昭和生まれの男の、どうってことない話 2
「いらっしゃいませ。まあ、こんな辺ぴな場所へようこそ」
15年ぶりに再会した両親は小さかった。白髪頭の老人二人は体の肉も削げ落ちたようになり手足は枯れ枝のようだった。
その姿に涙がこぼれそうだったが、すぐに自分を取り戻した。
体のあちらこちらに残る煙草の焼け痕を思い浮かべたからだ。
二階の黴臭い和室に案内され休んでいると、母が入って来た。食事は出前になります、お茶を煎れます、寒くないですか? お布団はそこです、と、なかなか部屋を出ようとしない。チップを貰うまでは出るものか、というあからさまな態度だった。何より大江田の事など憶えていないようだ。
「静かでいい場所ですね。閉館とは残念だ」
「ええまあ残念ですが、主人共々体力も衰えましてね。それもありますが近くに大きなホテルが建ってからはお客を取られてしまいまして」
「そうですか。ところで失礼ですが息子さんは? 昔泊まった時に見かけたのですが」
本当に忘れているか確認せねば、と大江田は素知らぬ顔で訊いた。
「ええおりました。よくご存知で」
母は鋭い目をこちらに向けた。大江田は煎れてもらったお茶を澄ました顔で飲んだ。
「お恥ずかしい話ですが、息子は根っからのワルでしてね。村の人たちにも悪さをする始末で。きっと顔向けできなくなったのでしょう。家出してそれっきりですよ」
哀れな老親を演じ俯く母に、大江田は怒鳴りつけようとしたが怒りを鎮めた。深呼吸をしたのち、
「そうだったのですか。余計なことを訊き失礼いたしました」
気の毒そうな表情を作り鞄の中から財布を出しチップを渡した。
「まあ、いいんですよチップなんて」
母は言いながら、さっさと受け取りすぐに部屋を出た。
「何が根っからのワルだ」
大江田は母の嘘話を思い出し怒りがこみ上げた。
つづく
昭和生まれの男の、どうってことない話 2