貨物船

港町を走る列車の窓から、
君と、流れて行く景色を眺めていた。
国道の線路沿いに建ち並ぶ黒い瓦屋根の
押し殺した静寂を車輪が引き裂いていくのだ。

ガード下で、君を探している奴が、
僕を見つけて何か叫んでいる。
信号の赤いランプとけたたましい音に掻き消されて聞こえない。

あの日、君は、高い梯子の上で、
もう一度、進水式のシャンパンを叩き割って…
白いワンピースと麦わら帽子の下から空を見上げ、
真新しい貨物船は海の方に滑って行った。

窓から眺めることも飽きた君は、
僕がいたことを思い出し、
そうして、聞いてくる。
『あの日あなたいた?」
僕は、知らないふりをする。

あの日、あの貨物船に乗り込んで、君に「さようなら」と、手を振っていた。

だが、君のシャンパンで、僕が乗り込んだ未来は、もうお終いさ。
そうして、再び、あの日に戻ってきた。

もう、あの貨物船は、錆び付いてしまい、
ドックの端で、波に打たれている。

小学生が描いた港の水彩画のモティーフになって、
今では、線路脇の画廊喫茶にぶら下がっている。
僕の友人が、ナントで描いた城の絵の隣で、
真新しい絵の具の匂いが、あの日の記憶を呼び戻す。

そうして、ようやく理解できた。
僕たちが所有しているものは、
列車の窓から見える
時間が遠ざける風景だけだとね。

貨物船

貨物船

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-04

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