体に傷をつけるだけの簡単な作業

体に傷をつけるだけの簡単な作業

左腕

6畳ほどのアパートの一室。デジタル時計の秒数が59から00に変わり、時刻は午後11時46分になった。カッターナイフを右手に持ち、左腕に本日7本目の線を引いた。線からは真っ赤なインクが少しずつ溢れていき、下に敷いてあるティッシュにゆっくりと染み込んでいった。そのなんとも言えない光景が私の心を落ち着かせてくれる。
友達に言われた言葉が今も胸に刺さっている。
「異常だよ。それ」
彼女は私の腕を指差し、軽蔑の目でそう言った。
でも私はこの行為を異常だとは思わない。言うなればこれは救済処置。怪我をした場所に絆創膏を貼るように、泣いている子に手を指し伸べるように、私は自分の体に傷をつける。ただそれだけ。

一般的な目線で見ればそれはあまりいいと言えることではないらしい。『そこまで追い詰められたことが原因』だなんて、あんまりだ。お前らが幸せだっただけ、気持ちがわからないのはその気持ちを体感したことがないだけ。あなたたちが言う『それぐらい』というのは、客観と主観で取り扱いが変わるの。勝手なことばっかり言わないでよ。幸せじゃないとか、孤独だとか、生きてるのが辛いとか、死にたいとか、そういう感情一切ないから。ただの救済処置だから。
大事なものがなくなったときに必死に探すのと同じだから。

「大丈夫だよ」

えぇ、もちろん大丈夫ですから。私は私ですから。あなた誰ですか?誰なんですか?目障りなんですけど。私は捨てられた動物じゃありませんけど。

「話聞いてあげようか?」

別にしたい話なんてないですから。そもそも言葉にできていればこんなことになってませんから。簡単な問題じゃないですから。

「もう忘れちゃいなよ」

その言葉がもうすでに考えちゃう原因なんですが。忘れることと忘れたいことは常に隣り合わせですから。ちょっと黙っててもらえませんか。

「それってどんな気持ちなの?」

カッター貸しましょうか?

「…いいね。君みたいな子を見るとほっとけない」

カッター刺しましょうか?

「もう止めときな。今だけだから。そういうの」

だから分かってますから!もう何も言わないでいいですから!必要としてませんから!消えてください!失明しろ!耳ちぎれろ!感情消え去れ!

分かってるから分かってるから。
今だけだから今だけだから。
明日はきっと大丈夫だから。

体に傷をつけるだけの簡単な作業

Twitterでいろんな意見を聞かせてもらいました。ありがとうございました。

体に傷をつけるだけの簡単な作業

一本、また一本と増えていく線を。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-09

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