混じりあった二匹は灰色になる。白と黒のウサギも同じでしょ?

夜の空にはぽっかりと灰色の穴が開いていて

 その白いウサギは一匹で暮らしていた。小さな建設会社につとめて五年が経つが周りの同僚のウサギたちとはうまく馴染めないでいた。白ウサギの朝は早く眼が覚めると布団から身体を起こして顔を洗いすぐに穴蔵から飛び出して仕事場へと向かった。遠くからも眼に入る一本の黒い鉄柱は螺旋状の金属があり、巨大なコルクスクリューが砂と泥が混じった土を掘っていた。その機械の胴体は三点の鉄の脚が生えており地面に敷かれた鉄板にどっしりと乗っかり倒壊しないようにと踏ん張っている。
 白ウサギは『月美重機』と書かれたヘルメットをヘコヘコとかぶり、重機を操作しているオペレーターに近づいて埃のついたガラスをノックした。
「やぁやぁ、灰色ウサギさん、調子の方はいかがでしょうか?」
 毛の色が灰色のウサギは髭をピクリと反応させて陰気な声で言った。
「おはようございます……白ウサギさん。あはは……お陰様で調子の方はいいですよ、なんせ四六時中この狭い運転席の中で操作していますからね……あなた方は地球を貫通でもさせたいのですかね?」
 白いウサギは申し訳ない表情をして「まぁまぁ、そんな事言わないで、報酬はたっぷり出ますから頑張ってくださいよ」
「どうだか」
 灰色のウサギは眉間にシワを寄せてつぶやいた。白いウサギはポリポリと長い耳を掻いて三点の重機から離れた。そして四角いカメラをポケットから取り出してカシャカシャとシャッターを押し始めた。この写真は後で報告しないといけないのだ。もっと写しがいのある場所を探して距離を置いてゆっくりとバックして進む、そして覗き込む。うんうん、この角度は最高だな。再びシャッターを押す時であった。
「おっ、白ウサギ、仕事を頑張ってんな!」
 聞きなれた声が背後から聞こえた。白ウサギは振り向いた。そこには黒ウサギがスーツを穿いてニッコリと微笑んでいた。

 小さな地方に二匹のウサギは生まれた。一匹は真っ白な白いウサギで、もう一匹は真っ黒な黒いウサギであった。白いウサギと黒いウサギの家は近所にあって小さいころから遊ぶ中になっていた。ラビット公園では砂のお城を作ったりチャンバラごっこをして竹の槍がお尻に軽く刺さり泣いた事もある。ただ小学校、中学校と進学するにつれて黒ウサギの学力がメキメキと上達していき最終的には進学校、都市にある有名な大学へと入学し、同級生の噂では大学の成績も著しくよかったらしく、それに加えて大企業の入社試験の成績もよかったらしい。だから若くして地位につきこのプロジェクトの所長までになっていた。それとは別に白ウサギは小学校、中学校、高校とごく一般的な学生生活を終えて親の仕事をなんとなく受け継いで楽しくやっていた。しかし三年目の頃に倒産。仕方がなく知人の紹介で入社した会社に入り、日々息の詰まる仕事を黙々とこなしていた。
 そんな或る日、茶色い色をしたウサギの社長に呼ばれた。話によると地面を奥深く掘り続ける仕事に移動しろとの事であった。任されている現場がまだ終わっていないのは少し気掛かりであったが一つ返事で今いるこの場所にやって来たのだ。
 「おっ!もしかして白ウサギか?久しぶりだな!」
 何年ぶりかの再会であった。黒ウサギの無邪気な笑顔は昔と変わらないでそこにあったが、白ウサギは何となく深い溝を感じた。泥とセメントが付いた作業着の所為だろうか? 白ウサギは胸と太ももをパンパンと弾いた後に「久しぶり……」と答えた。

「順調! 順調! これも白ウサギのしっかりとした管理のおかげだな」
「別に……ボクは下請けだし。元請けの赤ウサギに直接話してよ」
「俺は白ウサギに言いたいの! あははは」
 黒ウサギは白ウサギの背中を叩いた。思ったよりも勢いがあったので足がもたついて転びそうになる。
「はいはい、月輪グループの重役さんはお気軽に事務所で紅茶でも飲んでいれば?」
「さっき飲んできた、ニンジンティー」
「はぁ……」
 白ウサギはため息を吐いた時であった。灰色のウサギが運転席から降り、白ウサギのところへやってきて「白ウサギさん計測器が凄い抵抗を表示しています……このままじゃオーガードリルの先が折れちゃいますよ……」ぼそぼそと話す。疲れ切った顔は眠らせて欲しいと言っているようだ。けれども白ウサギは構わず重機に備えられている機材の画面に向かって行った。だいたい見当はついている。予定の深さまで掘削したのだ。白ウサギは画面を覗き込み数値を見る。ふむふむ。これ以上は掘れない。
「でしょ? 白ウサギさん? もう無理ですって」
「確かにこれ以上はダメだ」
 すると灰色のウサギは顎で黒ウサギの方を指して静かに言う。
「月輪グループの奴ですねあいつ……何でもロケットや宇宙船も開発しているとか……」
「うんうん。そう聞くね」白ウサギは適当に相づちを打つ。
「悪いうわさも聞きますよ、何か危ない事を企んでいるとか……」
 静かに言い終えた時、黒いウサギが二匹に跳ねて近づいてきた。 
「どうやら目的の位置まで掘れたようだね」
「あ、はい」灰色のウサギは短く答えて運転席に戻って行った。
「その通りさ、これから杭を打っていくよ」

 三点の巨大な柱に90tクレーンによって杭が装着される。杭は恐ろしい音と共に打ち込まれいてく。打ち込まれた杭は金づちで叩く釘の様にしてハンマーが振り下ろされる。
 少し離れて二匹のウサギは見上げていたがウルサイ振動に気分を害したのか黒ウサギは忌々しい顔で「やかましいから事務所に行こうか」と白ウサギに声をかけた。
 
 プレハブの戸を開けて二匹は中に入る。黒ウサギはポットとティーカップを両手に持ってテーブルに置いた。
「座りなよ、立っていてもしょうがないだろ」
「あぁ……」
 陶磁器のカップにパックを入れてお湯を注ぐ。コポコポと弧を描いてやわらかい湯気も流れていきパックから染み出た上品なニンジンの香りと夕焼けと紅葉をブレンドした色合いが浮き上がってくる。そのカップの水面には二匹の歪んだ波紋が映し出される。
「黒ウサギのぶんは?」
「俺はさっき飲んだからいいや」
「そうか」カップを持ち上げて唇に橋にして液体を流し込む。一瞬にして舌と口内は甘い味で支配された。
 その後、二匹の間には沈黙が続いた。お互い話すことは沢山あるはずなのにどうしても、会話の冒頭の一文字も登場しない。黒ウサギは黙って三点の重機の柱を窓ガラスを通して見ていた。そうして白ウサギは場違いな事を想像していた。
 それは透明のスポーツカーに乗りたいと。この場面でこの様な事を考えてしまうのは多分、ボクの性格の所為だろう。透明のスポーツカーに乗りたいというのは、見栄とかカッコよさとか女の子にモテたいとかではなくて自分自身がただ単にクラッチを思いっきり踏んでハンドルを切って楽しみたいのだ。スピードをグングンと出してこの小さな街を超えていきたいのだ。でも、そのハンドルを握っている自分の姿を誰かに見られてたくないのだ。ただ純粋に愉しみたいのにそれが他人の目によって汚される気がしたのだ。それは他にも言える。服装でも言えたしステーキや寿司を食べる瞬間、本を読んでいる時、新しいパソコンを買う状況、つまりボクは娯楽と心がリンクする光輝の一瞬を誰にも見られたくないのだ。わかっている。ボクのこの性格が周りにいる同僚と狭間を作っていると。中学校と高校の間に培われたこの非常に面倒な思考は今現在にも受け継いで黒ウサギを見ていた。
 あぁ……ボクは今透明になりたい。そしてこの沈黙から逃げたい、黒ウサギの後ろにある戸を見つめた。
「どうした。そんなつまらない顔をして」
 戸を見続けている事に察したのか透明になりかけていた白ウサギの沈黙を破る一言を述べた。
「そんなふうに見えたかい?」
 当たっていたが否定した。面倒だった。
「見えたよ! そうだな、昔の幼馴染って言う事で一つこのプロジェクトの話をしてやろうか」
 黒ウサギは無邪気な声で言う。
「別に興味はない」
「そんな事いうなって! あははは、じゃあ質問するぜ。あの杭はどうして打っているでしょうか?」
 白ウサギは取りあえず考えるふりをして、腕を組み少し時が過ぎるのを待った後に「塔でも立てるの? あの杭の上に?」と答えた。
「ぶっぶー! 違います!」
「じゃあ、答えは何?」
「氷河期さ」
 得意げな笑みを浮かべる黒ウサギに言い返す。
「それは答えになっているのか? 一応、今地球が氷河期なのは知っているけど、それがどう繋がる?」
 黒ウサギは話始めた。現在地球は氷河期を迎えており六割の地表が氷で覆われ始めている。小学校とかニュースで何度も聞いたから知ってるよと言い返したが黒ウサギは口を動かすことを辞めない。
「つまりだ! 今回のプロジェクトは地球のツボをつくんだよ!」
「ツボをつく?」
「体の調子が悪い時にはツボを押すだろ! それと一緒さ! 地球のツボをついて地球の体調をよくすんだ」
「おいおい馬鹿げている。幾ら何でもウサギと地球を一緒にするのは……」
「だが我が社の計算では確実なんだよ! まず、地球のツボの位置まで穴を掘ってその後、杭でツボを刺激するのさ! するとだ徐々に地球の体温は上がっていき氷は溶けていく! 氷河期はとめれるって言う事だ」
「そんなバカな事があるわけ……」
 ドッドッドッドッ……
 地響きがどこからともなく、地面を渡って二匹の身体を震わせた。その衝撃でティーカップはテーブルから転がり落ちて砕け散った。座っている事さえも出来ない振動で酷い気分になる、地震か? 地震なのか? 白ウサギは頭を抱えて瞳に水滴を溜めた。もう少しで泣きそうだった。と徐々に振動は和らいでいく。
「こんなに長い地震は初めてだ」白ウサギはほっと胸を撫でて言った。
 それと打って変わって黒ウサギは意気揚々とした面で何処かに電話をかけていた。何時の間に携帯電話にコールをしていたのか不思議であった。
「はい! はい! 本当ですか! 成功ですか! 凄い凄い、地球の表面の温度が上昇しているだって! やった! プロジェクトは大成功だ!」
 こう叫んで携帯電話を放り投げて黒ウサギは小躍りをし始めた。それはリズム感のズレた少々小汚い腰と腕の振り方で、白ウサギは三流の道化師を見ている光景であった。
「聞け! 聞け! 白ウサギ! プロジェクトは大成功だ! これで地球の氷河期問題は解決だ!」
「それは、よかったな」
 白ウサギがポツリと述べた。
 そう述べて伝えた時である。疑う事が視界に入った。三点の柱の方向から潰れたトマトが噴霧器から噴射された。次に凄まじい光と炎が辺りを覆った。遅れて空気が振動して伝わってくる破裂音と束ねられたダイナマイトの攻撃的な共鳴は二匹の長い耳を突き刺した。
 二匹は窓ガラスに駆け寄ってその姿を見た。
「ドロドロとした赤いのが噴水みたいに汲みあがってくるぞ!」
「ま、マグマだ! あれはマグマだ! 一体何が起きているんだ?」
 黒ウサギがひきつって答えると床に落ちた携帯電話がバイブと甲高い声を上げて持ち主を呼んだ。
「はい! もしもし! 一体何が起きているんです……何だって! 異常に地球の温度が上昇している!? 各地の山々から噴火が起きていてこのままだと地の表面は燃え尽きてしまう? 何てことだ……あぁ、何てことだ……」
「冗談だろ……元気になり過ぎじゃないか? 地球さんは?」
 白ウサギは黒ウサギの会話を聞きながら皮肉を言ったが身体はガクガクとしている。これが現実だと受け入れと言うのか? コンマ数秒前まで成功だと叫んでいたのだ。夢を見ている様だったしいい加減な大企業の能力に怒りも感じていた。
「でも少しすれば止むんだろこの状況は?」
 黒いウサギは下を俯いてゆっくりと首を振った。
「止まない……この噴火は六年間続くらしい……」
「はぁあ? 六年間だって! それじゃあ、みんな死んじまうぞ!」
「わかっている……だが対処のしようがないんだ」
 弱弱しく話す黒ウサギに「お前、頭が良いんだろ! 少し考えろよ」と怒鳴る。
「無理だ……」
 白ウサギはテーブルに腰かけた。そして窓の奥で血しぶきを上げる大地を眺めた。ああぁ、灰色のウサギはおそらく、さっきのマグマの噴射で焼け死んだであろう。あの杭の振動がなければ……そう思っていた時である。灰色のウサギはそういえば何かを言っていたな……
 白ウサギは目を閉じて思い出す。じわりじわりと記憶を辿って。

『月輪グループの奴ですねあいつ……何でもロケットや宇宙船も開発しているとか……』
 「そういえば、ロケットを開発している……っていってたな……」
 すると白ウサギは瞳孔を開いて勢いよくテーブルから飛び上がり興奮した声で黒ウサギに言い寄った。
「おい! 月輪グループはロケットを開発しているんだろ!」
 白いウサギは黒ウサギのスーツの襟を力強く握って質問した。
「ああぁしているともさ、それが一体……」
「地球から出るんだよ! この噴火が終わるまで、そこに住むんだ!」
 この話を聞いて黒ウサギも目に輝きが戻って来た。
「確かにそれならやってみる価値はある。でも今の技術じゃ月までしか行けない」
「それなら月に行こう! 月に一定期間住むんだ!」
 だが険しい顔で黒いウサギは「でも、問題がある」
「なんだよ問題って?」
「地球からの月に行く燃料は十分ある……しかし、月には燃料がないんだ。ロケットで地球に向かうまでの燃料がね……つまり片道切符なんだぜ?」
「もしかしたら二度と地球に戻って来れない可能性がある。いや、二度と帰って来れないと思う」
 白いウサギは唇を噛んで窓ガラスの奥を見た。クジラが潮を噴く様に噴射する生きた地球の情熱が白ウサギの心にまで達した。
「やるしかない! やるしかないんだ! 例え月に燃料が見つからなくてもボクが掘って、掘って探し続ける!」
「そうだな、白ウサギの言うとおりだよ」
 携帯電話に耳に当てて黒ウサギは電話をかけた。
「もしもし。黒ウサギです。俺の提案を聞いてください!」


「まさか白ウサギと月に行くことになるとはな……」
「ボクたちだけじゃないだろ。みんな行くんだ見知らぬ土地に……」
 幾つものロケットがウサギたちを乗せて月に向かって轟を奏でた。大気圏を越え無重力の世界から見下ろす。赤い地球はウサギの瞳と似ているとボクは思った。



「お父さん。ともだちのノンちゃんが言ってたんだ。月にはウサギがいるって、お餅をついているんだって。なんでお餅をついているのかな?」
 小さな少年は満月に人差し指を向けた。
「そうかな? お父さんにはウサギがスコップで穴を掘っているようにしか見えないなぁ」
 眼鏡をかけた身長の高い男は述べた。
「えぇええ! みえない! ぜんぜん! みえない! お餅をついているんだよ! スコップで穴をほっている方が意味わかんないよ!」
 可愛い声に男は笑って「そうだな、そうだな、ウサギが穴を掘るわけがないよなぁ、コウ君が言う通り、お餅をついているんだよな」

 親子は手を繋いで月に照らされた夜道を歩いて行った。満月には白いウサギと黒いウサギが混じりあって灰色に輝いていた。

混じりあった二匹は灰色になる。白と黒のウサギも同じでしょ?

混じりあった二匹は灰色になる。白と黒のウサギも同じでしょ?

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-16

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