
千郷は思わず声を出してしまった。足元を見ると、次の階段へ踏み込もうとした足は、階段の数センチ前に踏み込んでいた。
見事にに階段を踏み外した千郷の体は大きく反れバランスを崩して倒れた。千郷は、(今すぐこの階段を転げ落ちるだろう)と、そう思っていた。千郷は、覚悟を決め、必死に目を閉じた。
しかし、いつまで経っても体に衝撃は伝わって来ない。
恐る恐る千郷は、噛み締めていた目をゆっくり開けた。
そこは、自分の家の階段でもましてやあの世でもない。何も無い、真っ暗の空間だった。
「どこ?ここ。」

時を越える推理  第三章 2

時を越える推理  第三章 2

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-05

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