愛と真理
「愛って何だろう。愛することって」
「愛って何だろう。愛することって」
明日提出する書類を書きながら愛は呟いた。
愛と書いてメグム。こんな名前をしていても、二十六年生きていても、まだその答えは見つからない。
「恋は下心、愛は真心。そんな風にも言うよね」
律儀に答えるのは真理。会社の後輩で、机の向かいに座って、書類に目を走らせる愛の手元を無表情にじっと見つめている。
役に立たない、と愛は苦笑した。半分ほど埋まった書類を真理に渡しながら、
「言葉遊びじゃなくてさ、もっと感覚的に、具体的に知りたいんだよ。あ、字、歪んだぞ」
「私だって緊張くらいするの。愛だってちょっと震えてる。ほらここ」
真理は真顔のまま、ゆっくりと黒い油性ボールペンを運んでゆく。新品のペンはインクをたっぷりと出していて、しばらく乾かさないと提出できなさそうだ。
「でも」
「ん?」
最初、話の続きとはわからなかった。真理は紙から目を上げずに言う。
「多くの人がそう言う風に思ったから、感じたから、愛っていう字はこんな字になったのかも」
書類に書かれた愛の名前をちょっと指先でつつく。ほんの少し、インクが爪に付いた。
「真心とか……心を受け取る、とか」
しんとしたリビングに真理の声が映える。バックグラウンドミュージックは冷蔵庫の唸り声だけれど。
書き終えた真理は細く長いため息をついて書類をまた愛に戻す。
「……なるほど」
愛はちょっと感心して、愉快気に言いながら、テーブルの真ん中、二人の間に置いてあった印鑑を手に取る。場所を間違えないように気をつけて、一息に印鑑を押し付ける。そっと紙から離す時、指先が震えたことは、真理にはきっと気づかれているんだろう。
きちんと自分の苗字が押されているのを確認する。書類の左側の欄。「夫になる人」。
「じゃあ、この心をさ……受け取ってくれますか」
照れて笑う愛に、真理はやっぱり真顔で頷いた。手を伸ばして、受け取る。
「解答用紙だな」
ふと呟くと、真理は一度きょとんとして、それからくしゃりと笑う。
「見つかったね」
と鼻声で。
愛と真理