高いところで待ち合わせ
「いっしょに死のう」
という約束をしたらしいクラスメイトのAとBだが、Aがうらぎり、Bもうらぎり、ふたりはいっしょに死ななかったわけだけれど、きみはどう思った。
ぼくはAともBとも友だちだから、ふたりが死ななくてよかったと思うよ。
でも、きみはなんて思った?
高いところから見上げる空にうっすらと、きみの姿が見える。
正確には、もうひとりのきみ。
分裂したきみのうちの、ひとり。
空を飛べる系の、きみ。
きみとはいつも、学校の屋上よりも高い雑居ビルの屋上で、待ち合わせる。
きみはいつも、ぼくとの待ち合わせに現れるときは五分遅刻をして、近くのたい焼き屋さんで買ったカスタードクリームたい焼きを携えてくるのだけれど、何度もいうが、ぼくは、あんこのたい焼きが好きなんだ。
「ねえ、あすこに、鳥が飛んでいるよ」
と、きみが指差した先には、鳥、のようで、鳥ではないものが、飛んでいる。
あれはなんだろう、などと考えることは、しない。
きみと過ごす時間のなかで見えるものはすべて、鳥のようで鳥ではないもの、犬のようで犬ではないもの、ヒトのようでヒトではないもの、である。
深く考えたりはしない。
きみと待ち合わせる日の空はきまって紫色で、今にも溶け出しそうな柔らかさがある。さわったことはないけれど、きっと、指で押そうとすれば、ずぼずぼと指が埋まっていくような柔らかさがあるような、気がしている。
あんこのしつこくない甘さを恋しく思いながら、きみが買ってきたカスタードクリームたい焼きをたべる。
ぼくは頭からたべる派で、きみはお腹からたべる派で、そういえばAは背びれからたべることが多く、Bはぜったいにしっぽからたべると言っていた。
ぼくときみは雑居ビルの屋上の、鉄柵にもたれかかってたい焼きをたべる。
柵は老朽化が進み、いつぽっきり折れてもおかしくないのであるが、それがぞくぞくしてたまらないのだときみは語る。
カスタードクリームたい焼きのかじってひらかれた腹部から、中身のカスタードクリームをちゅうちゅう吸う、きみ。
紫色の空には鳥のようで鳥ではないものと、空を飛べる系のきみと、それから、正体のわからない何らかの物質がふらふら、漂っている。
「ねえ、ねえ」
ときみが言う。
ぼくは、
「なに」
とこたえる。
「AとBみたいな気持ちになったこと、ある?」
ときみが言う。
ぼくは一度、深呼吸をしてから、
「ないよ」
とこたえる。
からだの半分をたべたカスタードクリームのたい焼きをくわえたまま、ぼくは立ち上がる。
紫色の、スライムのように柔らかくて弾力がありそうな空にさわりたくて、手を伸ばしてみる。
「どうしたの、とつぜん」
ときみが笑う。
空を飛べる系のきみが、ぼくらのすぐ真上を飛び回っている。
あれはたい焼きをお腹からたべるきみと、教室で居眠りばかりしているきみと、家庭科の授業だけ妙にはりきっているきみと、それからぼくの姉さんの彼氏とセックスしたきみと、なにがちがうの。
鳥のようで鳥ではないものとか、猫のようで猫ではないものとか、空を漂っている正体不明の物質のことはどうでもいいから、ねえ、きみのことだけ、教えてよ。
ねえ。
高いところで待ち合わせ