八咫烏(1)

野良猫

八咫烏(1)
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第一話「オレたちゃ八咫烏!」

オープニング(1話~8話まで)
https://www.youtube.com/watch?v=oKJTR51_AkE

「いいか、隼助 (しゅんすけ)。まちがってもカシラのまえでヅラを連想させる言葉は遣っちゃならねえ」
「わかってますよ、雷蔵(らいぞう)さん」
 江戸でもっとも有名な義賊〝八咫烏(やたがらす)〟の一味に加わって以来、雷蔵は毎日のようにそう言い聞かせるのであった。
「カシラがおまちだ。急ぐぞ」
「へい」
 竹林を抜けると、小さな荒れ寺が現れた。八咫烏の隠れ家である。寺の正面から見て左に広がる庭のほうから、奥の部屋へと向かう。空は青いが、まわりが竹林なので、少し薄暗い。飛び石状につづく石畳のまわりには、土色に枯れた笹の葉が降りつもっていた。庭の奥、左端のほうにある井戸に面した部屋のまえで、隼助と雷蔵は草履を脱いだ。
「カシラ、遅くなりやした」
 穴だらけの障子を雷蔵が開けると、囲炉裏のまえであぐらをかきながら、ヒゲ面の男が手酌で一杯やっていた。八咫烏の頭目、烏平次(うへいじ)である。
「おう、きたか」
 烏平次は、いつも浪人髷(ろうにんまげ)――月代(さかやき)を剃らずに伸ばした頭――のヅラを被っていた。本人だけは、まだだれにも気づかれていないと思ってるらしい。雷蔵も、あえて気づかぬフリをしていた。もちろん、隼助もそうしていた。
「おまえらも、一杯やれや」
 囲炉裏のまえに座れ、と指で示しながら、烏平次が黄ばんだ歯を見せて笑った。
「カシラ、飲み過ぎは体に毒ですぜ?」
 笑みを浮かべた顔を烏平次に向けながら、雷蔵が障子に背を向けて座った。隼助は囲炉裏をはさんで雷蔵の向かい側に腰をおろした。
 雷蔵が手酌で杯を呷りはじめた。烏平次は山菜の天ぷらを肴に飲んでいる。こういう(あぶら)っこいものばかり食べるからハゲるんだ、と雷蔵はいつも陰でぼやいていた。
自在鉤(じざいかぎ)に下がる黒い鉄瓶の注ぎ口から、白い湯気が立ちのぼっている。まだ入相の鐘は鳴っていない。一杯飲んで、少し仮眠をとる。〝お勤め〟のまえは、いつもこんな感じだった。

 ()(こく)(午後十時ごろ)を知らせる鐘が聞こえてきた。
「カシラ、そろそろ参りやしょうか」
 雷蔵が頬被りをアゴの下で結び、立ち上がった。
「うむ」
 烏平次も立ち上がり、頬被りを鼻の下で結んだ。
「準備はいいな、隼助?」
「へい」
 答えながら、隼助も頬被りをアゴの下で結んだ。三人とも黒装束である。もちろん、匕首(あいくち)などの武器は身につけていない。殺しをやらない八咫烏に、そんなものは必要ないのだ。
 雷蔵がロウソクの灯を吹き消すと、烏平次が障子を開け放った。うす暗い部屋に月明かりが差し込んでくる。表に出ると、提灯の明かりがなくても歩けるぐらい明るかった。
 今夜のお勤めは、廻船(かいせん)問屋・播磨屋(はりまや)である。播磨屋は船奉行(ふなぶぎょう)結託(けったく)し、抜け荷をしているといううわさがあった。八咫烏が狙うのは、そういう悪党だけなのだ。犯さず殺さず、貧しきからはけっして盗まず。それが八咫烏の掟なのだ。
 荒れ寺に背を向け、竹林を駆け抜ける。夜の闇に染まる街。(あお)い夜空。満月を背負いながら、屋根伝いに播磨屋を目指す。月明かりに照らされて鉛色に輝く瓦の上を、三つの黒い影が走っているのであった。
「おい、隼助」
 烏平次が足を止めてふり向いた。
「おめえ、もう少し静かに走れねえのか」
「す、すんません」
 隼助は口をとがらせながらアゴをしゃくった。
 三人で、ふたたび鉛色の上を走りだす。ただ歩くのは簡単だったが、音を立てずに瓦の屋根を走るのは、思った以上にむずかしかった。烏平次は三人の中でいちばん太っている。七福神の恵比寿のような体形だが、それでも音を立てずに素早く走ることができるのである。体格は関係ないのだ。コツは自分でつかむしかない。体で覚えろ。烏平次は隼助にそう教えるのであった。
 烏平次と雷蔵が立ち止まった。
「ここが播磨屋だ」
 播磨屋の屋敷の上でふり向きながら烏平次が言った。
 雷蔵も肩越しに隼助をふり向いた。
「ぬかるんじゃねえぜ? 隼助」
 隼助はふたりの顔に無言でうなずいた。

 土蔵のカギを開けるのは、いつも雷蔵の役目だった。
「開きやしたぜ、カシラ」
「うむ」
 雷蔵に無言でうなずき、烏平次が蔵の中へ入っていった。
「隼助、おめえはここで見張ってろ」
 雷蔵も烏平次の背中につづいていった。
 ひとつため息をつき、隼助は夜空を見上げた。大きな白い満月のまえを、コウモリの黒い影が飛びまわっている。蒼い夜空の向こうで輝く無数の小さな星は、まるで漆器(しっき)にちりばめられた砂金のようだ、と隼助は思った。
 しばらく、ただぼんやりと満月を眺めながら、隼助はスズムシの音色を聴いていた。
「おい」
 ふいに背後から肩をたたかれた。全身から冷や汗がふき出してくる。隼助は、ゆっくりと肩越しにふり向いた。
「なにをぼんやりしてやがるんだ」
 月明かりに浮かぶ、見覚えのある大きな目玉に彫りの深い顔。
「おどかさないでくださいよ、雷蔵さん」
 隼助は手の甲で額の汗をぬぐいながらホッと胸をなでおろした。
「まったく。おめえさんは見張りもまんぞくにできねえのか?」
 雷蔵が嘲笑を浮かべた。
「ちゃんと見張ってましたよ」
「たしか、今年で五年目だったな」
 雷蔵は肩にかついだ千両箱を下ろすと、煙管をふかしながらその上に腰かけた。
「慣れてきたときが、いちばんあぶねぇんだ。いいか、隼助」
 煙管の先を隼助 に向けながら雷蔵が紫煙を吐きだした。
「おめえさんが捕まるのは勝手だが、そうなったら最後。いくらアッシらでも助けることはできねえ。そこんところを、よぉく覚えておくこった」
「へい。肝に銘じます」
「返事だけは一人()ぇだな」
 煙管をふかしながら雷蔵が肩を揺らした。
「ところで、カシラは?」
「すぐに来なさる」
 うまそうな葡萄(ぶどう)酒――もちろん御禁制の品である――を見つけたので、せっかくだから二、三本いただくことにしたようだ。烏平次はいま、それを風呂敷に包んでいる最中なのだという。
「カシラは酒に目がねえからな」
 蔵の入り口に目を向けながら雷蔵が笑った。
「中で一杯やってたりして」
 隼助も冗談を言ってみた。
「おっと、忘れるとこだったぜ」
 雷蔵が懐からなにか取りだした。
「こいつを、おめえさんにやろうと思ってな」
 象牙の根付だ。細工は不動明王である。
「それは?」
「土産だ。とっておきなせえ」
「雷蔵さん」
 隼助は根付を受け取ると、笑顔でうなずき、礼を言った。すると、雷蔵は照れくさそうに顔を背けた。雷蔵は煙管をくわえたまま鼻から紫煙を立ちのぼらせていた。
「それにしても、遅ぇな。隼助、ちょいと様子を見てきてみろ」
「へい」
 隼助は土蔵の外から中をのぞきこんだ。蔵の中には月明かりが差し込んでいて、さほど暗くはない。蔵のまん中には、背板のない大きな棚がひとつある。ちょうど大人の背丈ほどの高さだ。その棚の奥で、烏平次が床にかがんでいるのが見える。下から二段目と三段目の間から、烏平次の頬被りがのぞいていた。
「カシラ」
 隼助 は棚の奥の頬被りに声を忍ばせた。
「早くズラかりやしょう」
「――おまチなセえっ!!」
 ものすごい勢いで雷蔵が飛んできた。
「隼助、てめェ……!!」
 雷蔵がギリギリと歯を食いしばりながらひそめた声で凄んだ。
 隼助は雷蔵に胸ぐらをつかまれたまま土蔵のカベに押しつけられた。
「らっ、雷蔵さん、いきなりなにを……?」
「おめぇさんは、アッシの話を聞いてなかったのですかィ?」
 〝ハの字〟になったマユの下で、血走った眼がにらんでいる。月明かりに照らされた雷蔵の表情は、まるで般若の面のようだった。
「オレは、べべべべべつにナニも……」
 カシラのまえで〝ヅラ〟を連想させる言葉は遣っちゃならねえ――隼助の脳裏を雷蔵の言葉が過る。
「言った覚え……は……」
 ――カシラ、早くヅラ借りやしょう――
「……あ」
 隼助は、ようやく理解した。
「おい、隼助」
 土蔵の中から烏平次が呼ぶと、雷蔵は隼助から手をはなして満月を仰ぎながら煙管をふかしはじめた。
 烏平次が土蔵の奥から姿をあらわした。片方の手で葡萄酒の風呂敷を背負いながら、空いてるほうのわきに千両箱をひとつ抱えている。顔は頬被りの影でよく見えない。
「いま、なにを借せって言ったんだ?」
 月明かりが烏平次の顔を照らし出す。マユをひそめ、眼を三角にしながらにらんでいる。そして額には、うっすらと冷や汗を浮かべていた。
「いや、ちがうんですよ。オレはただ、ズ……」
 隼助はあわてて言葉を飲み込んだ。全身から冷や汗がふき出しはじめる。
 烏平次は千両箱を雷蔵にあずけると、風呂敷を肩にかつぎながら隼助につめ寄ってきた。
「ただ、なんだ?」
 脂ぎった険しい顔で烏平次が詰め寄る。
「かまわねえ。ハッキリ言ってみろ」
「ただ、つまり、その……」
 隼助は言葉につまった。どう言ったらいいのだろうか。おいとましやしょう、ではしっくりこない。逃げやしょう、と答えれば「逃げる? だれから?」と言うに決まっている。
「つまり……」
「つまり、なんだ?」
 脂ぎったヒゲ面が隼助の眼前に迫る。
 隼助は烏平次に顔を向けたまま、そ~っと雷蔵のほうに視線を動かした。隼助が目で救いを求める。しかし、雷蔵はそっぽを向いた。自分をまき込むな、ということなのだろう。満月に目を細めながら、雷蔵はゆっくりと紫煙を立ちのぼらせていた。
 隼助は手の甲で額の汗をぬぐいながら、ゴクリとつばをのんだ。
「つまり、そろそろ……そろそろ……」
「そろそろ、なんだ?」
 脂ぎったヒゲ面が隼助の鼻の先でピクピクと苛立ちをつのらせている。瞳孔を小さくした白い眼も、いよいよ冷たい光を帯びはじめていた。
 万事休す、か――あきらめかけたそのとき、隼助の脳にイナズマが走った。
「あ、そろそろ引き揚げよう、って言ったんです!」
 どこにもヅラを連想させるような言葉はない。完璧だ。安堵した隼助は、思わずフーッ、と長いた吐息をもらすのであった。
 だが、ヒゲ面は言う。
「〝引き上げる〟って……なにを?」
「え……」
 ――ええええええええ!
 そうきやがったか――隼助は胸の中で舌打ちをした。仮に〝引っこ抜く〟に反応するのは仕方がないとして、なぜ〝引き上(揚)げる〟に関心をもつのだろうか。これではいつになっても埒があかないだろう。隼助は苛立ちはじめていた。
「カシラ、そうじゃねえんです。ようするに――」
「わからねえ。わからねえよ、隼助。いったい、おめぇはなにが言いたいんだ? オレにはさっぱりわからねえよ」
 片方の手で風呂敷をかついだまま烏平次が小首をかしげた。
 テメェのせいでわからなくなってるんだろうが、このハゲ!!――隼助は心の中で毒突いた。
「だから、はやく帰って酒でも飲みたいな~、って言ったんです!」
 隼助は怒りのあまり声を荒げてしまった。
「ばかやろう、声が高けえ」
 雷蔵が顔のまえで人差し指を立てながら辺りを警戒するように見渡した。
「まったく、おめえって奴ぁ」
 肩をゆらしながら烏平次が首をふった。
「ようし。それじゃあ、ぼちぼちズラかるとするか」
「なっ」
 空耳だろうか。隼助は烏平次の笑顔を見ながらマユを寄せた。
「カシラ、いま自分で――」
 言いかけたとき、雷蔵が大きな咳払いをして鼻をすすった。マユがハの字になっている。そこは突っ込まなくていい。雷蔵の血走った眼は、そう訴えていた。
 烏平次が風呂敷を肩にかつぎながら塀のほうへ歩きはじめた。そして石灯籠に足をかけて塀に上がり、屋敷の屋根に飛び移った。雷蔵も煙管を煙草入れに戻して千両箱を肩にのせた。
「いくぜ、隼助」
「へい」
 隼助も千両箱をひとつ肩にかつぐと、塀を伝って屋敷の屋根にのぼった。
 満月を正面に見ながら、鉛色に輝く瓦の上を静かに駆け抜ける。
 オレたちゃ八咫烏。江戸でもっとも有名な義賊なのである!

次回、第二話「烏平次の酒」
        おたのしみに!!

八咫烏(1)

エンディング(1話~8話まで)
https://www.youtube.com/watch?v=WhqOM3kxffg

八咫烏(1)

時代劇コメディです!

  • 小説
  • 短編
  • 時代・歴史
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-10-21

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