陰謀論

進藤 海(K.Shindo)

陰謀論

 天災や事件、はたまた日常の中に潜む偶然の惨事が、誰かの陰謀であったとしたら……。


 俺はあの頃、フリーターをしながら作家を夢見て文学賞に応募する日々を送っていた。

 でも、30歳も近くなった頃に俺は急に将来に不安を覚えた。このまま何も得ずに年だけ取っていくのか、親も孫の顔さえ見ずに死んでいくのかと。

 その瞬間、俺はもう夢を諦めて地道に働いて生きる道を選んだ……はずだった。


 ピンポーン。昼間にぼろいアパートのインターフォンが鳴る。

 俺は寝癖のひどい髪を掻きながら、ドアの覗き穴を見た。スーツ姿の男が立っている。目は前髪で隠れておりよく見えない。

 相手の様子を窺っていると、急に男は紙に何かを書き始めた。すると、それを覗き穴越しに俺に見せてきた。

「あなたの人生をお救いします」

 俺は怖いもの見たさでそのドアを開けようとした。
 しかし、なぜか開かない。こんなことは初めてだった。

 何度かガチャガチャやると何とかドアが開いた。
 そこに男の姿はなく、その代わり1枚のメモ用紙が落ちていた。

「1編の小説を文学賞に応募してみてください。あなたの道は自然と開かれるでしょう」


 最初は何かのいたずらだと思っていたが、書くことが好きだった俺は最後の望みを賭けて応募することにした。

 小説の題材は冴えない主人公の前に現れた前髪の長い男。そして題名は「陰謀論」。
 俺はなぜかそれをアイデアにつまることなく書き終えたのだった。

 妙に自信のあった俺は文学賞の中でも最も高尚で有名な文学賞にその作品を応募したのである。


「本当ですか!? ありがとうございます!」

 半年後、俺はその文学賞にノミネートされあっさりと最優秀賞を取ってしまった。
 近々記者会見があるので予定を空けといてくれと出版社から連絡があった。俺は喜びを爆発させた。

 すると、午前2時を回った頃なのにインターフォンが鳴る。

「誰だ?こんな夜中に……」

 俺はいつものごとく覗き穴を覗く。

「お久しぶりです」

 そう書かれた紙を見せながら、例の男がこちらを見ていた。

 やはりドアは開かない。
 俺は必死になって覗き穴を凝視する。やがて男は新しい紙に何かを書き出した。男は口角を上げながらそれを見せる。

「人生、良いことのあとは悪いこともある。覚悟しておいてください」


 その数日後、俺は記者会見に出席した。
 さすが著名な文学賞だけあって、記者の数も段違いであった。相当なカメラのフラッシュが眩しくもあり、嬉しかった。

 ついに俺は大きな夢を自らの力で成し遂げたのだ……!
 俺は達成感に満ち溢れていた。そしてマイクが自分の手にやってくる。

「まずはこの賞を受賞してのお気持ちを教えてください」

 記者からの質問に、俺は自信げにマイクを握りしめた。

「そうですね、やはり最初は自分なんかがこの賞をお受けしていいものなのかと迷いもありましたが、この賞を受賞することでこの作品をもっと多くの方々に読んでいただける機会になると思いました。それにこの作品は……」

 饒舌に話していたその時であった。
 俺は例の前髪の長い男が記者に紛れてこちらを見ているのに気づいた。男は急に走り出すと、俺は反射的にその男を追いかけていた。

「ちょ、ちょっと! どこに行くのですか!? まだ会見は終わっていませんよ!」

 遠くで司会者の声が聞こえたが、それどころではなかった。俺はこの物語の結末を見届けなければならなかったのだ。


 会場のビルを飛び出し、高層ビルが立ち並ぶ夜のオフィス街で男は足を止めた。車がビュンビュン走っている。俺は息を切らしながら男に追いつく。

「お前は一体何者なんだ……!?」

 男は返答しない。すると、また紙に何やら書き始めた。

「世の中、一部の者が不特定多数の人生を操っているのです。それが世の中を円滑に回していく唯一の手段。だから、私は今にでもあなたの命も抹消できる」

 すると、男はどこからともなく銃を取り出した。
 その男の表情を見て、俺はこれまでのことを全て思い返した。

 まさか……俺は定められた運命のレールに従っていただけなのか? 文学賞を受賞したのも、はたまた俺がこの世界に生まれてきたのも誰かの陰謀なのか?

 延々と人生の答えを探していたその瞬間、1つの銃声が夜の空気を凍らせたのである。



 文学作品「陰謀論」は4半世紀経った現在でも、多くの人々に読まれている。
 書店で立ち読みをしている若いカップルの声が聞こえてくる。

「これってよく読まれているらしいけど、主人公がいきなり文学賞を受賞して、その後に前髪の長い男がオフィス街で主人公を銃撃するとか、かなりぶっとんでいる話よね(笑)」

「確かにね。どう見てもこの作品があのすごい賞を取れたとは思えないよ。なんで受賞したんだろう。昔の作品はよく分からないや」

 今日もそんなありふれた会話をメモしながら、男は次の陰謀を画策するのである。

陰謀論

陰謀論

日常に潜む何気ない陰謀。

  • 小説
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  • サスペンス
  • ホラー
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