君と走った
始まる人と終えた人。
嬉しくて、息が弾んだ。
私が死んでも、あなたは泣かないでしょう。
そう思っていた。
12月31日、私は路上で息を引き取った。
交番に弟が嫌がらせにあってる、と相談に行った帰り。
その対応に何もかも嫌になった私は、車の前にひらり躍り出た。
車の人、悪いことしちゃったな。
びっくりしたろうな。
でももう、これしか方法が無くて。
私はどうしたらお金が回るか考えた。
そうして赤信号をスマホを見ながら渡ったのだ。
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姉が死んで、三月と十日。
涙はとっくに枯れ果てて、最後までドジだった奴の顔をはたくことにも飽きるころ、奴は焼かれて、灰になってしまった。
「私が死んだら、川に流してください」
そのメールを無視して、遺骨は寺に納めた。
寺の住職がいやにいい男で、なんだか聖職、という神聖な感じがした。
よかったな。
そう奴に呟いた。
男に散々泣かされてきた奴は、イケメンが好きじゃなかった。
内心複雑だろう。
奴のスマホは、俺が頂いた。
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私が死んで、三月十日。
私は生前散歩中にすれ違った若い住職に引き取られ、墓に納められた。
墓に入る前、住職が仏前に備え、チーンと鳴らした後、読経してくれた。
嫌っていたそれは、やけに心を慰めて。
私は自分から邪気が払われていくのを感じていた。
それから、住職に「よろしいか?」と尋ねられ、「はい」と答えて墓に眠った。
二月十日の頃。
この納骨が、早いのか遅いのか、それは知らない。
でも、隣に嫌に賢い学者さんがいて、毎日うんちくを垂れてくれる。
その隣は綺麗なお嬢さんで、いつも足をぶらぶらさせて歌っている。
犬や猫もたくさんいる。
私は案外楽しいそこで、静かに家族を待つことにした。
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俺のことで、姉が警察に相談していたらしい。
家は家族はいるが、ちょっとでも相談しようものなら「そんな話、聞きたくもない!」とにべもない両親で、姉は俺の問題を抱えて苦悩していた。
俺は日々殴られる中、「男とはそういうもんだ」と何の解決もしてくれない父を見限り、ある日バットを隠し持ってリーダーをぼこぼこにし、そして停学を申し伝えられた。
俺はブログ上で心の内を暴露したら、訪問者が一気に増えて、さも面白がっているそれに腹が立って机を殴った。
拳から血が出た。
「若いからね~(^^)」
なんの慰めにもならない言葉を吐くそいつに、俺は「死んじまえ」とコメントを送りつけて、後はふて寝した。
姉の残した本棚がいやに目についた。
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学者が言うには、この世には信義法という決まりごとがあり、これにより民法は成り立っているらしい。
しかしそれは最終決定であまりの損失を招かない限りは施行されないのであり、非情に危ういようで、且つ信頼できるものらしい。
はー、と正座しながら聞いて、大学くらい出ておきたかったなあと思ったりした。
家族に金は入ったろうか。
そればかり気にしていたら、「あなたって、つまらない人ね」とお嬢さんに言われた。
お嬢さんは「かーわーいー、りんごーや、かわいやりーんーごー」と声高らかに歌った。
私はその歌声を聴きながら、「私はつまらない人間でした」と学者に語った。
学者は、「どんな人間も、この世には必要です」と陰陽のことを説いてくれ、私はまたはー、とため息を吐いた。
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村上春樹を探したが、姉の本棚には無かった。
確か生前、「犯罪を扱った話は嫌だ」と言っていた気がする。
その割には警察に電話して騒いだりと、忙しなかった。
何故止めなかったんだと、パトカーが家に来た際母親に詰め寄り、俺は怒りで壁を殴り、父親に一発殴られて気絶した。
俺達兄弟を救うのは誰だ。
そう言ったら、姉が「本を読むしか、無いよ」と言った。
俺は「はあ?」と言ってイヤフォンをし、漫画を読みだした。
「殴り合いなんかより、断然いいよ」
姉が意味深に呟きながら、藤沢周平の本を読んでいて、俺は「あっそ」と取り合わなかったのだ。
今その本を見つけた。
蝉しぐれ。
なんで教科書の本を読むんだ、と思いながらも、俺は読んだ。そして泣いた。
どうしても、報われないものが人生なんだ。
そう思って、泣いた。
そうして読書を開始した。
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夢の中で、奴に出会った。
奴は白い服を着ていた。
(奴は黒い服を着ていた)
(笑いかけた)
睨みつけた。
お前なんか大嫌いだといった。
(また会えて嬉しいよと言った)
そうして、俺達は光の中、草原を走った。
(私は奴を追いかけた)
息が弾んで、もう走れない、と思ったころ、目が覚めた。
世界が覚醒した。そう思った。
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もう会えないんだね。
私はそう悟って、泣いた。
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俺は姉の残した金で、大学に行くことになった。
目についた席に座ると、俺と似たような奴がちわ、と声を掛けてきた。
俺は案外どきどきしながら、ちわ、と返した。
君と走った
上手く書けたかしら。