卒業式の出来事
卒業式の出来事
卒業式の出来事
ある年の3月1日、一時間ほどの卒業式はあっけなく終わろうとしていた。
「以上をもちまして、平成○○年度大阪府立四條畷高等学校 第51回卒業証書授与式を終わります」
という言葉が終わるか終わらないうち、先頭の席にいた卒業生が「ちょっと待った」と声を掛けた。何が起こるのだろうかと一瞬前を見る。彼は前に出てきてマイクに向かって言う。「忘れていることがあるんじゃないですか。」皆何だろうと思う。次の瞬間、彼は僕の名前を言った。「桜家先生、いますか。出てきて下さい。皆さん、桜家コールをお願いします。」
「お・お・かー、お・お・かー」という声が響き渡る。僕は一瞬戸惑ったが、出て行くことにした。そこへまた別の生徒が僕を迎えに来た。手には予行の日に渡した僕の詩集を持っている。彼は「詩を読んで下さい」と言って詩集を僕に手渡してくれた。僕は意を決し、マイクの前に立った。
「僕は卒業生のために詩を書きました。それを読みます」
と言うと、一斉に歓声と拍手が起こった。僕は読んだ。
卒業生に贈る言葉
クラスの劇が終わり、
緞帳がゆっくりと降りた。
降りきった途端、
舞台裏で一斉に歓声が上がった。
手に手を取り、抱き合って、歓声を上げた。
中には泣きじゃくる者もいた。
今まで苦労に苦労を重ねた者ほど
その感激は大きかった。
思えば、校舎や校庭のみならず、
夜遅くまで、公園や河川敷、小学校の体育館や講堂で練習を続けた。
いくら発声練習をしても声が小さいと言われた。
何遍やっても演技が臭いと言われた。
人の集まりが悪く、
なかなか進まなくて投げ出したくなったことも度々あった。
大道具や衣装も思ったより大変だった。
本番近くになってあれも出来ていない、これも出来ていない、と慌てた。
そして、緊張して迎えた本番。
ささいなミスはいくつかあったものの、練習の時よりずっとよく出来た。
今までの苦労が一遍に吹き飛んでしまう瞬間だった。
雨のため体育館で行なわれた文化祭のフィナーレは、
今まで僕の経験したフィナーレの中で最高のものだった。
賞の発表の仕方も、受賞者の再演技も、素晴らしかった。
そして、三年生女子有志のダンスもエネルギッシュで訴えるものがあった。
何もかもが三年生の力を最大限に発揮したものだった。
その力は教師の予想を遙かに上回っていた。
高校最後の夏合宿に参加した生徒は言った。
「楕円球を追いかけてきた三年間が終わる。毎日、しんどかった。辞めたい、と思うときが何度もあった。目的がなくなったときが何度もあった。雪降る中、足の感覚がなくなるほどグランドを駆け回った。照りつく太陽の下、ただ汗を流し、声を張り上げながらタックルにいった。そうして、今年、最後の合宿にいった。その最後の日、僕は泣いた。・・・・試合に負けたわけでもないのに、なぜか涙がでてきて止まらなかった。みんなも泣いた。そして、涙の中、みんなで部歌を歌った。みんなで肩を組んで、円陣を作り、みんなで大声を出して歌い、そして泣いた。」
僕にはその時の情景がありありと見えた。
大声を出して泣きながら歌っている彼らの姿が見えた。
姿だけではない。その時の彼らの思いが伝わってきた。
試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
ノーサイド。
挨拶が終わった途端、部員たちは抱き合って泣いた。
この三年間、人生の大部分をラグビーにかけてきた者たちの、
最後の試合が終わった。
この三年間、泥にまみれ、汗水を流し、血を流し、
苦しいときも、辛いときも、うれしいときも、
共に語り、共に励まし、
時には喧嘩し、時には競い合いながら過ごしてきたものが、
その場に凝縮されていた。
今までの苦しかったラグビー人生の三年間がそこに詰まっていた。
三年間がその瞬間に凝縮されて涙になった。
後に彼は語った。
「四条畷高校生としての三年間が終わろうとしている。あの4月の時の純な気持ちが、今の僕にあるだろうか。堕落し、現実から目を避け、ただ日々をのらりくらりとしているだけではないか。クラブを理由に勉強せず、何も身にはついていない。何をしていたのか。自分を正面から見つめる、これができていたのか。」
「僕の三年生がもうすぐ終わる。友達はできたのか。みんなと話ができるのか。クラスの一員としての役割はできたのか。みんなにとっての自分とは何者であるのか。疑念と不安が頭をよぎる。」
「僕はこの三年間で満足のいく事がいくつできただろうか。どれだけ成長し、今を生きているのだろうか。四条畷を卒業する資格があるのだろうか。自分を正面から見つめてみたい。そして、三年間の自分を知りたい。」
僕は言う。
今までの自分を見つめ直し、自分に鋭い問を突きつけてこそ、
人は自分の人生を実り豊かなものにすることが出来るのだ。
今までの自分を静かに深く振り返ることで、
自分を生かすことが出来るし、明日につなげることが出来るのだ。
ああ、あなたはそこまで人間的に成長したのだ。
僕は讃えよう。
四条畷高校を卒業していくあなたを、
人生の最も輝ける三年間を作り上げたあなたを、
クラブにおいても、学校の行事においても、そして勉強においても
全力で闘ってきたあなたを、
苦しい時も、辛い時も、悲しい時も、不安にかられた時も、投げ出したくなった時も、
決して諦めず、もう一度自分を見つめ直し、再度挑戦したあなたを、
刻苦勉励という言葉がまさに当てはまるあなたを、
僕は讃えよう。
飯盛山の神々よ、
刻苦勉励せしこの卒業生を讃えよ。
畷高をかつて卒業した先輩たちよ、
こぞりてこの後輩を褒め讃えよ。
彼らは自らの身体を切り刻んで畷高の血を受け継いだのだ。
ああ、大地の神々よ、この卒業生たちを褒め讃えよ。
別れの時は来た。
畷高を去り、一人で立ち、
自分の道を歩み、
自分自身を探し求めるのだ。
あなたが自分自身を探しあて、
過去を懐かしむ時があるならば、
畷高時代を思い浮かべよ。
そこには、時をともにしてきた多くの仲間がいる、
教師がいる、
そして、きっと畷高の血を見いだすだろう。
しばしの感傷に浸り、また、明日に向かって進むがいい。
それまでのお別れだ。
あの時が僕にとっても畷高を去る時となった。あれから4年の歳月が流れ、今となってはいい思い出となった。
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