せかい、セカイ、世界。

「ひとを、たべたよ」
と彼女が言ったので、ぼくは、
(とうとう、たべたんだ)
と思った。
 ぼくは、彼女がいつか、ひとをたべることは、うすうす予感していたのだけれど、
(意外と早かったな)
と思った。
 彼女はコーヒーをのんでいる。
 ブラックコーヒーを、のんでいる。
 十七時、駅前の喫茶店。
 駅の中からどばどばと、ひとが流れてくる様子を、なんとはなしに眺めている。
 十七時の空気は、好きではない。
 十八時の空気は、もっと好きではない。
 ぼくは砂糖三杯と、ポーションミルクをふたつ加えたコーヒーの、白いコーヒーカップの持ち手を、折る。
 そして、たべる。
(しょっぱい)
 ぼくは思った。
 きのう、学校の近くにあるオーガニックカフェでたべた木製のスプーンも、ちょっとしょっぱかったのだが、さいきんの物質は、塩分濃度が高くなっているのか、そういえばおととい、彼女の家でたべた花柄の小皿も、くちにいれた瞬間、のどがかわくほどにしょっぱかった。
「ねェ、きのうのあの番組、観た?」
と、彼女が言う。
 ひとの喉元をひっかき、えぐれそうなくらいに爪の長い彼女が、コーヒーカップの持ち手に指をかける。
(あれって、どれ)
と思いながら、
「ああ、観たよ」
と、ぼくはこたえる。
 持ち手をばりばりかみくだいて、のみこんで、口直しにと、こんどはテーブルの左端にそなわっている紙ナプキンの、上のあたりにあった小さな亀裂に、人差し指をかける。
 はがす。
 ぱりぱりと、空気が割れる音が、する。
「あの芸人、おもしろかったよねェ」
と、彼女は言う。
(ひとをたべたというわりに、ふつうだ)
と、ぼくは思う。
 ぱりぱりとはがしたところから、甘いにおいが漂ってくる。
 はがした一部分を、たべる。
 こんどは脳みそが溶けそうなくらいに、甘い。
 外にはひとが、うじゃうじゃいる。
(あれをみて、おいしそうって、思うのだろうか)
 ぼくは思いながら、コーヒーだけじゃ足りないのか、メニューを開き始めた彼女の、ひとのからだのなかのものをえぐりだせそうなほど長い爪を、みつめる。
 せかいは、ひろいね。
 ひとをたべる、きみ。
 せかいをたべる、ぼく。
 十七時の空気を織りこんだ空間の味は、甘すぎて、まずい。
 テレビはきのう、たべたんだよ。
 歯ごたえはよかったけれど、味はいまいちだった。

せかい、セカイ、世界。

せかい、セカイ、世界。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-13

CC BY-NC-ND
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