君のいた町。

君のいた町。

「じゃあ先輩、すいませんが、あとはよろしくお願いします。」
「おう!いいから早く行ってやんな。あ、あと土産楽しみにしてるからよ!」
速足で会社を出て最寄り駅に向かう。彼女との待ち合わせまであと1時間弱といったところか。一旦家に帰り、着替えて荷物を取りに行くつもりだったので時間はぎりぎりだった。
というのも、今日から二泊三日で長野県にある彼女の実家に遊びに行くことになっていた。会社には今日から三日の休みをもらったので、存分にゆっくり過ごせそうだ。
予定通りの時間に帰宅し、予定通りに準備を済ませ、予定通りに家を出て待ち合わせの駅に向かった。
待ち合わせの駅は自宅の最寄り駅から割と近かったので、特に予定が狂うこともなく、待ち合わせの15分前には到着できた。
そこから20分待っても彼女は姿を見せなかった。携帯には「時間に間に合うように着けるよ!」と連絡が入っていたのだけれど・・。まぁこれもいつものことだ。余裕を持った時間配分をしてよかったな、と思っていた時に後ろのほうから声が聞こえた。
「ほんっとごめん!待った?」
大荷物を持って息を切らした彼女が来た。
「いいや、俺も今来たとこだから。」
自分から待ったかと聞いてくるくせに、待ったと正直に言ったら彼女は不機嫌になることを長年の付き合いで経験済みなので、なんとなくそう答えた。
「それより新幹線間に合わなくなるから、早く行くぞ」
彼女が手に持っていたかばんを受け取って、申し訳なさそうな彼女の表情を横目に新幹線の改札へ急いだ。

彼女の名前は立花瞳。年齢は僕より一つ年上で、学生の時にしていたアルバイト先で出会った。少々危なっかしい性格だが、交際三年目にもなるとフォローの仕方も熟知してきているので特に気にならなくなっている。
彼女の地元に遊びに行くのは今回が初めてで、そもそも彼女の家族に会うのも二回目くらいだったので、楽しみな気持ちよりも緊張感が勝っていた。

予定の新幹線に乗車し、指定席に座ったところで、やっと一息つくことができた。
彼女は駅内で買った弁当を広げ、二人での久々の遠出がよほどうれしかったのか、だいぶはしゃいでいた。
新幹線は東京駅を出発し、やっと旅の始まりを実感した僕も、はたから見たら正直はしゃいでいたといわれても否定はできないかもしれない。

彼女も僕も最近互いに仕事が忙しくなり、あまり会う時間も取れなくなっていた。
そんなときに彼女のお母さんから誘いがあったものだから、彼女は僕の都合を考えず、二つ返事で行くことに行くと答えたらしい。まぁこういう強引なところも彼女の魅力の一つだったりもするのだけど。
「なににやにやしてんのよ」
まるで心のうちを読まれたと思い、少し焦った僕は彼女の言葉を無視して窓の外に目を向けた。
気が付くと新幹線はあっという間に都会の町を抜けていたらしく、外は夕焼けに染まったのどかな田園風景が広がっていた。やけに幻想的に見えたその景色に少しだけ心が高鳴っていた。

しばらくして、長野駅に到着すると、彼女の両親が駅まで車で迎えに来てくれていた。
「お母さーん!久しぶり!迎えありがとうー!」
彼女はとても嬉しそうに笑っていた。僕もとりあえず挨拶をしなければと思い、
「本日はお招きいただきまして・・・・」
「堅苦しいのはいいのよ。長旅ごくろうさまね。さ、乗って乗って。」
緊張して空回った僕を横目に彼女はクスクス笑っていた。むかつく。

彼女の実家は長野駅から車で約一時間半ほど走らせたとこにある立派な一軒家だった。
「お邪魔します。」
家に入ると二匹の犬が元気に僕を出迎えてくれた。
部屋に荷物を置かせてもらい、すぐにお風呂に入らせてもらった。
お風呂も予想通り大きくて、また驚きながらもゆっくり体を温めた。
お風呂から上がると、彼女と彼女のお母さんが台所で晩御飯の支度をしてくれていた。
お父さんからビールを勧められ、苦手だったけどありがたく頂戴した。
お酒のせいか、顔を少し赤らめて嬉しそうに娘の話を聞かせてくれて、なんだか僕まで照れてしまった。

晩御飯はたくさんの料理をテーブルいっぱいになるほど用意してくれていて、本当にどれもこれもおいしかった。
晩御飯中にもご両親から彼女の子供のころの話を聞いて、彼女は少し恥ずかしそうだったけど、なんだか家族の一員になれた気がして温かい気持ちになった。
食後は彼女が入浴してる間に洗い物を任せてもらった。なんだか申し訳ないねってお母さんは言っていたけど、むしろ少しでもお返しがしたいと思っていた僕は全く苦に思わなかった。不思議な気持ちだ。

そのあと二匹の犬の散歩に彼女と二人で出かけた。辺りはもうすっかり暗かったけれど、その分夜空がとても綺麗だった。
「この川の近くには蛍もいたんだよ。」

ゆっくり夜道を話しながら回り、30分くらいして家に戻ってきた。
お母さんとお父さんはもう寝ていたらしく、二人で静かに彼女の部屋に向かった。
「ほんとにいいお母さんとお父さんだね。なんかすごいくつろいじゃった。」
「そうかな?ただのんきなだけよ。」
元々僕は片親で、母は朝から晩まで働きに出ていたから、家族の時間というものにあこがれがあった。それもあってか本当に幸せな時間を過ごせた。
時刻は23時を過ぎていて、今日は疲れたのでもう寝ることにした。

次の日、おいしそうな匂いで目を覚ました僕は、横で無防備な顔をして寝ている彼女にチョップを食らわせ、寝ぼけている彼女を連れてリビングへ下りて行った。
「あらおはよう、早いわね。朝ごはん出来てるよ。」
朝から豪華な料理を作ってくれていて、ふたりで頂いた。

今日は家族みんなで買い物に行くことになっていた。
「わざわざ来てくれたってのに、ほんとにいいのかい?買い物になんか付き合ってもらっちゃって」
「いいんですよ。荷物持ちは任せてください!」
遠慮がちなご両親だったけど、なんだか嬉しそうに見えた。

車で20分ほどの場所にあるショッピングモールに向かい、いろいろなお店を回った。
服屋に入ってあれが似合う、これが似合うって、まるで着せ替え人形にされたようだった。お父さんは一人別行動をしたり合流したりで、すこし恥ずかしかったのかもしれない。
お昼ごはんはお寿司をごちそうになった。また美味いんだこれが。
観光地っぽい場所も巡ったりしてくれて、家に帰ってくるころにはもう晩御飯の時間だった。
その日の晩はお父さんとお母さんが手打ちそばをふるまってくれた。
やっぱり長野。いつも食べているそばとは全く別物のような味だった。
そのあとお風呂に入らせてもらい、あっという間に二日目が終わった。

三日目は夜に急に仕事が入ったため、早めの電車で帰ることになった。
ありがたいことにまた駅まで送ってもらい、そこでご両親とは別れることになった。
「三日間本当にありがとうございました。また遊びに来たいです!」
「こちらこそ、本当に楽しかったわ。またいつでも遊びに来なさいね。あと、瞳のことこれからもよろしくお願いします。」
少し照れ臭かったけど、はい!と強く返事をした。
彼女は少し寂しそうな表情をしていた。
改めてこいつのこと、ちゃんと守っていこう。そう思った。

新幹線に乗り、窓の外のご両親に手を振って僕らは東京へと帰っていった。

あの道で、あの家で、一生懸命笑って泣いていた彼女が今僕の横にいる。
不思議な感覚だけど、とても愛らしく思えた。
今度は僕の育った町に一緒にいきたいな。

ふと、あることを思い出した。
「あ、やべ。」
「どうしたの?」
「先輩へのお土産、忘れてた。」

君のいた町。

君のいた町。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted