久しぶりだね

久しぶりだね

にゃーん

PM11時56分。確かそのぐらいの時間に布団に潜った。1人で寝るのは久しぶりで、寝るときは恋人の温もりに依存しているんだなと感じる頃には夢の世界にいた。

「ただいま」
数年ぶりに帰ってきた故郷。空港から車を飛ばして1時間半。都会から田舎へと向かうと、森と道路の中間地点に我が家がある。
車から降り、玄関の横にある鉢に隠してある合鍵で中に入る。なんとも言えないカビ臭さに顔を歪めながら中に入ると、飼い猫のゴエモンが走ってきた。
にゃーんとなく彼は、数年前に僕の家の自販機の横に捨てられていた猫だ。まだ掌に乗せられた彼もここまで大きくなった。
「元気だった?」
僕の問いには答えず、ゴエモンは足元をぐるぐる回り、服に臭いを擦り付けていた。
リビングでは父がテレビを見ていた。異常に散らかったゴミ屋敷。僕の部屋以外はすごく汚い。父も僕も片付けられない性格なのだ。
「ただいま」
「おう」
2人はあまり会話をしない。中学1年生の時からこんな感じだ。別に気にしてはいない。

「ゴエモンおいで」
声をかけるとちゃんと来てくれる彼は、僕のことが嫌いだ。撫で始めて3分もしないうちに僕の腕は血だらけになる。引っ掻き傷と噛み跡で僕の右腕はボロボロだ。一通りそれが終わると、ゴエモンは満足して僕の横で眠る。それ以降はいくら触っても何もしてこない。

ご飯の時間が終わると、外に行きたがるので、専用の小窓から出してやると、外に出るや否やこちらを見て僕に手招きをした。招き猫みたいに。しばらくそれを止めなかったので、仕方なくついていくと、森の茂みの中から、子猫の鳴き声が聞こえた。ゴエモンがその草むらに向かって鳴くと、6匹の子猫が出てきた。僕の足元にちょこんと座る彼の元にゆっくりと子猫が集まってきて、僕の足元は猫でまみれた。
その子猫たちを可愛がりながら見る田んぼの風景は、小学生の頃に感じた『こんな田舎なんて』という懐かしい感情を思い出させた。あの頃の僕はどうしても都会に出たかった。憧れがあったとか、そういうのではなく、この田舎の窮屈さと、穏やかに流れる時間が嫌いだったんだ。もっと広くて、時間の流れが速い都会に行きたい!そう思いながら高校を卒業し、無事に都会に出た僕は、失望した。
狭い。なぜなんだろう。こんなにもやりたいことで溢れているはずなのに、田舎では経験したことのない濃密な時間が流れているはずなのに。違ったんだ。結局僕にはやりたいこと、つまりは将来の夢がなかった。中身のないまま大人になってしまったんだ。言い訳をさせてもらえるなら、僕には腐るほどの時間と、見よう見まねが得意だったせいで、人が得意とすることを簡単に真似てしまう才能があった。その人が1年極めた技を数秒で再現し、数分後には形にできた。これはもう、小中高では中二病のような特殊能力だと僕は思っていたし、周りからもすげぇなってよ言われ───
「にゃーん」

気づくと、ゴエモンが足元から僕を見上げて鳴いていた。
「帰ろう」
そう言った気がした。

歩いてきたはずなのに、帰りはなぜか父の車に乗って帰った。僕の育った通学路を走っていた気がする。とても懐かしい景色だった。所々舗装された部分があり、時代を感じた。

小学生に頃はこの橋を渡って帰ったっけ。
あの土手。よく登ってたな。
交通事故があった場所だ。
先輩と石を蹴りながら登った坂だ。
エロ本が落ちてる茂みだ。
出た希望ヶ丘。秘密基地…まだ残ってるかな。
夏場は涼しくて、冬は地獄の坂道だ!
緑色のプール。
横断歩道。
折れ曲がったガードレール。
石を投げて割ったミラー。
足跡のついたアスファルト。
ボロボロの自販機。

「…あれ」
今日はもう噛まないんだね。よく考えたら膝の上で君が寝ているのなんて初めてじゃないかな。喉を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
前方を見ると、太陽の日差しを何百倍にもしたような眩しさの光がどんどん迫ってきていた。その光の中に時速50キロで飛び込むと、まるで空中に浮いているかのような状態になった。そのまましばらく走っていると、口数の少ない父が話しかけてきた。
「元気か」
「うん」
「向こうでの調子は?」
「いい感じだよ」
「そうか」
「うん」
「また帰ってこいよ」
「うん」

にゃーん。
彼が鳴いた。視界が光に包まれていく。
ベランダで日向ぼっこをしていた君はこんな感じだったのかな。無意識のうちに現実から切り離されていくような。

“ゴエモン…”

ふわりと、夢から覚めてしまった。
君の名前を読んだ直後、陽だまりから抜け出してしまった。
それからしばらく間、余韻に浸っていた。果たして本当に夢だったのか。そんなことをうつらうつら考えていた。

布団から起き上がると目に溜まっていた涙が零れ落ちた。
僕は生まれて初めて『寝泣き?』した。

もう5ヶ月ぐらいたったよな。
天国はどう?いいところ?まぁ、帰ってこないってことはいいところなんだろうな。
たまにでいいからさ。また夢の中においでよ。
待ってるから。
じゃ、またね。いってきます。

久しぶりだね

久しぶりだね

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-13

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