カギっ子

進藤 海(K.Shindo) 作

カギっ子

 昔、僕はカギっ子だった。

 カギっ子とは、帰宅しても親や兄弟がいないために自ら家の鍵を持ち歩いている子どものことだ。友達の家の前を通る度、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。本当に羨ましいと思った。

 そんな寂しい幼少時代から10年以上の歳月が過ぎ、僕は一人暮らしを始めた。大学進学とともに上京したのだ。


 田舎とは違うキラキラした都会の空気に圧倒されたが、それと同時に心が高鳴った。

 よく夜の繁華街を闊歩した。渋谷、新宿、銀座、六本木……。

 そんな時、僕はある占い屋を見かけた。小屋のような建物の横には【なんでも占い】とある。なぜか僕はその古ぼけた謳い文句に惹きつけられていた。

 中に入ると、見るからに怪しい老婆がじゃらじゃらと何かをかき鳴らしている。オレンジ色の照明がやけにチカチカする。老婆はこちらを見ると、座るように手でジェスチャーをした。

「あの、占いをお願いしたいのですが……」

 すると老婆はおもむろにタロットカードを取り出し、僕を占い始めた。一通りそれが終わると、老婆はある鍵を僕の目の前に置いた。少し錆びついた一見普通の鍵だ。

「これを使ってみい。おぬしを助けてくれるだろう。じゃが、くれぐれも身を滅ぼさぬようにな」


 僕はそんな出来事も忘れかけていた夏の日、自転車の鍵を失くしてしまったことがあった。

 これで何度目かと思いながらバッグの中を漁っていると、見覚えのある鍵を見つけた。あの時老婆から譲り受けた鍵だ。

 ふと見ると、何となく鍵先が自転車の鍵に似ているような気がした。期待せず自転車の鍵穴に当ててみると、「カチャン」とあっけなく鍵が開いてしまった。

「そんなことって……」

 しかし、この時の僕はラッキー程度の気持ちであった。


 また、久々に実家に帰った冬の日、父とドライブに行くことになった時のこと。いつも起きるのが遅い父を玄関で待っていると、父がまだ眠そうな声でこう言ってきた。

「車の鍵がないんだよなあ」

 何度聞いたことか。車を使う時は必ずといっていいほど家族全員で車の鍵探しから始める。

「はいはい、またね」

 とだるそうに鍵を探し始めようとした時、僕はあの鍵の存在を思い出した。僕は急いで部屋の引き出しにしまってあった鍵を取り出し、父に渡した。父がその鍵を車の鍵穴まで近づけると、

「なんだ、お前が持っていたのか。それを早く言いなさいよ」

 呑気な父の返答があった。


 僕はこれらの経験を通し、この鍵の本当の能力を知った。

 まさか何でも開けられるのか、この鍵は! もしかしたら金庫だって開けられるかもしれない。気になるあの子の家も……。しかし、僕はその時老婆の言葉を思い出した。

「身を滅ぼさぬようにな」

 僕は少し恐ろしい気もしたが、いつも持ち歩くバッグにその鍵を入れることにした。何か困ったらこれを使おう。そんな軽い気持ちであった。


 そんな僕も父のことを責められるほど、しっかりした人間ではなかった。やはり親子は似るもので、僕も例の鍵を失くしてしまったのである。

「どこにやったっけなあ」

 そうぼやいていると、偶然流れていたテレビニュースがある事件について報道し始めた。

「近頃、吉祥寺・三鷹近辺で空巣が相次いでいます。犯人は相当のピッキング能力があり、居住者がいる場合は惨殺を繰り返しております」

 少しそのニュースが気になり、僕はテレビのボリュームを大きくした。

「おいおい、被害地域もこの辺だし、まさかあの鍵を拾ったんじゃないだろうな……」

 ニュースを不安げに聞いていると、

「カチャ」

 と小さく部屋の鍵が開く音が聞こえたような気がした。

 しかし、テレビの音が大きいため、確信はできない。でも僕は何かを察知し、急いでテーブルの下に身を隠した。

 玄関の方を見ると、何かが陰になって揺れ動いているように見えた。

 僕は不安ながらも昔のことを思い出した。あの頃は親が帰ってきたら、すぐに玄関まで笑顔で迎えに行ったことを。

 しかし、この時の訪問者は招かれざる客であったのだ。

カギっ子

カギっ子

カギっ子として幼少期を過ごした主人公の家を訪問したのは、天使か悪魔か。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-10-10

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