僕の片想い
世界を壊滅させるほどの地震が起きたらいいのに。たくさんの人が世界から消えて、僕と栞奈だけ取り残されればいいのに。そうしたら、いくらでも話せる。生き残るために二人は支え合うのだ。
「一年生、みんないい子たちばっかりだね。安心した」
人通りの少ない川沿いの道を歩きながら、栞奈は柔らかい笑みを投げかけてくる。両の端がきゅっと持ち上がる唇は、白い肌に映える赤。つい、じっと見つめてしまう。
「ね?」
ちゃんと目を合わせようと少し屈んで、僕の瞳を覗き込んでくる。
「――かわいい女の子はいた?」
声が掠れていないかな、なんとはなしに気になって、軽く咳払いをする。
「いたいた。チトセちゃんっていう子が、すごく好みだった……。顔が小さくて、ショートカットがよく似合って、おまけに眼鏡なの」
弾んだ声がオレンジ色の空間に溶け込む。音符の連なりが見えそうで、その一音一音を聴いているのは、今は、ただ一人。太陽まだ沈まないで、二人の時間が終わりを迎えてしまうから。
「ああ、あの子か。確かにカンナが好きそうだな、とは思った」
「でしょ。でも、あんまり話せなかったんだよね。次の部活のときはいろいろお話したいな」
「これからいくらでも話せるよ」
つと、栞奈が俯いて、もう高校生活最後の年なんだね、と呟く。憂いを帯びたその横顔は普段とは空気感がまるで違って、目睫に潤いを孕んだものを浮かばせている。その表情を目の当たりにすると、僕は予感に囚われる。これから、とんでもない後悔をしてしまうのではないだろうか。悔やんでも悔やみきれないくらい、失ってからその大きさに気付くのではないだろうか。不安に苛まれるほどに彼女の存在は僕の中で大きくて、心をずっと占めていた。
胸の内がもやもやしてくる。不安を払い除けるように、手を伸ばし、栞奈の掌を握る。
「栞奈は恋愛対象として、男と女どっちが好きなの?」
戸惑いに彼女の瞳は見開かれる。その透明感のある黒に、必至すぎる僕の顔が映っている。
栞奈の赤い唇に目をやる。半ば開かれて、紡ぐ言葉をためらっているようだった。なにそれ、変な質問、とごまかされるかもしれない。真剣に答えてくれるかもしれない。あるいは――。たとえどんな返事が来ようとも、その言葉をすべて聞き終える前にその唇を塞ぐつもりだった。
僕の片想い