失われた夏 9 三人の関係

カウンターバーの左側に森下彩が座っている。
その右隣りは、夏木雅人だ。
それから、彼の右隣りに、阿木貴子が座った。

男性が、二人の女性に挟まれた格好だ。

森下彩が、彼に言った。

「紹介するわ。阿木貴子さんよ」

彼は、居心地の悪さに苛立ちを募らせた。

「そんな事は、わかってるよ」

「わかってるつもりでしょ」

彼は、落とし穴にはまったような気分だった。

「何故、彼女がここにいるんだ」

苛立ったような口調で、彼が言った。

「私が誘ったの」

森下彩は、微笑した。

もう、どう切り出しても彼女達に見透かされている。何処かへ逃げたしたい気分だった。

「きみが……。何のために」

「さっき言ったでしょ」

「何を」

「ニューヨークに行く話。そのうちわかるわって、さっき言ったでしょ」

「えっ。阿木さんと住むのか」

夏木雅人は、驚いた。

「そうよ。私たち以前から逢ってるのよ」

「以前から……」

阿木貴子が微笑した。

「貴方が、貴子と逢ってたのも知ってるわ」

と、森下彩は言った。

「結局、貴方は二人の女性と恋人の関係を続けたのよ」

彼は、黙って項垂れた。

「前に言ったでしょ。雨の日に逢ったときに。忘れたの」

と、阿木貴子が言った。

「雨の日」

「雨に濡れながら、二人で抱き合ったわ」

「あっ」

彼は思い出した。

「その時、言ったでしょ」

彼は黙って、棚に並ぶお酒のボトルを眺めた。

「付き合ってる人がいるのよって言ったわ」

「誰なんだ…」

阿木貴子は、左手の指先を森下彩に向けた。

「えっ…」

彼は、驚きの余り空いた口が塞がらなかった。

「私達は、恋人の関係なのよ」

森下彩は、微笑した。

彼は、呆然とした。

「だから、ニューヨークで二人で暮らすの」

森下彩は、微笑した。

「恋人の関係……そう言われても」

「日本にいても、同性婚が出来ないでしょ。だから、アメリカに行くのよ」

阿木貴子が、言った。

「同性婚て、きみたちは結婚するのか」

彼は、二人の女性を交互に振り返った。
それから、気持ちの整理をつけるようにカウンターテーブルのフローズンダイキリのグラスを見た。

「そうよ。私と彼女は結婚するの。だからニューヨークへ行くの」

阿木貴子は、微笑した。

森下彩が、続けた。

「貴子は、妊娠してるのよ」

「えっ」

「そして、私も妊娠してるのよ」

「えっ、そうなのか」

彼は、更に驚いた。


「勿論、貴方としか関係してないから二人とも貴方が父親よ」

彼は、為す術もない様な表情で虚ろに前を見た。バーの棚に並んでいる酒のボトルを見るともなく眺めた。

「どうするんだ」

「二人とも産むつもりよ」

「僕が父親なのか」

「そうよ」

「何故、言ってくれなかったんだ」

「それは、私達の台詞でしょ」

彼は、黙ったまま再びフローズンダイキリのグラスに視線を向けた。

「私達は、アメリカで結婚するわ。そして、貴方の子供を育てて生きていくわ。もう決めた事なのよ」

「僕は、どうしたらいいんだい」


「貴方は、父親だけど別れるわ」

「え、別れる」

「そうよ。別れるから、関係ないの」

彩は、少し感情的に応えた。

「逢いに行ってもいいかい」

「駄目よ。別れるのだから」

今度は、貴子が強い口調で応えた。

「父親なんだよ」

「関係ないわ。貴方は、二人の女性と楽しんだだけなのよ。家族としては認めない」

もうこれ以上、どう言っても明らかに応えは同じだろう。

彼は、途方に暮れた。

二人の女性は、最初からこうなる事を計画したのだ。

彼は、観念した様にバーカウンターに項垂れた。

「私達は、さっき予約した部屋で寝るわ。貴方は、自分の部屋で独りで寝てください」

「朝食は、どうするんだ」

彩は、強い口調で応えた。

「いらないわ。朝、貴子の車で帰るわ」

どう切り出しても、どうしようもない雰囲気だった。夏木雅人は、諦めて沈黙した。

「貴方は、独りで好きにしてください」

彼女達は、彼を責めるような強い口調で吐き捨てた。

夏木雅人は、溜息まじりに弱々しく応えた。

「ああ……」

「それじゃあ、私達そろそろ寝ます。おやすみなさい」

二人の女性は、彼をリゾートホテルのバーカウンターに残して立ち去った。

失われた夏 9 三人の関係

失われた夏 9 三人の関係

  • 小説
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更新日
登録日
2016-10-13

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