あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(1)

 舞台に二人の女性が勢いよく飛び出してきた。
「いたよでーす」
「いないよでーす。二人合わせて、いたよ・いないよでーす」
「合わせんでもええわ。それに、二人合わせても、そのまんまやんか。もっと洒落たこと言えんのかいな」
「どうも、どうも」
「どうも、どうもやないで。それにしても、いないよちゃん。あんた、どうしたん?」
「どうしたんて何?いたよちゃん。何か気になることがあるんか。あはーん。あたしの美貌に妬いとるな」
「何が美貌や。ビリリバリリブみたいな顔して。それよりもそのかっこうや」
「ビリリバリリブってどういう意味や。まあ、ええわ。それよりもええことに気がついたな、いたよちゃん。このかっこう、ええやろ。パリコレやで。パリコレ。パリッとしたコレや。インターネットで見つけて、買うたんや。高かったで」
 いたよが舞台の上で体をくるりと一回転させる。
「何がパリッとしたコレや。浮輪みたいなもんを四つも付けて」
「どれが浮輪や」
「これやこれや」いたよがいないよのお腹を掴む。
「体が四段や。鏡餅でも二段やで。一番上にだいだい乗せても三段や。それを上回る四段や。将棋や碁は四段からプロ棋士やで、。それから言うたら、いないよちゃんはプロのデブや。略してプロデブや。たいしたもんや」
「何が、プロデブや。そんなもん、略さんでもええわ。いたよちゃんが掴んどんのは服やのうて、あたしの肉や。それに一番上はお乳で、その下はお腹や。三段腹やけど」
「ほらみてみい。自分でも認識しとるやないか」
「認識しとるから無視しとんのや。それが乙女心やろ」
「何が乙女心や。それも言うなら浮輪心やろ」
「浮輪心やて?そんな言葉聞いたことはないわ。それよりも、いたよちゃん。あんたこそ、そのかっこ何や?」
「ええやろ。シャネルや。ブランドやで。質屋で買うたんや」
 いたよもいないよのように舞台の上で体をぐるりと一周させる。
「何がシャネルや。それも質屋で買うたんかいな。自慢にならんで」
「ええもんを安う買うて何が悪いんや。節約や、節約や」
「節約するんやったら、買わなんだらええんやろ」
「ほっといて。あんたこそ、その四段腹を節約したらええやんか」
「こっちこそほっといて。なんぼその服がブランドや言うても、昨日二日酔で家に帰らんと、そのまま車の中で寝てしもうたみたいなかっこうやで」
「訳がわからん例えやけど、何で、車の中で寝てしもたこと知っとんのや」
「あたしはあんたの相方やで。昨日も一緒に飲んだんやんか」
「そりゃそうやったなあ。忘れとったわ。まだ、二日酔から冷めてないんかいな。いないよちゃんのお腹がひっこんで見えるわ」
「それやったら二日酔いやないで。ちゃんと現実を認識しとる」
「いい加減にし。それはそうとして、車の中で寝てしまうこととシャネルとどういう関係があるねん?」
「車中で寝るから、車寝る、シャネルや。どうや」
「何、どや顔してんねん。ちょっと無理があるんとちゃうか」
「無理があるんはあんたの体や。えもんかけに服をぶら下げているやんか」
「誰がえもんかけや」
「えもんかけが嫌やったら、バラバラの鳥ガラを集めて組み立てたようなスタイルや」
「また、ドヤ顔したな。えもんかけも鳥ガラも嫌や。この体型はダイエットした成果や。細いやろ。スマートやろ。あんたと違うで」
「やせ過ぎや。顔は頭骸骨にサランラップ貼ったみたいやで。特に、その首や」
「首がどないしたんや。鶴のようなしなやかやろ」
「しなやかじゃなくて、筋が浮き出てるで。その筋で縄跳びができそうや」
「なんや。あたしの首筋で、小学生が大波小波や二重飛びをするんかいな」
「最近の小学生は運動不足らしいから、ちょうどええんとちゃうか。縄跳びの縄おばさんとして人気者になるで」
「もうええわ」
 満場の拍手の中、二人は舞台の袖に引っ込んだ。

 目の前を黒い大きな車が立ち去った。臨席する多くの人たちがポケットから数珠を取りだすと、両手を合わせ、深くお辞儀をした。それなのに、あたしは茫然と立ち尽くすだけだ。どこからか啜り泣く声が聞こえる。一番泣きたいのはこのわたしだ。今聞こえる声よりも大きな声で、髪を振り乱し、手足をぐるぐると振り回しながら、眼から三リットル以上の涙を流したい。それなのに、あたしは眼をまんまると見開いたまま、立ち尽くすだけだ。声もでない。ただし、何度も、何度も、唾を飲み込む。唾を飲み込み過ぎたために、声が出ないのかもしれない。悲しみに包まれた唾はあたしの喉を通り過ぎ、胃へと落ちる。胃液は、あらゆる食物を消化し、体に取り込まれた風邪の菌などの殺菌作用があるが、堅い殻に包まれたあたしの悲しみは駆逐できない。この悲しみは、自ら分解し、血液中に沁み込むと、あたしの体中を巡る。悲しみは何色なのだろうか。赤い色ではないことは確かだ。あたしの体が中から悲しみ色に染まっていく。皮膚に、髪の毛に、指の爪に、瞳に、唇に、耳たぶに。体全身が悲しみ色に染められた時、あたしはその場に崩れ落ちた。
「誰か、誰か来て」隣の人だろうか。慌てて叫んでいる。だいじょうぶ。あたしはそう呟こうとするけれど声が出ない。そのまま気を失った。

「なあ、いないよちゃん。たくさんのお客さんに来ていただいてありがたいなあ」
「どこが、たくさんや。いたよちゃん。いち、に、さん・・・・」
「あんた。お客さんの人数を数えんでもええわ。それに、品のある方ばっかしで」
「どこに品があるんや。品がある人ならお笑いなんか見にこんで。怪しい人ばっかしや。ここやろ、あそこやろ・・・」
「お客さんに指差してどうすんねん。そりゃあ、一部の人はそんな人もおるかもしれんけど。ほとんどの人は上品な人やで」
「ほら、あんたも認めたやんか。ほな、下品な人はどこや。見つけた。ほら、あそこや」
「こら。もうええから。指差さんのん」
「ほな、何で上品な人が馬鹿ばっかしのお笑いを見に来るんやろ。いたよちゃん」
「そりゃ、社会勉強や。何でも勉強せなあかんのや。まあ、演芸場は動物園みたいなもんやなあ」
「なんや、あたしたちは檻に入った動物かいな」
「そうや。例えて言うたら、あたしは白鳥やなあ。この白いスマートな体でお客さんを魅了すんのや」いたよがバレエの白鳥の湖の踊りをマネする。
「魅了?魅了って、そんな難しい言葉どこで覚えてきたん」
「それぐらい知っとるわ。人をアホみたいに言わんといて」
「魑魅魍魎ならわかる」
「誰が魑魅魍魎や。あんた。難しい言葉言うたけど、魑魅魍魎を漢字で書けるか?」
「ちびっと、もうろく」
「背中、かかんといて」
「いたよちゃん。あんたが白鳥ならあたしはなんなん。たーらりらら、たーらら。たーらりらあ、たーらら」いないよも舞台の上で踊り出す。
「何、シコ踏んどん?」
「どこがシコや。あたしはお相撲さんないで。見かけはそう見えるけれど」
「やっぱり、自覚症状はあるんやなあ。病院いかんでもええな。ほな、何してんのや」
「見てわからんか。ダンスや。あんたと同じ白鳥の湖を踊ってんのや」
「どこがダンスや。黒ブタ印の引越し便がタンスを運んどんのかと思っとったわ」
「誰が黒ブタや。何が引越し便や。その話題からちょっとは離れてえなあ。話は戻るけれど、動物に例えたら何かを言うてなあ。お相撲さんや黒ブタはもうええで」
「そうやなあ。あんたはその笑顔は可愛いいし、その歳でえくぼもあるし・・・」
「そうや、そうや、ええこと言うわ。いたよちゃん。もっと言うて」
「そうや。思いついた。あんたはカバや」
「カバ?何を思いつくねん。カバのどこが可愛いんや」
「可愛いいやん。目が小さくて、耳も小さくて、その割りに、鼻の穴も大きく、口も大きくやろ。おまけにしっぽもついとるで。こんなアンバランスな顔ないで」
「何がアンバランスな顔や。おまけにしっぽもついとるやて。おまけなんかいらんわ。いたよちゃん。ほんまに、それ、誉めとんのか?」
「何言うとんのや。いないよちゃん。全国の動物園愛好家一万人に聞きましたでは、カバが一番人気やったんで」
「ほんまかいな?そりゃ知らんかったわ」
「特に、逆立ちしたら最高やで」
「逆立ちかいな。あたし、この体やろ。逆立ちは苦手なんや。だけど、人気者になるためならやってみるわ」
「前向きやなあ。いないよちゃん」
「いや。逆立ちだけに、逆向きや。いくで。足持ってよ。ほら」
 いないよが舞台に手を着き、足を思い切り蹴り上げた。その両足を持ついたよ。
「すごい。一発でできたで。いないよちゃん」
「ちゃんと持っといてよ。いたよちゃん。いかん。はや、頭に血が登って、いや、下がって来たわ。ほんで、カバが逆立ちしたら、何で最高になるんや?」
「カバだけにバカやろ」
「もうええわ」
 いないよが逆立ちをしたまま、舞台の緞帳が下りた。

あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(1)

あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(1)

相方を亡くしたお笑い芸人の喪失と再生の物語。一 いたよ・いないよ登場

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-09

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