隙間
「あ・・・」
『あ・・・』
ほとんど同時に2人の視線と言葉が重なった。
『久しぶりだね?悟。』
「う、うん。 ご無沙汰・・」
昔と変わらない。ペースを握ってたのは いつも優子だった。
『1年半振りぐらい?』
「ん~・・・それぐらいだね。」
優子は私より3つ歳上の元彼女。
お酒が好きで 当時はデートと言うかしょっちゅう飲んでばっかりだった。
『すいませ~ん とりあえず生ビールください。』
スツールに腰をおろし 相も変わらぬ注文。
付き合っていた当時、
「優子さん 綺麗なのに注文するのが全部オジさんっぽいですよね~ もっとお洒落なのにしたらいいのに~」とカクテルを飲んでる後輩達の発言をものともせずに
『うっさい! 私は私の好きなモノを飲むの!』
と 一蹴してたのを思いだす。
そう言えば このやり取りしてたのこのバーだったな・・・違いは優子達はボックス席で 私はカウンターだった事。
今は2人ともカウンターで飲んでいる。
『最近どう? 相変わらず仕事忙しい?』
「いや、落ち着いた・・・と 言うより落ち込んで暇だね。」
そもそもの出会いは飲み屋。
私がバイトしていた店の常連客の1人が優子。
彼女はアパレル関係の仕事をしていて そこそこ遅い時間まで飲んでいる事が多かった。
客と従業員の立場で話をする事は何度もあったけれど それだけ。
ある日 バイト終わってふらっと立ち寄った店で
ばったり彼女に会った。
そこで一緒に飲んでから優子との距離は一気に縮まっていった。
『そう言えば〇〇〇ってお店、あそこ潰れちゃったの知ってた?』
「え?いや、全然。 なんせ久しぶりに飲みに出歩いたくらいだから・・・」
当時 優子には彼氏がいた。
彼女から聞いた話では あまり上手くいってない。
すれ違いが多くて 会う回数も少なかったと。
私は優子のその心の隙間に入り込んだ。
バイト先でも彼女を見かけたら話しかけて
2人で よく飲みに行く様になった。
いつしか 本当に自然に男女の関係になり多くの時間を共にするようになった。
けれども事実として優子は他の男の彼女。
それからしばらくして世間はクリスマスを間近に迎えていて
街並みはイルミネーションで光輝き、
お祭り気分で盛り上がっていた。
はっきりしないままの関係が続いていたが
私は意を決し優子に決断を求めた。
「ねぇ?今度のクリスマスさ?・・・」
『ん?』
「俺と一緒に居て欲しいんだ。」
『え・・・』
「もう 誰かの代わりじゃ嫌なんだ。
俺の側に居て欲しい。」
何も伝えなければクリスマス、優子は彼氏と過ごすのが当然なのだろう。
それが我慢できず優子に迫った。
一瞬とも永遠とも思える重く静かな時間。
『わかった。ケジメつけてくるね?』
優子の言葉で静寂が吹き飛ばされた。
『どうなの?最近。 彼女とかは?』
「いやぁ・・・全然だよ つい最近までそんな余裕なかったもん」
満たされた時間と関係は永遠には続かなかった。
彼女の姉の結婚を期に 私はいつまでもバイトで暮らしていく訳にはいかないだろうと、再就職をする。優子の為に、将来の為にと思っての行動だった。彼女の事を考えるからこその。
しかし、結果的にこれが終局への引き金だったのかも知れない。
実際 働き始めた会社は朝が早く、慣れない環境と言う事もあり、著しく私の身体を疲弊させた。
一方 彼女の生活は変わる事がないので 自然とすれ違う様になってしまった。
私の部屋に彼女が訪れていても ろくに会話も出来ずに眠ってしまう事が増えていった。
その姿を横目に見ながら1人で帰宅していく彼女の気持ちを考えていなかった。
今度は私が彼女の心に隙間を作ってしまった。
客もまばらな店内で携帯の着信音が控え目に鳴る
優子の携帯だった。
『ちょっと ごめんね?』
席を立ち 外に出ていく。
すれ違いを繰り返していく日々が続いていたある日。いきなり・・・いや今 思うなら 来るべきして来た瞬間なのだろう。
『ねぇ悟?・・・私達・・・もう駄目なのかな』
私の部屋に向かう暗い道の途中
救いを求めてたのか 結論を待っていたのか
あるいは両方だったのか 彼女の震える様な絞り出した言葉に尚も思いやりの無い言葉を返した。
「優子が駄目だと思うなら駄目なんじゃない?」
・・・
・・・
かつて優子に決断を迫った時よりも
遥かに重く冷たい時間と空気に襲われる。
・・・
そして やはりこの状況を解き放ったのは優子。
『そっか・・・うん。 わかった。
今日で終わりにしよ? 今までありがと。』
優子が笑顔をつくりながら告げた。
「ごめん。・・・ありがとう。」
そんな言葉しか言えなかった自分に憤りを今は感じる。後の祭りだけれども。
しばらく後に共通の知人からこの別れの少し前から彼女に近づいてた男性が居たと聞きかされた。
勿論 彼女を責める気も資格も私には無い。
私の作ってしまった彼女の隙間を他の誰かが埋め始めて彼女を救っていたのだから。
優子が電話を終えて店内に戻って来ると、
『ごめんね?約束してて もう行かなきゃ。
また 今度飲も?』
「うん。またね。」
今も昔も気の利いた言葉1つ言えない。
性分なのか負い目なのか、どちらにせよ申し訳ない気持ちが押し寄せる。
いそいそと会計を済ませ
『じゃ。またね。』
と 手を振り店を出て行く。
彼女が去ったテーブルには少しビールが残ったグラス。
彼女が座っていた席は
あの頃の様に私の隣ではなく
座席を1つ空けた場所。
中にも外にも隙間。
作ったのは私だ。
隙間