田舎にて、春を待つ

地元の公民館で、美術展が開かれていた。

車に道を譲られ、「どうも」と頭を下げて走り抜けた。

河原前でぽーっとした後、歩いて公民館の前まで行った。

そこにはたいやき屋さんがあり、私はいつもそこから漂う餡子の匂いに唾をのみ込む。

今日も買っては、いけないぞ。

私はそう強く念じながら、公民館の前を通りかかり、美術展を開いているのを知って、入ってみた。

色んな作品があった。習字に絵、工作。
私は習字の字がどんなものか立ち止まって見学し、「こういうのは親子で来るところだな」と思いながらも楽しく見学した。
工作も絵も、申し分ない。
出てきてから、日の眩しさにくらくらし、カメラ女子などが写真を撮っていたのを見て、「私もしてみようかな」と考えたりした。

写真を撮る前に、許可を取るんだよ。

それは京都に住む従姉妹に教えてもらった話で、写真家の彼女が今どうしているかは知らない。連絡が途絶えて久しい。

帰ってから、母にあげるアイフォーンを充電し、映画を何本か取り込んでおいた。
ズートピアを観た。

ジュディとニックにいたく感激し、可愛らしさにキューンとなった。

イラストサイトにて見てみたが、趣味に添う内容でなかったので止めておいた。

その後、ブログを更新していたら、ある女の子が悪い連中に巻かれているのを見て、忠告を出しておいた。
そして前向きな発言をしていたら、「もう、いいよ」と手を切られた。

よけいネガティブになるとのこと。

私は自分が、「できるできる!やればできる!」と言うあの熱血コーチの様だったろうか、と振り返ってみて、しかし、彼女のネガティブさは奇々怪々だったと思いなおしたりした。

歌っていると書けば、うつ病患者を馬鹿にした曲を書き、それを読めと言う。

読めるかよ。そう思い、「凄いじゃん、形にしてまえよ」と言えば強気な発言をされて困っていると書く。

どうしたらいいのよ。
離れてくれるのが一番いい。
私もそう思っていたところで、ちょうどよかった。

そして交番で顔を見て目下悩みの種の弟のことを相談しようと行ってみたら、警察が一番ヤクザだと分かり、一つ勉強になった私は、わあわあと騒ぐだけの親に言うわけにもいかず、普段から気にしていた従姉妹に連絡を取り、仲を改善することに成功した。

何が悪くて何がよかったかなんて、明白のものだが、上に書いた彼女のサイトから人が流れ込んできたのは閉口した。
擁護がしたいのだろうか。彼女に非はあり、私は前向きになってくれと頼んでいたまでだ。迷路にしたのは彼女。

その夜、叔母に電話し、「年金から10万払うから、父を泊めさせてくれないだろうか」と頼み込んで、「そんなことしなくても大丈夫」と言葉を頂き、人情に感謝した。

田舎の呑兵衛が騒いで、「早く寝ろ」と私の部屋にヤジを飛ばす。

案外見守られていることに気づき、「おっちゃんら、ありがとね」と思いながら、世話焼きさに舌を巻く。
一人じゃない。
少なくとも、一人じゃない。彼らは土足で踏み込んできたりもしない。

温かな目で見られていることを知っていながら、私は創作活動に励んだ。

もうすぐ冬だ。
来年の春は、温かだろうか。

そう思いながら眠りについた。

朝駅前を通ったら、オルゴールでミスチルが流れていて、非情に癒されました。

朝、眠い目をこすり、婆ちゃんの手伝いに行く。
隣んちの人が、どうせ掃いてくれるだろうと草をそのままにしているのを、球根があるけど片づけていいのかな?と思いながら片づけた。

御霊神社の前にまで行き、掃き掃除をする。

今のところは、私はいいもん。

そんな感想。

畑仕事をさせてくれることを約束し、明日から朝階段を拭き、玄関を掃除し、駐車場を綺麗にすることを決意する。
そうして若い者の礼儀として、最近溜まっている父の話をふんふんと聞くこと。
婆ちゃんと韓ドラを見ること。母と同意すること。

色んな人の味方をしてあげなきゃいけない。
私はその中でも面白い発想をすべきであって、それはコーナンなんかに行くと見つかるかもしれない。
でも目下、読書に限る。

私は明日から勉強に時間を使い、忙しくする決意をした。
フェイスブックにも顔を出そう。
きっと教えてくれるはず。
立派な人に味方してもらえただけでも儲けもの。

努力は止めてはいけない。
それは当たり前。
知識人になるのに、悪いことは無い。

私は机上の空論を発する以外にことは無くても、ピアノは弾けるし、案外才能あるぞ、と自画自賛して、今のところまだ大丈夫と思う。
頑張るうちは、まだ大丈夫。

頑張ろう。そう思う。

父の背中を見てるから。憧れるから。
母の徹底した精神を知ってるから。見習いたいと思う。

私にできるのは癒し効果を与えることのみ。

婆ちゃんと京都の思い出話をしていたら、婆ちゃんが涙ぐんだ。

可哀想に。

そう思うので、金を貯めたら一体どこに家を構えるか考える。
今日とは敷居が高いよ。無理だよ、この無法者には。

いつか婆ちゃんを京都に連れて行きたい。
そう思いながら、今日も民法の本を開く。

私は阿保だが、なかなか面白いことを知れるのだ、勉強とは。
それを知ってるから、止める気はしない。

とにもかくにも、頑張るよ。

明日へと手を伸ばせ、と皆に言ってみる。
孤独でも何でも、開けた世界がきっと待ってるはずだから。

だから専門家になれ。
そう助言して、今日はもう終わり。

午後のチャイムが鳴っている。山の手まで聞こえるだろう。

この町のほのぼのとした日差しは案外気に入っている。
奇麗な町だ、そう思う。

父に堂々と歩かせてあげてほしい。
彼はお腹が出すぎなんだ。
煙草でも吸って世間話でもしてほしい。
孤独はいけないものだから。

と言いつつ、案外彼の交友範囲は広いのだけど、昼の世界に出て行かないほどにはネガティブさ。

では。

Bライフについて検討してみた。

こう、ほのぼのと日々が過ぎていく中で、色々と考えるところもあって、田舎で土地を買い、小さな家を建てて住むことも考えだして、私の年金を月々貯めて、と計算して、はー、とため息吐く夜中。

今日も飲み屋の兄ちゃんたちに「早く寝ろ」とヤジを飛ばされた。もう0時だ。

確かにね。あの人達は良い人たちだ。そう思う。

なんだかんだ言って何かされるわけじゃないし、私が寄行とも言える都会帰りのルール知らずなことばかりするので、爆笑して見ている。そんな感じ。

私は自身が病んでしまわないためにも、フェイスブックで写真を出し、「知られたってもう恥ずかしくないさ」と開き直った。
経理の仕事のおじさんがいつもエールをくれる。
前向きな人間の味方、というその姿勢には素直に好感が持てる。

全くいいねが付かない私のコメントも、社会には影響を及ぼすらしくて。

さぼらなかったということが、勲章になるらしい。
「そら、やるしかないだろうよ」と思う私がおかしいのか。
私は過去の経験から、いつも何かしら勉強している。それは何にもならない、口ばかり達者になると思ってきたのだけど、良かったらしい。

商工会議所に試験の申込に行ったら、誠実そうな方々に軽くお辞儀され、かしこまって返してきた。

偉い人間では、ない。私は。
ただ、追い込まれた人間。そういう感想。やるしかないというだけのこと。
でも、昼間はたくさんのことをしよう。

そう思うので、たくさん人と話し、たくさん景色を見て、ブログに書いては過ごしている。
フェイスブックの付き合いは、なるほど便利だけど、あれは相手が誠実じゃないとただの自慢のしあいにもなりかねない。
だから頑張ろうと思う。

今日も田舎の人たちは、ほのぼのとしていて、ある程度は礼儀を弁えた私に優しい。
私は、真摯に人と付き合うということを、忘れないでいようと思う。

いつでも気持ちを優先して行動しよう。邪魔ならさっと退けよう。
こちらの田舎の人は案外優しくて、犬猫の里親募集を見てみたら、一匹残らず引き取られ、迷い犬も猫も一匹もいなかった。
わーお。

称賛したい。人生正直に生きている。
田舎なので、おかしな連中は確かに存在する。これも田舎あるあるだ。
しかし、それに巻かれない芯の強さを持って、これからも行動したい。

とにかく、日の当たるところに、出ていくぞ。
そのためにも、ただひたすら頑張るのみ。

精進しよう、とこの文章を書きながら思った。

目下健闘中。

勉強している。自分から自然と始めたことが、道が繋がると分かり、大変満足している。

こう黙々と打ち込む作業が好きで、アクティブなのは苦手。荒が出るから。
動作が案外慌ただしい私はそんなことを思いながら、一問、また一問と問題を解いていった。
合間に歌ってみたなど検索し、一時間ごとに休憩を入れる。

目下、健闘中である。

弟に冬服を買ってやった。ブランド物の良い奴を。
ああでもしないと奴は着替えられない。なんかいい、そう思える奴じゃないと着られないのだ。物も本も、なんだってそう。またパソコン買ってくれとかPS4買ってくれとか言い出した奴にうんざりしながら、普通の家なら買えるのにね、と若干可哀想にも思えた。

あいつは周りの恵まれた人と同じ生活がしたいだけなのだ。

でも、パソコンもPS4も必要ないと思うよ。私はそう思った。
今ある奴を使いこなしてこそ物を使いこなすということだろう。それがわかっていない。
新しいのが出ればとりあえず欲しいのだ。アイフォーンを二年ごとに買い替える人たちと一緒。

金を回せればいいけど、お前その金も持ってないだろうと言えなくもない。
私は奴がネット上でいらんことをしているのを嫌というほど知っているし、さして大したことないのも知っている。
くだらない奴。私の弟はそんな人間。

でも、まだ救いはあるのだ。
たまに正気に戻るときがある。
計算も何もなしで、良い奴に戻るときが。

そんなときを素早く見つけては、迅速に対応する。
山とか連れて行ってやりたいけど、車に乗れないのだ、私は。薬を飲んでいるから。

弟のことは置いといて、農家さんがまた野菜をお米と一緒に差し入れてくださった。
ありがたい。その立派な茄を見て思った。
こんなに温かな人脈を持っている、祖母とは一体何者だろう。素直にそう思う。

あの祖母の弟さんの飼っていた猟犬ですら、祖母を見て目の色を変えたというのだから、相当な後光があるに違いない。
私は祖母の顔がきらきら光っていたころの話をし、「あれはな、パウダーにキラキラが入ってたのよ」と教えてもらいながら、やっぱりね、と相槌を打った。
あの頃私は、祖母の顔から金が湧いている、と冗談を言って皆を笑わせたものだった。

いとこの赤ちゃんが、日増しに可愛く思えてしょうがない。
顔を見ない日が続くと、若干恋しくなるのだ。
今の内だけだよ、とわかっていても可愛らしい。
そのいとこがまた若い人らしくハロウィンなどでゾンビの化粧などしているのを見て、「ああこの子は立派にやっていく」と納得が行き、一つ心配が取れた。
大変頼もしく思う。立派な子だ。いやもう大人だ。

赤ちゃんの頃から見ていた子がこう大人になってしまったと思うと、越されたというより何か光が新しく差してきたように思える。

やれ、将来は明るいじゃないか。
そんな展望をしてみる。

ご近所の子供たちが、わあわあと騒ぐのも可愛らしく思えるくらいに成長できた自分を察知し、「まあ忍耐強くなっちゃって」と考え、芋をかじる。犬がおくれよおくれよ、と飛びついてくるのをかわす。

メダカの水がバクテリアが発生して濁ってきた。替えるにはまだ早い。食べ物がたくさんあっていいじゃないか。
ベタが可愛い。とんとん水槽を叩くとすいっと上がってくるようになった。ぱくっと餌を数粒食べる様子に、皆満足している。

父にあたりめやピスタチオ、アーモンドなど買っておいた。父は夕飯後銭湯に行くようになり、少しは暴食も抑えられたようだ。
ほんと気を付けてよね、と言いながら、また買うことになるだろうなと思う。主にするめや種類なんかを。

母たちとドラマ鑑賞会をするようになり、仲は大変回復できた。私の無理解と行き違いがいけなかった。
私はともすると、自分の世界を持つ癖があり、孤独癖が多い。それは何時如何なる時も私を助けるけど、あまり皆といる時は得策ではない。

光のある方に進んできた。だいぶ道は開けた。
お金の匂いのしない幸せ。せどり本100冊が届く。弟の読みたい本も届く。

どんな内容だろうかと、今からわくわくしている。
これも本好きゆえだろうと、まだ吹かれていないオカリナを見て思う。

オカリナは、日曜に吹こうと思っている。
暇人だと思われては困るので。

田舎にて、春を待つ

田舎にて。

田舎にて、春を待つ

田舎で過ごすということ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 車に道を譲られ、「どうも」と頭を下げて走り抜けた。
  2. 朝駅前を通ったら、オルゴールでミスチルが流れていて、非情に癒されました。
  3. Bライフについて検討してみた。
  4. 目下健闘中。