融合
すべてはここから始まった……
まるで死神のような佇まいをした彫り師は、慣れた手つきで少女の首筋を撫でた。
「春奈は僕のキャンバスなんだからね」
タトゥー独特の青みがかった黒色で全身を塗り潰された少女は、嬉しそうに顔を赤らめながら頷いた。
季節は夏。とはいえ、真夏というには少し早すぎるだろう。この春奈と呼ばれた少女は、肩から胸元にかけて大きく開いた洋服を着ていた。
「今日はどこに描こうか」
この言葉が合図となり、少女は躊躇することなく身に付けているもの全てを剥いだ。そうすることが自分の宿命と心得ているかのような落ち着いた素振りで、色香を漂わせる従順な態度は少女の年齢を不明瞭にする。
既に身体中が塗り潰されている少女は椅子に座るように命じられ、素直に従うと、大きく足を割り広げられた。少女は恥ずかしそうに顔を伏せながらも、相容れないふたつの感情を抱いていた。「今日の気分的に、ちょっと面積足りないんだよな」と呟き、今度は上体のみうつ伏せになるよう命じた。少女は言われるがまま、跪くような姿勢になった。
「首の空いている部分から耳元に掛けて、大きく描くよ」
少女の身体中に彫られた“絵”には、一切の統一感がない。
それは、この男の気が向くままに、少女を蹂躙するかのように、まさにキャンバスとして扱っているからに他ならない。未だ全裸の少女は、男にこのように扱われることを望んでいた。
モーターの回転音が、狭い室内に響く。薄いゴム手袋を嵌めた男は鼻歌交じりに少女の身体に大きな針を刺し、そこから放出されるインクを指で払ってゆく。少女の皮膚は徐々に赤く染まってゆく。滲んでゆく。
「お前からはどうしたって見えない場所だから、仕上がりが楽しみだろ?」
そんな男の様子とは裏腹に、少女は苦悶とも快感ともつかないくぐもった呻きをあげ、上背を仰け反らせながら、痛みに打ち震えていた。その姿を確認することで、男の嗜虐心は高まり、より精彩な作品が作られる。男はそう信じていたし、実際に二人のテンションが重なり合った時ほど、作品の出来が良かった。 「春奈」と低い声が聞こえる。少女は気を失っていたようだ。
「できたよ」
部屋の隅にある三面鏡の方へ、男は少女を支えながら連れてゆく。
「知ってる?この首から耳にかけての場所ってさ、犬が絶対舐められない場所なの」
鏡には、少女の首元に彫られたタトゥーに繋がれた雑種の犬が映っていた。何か英語で文字が書いてあるが、学校を出ていない少女には読めなかった。そんなことは、どうでもよかった。
「またよろしくね」
高く口角を吊り上げ、ニッコリと笑う不気味な男の表情に、少女はやはり嬉しそうに顔を赤らめながら頷いた。
時計の長針は180度近く弧を描いている。椅子の周りには、もう誰も居ない。その代わり、グラスをこぼしたように、粘り気のある水滴が飛び散っていた。
融合
川口春奈さんに真剣ありがとう