DEAD END 和訳:行き止まり
1 高校二年二学期 不幸な事故
大鳥恵一は白北高校のサッカー部の逸材として期待されている。白北高校サッカー部は準強豪といったところで、毎年全国大会出場の一歩手前までは勝ち上がるのだが、全国出場の切符を手にしたことはなかった。中学生サッカーで全国ベスト4の実績がある恵一は、白北高を初の全国出場へと導く有力選手としての期待を一身に受けているのだ。
そして、恵一もその期待に応えるつもりでいる。自分にはその才能がある。今はまだそこまでの実力が無いのは認めざるをえないが、1,2年の間に一生懸命練習して、3年になったらその成果を花開かせる。僕ならやれる。僕にしかできない。彼はそう思っている。
恵一が1年の時の大会では、やはり白北高校サッカー部は県大会決勝まで進むも、そこで敗退した。恵一にしてみれば、自身が3年の時に全国大会へと導く計画であるので、敗戦によるショックは無かった。むしろ自分のサッカーにおける課題を認識できたという意味で、大きな収穫のある敗戦であった。
そして恵一は高校2年に進級する。才能に自惚れてはいるものの、練習態度は真面目である。毎日毎日遅くまで練習に汗を流した。目標の達成はゆっくりと近づいているはずだった。しかし、その年の二学期の初めに、その事故は起こった。
それは夏休みが終わったというのに、気温が高く、とても暑い日だった。いつものように、恵一は夢中でボールを追った。恵一にしてみれば、いつも通りの練習と変わらないはずだった。その日の暑さが恵一の体力を奪い、視野を狭くしたのだろうか。全速力でボールを追う恵一の目の前には、ゴールポストが迫っていた。他の部員たちが声を上げる間もなく、彼はゴールポストに頭から激突していた。
ゴールポストに激突し、倒れた恵一のもとに他の部員たちが心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
他の部員や顧問の先生よりも先に恵一のもとにたどり着いた2~3人の部員が口々に声をかけながら、倒れて動かない彼を介抱しようとしている。だが。
「おい恵一、恵一?大丈夫か?」
何度声をかけても、少しゆすってみても、彼には何の反応も無い。ただごとでは無い気配を感じ、グラウンドにいる他の補欠のサッカー部員なども、彼の元へと駆けつけ始めたその時、ついに部員の一人が口を開いた。
「嘘だろ・・・死んでる・・・」
グラウンドは凍りついていた。こうして、白北高校を全国に導く逸材であったはずの大鳥恵一は、死んだ。
2 一週間後
加瀬順子は自分の彼氏である大鳥恵一を屋上に呼び出していた。サッカー部のエースの、自慢の彼氏だった。だけど。この時間の屋上は、めったに人が来ない。ここなら、誰にも邪魔されず、言いたいことが言える。そう。今日は大事な話がある。順子は無言でうつむく恵一に向かって、言葉を切り出した。
「ねぇ・・・部活辞めたって、ホント・・・?」
数瞬の沈黙。そして。
「あぁ・・・。辞めたよ。一昨日、退部届けを出した。受け取ってもらったよ」
恵一の声は、どこまでも暗い。
「どうして・・・?あんなに頑張ってたじゃない?私のこと、全国大会に連れて行ってくれるって、約束したじゃない?どうして?どうしてやめちゃうの?」
順子の声には、非難の気持ちがこもっていた。いや、少なくとも、恵一にはそう感じられた。
「もう・・・もう・・・僕はサッカーが嫌になったんだよ・・。キライになったんだ。だから、もうサッカーは」
「逃げるの?」
最後まで言い終わらせず、順子は追及した。
「キライになったって、ただ怖がってるだけじゃないの?」
「・・・・・」
恵一は答えなかった。本心を言い当てられたという焦りもあったし、順子の言い方に怒りを感じてもいた。
「いくじなしだよ恵一・・・一度死んだくらいで、あんなに大好きだったサッカーをやめちゃうなんて・・・。恵一がそんなに臆病だなんて、私思ってもみなかった」
その言葉を聴いた瞬間。恵一は自分の怒りが抑えられなくなっていた。
「なんだよそれ・・・。一度死んだくらいでってなんだよ・・・。オマエ、死んだことあるのか?無いだろ?死んだことの無いヤツに、死んだことのあるおれの気持ちがわかんのかよ?え?わかんのかよ!」
今まで暗く沈んでいた恵一が、徐々に怒りで熱くなっていく姿に、順子は動揺した。
「え・・・恵一・・・」
「死ぬってのはな・・・あの瞬間はな・・・ほんとに、痛くて、怖くて、孤独で、絶望的だったんだ。今まで過去僕が体験したどんな嫌な事よりも、苦しいことよりも、何倍もひどい体験だったんだ。そうだよ、順子の言うとおりだ。僕は怖い。死ぬのが怖い。もう二度とあんな体験はしたくない。一度経験したからこそ、僕はそれを誰よりも恐れているし、その原因になったサッカーに対しても臆病になっていると思う。だけど、だけどな、臆病者と罵られようが、僕にはもうサッカーはできないんだ!怖いんだよ!」
その日、恵一と順子は、お互いに恋人を失った。
3 一ヵ月後
茶道部部長の井上京子は部員たちの前で、新入部員を紹介していた。
「はいみなさん注目!二学期の途中という珍しい時期ですが、今日は新入部員が我が茶道部に入ってきてくださいました!なんと、茶道部初の男子です!しかも、元サッカー部のエースで、結構イケメン君です!パチパチパチ。ほらそこ、よだれ垂らさない!・・・ああごめんね大鳥君、茶道部のくせに肉食系女子多くて笑。でも怖がらなくて平気だからね!仲良くなればみんないい子だから!」
恵一は迷った末に結局茶道部に入部していた。サッカー部のエース級の運動能力ならば、他の運動部でもそこそこ活躍できるとは思った。が、サッカーだけではなく、スポーツ全般に対して、彼は萎縮してしまっていた。そこで選んだのが茶道部だった。
「あのね大鳥君、茶道部って言っても、真面目にお茶をたてるとかはあんまりしないの笑。普段はまったりおしゃべりしたりマンガ読んだりとか・・・。そんなゆるーい部活だからね」
「はぁ」
「だけど今日は初日だから、特別に部長の私自ら、大鳥君にお茶を立ててあげましょう!」
大鳥君イケメンだから私がお茶立てたい、という他の部員の声も、部長権限で振り払った京子は、新入部員である恵一に、お茶の立て方について説明を交えながら、恵一にお茶を立てた。
「いただく時の作法なんかも本当はあるんだけど、今日は初日だから、とりあえず作法は気にしないで、どんな味がするか、飲んでみて」
「あ、はい」
そう言われて恵一は促されるままにお茶を飲んだ。その時。
「げほっ!ごほっ!」
咳き込む恵一。
笑いながら京子がツッコミを入れる。
「あ、大鳥君、私の立てたお茶がまずくてむせたんだ!」
周りの部員達もその光景を見てはやしたてる。
「部長のお茶って確かにまずいですよね笑」
「ちょっと頼子!なにその言い方は!後で殺す笑」
が。そういってはしゃいでいる間にも。
「げほっ!げほっ!ごほっ!ごほっ!ぐぅぇぐぅえ!!ぐほぉっ!」
恵一がむせるのが止まらない。次第にこれはただごとでは無いという空気が広がり、京子が背中をさする。口々に「大丈夫?」の声。そして、恵一は苦しそうに床にうつ伏せに倒れると、そのまま動かなくなった。恵一の体をゆすりながら「大鳥君!」と必死に声をかける京子や部員達。しかし・・・。恐怖で震えながら、涙声で京子がつぶやいた。
「嘘・・・嘘でしょ・・・そんな・・そんな・・・」
「息してない・・・息してないよ大鳥君・・・」
恵一は死んだ。
4 一年後
大鳥は面談室で担任の福田和彦と向かい合っていた。福田は生徒の前であるにもかかわらず、タバコに火をつけた。そうしないと、抑えているイライラが爆発してしまいそうだった。生徒にイライラをぶつけるよりは、タバコの方がましだ。と、福田は自分の心に言い訳をした。福田は恵一にゆっくりと声をかけた。
「なぁ大鳥・・・。オマエ、うちの学校に何か恨みでもあるのか・・・?」
来た、と、恵一は思った。面談室に呼ばれた時から、この話題であることは確信していたが、やはりこの話題だったか、と。
白北高校は今やバッシングの対象となっていた。白北高校では昨年と今年の二年間という短い期間の間に、3人もの死者を出していた。いずれも、部活中における生徒の事故死だった。一件目は昨年の夏、サッカー部を全国に導くと期待された生徒が、サッカーの練習中のアクシデントで亡くなっていた。Kという生徒だった。続いてはその一ヵ月後、茶道部の活動中、お茶を口に入れた際、気管にお茶が大量に流れ込んでしまうという不幸な事故により、またも一人の生徒が亡くなった。Kという生徒だった。三件目は今年の7月、将棋部の活動中の不幸な事故により、一人の生徒が犠牲になっていた。Kという生徒だった。
同じ学校で起こった、3件の事故死。この情報がマスコミにより報道されたのが二学期の9月である。学校内部の誰かがネットの掲示板に書き込んだからこの情報が流れたであるとか、誰かの親がこのことを週刊誌に持ち込んだとか、情報の出所は様々憶測されている。
そして某週刊誌が、白北高校の三件の部活中の連続事故死を、学校の管理体制の不備として告発する記事を書いたのだ。
その報道から一連の事故死は巷の人々の知るところとなり、今や白北高校は安全管理に問題があるにもかかわらず放置し続けてきた極悪高校であるとして、ネットやマスコミのバッシングをいっせいに受けているのだった。
とは言え。白北高校側から見れば、自分たちは被害者である、といったような意識があった。三件の事故死により、それぞれ別の3人の生徒が亡くなっているというのならば、安全管理体制への批判を受けても仕方ないだろう。しかし、この3件の事故は全て同一の生徒により起きている事故であった。死につながる事故というのは、普通はめったに起きるものではない。それが、短い期間に立て続けに、しかも全て同一の生徒によって起こされたものであるので、「何か学校に恨みがあって、わざとこんな、当てつけのように学校で死んでいるのではないか?」と、学校側が勘ぐるのも無理はなかった。
そして、大鳥自身も、学校側に悪く思われていることを感じていた。最初の事故死の時は、確かに学校側は本気で自分のために悲しみ、反省し、辛い気持ちを自分と分かち合ってくれていたように思う。しかし、2回目、3回目ともなると、「またかよ・・・」という空気をどことなく漂わせるようになっていた。大鳥は鈍感な人間ではなかったので、それを感じていた。「わざとじゃあないんだ!!!!」と、叫び出したい気持ちだった。
週刊誌で報道されると、学校側は露骨に、「うちの学校に迷惑をかけやがって」という態度を大鳥に取るようになっていた。そして、今日の面談という運びになったわけである。
「学校に恨みなんて・・・ありません・・・」
消え入りそうな声で大鳥は答えた。信じてほしい。だけど。この気持ちは届くのか?
「恨みがないなら・・・なんでこんなに何回もウチの部活中に死ぬんだ?おかげで今ウチは大変なことになってるんだぞ?それは分かるよな?」
「ご迷惑をかけていることはよく分かっています・・・。けど、わざとじゃないんです・・・。本当です。もう、今後はこんなことが無いように気をつけますから・・・」
一時間に及ぶ話し合いの末、大鳥は反省文原稿用紙20枚の処分となった。本来停学に値することであるが、マスコミから注目されている今は停学にもしにくいという、学校側の事情により、停学をまぬがれたのである。
5 二十五年後
私は今、小さな町工場で働いている。妻と、二人の子供がいる。私はこの妻が二度目の結婚だ。子供のうちの一人は前妻との間にできた子供だ。上が男の子、下が女の子。生活は楽ではないが、愛する妻と子供達に囲まれ、ささやかではあるが幸せな生活を送っている。
しかしここまでの私の人生は平坦ではなかった。サッカー選手の夢を諦めた私はその後勉強に打ち込み、世間では一流とされる大学へと入学した。そして一流と呼ばれる企業に就職。周りからも羨ましがられるような美人の奥さんをもらい、男の子をもうけた。が、順調なのはそこまでだった。
私は仕事先の、とても重要な商談などの時に限って、不運にも事故に巻き込まれ、死んだ。それが3回ほど続くと、私の社内での評判は地に落ちていた。すなわち、大鳥は大事な時に限って死ぬ男であると。
そうやって出世コースから外れた私の元から、前妻も去っていった。いや、この言い方は前妻に対して公平ではない。前妻はきっと、私が出世コースから外れても、一流企業勤めでなくても、私を愛してくれる、そんな人間だったと思う。
前妻が去ったのは、きっと疲れていたからだろう。以前彼女がぽつりとこぼしているのを聞いた事がある。
「あなたが何度も死ぬから・・・その度にお葬式やらなんやで・・・私もう疲れたよ・・・」
一度だけポツリとつぶやいたあの言葉。あれこそが彼女の本音だったのだと思う。
もちろん恨む気持ちなど全く無い。こんなダメな夫と、それまでよく一緒にいてくれたものだと思う。感謝している。
しかし、そののち結局会社からもリストラされてしまった。妻と会社の両方に捨てられたことで、私は自暴自棄になっていた。
そんな時に出会ったのが今の町工場の社長である。「ウチで1からやり直してみないか?死んだ気になって頑張れば、今からでもやり直せる」その言葉を聞いて、涙が止まらなくなった。あの日の事は、今も鮮明に覚えている。あの日社長に出会ったおかげで、私はやり直すことができたのだ。
その後、現在の妻と出会い、再婚した。恋や結婚に臆病だった私を、「たとえ死んでも愛してる」と言って受け入れてくれた妻。一生愛し抜こうと心に決め、結婚を決めた。
「ママ~、お兄ちゃん~、パパがまた死んでるよ!」
「あらあら、やあねえパパったら」
「いちいち騒ぐなよ直美」
「会社にお休みの電話入れないとね」
「お葬式は?」
「もうしなくていいってパパ言ってたから、大丈夫よ」
「もしもし、大鳥ですけど」
「ああ、奥さんですか。ご主人またですか?」
「ほんとに度々申し訳ありません」
「いいんですよ。根はマジメだし、いつも頑張ってくれてるから!」
家族や会社、地域、様々な人の愛に支えられ、私は生きているんだと実感する日々である。
これからも、私は前を向いて生きていこうと思うのだ。
完
DEAD END 和訳:行き止まり