お別れ
もうすぐお別れなんだと思うと胸が張り裂けそうだった。だけど、どうしたらいいのか分からなくて、私はただぼんやりと辺りのざわめきを見つめている。みんな、笑っている。みんな、泣いている。みんな、判で押したように同じ台詞を口にする。
元気でね。
今日は、高校の卒業式。
野次馬になりたいと思った。群がる彼女たちみたいに、ただ、目を純粋なきらめきだけで輝かせて、さりげなく先生に触れたかった。最後のホームルームをするために入ってきた先生の周りは、あっという間に興奮気味の女子生徒たちに囲まれた。ホームルーム始めるぞ、とうっとうしがるように言うけれど、どこか嬉しそうでもある。それがまた、気に入らなかった。
さりげなさよを装って近づきたいと思っている一方で、まったく反対の感情も内側にはわだかまっていた。その辺に溢れかえっている何者かの一人にはなりたくなかった。それは、先生にとって。特別になりたかった。
誰もいない音楽室で所在なげにうろついていた。ここにはそれなりに思い出が詰まっている。吹奏楽部の部員として通った。合唱の練習もした。窓際に並んでいる楽器たちが金色に光って、私はその眩しさに溶けてしまいそうになる。いや、溶けてしまいたい。
「誰かいるのか?」
声とともに入ってきたのは先生だった。尊敬でも憧れでもなく、彼に対して抱くものはもっと特別な感情だった。容易く形容できないような。
「鹿島か。どうしたんだ、こんなところに一人でいて――」
先生は、私が一人で思い出に浸っているとでも思ったのだろうか。たしかに、思い出に浸りきってふやけてしまいそうだ。
「先生」
私は先生の方に歩み寄った。先生の穏やかそうな瞳を見据えて、丁寧に発音した。
「With my love.」
私の胸は今度こそ張り裂けそうだった。自分の言葉にとどめを刺された。
意味の汲み取れなかったらしい先生は戸惑っていた。何も言葉を返してこない。
私の愛とともに、なんて意味ではない。私が口にした言葉の意味は――
さようなら。
「さようなら、先生」
相変わらず戸惑いの消えない先生の横をすっと通り過ぎた。胸の内にある往生際の悪いものを振り切るように。
お別れ