ゼダーソルン まっ暗闇の村 (前半部)

ゼダーソルン まっ暗闇の村 (前半部)

ようやく創作にあてる時間を捻出できたので、前回作品の続きをUPさせていただきました。
今回も字数が増えてしまったで前半後半に分けました。

まっ暗闇の村(前半部)

 シムナイムの最高指導者シャグたちの目をあざむいて、シムナイムから外宇宙へ、外宇宙から非干渉世界(パルヴィワン)への逃走に成功したブレン・ホウアーヴは、それでもさらなる追手を警戒して、ずいぶんと長いあいだ、その身の置き場を次々と変えていったんだそうだ。そうしたあげくに、この星マ・レイシャフィアにたどり着いたときの彼の肉体年齢はおどろきの十九歳。そのうえ老衰で死んでから、まだたったの十八年しか経ってないってんだから、さすがに返す言葉を見失った。だってシムナイムあらためアープナイムの一年で数えると、彼の身に起きた時間のズレはほぼ一千年ということにもなるんだ。こんな突拍子もない、常識はずれな話をあっさり信じられるはずがないだろう。それでも、この本がシムナイム時代の表記文字タヴィ・オン文字で綴られること。シムの子孫にあたるぼくらアープナイム・イムでも読むのが難しい文章を、いともカンタンに読んでしまえる人たちがいるだけでなく、その読解法を授けた本人とおなじ時間を共にした人たちまでがいることは、ぼく自身が見て聞いた現実で。
「ぼくらアープナイム・イムの祖先の中でも、シムとよばれた彼らがゼダーソルンを失したのは一千年も前のことで。学者のあいだでは伝染病によるものだろうってことで意見が一致してるんだ」
「だから、信じない?」
「だってぼくらは、それだけ信じてきてたんだ。ゼダーソルンは奇跡を起こす、運命をも書き換える奇跡の力だったからこそ、彼らは他の種族から『神』とされ、尊ばれ崇められていたんだって。なのに。この本には、長いあいだシムの子孫だということを誇ってきた、ぼくらアープナイム・イムの面目を木っ端みじんに打ちくだくくらいの威力があるよ」
「彼らからすればよい神さまのつもりも悪い神さまのつもりもなかったんだと思う。でもブレンは、故郷を追われて逃亡者となってから、ずいぶん考え方が変わったそうなの。そのあたりのことは、つぎの章を読むとわかるんだけど」
 船内に設えられたサービスカウンターで、ふたつ買った飲み物のひとつを、笑顔でぼくにわたしてくれた、トゥシェルハーテのキゲンはものすごくいい。と言うのも、これまでいくつかの脱線があったものの、ようやくトゥシェルハーテの最初の予定に一歩も二歩も近づいたからだけでなく、ぼくが進んでトゥシェルハーテに協力するつもりになったからだ。そのおかげもあってか、難解なタヴィ・オン文字でつづられた『ブレン・ホウアーヴの回想録』を読むのに四苦八苦するぼくにとことんつき合って、じつにすぐれた家庭教師と参考書がわりを努めてくれた。
 マシャライが言ってたとおりだ。
 トゥシェルハーテの頭の中にはぼくなんかよりもたくさんの、きっといろんな知恵と知識がつまってる。トゥシェルハーテはそのへんの子どもとはワケがちがう、本当に特別な子どもだったんだ。
 そうこうするうち。
 ぼくらが乗ったラグブーンは、商業都市ウィミューンのターミナルへ着くと、早々に乗客を発着場へと吐き出した。
 ハルサソーブとちがって、いちいち身分を明かす必要がないウィミューンは、よくも悪くも人の出入りが多くて騒がしい、一年中お祭り騒ぎがあたりまえの大きな街。そう聞いて、どんな得体の知れないやつが入り込んでもわからないんじゃないのかと不安になったものの、ターミナル内でハルサソーブをでるときにあったような騒ぎが起きることは一度もなかった。そのうえここでも、三家の支持母体から派遣された数人がぼくらを待ちかまえていて、うち一人がずっと保護者のフリを通して付き添ってくれたおかげで、だれに怪しまれることもなくサッズ渓谷方面行きのラグブーンに乗り換えることができたんだ。すんなりことが運んで、ぼくらの緊張もすっかり溶けて、あとは船がウェシュニップへつくのを待つだけだと。
 ところが。
 サッズ渓谷方面はこれと言った街がないから足をむける人もすくないはず、そう聞いたワリには乗客が多い。
 とくに、ぼくより年上らしい学生のグループ客が、やたらと話しかけてきたからヒヤヒヤしたんだ。それでも子ども二人で冒険に挑戦してるところだと答えればあっさり信じてくれたし、応援もしてくれて。なによりこの機体に乗ったほぼ全員の行き先が、ぼくらとおなじウェシュニップだったことがわかってからは、メイワクだなんてとんでもない、話の輪に入るきっかけをくれた学生たちにお礼を言いたいくらいにぼくらの気持ちと態度はひっくり返ってしまってた。なぜって、だって、彼らはあの『神のつかい』に面会するのに必要な整理券をいち早く手に入れようと遠くから駆けつけた旅行者だって言うんだ。もちろん現在『神のつかい』がハルサソーブにいて、ウェシュニップにもどるまでには数日がかかるってことも承知のうえ。そこでウェシュニップの村役場で前もって配られる整理券をもらったあとは、宿泊施設に泊まって『神のつかい』の帰りを待つという算段だ。そうまでしても彼らには、国中あちこちが水浸しで大混乱の、いまこそ『神のつかい』に会って、ぜひ『神さま』に聞届けてもらいたい願いがあると言うんだ。
 そんな彼らと合流できた。この偶然は、ウェシュニップへ到着したあとも人目をさけたい、ぼくとトゥシェルハーテにとって最高に都合がよかった。
 とは言え『神のつかい』と『神のつかいを取り巻く大人たち』の行動をうたがってここまできた、ぼくらにキマリの悪さがないワケじゃない。当然彼らとの会話をすなおに楽しめるはずもなくって、だから、時々窓の外に広がる景色をながめて見てたりしてたんだけど。

 それに気がついたときはビックリした。
 だって空の色が暗いんだ。

 まるで世界中の光をかき集めたかのように明るかった金色の空が、にぶい光を放つヒーツ茶色に染まってしまってた。地表もたくさんの陰におおわれて、街や家の明かりが見え隠れする程度になってしまってたんだ。聞けばこれからもっと、あたり一面がまっ暗に染まる『日没』がやってくるそうなんだけど、こうした変化がある空の下で暮らしたことがないぼくとしては、一面まっ暗な景色だなんてありえない。想像するだけで恐ろしく思えるくらいだ。
「大丈夫。ウェシュニップは山の中腹にある村だけど、家には明かりが灯るはずだから、そんなに暗くはならないわ。なれればきっと、いろんなものが見えるはずよ」
 トゥシェルハーテはそう言ったけど。
 ぼくらが乗るラグブーンが辺境の村ウェシュニップに着いたのは、『日没』もとうにすぎて家の灯りもとうに消えた、なにもかもがまっ暗闇に包まれた真夜中だった。

 村にひとつだけある垂直離着陸用の発着場だけがバカみたいに明るくて。
 それでも最小限度の設備があるだけ、まわりの景色までを明るくするほどの大きな施設じゃちっともなかった。もっともここは村はずれなだけあって建物ひとつ見あたらない。それでも遠くにいくつもの灯りが見えるから、集落としての機能が果たせなくなるほどのさびれた村ではないんだろう。その証拠に、ラグブーンの到着を待ちかまえてた村役場の係員たちがぼくらに走りよると歓迎のあいさつをしてくれたんだ。一人に一枚『神のつかい』に面会するのに必要な整理券と村の地図を配ってくれたし、村にいるあいだの注意点も教えてくれた。そのうえ、泊り客確保のための呼び込みにきた人までがいたんだ。
「宿がお決まりでない方はウォンカの家にどうぞ。歓迎しますよ」
「メリプの家にお泊りください。自慢の郷土料理をご用意できます」
「トゥシェルハーテ。あの人たち、これでもかってくらいに普段着なんだけど、あれでも宿泊施設のスタッフなの?」
「まさか。いつもは旅行客に気をつかう余裕もあるはずがない村よ。もらった地図にも宿の印はひとつもないし、ここで降りたほとんどの人が村の集会所と雑貨店に泊まるんだって話だったじゃない」
 ってことは。
「外から大勢人が来る、いまだけでも自宅に泊めて金もうけしようって魂胆か。それアープナイムだと完ぺき違法だぞ」
「キューン、集会所行きのグループが歩きだしたわ」
「あっ、うん」
 それぞれ予約した宿泊所がちがうため、二、三組に分かれることは下船する前からわかってた。そこでどこに泊まるつもりもないぼくらは人のむれにつかずはなれず、ようすを見計らってからそっと集団からはなれるって計画を立ててる。
「集会所はこの坂を下りた先の広場にありますので、すこしのあいだご足労ください」
 それにしてもこんな夜遅くまで、村役場も大変だな。
「トゥシェルハーテ、エイシャさまの話だと」
「村の広場からそう遠くない、森の奥にある池と取水塔が目印だって言ってたわね。だったら村での探索は後にして、先にポケットへむかいましょう」
 もらった地図でいくと。
 さっきの発着場は村のはずれにあって、そことは反対の谷側にある広場へいくには、村を横切って大通りまででなけりゃなんない。大通りにはたくさんの民家があるそうだけど、うーん、あたりはしずかでまっ暗闇が広がるばかり。どれくらいの距離を歩けばいいのか見当もつかないぞ。
「トゥシェルハーテはどのあたりを歩いてるかわかるの?」
「ひとつ目の分かれ道を通りすぎて坂道にさしかかったあたり。小さな村だけど広場まではずいぶんありそうね。でももうすこしいくと道沿いに家がならぶ、にぎやかな通りに入っていけそう」
 たしかに。ポツポツと小さな光があるのが見えてきてるな。ほかにも、さっきからあたりをブンブン飛び交う小さい『虫』が見える。『虫』は草木を育てるのに必要な生き物なんだってトゥシェルハーテが言ってたけど、目の前を飛ぶのはジャマすぎ。やめてほしいな。
「森も見える?」
「それが。昔エイシャが訪れたときとはちがって、たくさんあったという森はなくなってしまってるみたいなの。いまはところどころに林があるくらい。山火事でもあったのかしら? 水脈もずいぶん弱くて、干ばつが多い地域だと聞いてはいたけど」
「干ばつって?」
「お水がなくなることよ。植物が育たなくなるし、火事が起きやすくなるの。この星に棲むだれもが生きるためにはお水が必要で、だからこれはとっても大変なことなのよ」
 水って言うと。アープナイムのとはちがう、公園の水場で飲んだ、あのサラサラした液体のことか。
「あちらに見える建物が、これからお泊りいただく集会所でございます」
 この声は案内のため先頭に立って歩いてた係員の声だ。列の一番後ろにくっつく形で歩いてたぼくとトゥシェルハーテは気づけなかったけど、先頭はすでに村の広場に到着してたんだな。
「小さな村の集会所にしては洒落た感じの建物じゃないか」
「公民館くらいの大きさがあるんじゃない?」
「広場も円形でかわいいし」
 みんなの反応が悪くないだけあって。歓迎の意味もこもってるんだろう。明るすぎず暗すぎず、いくつものライトが灯された広場の雰囲気は悪くない。路面はタイル張りで噴水もある。正面に見える横長二階建ての集会所は、淡い色の屋根や窓の形が凝ってて、女の子たちがよろこびそうなデザインだ。
「おいっ、キミたちは集会所には泊まらないのか?」
 残念。せっかくトゥシェルハーテが無言でぼくに合図したのに、列からはなれようとしたところを、後ろから遅れてやってきた男の人に気づかれてしまった。
「この近くに父の知り合いの家があって、ぼくらそこに泊めてもらえることになってるんです」
 これは前もってトゥシェルハーテとの作戦会議で決めてた設定、もちろんウソだ。
「そうか、それじゃまた明日な。時間が空いたら集会所へ遊びにくるといい」
「ありがとう」
 ほかにぼくらの行動に気づいた人は。いないな、よし、これでトゥシェルハーテが指さした広場の外へ出られるぞ。広場の端に立つ倉庫のような建物の裏へ回れば、あれっ、道がないぞ。裏道と言えるだけの道幅がないどころか、正面に見える高台とのあいだに大きな溝があってこちら側を分断。行き来をできなくしてしまってるんだ。
「こういうのを谷、渓谷って言うのよ。ウェシュニップはサッズ渓谷とトンプ草原のあいだにある村だから、きっと奥へいけばいくほどこんなのばかりなんだと思うわ」
「いいけど。それで例の場所はわかったの?」
「このあたりはしずかだからカンタンに捜せたわ。ここから坂下へ下りて橋をわたった側の高台のずっと奥。大きなくぼみと水たまりがあるようなの」
 坂下と言うとここから下、溝の。あっ、たしかにここから一段下に道がある、その先に大きな橋らしいものもぼんやり見えるぞ。
「でも気をつけて。ここから先は一歩歩けば土煙が舞うデコボコ道ばかりだわ」
 路面がデコボコのザラザラなのは、靴底にあたる感触で了解ずみだ。一段下の道へと続く、坂道の両側にある手すりも決していい意味であるワケじゃない。手すりにつかまって体を支えながらでないと土埃が舞いそうってだけでなく、安全の保障がない急な坂だからってことも一目瞭然。それでも体の大きなぼくが先に下りて、トゥシェルハーテが下りるのを手伝わないワケにはいかないワケで。うわっ、靴底がすべるな。ふぁっ、たっ、いったたたっ。
「大丈夫―っ?」
 失敗、やっぱり足がすべってずり落ちちまった。口ん中がザラザラで気持ち悪い。
「プッ、コホッ、砂をかぶった。どこもかしこもザラザラだ、けど、なんとか。まって、下からささえるから手をかして」
 ちょっとカッコ悪かったけど、よし、無事トゥシェルハーテを下ろせたぞ。
「干ばつのせいで土が乾いているのね。草もなくって土煙が舞いやすくなってるから汚れるのはしかたがないわ」
 本当だ。なるだけ丁寧に下したつもりだったけど、トゥシェルハーテの服もスカート部分が土でよごれちまったな。

ゼダーソルン まっ暗闇の村 (前半部)

……と言うワケで。
なぜこうも字数が増えてしまうのか、今回も『ゼダーソルン』についてのウンチクまで届きませんでした。
後半は一週間後にUPしますので、またお付き合いくだされば幸いです。

ゼダーソルン まっ暗闇の村 (前半部)

辺境の村ウェシュニップへついたのは、なにもかもが闇に包まれた真夜中だった。小学5年生~中学1年生までを対象年齢と想定して創った作品なので漢字が少なめ、セリフ多めです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-10

Copyrighted
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