ENDLESS MYTH第3話ー19
『繭の盾』
ニノラ・ペンダース 種族:ホモサピエンス 能力:獣人への変化
イラート・ガハノフ 種族:ホモサピエンス 能力:電撃
サンテグラ・ロード 種族:サラントイラン人とホモサピエンスのハーフ 能力:短時間の時間操作
バスケス・ドルッサ 種族:デンコーホン人 能力:金属原子の生成、操作
イ・ヴェンス 種族:ホモサピエンス 能力:熱エネルギー操作による、爆発作用
ホウ・ゴウ 種族:ニャコソフフ人 能力:物体を氷結、凝固させる能力
ジェイミー・スパヒッチ 種族:ホモサピエンス 能力:水蒸気を操作し、雲を意のままに操る
ボロア・クリーフ 種族:ノーブラン 能力:亜高速移動、加速能力
アニラ・サビオ 種族:トチス人 能力:自らが創造する自空間へ他者を幽閉する
マキナ・アナズ 種族:ホモサピエンス 能力:空間の物理理論を書き換え、ブラックホールを自在に誕生させられる
『咎人の果実』
ファン・ロッペン 種族:ホモサピエンス 能力:重力操作
エリザベス・ガハノフ 種族:ホモサピエンス 能力:汎用的電流操作
ドヴォル 種族:ラーフォヌヌ 能力:酸素、窒素、二酸化炭素など空気操作
ロベス・カビエデス 種族:ホモサピエンス 能力:光子操作
ゴーキン・リケルメン 種族:ソフリオウ人 能力:物体の凝固能力
アンナ・ゲジュマン 種族:ホモサピエンス 能力:肉体から己が生成した装備を自在に放出できる
ミンチェ 種族:ミサイルラン人 能力:迷宮の生成。内部へ落下した者は、永久の悪夢にうなされる
サホー・ジー 種族:ブソナレロ 能力:炎の操作
ガロ・ペルジーノ 種族:ホモサピエンス 能力:水分子の操作
カロン・カリミ 種族:ホモサピエンス 能力:サイバー空間へのアクセス、操作
19
不機嫌な顔をして痩けた頬を撫でるのは、先にこの時代を訪れ、メシア・クライストの襲撃を企てていた男は、最初の襲撃であそこまで獲物を追い詰めながらも、仕留められなかった事に対する不満を露わに、足下に転がる黒く太い電源ケーブルを蹴り上げ、ふてぶてしく周囲にそのギョロリとした視線を転がした。
そこには太い配線と分厚い鉄板の管が高い天井を何処までも登り、周囲にも機械類、配線が散乱していた。床は鋼鉄で構成されている様子だが、つなぎ目が一切ない1枚の鉄板のようである。しかも分厚いのか、エナメル質の革靴をはくガロ・ペルジーノの足下には、鉄板が響く音など、微塵もしなかった。
「お前がなにを考えてるかは知らないし、知りたくもない。だがなぁ、あそこで獲物を仕留めるのを止めた理由ってやつを聞かせてもらいてぇものだ」
明白な不機嫌を中空に向けるガロ。
すると中空に浮遊したまま直立し、ポケットに手をつっかんだままのファン・ロッペンは、室内を物色する視線を眼下へと静かに落とした。
そしてゆっくりと滑らかに鋼鉄の床へと降下してきて、静かに着地した。
「あそこでお前が奴を仕留めたら、この戦いは終わったからなぁ。それを止めるため、とでも言っておこう」
半分笑った顔で面長の男は質問に答えるのだった。
「殺戮を楽しむってのは嫌いじゃない。だが目的を忘れてないか? 我々がここにこうして集う意味は、殺しを楽しむためじゃ無い。それぞれの目的成就のため、悲願を決するためにここに居る」
ガロは不機嫌そうに面長の顔へやつれて眼球をギョロリとした顔を近づけた。
するとこの緊張の糸を緩めるような声色が広く薄暗い室内にこだました。
「喧嘩するのはいいですけど、まずここを掃除しません? 古代の遺跡とは言っても、汚すぎませんか?」
と、ほがらかに声を発したのは、ロベス・カビエデスである。ホモサピエンスの彼は、10人の【咎人の果実】でも見ためが最も若く、とてもメシア・クライストの命を狙うような人物には見えない、穏やかさ残す巻き髪の短髪であった。
「ここ何年ぐらい経ってるんでしょね」
何処か間の抜けた笑みをたたえ、ロベスがファン、ガロを交互に一瞥して、足下の太いケーブルを見下ろした。
殺意に満ちたにらみ合いはそこで打ち切られ、唾を吐くようなふてぶてしさで、ガロはファンから離れると、近くに転がった鉄の塊に腰を下ろした。
それを注視していたファンは、1つの落ち着きを見せたガロの態度を半笑いで見てから、ロベスへと視線を移動させた。
「最期の文明が崩壊して年号は消滅したからなぁ。正確な時間は把握できない。地球に時間概念が消失して、天文学的年月が過ぎているはずだが」
言い放ったファンが薄暗い天空の猥雑な機械の世界へ眼を転じた時、幾つものケーブルが不意に生き物のようにウネウネと波打ち、その中央から1つの小さな顔がひょっこりと出てきた。まるで小動物が穴蔵から出てくるそれに似ている光景である。
顔は女性である。人間の。
「システムは古いけど生きてるわ。復旧にはそれでも時間がかかるわね。ここを拠点にするのであれば、暗いのは少し我慢してもらうしかないわ」
機械的な声色が空間内部に反響した。彼女の顔からではなく、機械自体が喋っているかのようである。
彼女はこのとき、大きく開かれた口から、医療用のチューブのように配線を呑み込み、身体中の穴に機械の配線が入り込み、眼の部分は黒いスキンシートで覆われて、まるで目隠しをされているかのような姿である。
表現するのであれば、SMプレイの器具で身体を縛られているそれに似ていた。
彼女の中では意識はシステム、サイバー空間と直結されており、意識の前を横切るのは、電子の情報の河と空気であった。彼女は情報の海の前に立っていたのである。
少しの間、顔を覗かせていたカロン・カリミは、再び機械の中に埋もれていく。
そして次の瞬間、ファンの斜め向かい側の機械で柱のようになった機械の塊から、ささった棘が排出されるかのように、カロンは現れた。
目隠しをされていた瞳は開き、代わりに耳に設置された丸い円盤型の装置から伸びるレザーのマスクが口元を覆っている。
そう、彼女はイデトゥデーションの本拠地に居た、例の女性だったのだ。
「イデトゥデーション内部で多くの科学技術を目撃しちゃうと、なんだかおもちゃにもならないわね、ここのシステムは」
と、つまらなげにマスクの向こう側に籠もった声を発した。今度の声色は、しっかりと人間の物である。
「それで、この汚いがらくたの山以外に、この時代での収穫は?」
ガロ、ロベスを交互に見やった彼女には、その独特の風貌とマッチした無機質な口調が投げ込まれた。
「もちろん仕事はしましたよ。イデトゥデーションがタイムリープさせた工作員は排除しましたし、彼らが根城にするであろう場所の検討もつけてあります」
巻き髪の少年がニコリと微笑む。
「それだけじゃないわ」
そう言って転送してきた小柄で短いスカートをひらりとさせて、鉄板に着地した女性が言う。アンナ・ゲジュマンだ。
彼女は濡れた前髪を掻き上げ、ファンを見つめた。
「救世主は地球の裏側に逃げたみたい。居場所はすぐに特定できるわよ」
すると複数の光がファン・ロッペンの周囲に現出し、そこに【咎人の果実】が全員、顔を合わせる形となった。
「どこに逃げたかは問題ではない。彼らに極上の苦痛を与え、もがき苦しみ、のたうち回っているところを、踏みつぶすのが快感につながるんだ。それだけが目的で我々はここにいる。それだけが唯一無二の存在理由だ」
と、全員の顔を見回し、ファンは言い放った。
これにはさすがのガロ・ベルジーノも、さっきまでの勢いを潜めてしまうほどの、ギラギラとした面長の男の顔であった。
「それにしたって、もう少し片付けておいてほしかったわね。これじゃあ貴方たちの地球で言うネズミと変わらないじゃない。好きなんでしょ、ネズミってこういうところが」
肘を抱え、少しツンとした顔で言ったのは、ミサイルラン人のミンチェである。
垂れた触手のような皮膚を露出させた衣服は、胸のところが大きく開き、深い谷間が見えていた。
挑発的な口調と衣服の彼女に言われ、ガロは露骨な不機嫌を見せた。
すると薄暗い機械だらけの空間に光がほとばしり、鋭いものがミンチェの首のとに光速で近づいた。それは彼女が能力で対抗するよりも速く、反射神経では対応できないほどであった。
ミンチェの喉元に突きつけられたのは、白刃だ。しかも先端は薄く紫色に、血液を吸ったような、刃独特の輝きでミサイルラン人を照らした。
「あんたになにがわかんのさ。こんな朽ちた世界にあんな男と一緒に放り込まれて、楽しいと思う? 野宿しないだけでもありがたいと思いなさい」
苛立ちを隠しきれないアンナの視線は、一瞬、ガロを一瞥した。ギョロリとした眼光の男との時間は、彼女にとって誰も経験できないほどの苦痛であったのだ。
ミンチェもしかしガロとの少しの時間を経験しているからこそ、アンナの切っ先の苛立ちを理解していた。
「冗談も通じないのかしら」
ミサイルラン人はそういうと、独特の肌色の顔をニコリとさせた。そこにはけれども顔とは裏腹に、すぐにでの能力発動をするであろう指先に、力が込められていた。
「そんな、ひどいじゃないですか」
と、唐突に間抜けな声を発したのは、巻き髪の少年ロベスだ。
「僕たちは、うまくやってたじゃありませんか。楽しかったでしょ、色々と冒険して」
本心からそう思っているらしく、少年の瞳は、苛立つアンナの鋭い眼光を見やっている。
切っ先を下ろし、血を払うように剣を振ると、あまりに純朴すぎる彼の言葉に、喉を詰まらせたかのような顔で、アンナは己の能力で放出した剣を、光の粒にしてその場から手品のように消失させた。
「さかりのついた猫とでも表現せざるにおえない光景ですな」
半透明なドヴォルの身体から、低い声が薄暗い機械の空間に反響した。
「目的の実行性が著しく低下しているように見えるのですが?」
と、面長の顔をドヴォルは半笑いで見やった。
何処か知的でありながら、この場に居並ぶ全員と同様、危うさを抱えた瞳を半透明な種族はしている。
面白げに笑いを面長の顔に浮かべたファンは、9人の種族をそれぞれに見る。そしてニヤリと不気味とも喜びともつかない顔つきで両腕を広げた。
「実行性に優れているさぁ。それぞれの目的、それぞれの考え。しかし目標は救世主1人。これほど実行性にすぐれている集団はない、そうは思わないか?」
そういうとファンの視線は集団から少し離れた位置に転がっているパイプの上に腰掛けたエリザベス・ガハノフへと向けられた。
彼女がこの戦いの鍵となることを、ファンは理解しているような視線と口ぶりである。
「ぐずぐずしてていいのか。敵に逃げられるぞ」
視線を足下にそらしながら、後ろめたいようにも見える表情でエリザベスは言う。
彼女の心情など微塵も分かっていない昆虫をそのまま大きくして二足歩行にしたかのようなサホー・ジーが彼女の提案に、殺気だった口調で叫ぶ。
「そうだ! 奴を殺すにはすぐに動くことを先決だ!」
が、これに異議が声が上がる。
「無闇に動かずとも、良いでしょう」
ドヴォルだ。彼はどこか昆虫生物を下に見るような視線を向けてから、実質的集団のリーダーであるファンに顔を向けた。
「奴らの行動原理は救世主を守ること。ならば先手を打ってくるのは向こうでしょう。憂いを排除すれば、救世主を守るのも容易くなりますから」
半透明な生命体の言葉は、ファンの説得には十分すぎるほどの根拠があった。
「救世主はいずれこの手で消す。物語はこの場面で終幕。二度と再開することはない」
そういったファンの顔には、遊びで興奮する子供の様子に類似する感情が溢れていた。
ENDLESS MYTH第3話ー20へ続く
ENDLESS MYTH第3話ー19