曇る鏡
不幸や不遇を敵のせいにしていれば人間は心の安定を手に入れられるものではないでしょうか。
秋の夜。膝に毛布を乗せながら、不満そうな顔で鏡を見ていた。薄暗い部屋で髪をかきあげてみたり、唇を尖らせてみたり。しかし、どれもこれも満足のいくものではなかったようだ。
この季節の冷たく澄んだ空気を部屋にいれようと思い立ち上がった。すると、部屋の扉がゆっくりと開き美しく、気品のある女性が入ってきた。
「櫛をなくしてしまったの。だからあなたの櫛を貸してくれないかしら」
上品な口ぶりでそう言った。
「ええ、いいわ。この櫛も私よりお姉様のような美しい方に使われた方がよっぽど嬉しいでしょうね」
その言葉は冷たい調子を纏っていた。
「そんなことないわ。あなたも十分素敵じゃない」
「そうかしら。お母様もお父様も、学校の人だってみんなお姉様をひいきしてるじゃない。おかげで私には目もくれないわ」
「それはあなたの出来がいいからよ。私にはみんな口うるさいわ」
「お姉様は美しいから私の事なんてこれっぽちもわかりっこないわ」
そうふてぶてしく言い放ち、姉の目から顔を逸らした。
どこへ行っても姉との比較。決して出来が悪いわけではない。どちらかと言えば優秀だろう。ただ、どんなにすごい事をしてもいつも姉という存在の影に隠れてしまうのだ。これほど悔しい事は無い。それに比べて姉の方はどこか抜けていて、とろとろとした性格だった。しかし、褒められるのはいつ
も姉の方だった。その理由は一目瞭然、明白だった。姉は美しいのだ。見た目より中身なんて無責任に言う人がいるがそれは違うと断言しましょう。
なんとなく机の引き出しを開けてみるとインチキ臭い古びた本が入っていた。この本は先月、学校帰りの古本屋で見つけたものだった。古本屋の主人の話では気味悪がって誰も買わないらしい。値段が他の本に比べて安かったので買ってみる事にしたのだ。
本の中身を開いて見るとおまじないや魔術のようなものが書かれていた。その中の一つにとても興味深いものがあった。
「お姉さま、入れ替わりの魔術ですって。やってみましょうよ」
魔術なんてこれっぽちも信じてはいなかったが、なにか姉にいじわるしてやりたかった。
「いいわね。どんなもの」
「入れ替わる人間の髪を抜いて結んで、ろうに灯っている炎で燃やすんですって。そしたら、次の日の夜まで入れ替わっているそうよ」
二人はさっそくやってみた。
次の日の朝、私はいつも通り起きて一番に鏡を見た。驚くことに入れ替わりは成功していた。すぐに姉の部屋に走り、扉を開けた。
「お姉さま、入れ替わってますわ」
「そうね。今日一日、私はあなたの体で生活するのね。とても楽しみだわ」
二人はいつものように学校に向かった。私は絶望した。同じ人間、姉妹なのにここまで周囲の対応が違うものかと。同時に喜びが腹の底からふつふつと
沸いてきた。今頃、私の体にいる姉が周囲の冷たさに泣いているのを想像したからだった。
その夜、入れ替わりの魔術は解け、二人は元に戻った。
「お姉さま、どうでした。私への対応はいつもああなのですよ」
「羨ましいわ。とても親切に扱われているのね。先生からは人が変わったようだなんて言われたりしたわ。可笑しいわね。だって本当に変わっているのですもの」
私は今までされたどんな事よりも心を痛めた。私が負けていたのは容姿だけでなく、むしろ中身だった。不遇を全て姉のせいにして、嫉妬心ばか
り黒く燃やし続けている私の方だった。周囲はそんな意地汚く、腐りきった内面を感じ取っていたのだろうか。
それでも私の考えは変わらない。こんな歪曲した性格になったのも姉のせいなのだから。
曇る鏡