並行世界で何やってんだ、俺 (8) ルイ編
消えた生徒会長
ミキの唐突な予言に耳を疑った。
彼女が小声なので全神経を耳に集めていたのだが、聞き取れたその恐ろしい言葉に耳の中までジンとしてきた。
今まで彼女が断言するほどの根拠となる事象も兆候も見出さなかったし、見過ごしたつもりもない。
だが、なぜ彼女はそれが分かるのだろう?
「必ず誰かが死ぬ、って誰が?」
「それは……」
「どうしてそれが分かった?」
「……」
彼女は言い淀んだ。
(まさか、イヨのことじゃないだろうな?)
つい先ほどまでお互い喧嘩していたから、カッとなって彼女がイヨを、ということも確率論的にゼロではないだろう。
だが、そうやって疑いだしたら切りがない。
「そこまで断言できるなら、誰のことか教えて欲しい。女の勘とかは無しで」
彼女は目が泳ぎ、項垂れた。
一言も発しない。
なんて言おうかと迷いに迷っているように見えた。
「また救いたいんだ」
「……」
(それとも、心身ともに疲れたから有りもしない妄想にとりつかれたか?)
すっかり黙り込んだ彼女をこれ以上追求するのは、拷問を行っているように思えてきた。
「ゴメン。攻めてるわけじゃない。……うん、疲れているみたいだな。ゆっくり休んだ方がいい」
彼女の耳元でそう囁いて、左肩をポンポンと叩いてやった。
とその時、彼女のすぐ後ろでボゥッと黒い影が現れた。
それは半透明で、それより後ろに位置するベッドやテーブルは、影と重なっている部分だけ黒い煙が混ざり合ったように見える。
こちらも心身ともに疲れて、ついに幻影まで見るようになったのかと思った。
恐らく、端から見ると俺はポカンと口を開けて一点を凝視していたに違いない。
そうこうしているうちに、影はユラユラしながら人間の形になって行く。
(……幽霊!!)
眼前に心霊写真の一カットが出現したようだ。あの手の写真に写り込む影としては、宙に浮遊する人魂や悍ましい昆虫や異様な獣より何より、人間の形ほど怖い物はない。
頭も四肢までもがサーッと音を立てて血の気が引く。
「うわああああぁ!」
「きゃっ!」
俺の叫び声に驚いた彼女は、後ろで何が起こっているのか知る由もないので、反射的に後退りする。
ちょうど人影がユラユラしているところへ彼女がぶつかりに行く形になった。
咄嗟に右手を伸ばして彼女の左肩を掴もうとするも、すんでのところで間に合わなかった。
ドスッ!
「痛っ!」
「あたたたっ!」
彼女と彼女以外の声が同時に聞こえた。
なんと人影が叫んだのである。
状況が掴めない彼女は、背中にぶつかった何かを確認するため、後ろを振り返る。
「キャーーーーーー!」
半透明の黒い人影は彼女を驚かしながら、なおもユラユラすると、透明度が低くなりスーッと実体を現した。
それは、彼女よりやや背が低く恰幅の良い全身黒タイツの紳士だった。
キョロっとした目。ややつり上がった眉。額と目の周りに深い皺。ちょび髭。分厚い唇。
体型は社長だが、テレビのサスペンスドラマか何かに出てくるベテランの老探偵にも見えた。
額の辺りにロマンスグレーの髪の毛先が、クエスチョンマークを逆にしたみたいな、釣り針みたいな形になってプランプランしているのが滑稽だ。
突如現れた黒い紳士は、驚く彼女を見て目を糸のように細め、キューッと口角を上げて笑う。
「失敬失敬。これはこれは驚かせてしまいましたな、マドモアゼル」
(窓もハゼる? 何のことだ?)
彼は目の前に御令嬢でもおわすかのように片膝をついて頭を深く下げ、優しい声で彼女に詫びを入れた。
彼は挨拶が済むと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡す。
「さて……と、座標計算を間違えましたかな? いやいや、ここでいいはず……だ……が」
今度は自分の体をグルリと回転させて一周する。
「よしよし。合っていますな」
納得したらしく、ウンウンと頷きながらこちらを向き、両肩を竦める。
「まさか、出現ポイントのすぐそばにマドモアゼルがいらっしゃるとは思いもよりませんでしたぞ」
俺は警戒心をMAXにして、声を絞り出すように尋ねる。
「だ、誰?」
彼は深々とお辞儀をする。
「お初にお目にかかります、ムッシュ。わたくしはトマスと申します。どうぞ、お見知り置きを」
(どこかで聞いたぞ)「トマス?」
「ムッシュはさぞ驚かれると思いますが、わたくしは200年後の未来から参りました」
(あ、ルイが言っていた知り合いの未来人だ)「ああ、あなたでしたか」
彼女は呆気にとられた顔をこちらに向ける。
確かに、このことは俺とルイとの秘密だから、分からなくて当然だ。
「なんと! わたくしが未来から来たと申しても、ムッシュは驚かれないと?」
「登場の仕方は十分驚いたが」
「でも、200年後の未来からですぞ?」
「生徒会長から聞いているし」
「おお。ルイさんのお知り合いでしたか。失礼ですが、お名前をお聞かせ願いますかな?」
「鬼棘マモル」
「ムッシュ・オニトゲ??」
「……いや、本当は君農茂マモル」
「ムッシュ・キミノモ!? ……ほほう、あなたでしたか。これはこれは好都合ですな。手間が省けましたぞ」
(無臭キミノモ? さっきから無臭って変なことを言う奴だ)「よく分からない。手間って何が?」
「ルイさんはどちらに?」
(はぐらかされた……)
「まだ応接室にいると思うわ」
「おお、メルシー」
彼女は俺が初対面の未来人に安心しきっているので警戒を解いたのか、同じく初対面のはずなのに普通に彼と話をする。
(俺達、こんなに信用していいんだろうか?)
応接室と聞いた彼は右手を肩の高さに上げると、人差し指をピッと立てて「伝えないといけません」と言い、ドアに向かってズンズンと歩き出した。そのスピードたるや若々しく、実は見た目より若いのかも知れない。
しかし、何を思ったのか急に立ち止まり、その静止した姿勢を保ちつつ両足の踵を軸にしてクルリと回転し、こちらへ向き直った。ロボットのような器用な回転の仕方である。逆に回転すると確実に足がもつれるのだが。
「はて、応接室はどちらですかな?」
(おいおい、もしかして、おっちょこちょい?)
彼女が彼に近づいて言う。
「私が案内します」
「おお、これはこれはご親切に、マドモアゼル」
「ちょっと待って。生徒会長がどうかしたのか? 教えてくれ」
「おお、そうでしたな。……実はですな、これから大変なことが起こるのですぞ」
「何が?」
「ルイさんはそのぉ、……今の運命のままでは、明日大怪我をすることになっておりましてな」
「何だって!?」
「それを回避する方法を見つけましたので、それをお伝えしようとこの世界へ来たのです」
「それは急がないと!」
「こっちよ!」
皆で応接室へ駆け足で向かう。
ルイが近くにいたら、『廊下は走らない』と怒られそうだ。
「大怪我で済むんだよな? 死なないよな?」
ミキが『必ず誰かが死ぬ』と言っていたので、ルイではないことを彼に確認したかった。
「ええ、ムッシュ・キミノモ。亡くなることはありませんので、どうかご安心を」
「その無臭キミノモは止めてくれ。マモルでいい」
「無臭とは言っておりませんぞ」
応接室の前に辿り着いた。不躾とは思ったが、事は急ぐのでドアを勢いよく開ける。
一気に黄金色の光が目に飛び込む。
照明は付けっぱなしのようだ。
見渡した限り、誰もいない。
中に入ってグルリと見渡すも、番人すらいなかった。
ミキが不思議がる。
「おかしいなぁ。……少し前まで私とここで話をしていたのに」
「執事なら知っているかも知れない。居なければメイドでも」
今度は執事とメイドを探すことにしたが、そもそも彼らの部屋が何処にあるのか知らないし、廊下を歩いても誰にも会わない。
「呼んでみるか?」
「そうね」
「では、そうしますかな」
俺達はルイの名前を呼びながら、廊下をあちこち歩いた。
ルイは呼びかけに答えない。執事もメイドも現れない。
急にドアが二つ開く。
俺達の期待がそちらに集中したが、現れたのはミイとミルだった。
「こ、こんな遅くに、ど、どうしたの?」
「何の騒ぎ?」
「ルイを探しているのだが、執事もメイドもいない。そうだよな?」
俺は彼に同意を求めるため後ろを振り返ったが、彼はいつの間にか煙のように消えていた。
三つ目のドアが開く。
イヨだった。
彼女はミキを見たからだろう、不快極まりないという顔をする。
「生徒会長を知らないか?」
「少し前にここでお話ししていたけど」
「何だって!?」
「出て行ったから、自分の部屋に行ったんじゃない?」
「何の話をしていた?」
「別に」
「明日どこかに行くとか言ってなかったか?」
「何も」
イヨは俺にも不機嫌そうに言うが、原因は隣にくっつくように立っているミキであることは分かっている。
そこで、イヨの側へ近づいて小声で言う。
「ゴメン、ちょっと生徒会長に大事な話がある。もう一度聞く。明日どこかに行くとか言ってなかったか?」
「関係ないじゃない」
彼女は、そう言って俯いた。
「教えてくれ。生徒会長が明日、何か事件に巻き込まれて大怪我をする可能性が高いんだ」
彼女はギョッとして顔を上げる。何か思い当たることでもあるらしい。
「ウソッ……」
「本当に、明日どこに行くか知らないか?」
「……聞いていない」
白を切っているのは、今目を逸らしたから明白だ。
「いや、聞いているな。……じゃ、何の話をしていた? ヒントになるかも知れない」
彼女はしばらく考えていた。
「……マモルさんの……昔話」
「昔話? 幼稚園時代とか?」
「そう」
「じゃ、指輪の話も」
「……」
「指輪の話をしたんだな?」
「……そうよ」
「その指輪は何処にある?」
「……家」
合点がいった。
ルイは指輪を探しにイヨの家へ向かったに違いない。
「ありがとう」
俺はミキがいるところへ戻った。
「彼は?」
ミキは不思議そうに言う。
「知らない。ドアが開く前まではここにいたんだけど」
おそらく、彼にとって初対面の彼女らが部屋から出てきたので、咄嗟に姿を隠したのだろう。
忍者顔負けの術である。
それから二人で、いろいろな部屋を開けようとしたが、割り当てられた部屋と脱衣所とトイレ以外のどの部屋も鍵が閉まっていた。
それどころか、窓も玄関も開けることが出来ない。
どうやら、俺達はこの建物に囚われてしまったのかも知れないのだ。
諦めて各自の部屋に戻った。
女怪盗
時計が午前0時を回った。
トマスが言うところのルイが大怪我をする日になったのだ。
気が気ではなかったので、部屋の中をグルグル回ったり、ベッドの上で胡座を搔いて考え事をしながら体を前後に揺らしていた。
明かりを消すと眠ってしまいそうなので、付けっぱなしにした。
1時。2時。3時。
途中、何度か意識を失った。
なぜだか分からないが、睡魔とは違う。
(この、意識がなくなる感覚……何だろう?)
この感覚に襲われてからどのくらい時間が経過したのか分からないが、いつの間にか意識が戻る。
その時、困ったことに、その直前に何をしていたのか全く記憶がない。
(ベッドの上に居た後、何かをしてまたここに戻ってくる? その間の記憶がないから分からない……)
覚えている記憶だけつなぐと、ずっとベッドの上でこうしているような気がするのだ。
そのうち、ベッドの上で瞼が重くなり頭が重くなり、体が倒れまいとガクンガクンと揺れて体勢を立て直す。
睡魔だ。
しかし、さきほどの意識がなくなるのとはちょっと違う感覚だ。
とその時、窓の外からゴゴゴという音がする。門が開かれる音だ。
これで一気に睡魔から解放されて、窓の外に目を向けた。
ここは2階。
車の音が近づいて来る。
音に引き寄せられて、窓辺に立つ。眼下を見た。
外は月明かりのみなので、黒塗りの高級車はボンヤリとしか見えない。
音は建物の前で止まった。
車のドアが開く音がして、車の中のライトが搭乗者を映し出す。
(あ! やっぱり、ルイだ!)
中から降りてきたのは、青色のドレス姿ではなく黒装束のルイであった。
それは、月明かりも手伝って僅かな光に映し出される縦ロールの髪型と顔の輪郭で分かった。
彼女はドアを静かに閉めて、足早に建物の裏手へ回った。
まるで忍者のようだ。
(おそらく、指輪をイヨの家から持ってきて、彼女の部屋へ行くはずだ)
そこで、イヨの部屋の前で待ち構えることにした。
廊下は照明が抑えられて薄暗いが、歩いたり部屋を探したりするのに支障はない。
彼女の部屋の前まで行くと、ドアの方を向いて右横の位置の壁際に立った。
ここなら、中からドアが開いてもドアの陰に隠れることが出来るのだ。
少しすると、廊下の向こうからコツコツと足音が近づいて来る。
遠くて姿ははっきりと見えないが、今の状況を考えると間違いなくルイだろう。
本当にこの建物は横に長いのである。
足音が止まった。こちらの存在に気づいたようだ。
こちらを確認しているのだろう。
少し間があったが、またコツコツと足音が近づいてくる。
黒装束の姿がよく見えるようになった。
この黒装束は先ほどのトマスの全身黒タイツを連想させるが、女盗賊にも見える。
そんな彼女が2メートルほどの距離まで近づいて来て、辺りを憚るように小声で言う。
「あら、眠れませんでしたの?」
こちらも小声で返す。
「ああ、心配したぞ」
彼女はまたコツコツと音を立てて、さらに距離を半分に詰めた。
「ゴメン遊ばせ」
「こんな夜中に野暮用とは思えんが?」
「ちょっと」
「何をしに?」
「忘れ物を届けに」
「俺の指輪、だろ?」
彼女は一瞬ビックリするような仕草を見せたが、すぐに平静さを取り戻してニコッと笑う。
「ご明察。……何でもお見通しのお株を奪われたのかしら?」
「奪っちゃいないさ。それより……」
「……どうなさいました?」
「真夜中に鼠小僧の真似でも?」
「ホホホ。それまた古風な例えですこと」
「じゃ、女盗賊か」
「滅相もありませんわ。わたくしはいつでも正義の味方ですから」
「正義の味方が賊の格好で窓から侵入か」
「いいえ。玄関から普通に鍵を開けて」
「嘘つけ」
俺は、イヨの家を取り囲んでギラギラした目を持つ暴徒を頭の中に描いていた。
そんな連中を前にして、大手を振って玄関から鍵を開けて入る訳がない。
「バレバレですわね」
「連中と渡り合っただろ?」
「え?」
「顔に書いてある」
彼女は右手で両方の頬を一撫でして、指先を見る。
「何も付いていませんわ」
「鏡見ろ」
彼女はポケットからコンパクトのような物を取り出してそれをカチッと開くと、覗き込む顔を左右に降る。
「あら、これ、私の血じゃありませんわ。イヨさんから鍵を預かるのを忘れてしまいまして、窓ガラスに小細工をして開けた時に指先をちょっと怪我しましたが、こんなに飛び散ることは……」
「返り血か」
「さあ……」
「指輪をご所望のお姫様と会う前に顔を拭いておいた方がいいぞ。心配掛けるから」
「お気遣い、痛み入りますわ」
彼女は両頬をゴシゴシと袖で拭いてから、徐にドアをノックする。
返事がない。もう一度ノックする。
これも返事がない。もう一度ノックする。
今度は足音が聞こえる。
ドアがスッと開いた。すかさずドアの陰に隠れ、壁にピッタリ背中を押しつける。
「はい。お約束通り、取り戻してきましたわ」
「アッ!」
「万年筆の次に大切なんでしょう?」
「……は、はい」
イヨは泣いている様子だった。
「大切になさい。では」
「本当に……本当にありがとう」
イヨはドアを閉めた。
ルイはこちらを見てニコッと笑い、その場から立ち去った。
俺はソッと自分の部屋へ戻った。
干渉される運命
明かりが付いたままの自分の部屋に戻ってドアを閉め、さあベッドに向かおうと思った途端、ベッドの上で胡座を搔いている人影が見えた。
「……!!」
驚愕のあまり息を飲んだが、見覚えのある影だったので安堵した。
トマスだった。全身黒タイツが影に見えたのだ。
「ビックリさせるなよ」
彼はこちらを振り返り、ニヤッとする。
「失敬失敬」
「いつの間にか消えたと思ったら、いつの間にか戻って来てるし」
「ハハハハ」
「笑い事じゃない。何処へ行ってた?」
「何処へ? ……ううむ、答えるのが難しい質問ですな」
「……分かった。うまくいったんだな。さっき生徒会長に会ったし」
「何、何? 会ったですと?」
「大怪我してなかったから、悪い運命を回避したんだな」
「まあ……最終的にはYES。厳密に言うとYESではない」
「何だ、その微妙な言い回し」
「なんて言えば……」
「そうやって引き延ばす。焦れったいな」
「ううむ……ううむ……仕方がありませんな。種を明かしましょう」
「ああ、よろしく」
「話は長くなりますぞ。ささ、こちらに来て座って」
彼が手招きするので、丸テーブルまで歩いて行き、そこにあった椅子をベッドの近くへ寄せて座った。
「よろしいかな、ムッシュ?」
「その無臭は止めてくれ」
「失敬失敬。マモルさんでしたな。マモルさん、ちょっと面倒な話をしますぞ」
「本当は困るけど……仕方がない」
「本題に入る前に、まずは昨日の夜の話から」
「いきなり本題は?」
「まあまあ、焦りなさんな」
「簡潔に話してくれ」
「注文が多いですな。……まず、ルイさんが応接室でマモルさんの正体を皆の前で明かしたと思いますが」
「ああ。あれには正直驚いた。まさか、あそこまで知っていたとは」
「わたくしは、ルイさんの行動を事前に知っておりました」
「ほぉ」
「それは簡単なこと」
「簡単?」
「実は、わたくしがあなたの正体をルイさんに教えて、皆の前で披露しなさいと申し上げたからです」
「ガクッ……」
「それで、ルイさんが話をする前に、わたくしがあなたに記憶を刷り込んだ。ルイさんがこれから話す内容が、そっくりあなたの記憶に残っていることとして」
「え? 何だって??」
「そうしておかないと、ルイさんが皆の前で真実を披露している時、あなたにその記憶がないと、話の最中にあなたがルイさんを全否定しかねませんからな」
「……」
「おかしいと思いませんでしたかな? 今まで知らないことをルイさんに言われても何も否定しなかったことに対して」
「何を刷り込んだ?」
「具体的に申しますと、『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』こととかを」
「ええっ? あれって刷り込まれた記憶?」
「そう。本来は時間が巻き戻るので、『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』ことは記憶から消えてしまうのです。なにせ、時間が戻った時点では未来のことですからな。ただし、強烈な印象は時間が戻っても遠い記憶として残りますが」
(言われてみれば、あの応接室で生徒会長の話の後、俺がみんなの前で話した時、自分が何を言っているのか、おかしいように感じた)
「不思議そうな顔をしてますな? では伺いますが、あなたは以前、時間が巻き戻って別の行動をした時、『この人は今から死ぬから、回避しなくては』と思ったことは?」
「記憶にない。……何となく『電話に出てはいけない』とか『車に近づいてはいけない』とかの遠い記憶があった気がする程度」
「そうでしょう、そうでしょう。あなたは元々『みんなが死んでいく』とか『未来人に頼んで時間を過去に戻してもらった』ことは記憶していないのですぞ」
「難しい話だ……」
「そもそも、時間が巻き戻った感覚も覚えていないはず」
「確かに。……あ、そうそう。時間が巻き戻る時って、どういう風に感じる?」
「感じる? ううむ、……あれは感じるのかどうか。……おそらく意識が遠のくかと。個人差はあるでしょうが」
「さっき、何回か意識が遠のいたが」
「ほほう、あなたはそれを感じたのですな。普通はどこで時間が巻き戻っているのかは分からないはずですが」
「やっぱり! もしかして、さっき時間が巻き戻った?」
「それについては、これからお話ししましょう」
彼は軽く咳払いをした。
「実は今回、……ここで驚いてはいけませんぞ」
「前置きはいいから」
「せっかちなムッシュ、もとい、マモルさんですな。ええと」
彼は一呼吸置いた。
「実はトータルとして、ルイさんは3回大怪我をし、さらにあなたも1回大怪我をしていましてな」
「何だって!?」
自分の手足を見ても怪我一つないので、出任せに思えた。
「嘘つくな。ピンピンしているじゃないか」
「今の時点で手足を見ても、怪我などありませんぞ。わたくしが時間を巻き戻し、運命を分岐させて回避したのですから」
「と言うことは、分岐しなかったら-」
「二人とも暴徒に襲われて大怪我して、今は病院の集中治療室にいることになりますな。なにせ、暴徒は金属バットでお二人をボコボコにしたのですから」
「信じられない……。ちょっと待って。本当に?」
「本当ですぞ。今無事な人には信じられない話でも」
「……」
「時間を巻き戻して運命を分岐させるということは、こういうことでしてな。皆さんに申し上げると、皆さん同じ反応をされる」
「……」
「大怪我をしようと、事故で死んでしまおうと、過去に戻って運命を分岐させて別のルートを辿ると、それらの記憶がないし、体のダメージもない。お分かりかな?」
「信じられん」
「あなたが救った彼女達も同じ気持ちでしてな。彼女達は一度死んでいる。妹さんは二度死んでいる。でも彼女達にはそのような記憶はない。もちろん、あなたにもない」
「……」
「何度も申し上げますが、あなたは彼女達が死んだことも時間が巻き戻ったことも覚えてはいないのですぞ」
「理解がついて行かない……」
「では、時系列に今回の事件を説明した方がよろしいですな」
「まず、ルイさんはイヨさんから指輪の話を聞いて、夜中に単独でイヨさんの家まで取りに行くことを決心した」
「それで?」
「しかし、イヨさんの家の周りには暴徒が数人潜んでいて、ルイさんに大怪我を負わせた」
「なるほど」
「この運命を変えるべく部下に調べさせたところ、あなたをボディガード代わりにすると回避できる運命を見つけたので、わたくしは時間を戻してそれを伝えにこの世界へやって来た」
「それからみんなで屋敷の中を歩き回って彼女を探したが見つからなかった。それがあの時のことか」
「そう。あの時、ルイさんは一足早く出て行ってしまったのですな。屋敷中に鍵をして。そして、また同じことが起きた。また大怪我をした」
「つまり、2回も」
「そう。3回目もそうなると困るので、また時間を戻して、今度こそルイさんが必ずあなたに会うように仕向けた。ルイさんはあなたをボディガードとして一緒に連れて行くことを提案するため、あなたの部屋へ行った。すると、あなたはそれに同意して、二人だけでイヨさんの家に行くことになった。ところが……」
「ところが?」
「暴徒は、まずあなたに大怪我を負わせ、次にルイさんに大怪我を負わせた」
「役に立たない俺だ……。でも、俺をボディガード代わりにすると回避できる運命なんじゃなかったのか?」
「それが、そうならなかった」
「何故? 未来を見誤ったとか?」
「いやいや、わたくしが分岐させた運命に誰かが干渉してきたのです。それを今ちょうど部下に調べさせているところでしてな」
「誰が干渉した?」
「別の未来人が」
「どういうこと?」
「ルイさんやあなたにどうしても怪我を負わせたい、ひいてはそれによって別の人物の運命を変えたい、あるいは変えたくないという目的を持った奴が、わたくしを邪魔したはず」
「それをどうやって回避した?」
「あなたがボディガード役をやらなくていい、もう一つの運命が見つかったのです」
「それで?」
「また時間を戻すと、わたくしは兵士数人に『不審な人物が多数徘徊している』という情報を流して現場に行かせ、暴徒を事前に排除した」
「俺より頼りになりそうな助っ人だ……」
「これは干渉されずに済みましてな。干渉した奴は、さすがに兵士の派遣までは止められなかったのか、これであなたの怪我も回避できた」
その時、俺は彼女の顔に付着した返り血を思い出した。
「ちょっと待って。さっき彼女は返り血を浴びていた」
「なんと! それは想定外。本人に聞いた方が早いと思うが、室内には暴徒がいなかったはずですぞ。暴徒はずっと外を取り囲んでいたのですから」
「現場を見ていないから分からないけど、まあ、彼女が無事ならいいか……」
命を賭して守るべきオモチャ
とその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「開いているからどうぞ」
声を掛けると、黒装束のルイが入ってきた。
「あら、叔父様とご一緒でしたの」
「ああ」
「ご機嫌よう、叔父様。またお目にかかりましたわね」
「ウイ、マドモアゼル。ご機嫌麗しゅう。……そうそう。ちょうどマドモアゼルの噂話をしておりましてな」
ルイはこちらに近づいてきて、もう一つの椅子に座った。
俺との間が1メートルくらい離れて座る形になった。
「まあ、こんな夜遅くに何の話をしていらっしゃるのかと思えば」
「ちょっと聞いていいか?」
「何なりと」
「何で返り血を浴びた?」
「それは……」
彼女は言い淀んだ。
「怪我していないよな?」
「大丈夫ですわ」
「何があった?」
「実は……兵士さんが叔父様の手引きで外にいた人達を排除していただいたまではよろしかったのですが、部屋の中にもう一人潜んでいることまで誰も気づかなくて」
「おお、なんということだ! 『中にもいる』とは思いも寄らず」
「叔父様、いけませんわ」
「ちょっと待て!」
俺は、ルイの左腕を掴んだ。何か隠しているように見えたからだ。
「痛い!」
ちょっと掴んだだけで、こうは叫ばない。
袖をまくると、包帯がグルグル巻きになっていた。
「怪我しているじゃないか!」
「バレましたか……。押し入れに隠れているのに気づかず、いきなりナイフを持った男に襲われて。一応、護身術を学んでいましたが、ナイフで少々切られました」
「おお。マドモアゼルにお怪我をさせてしまうなど、一生の不覚!」
「馬鹿! あんな安物の指輪のために命をかけるな!」
「マモルさん? あんなとおっしゃいますが、イヨさんにとって、命の次に大切な物は万年筆、その万年筆の次に大切な物があの指輪なのですよ?」
「子供のオモチャと命を天秤に掛けても-」
「大切な物は、見た目や値段ではありませんの」
ルイの真剣な眼差しに圧倒され、何も言葉を返せなかった。
「わたくしはイヨさんに幸せになっていただきたいのです」
彼女の言葉が、心臓にグサリと突き刺さった。
「並行世界からいらした方が、『たかがオモチャ』と、こちらの世界で生きている方の大切な思い出を知ろうともせず勝手に踏みにじらないでいただきたいのです!」
その言葉が、今度は背中からグサリと突き刺さった。
俺は大いなる間違いを犯していた。
ミキの気持ちを優先し、彼女が敵対するイヨを否定しようとしていたらしい。
あんなオモチャに思い出をいつまでも引きずる彼女。
『タイプだ』と言っただけで恋人にでもなった気がしている逆上せた彼女。
そういう感覚は馬鹿げている、と軽蔑する俺は、なんと思いやりに欠けていたのだろう。
視点を少し変えるだけで、イヨの気持ちを理解できるではないか。
理解しようとしなければ、何も始まらない。
人への思いやりどころではない。
俺はイヨに冷たく当たっていたことに今更ながら激しく後悔していた。
ルイは、1ヶ月もイヨと寝起きを共にしている。
女性は腹を割って話すというのか分からないが、お互いとことん話し合って深い理解があったからこそ、危険を冒してでも守りたい物を見つけられたのだろう。
今は、イヨの一番の理解者はルイである。
「分かった。俺が間違っていた」
彼女は頷く。縦ロールの髪が揺れる。
「生徒会長は強いな」
「生徒を守る立場にありますから」
「精神面を支えている」
「もちろんですわ」
「特にイヨには」
「あの方は才能が溢れておりますの。将来がとても楽しみですわ」
「だからか」
「何がですの?」
「いや、……こっちの話」
「気になりますわ」
「気にしなくていい」
トマスが背伸びをする。
「じゃ、これで未来に帰るか」
「あら、叔父様。もっとユックリなさって」
「いや。忙しいから」
「お仕事ですの?」
「分岐する運命に干渉してくる奴の正体を調べに」
「あらあら」
「じゃ」
未来人の恐るべき野望
彼が立ち上がろうと腰を上げる。
とその時、彼の腰の辺りからピピピと呼び出し音のようなものが聞こえた。
「なんだ、今から帰るのに電話してきよって」
彼は腰を降ろし、ポケットから手の平にスッポリ収まるサイズの黒くて四角い装置を取り出す。
その装置をポイッとベッドの上へ放り投げ、それに顔を向けて話し出した。
「もしもし」
話しかけ方からすると、その装置は電話のようだ。
案の定、向こうから若い男の声がする。
「もしもし。トマスさんですか?」
会話が鮮明に聞こえる。
(俺の指輪の電話よりも便利かも)
「ああ、トマスだ。例の調査の結果は?」
「バッチリです」
「そうか、教えてくれ。そばにルイさんだけではなく、マモルさんも聞いている」
「え? 本当ですか? マモルさんまで」
「お二人に聞いてもらった方が良い」
「分かりました」
「えーと、調べた結果ですが、マモルさんがルイさんのボディーガードになって、ルイさんがうまく指輪を探し出すのがトマスさんの分岐させた最適な運命でしたが、やはり干渉されてその運命が変わっていました」
「誰が干渉してきた?」
「リゼです」
「やっぱりあいつか」
聞いたことがない名前だった。トマスはこちらを向いて言う。
「実は、リゼとあなたは以前会ったことがありましてな」
「はあ? 誰ですか?」
「接触したはずなのに、あいつに記憶を消されたか。……じゃ、リクという子は知っていると思うが?」
「ああ、あの小学生」
ミイが『人形ちゃん』と言っていたが、まだ馴染めない。
「リゼは、あの天才プログラマのリクを利用して、この世界を混乱に陥れ、戦争を拡大しようとしていましてな」
「え? 天才プログラマ? あの小学生が!?」
「おや、その記憶も消されている。あなたはリクに会って彼女から秘密を聞いているはずですぞ」
「……覚えていない」
「今はまだ、この世界では小競り合いみたいな戦争が各地で起きている。リゼはそれを揺さぶって、一気に全面戦争にさせるのです」
「馬鹿な」
「リゼに利用されたリクが今まで熱心にキーボードから打ち込んでいたプログラムは、リクの意思に反して-」
彼がこちらを指さす。
「ハルマゲドンを引き起こすのですぞ」
「……」
「ハルマゲドンとは最終戦争のこと」
「最終……戦争?」
「そう。この世の終わりですな」
電話の向こうから声がした。
「あのー、続きがあるのですが」
「スマンスマン。で?」
「マモルさんを大怪我させれば、リクという女の子を邪魔する者がいなくなる。それで干渉してきたようです」
「なるほど」
「リクは今日、全自動戦闘システムを完成させます。戦闘だけではなく、作戦もシステムが立案します。それらを全て無人で行うのです」
「恐ろしい……」
「何と恐ろしいのでしょう……」
「なので、リゼはそれが完成するまでに邪魔する芽を確実に摘みたかったのでしょう。今回マモルさんの怪我が回避されたので、リゼの狙いは失敗しましたが」
「ちょっと聞いていいか?」
「あなたは?」
「マモルです」
「ああ。どうぞ」
「リクの邪魔をさせたくないなら、俺を殺せばいい。なぜそうしなかった?」
「実は、リクさんとあなたが恋仲に陥ります」
(ゲッ……三人もカノジョが出来るのか)
「それには理由があって、リゼの手引きなのですが、あなたとリクが結婚して生まれる子供が世界を救う、とリクに吹き込むのです」
「ええええええええええええっ!!」
「あらまあ」
「あいつ、次に何をしよる……」
「最終戦争後の世界の創造ですよ」
「おお、なるほどな。それでリゼはこの世界で神に収まる訳か」
「マモルさん。もしあなたが死ぬと、自暴自棄になったリクがシステムを破壊します。もし怪我をしないと、あなたがリクを説得してシステムの完成を諦めさせます。大怪我なら、その原因が敵の仕業とリゼから吹き込まれたリクが、システムをフル稼働させます。その行き着く先は最終戦争です」
「それで半殺しか……」
「ええ、リゼの狙いはそこでした」
「生きているだけでも幸せですわ」
「もう一度聞いていいか」
「遠慮なく」
「トマスさんのおかげで運命が分岐し、今は俺もルイも元気だ。リゼは失敗したんだよな?」
「はい」
「となると、リゼはこの世界で次に何を仕掛けてくる?」
「トマスさん。本人にこの世界の未来を伝えていいのですか?」
「駄目だな」
俺は解せなかった。
「何故?」
「この世界にしたのは、このわたくし。導いたこの世界が別方向に動かされることは、リゼがやっていることと同じになるのでな」
「どういうこと?」
「未来を知ったあなたは、きっと自己判断で変えようとする。それはわたくしが分岐させた世界に、あなたが干渉することになるのですぞ」
「……」
「折角あなたとルイさんが無事な世界にしたのに、勝手に動き回られると困る」
「……」
「と言うことでトマスさんのおっしゃる通り、あなたには詳しくお話しできませんが、これだけは申し上げます」
「できるだけでいいから教えてくれ」
「リゼは必ず何かを仕掛けてきます。ルイさんもお気を付けて。マモルさんと同じことを仕掛けてきます」
「承知いたしましたわ」
「マモルさん」
「はい」
「特にあなたがキーマンです。十分行動に注意してください」
「分かった。……ところで、俺の周りにいる他の女の子、救った女の子は大丈夫か?」
「はい。この先、一番危険なのはマモルさんだけです。リゼの狙いはマモルさんですから。他の全員は最終戦争でも生き延びます。以上です」
「ご苦労」
トマスは電話を切って苦笑いした。
「あいつ、結構お喋りだな。いろんなことをペラペラと」
彼はこちらを見てニヤリとする。
「安心したかね? 全員生き延びると聞いて。……さて、帰るとするかな」
彼はベッドから降りて床に立った。
「申し訳ないが、勝手に行動されては困るので、この未来がどうなるかはこれ以上伝えられない。ただ、失敗を取り戻そうと魔の手は近づいているので、心して当たるように」
「ああ」
「叔父様。お気をつけて」
「じゃ。お二人とも、ボヌシャンス。幸運を」
そう言い残して彼が立ち上がると、彼の姿は半透明になり、最後はボゥッと煙のように消えていった。
最終戦争の予兆
ルイが思い出したように言う。
「そう言えば……さっきミキさんに会ったら、『今の運命でも誰かは死ぬ』らしいですわ」
俺は、その忘れかけていた予言を思い出してギョッとした。
「ああ。そうらしいけど、教えてくれないんだ。誰が死ぬのかを」
「残念! さっきまでいらした叔父様に伺えばよろしかったのに」
「でも答えてくれないだろう。未来に何が起こるか、事細かには」
「それもそうですわね」
その時、俺も残念に思ったことがある。オネエの未来人の名前を聞くことだった。
「ミキさんにもう一度お聞きになってはいかがかしら?」
「それもそうだ。遅くなったから、明日聞こう」
彼女は立ち上がった。
「ではご機嫌よう」
「こういう時はご機嫌ようなのか?」
「会った時と別れる時のどちらも使える便利な言葉ですわ」
「なら、俺も使っていいか?」
「無臭マモルさんは、使っては駄目ですわ」
「……地獄耳だな」
彼女が出て行くと、ドッと疲れたので、ベッドにゴロリと横になった。
(さて、明日と言ってももう今日だが、朝一番に聞いてやろう)
そう考えていると、いつの間にか意識を失った。
瞼の向こうが明るくなった。
朝になったのだろう。
目を開けて腕にはめたままになっている腕時計を見ると、11時30分だ。
「ヤバい、人の家で寝過ごした!」
ガバッと起きると、見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
(何!? 俺の家だ!!)
そう。自分の家のダイニングルームにいるのである。
すぐそばでトントンと包丁の音がする。
妹がセーラー服の上に割烹着を着て台所に立っているのだ。
妹は物音に気づいてこちらへ顔だけを向ける。
「あ、お兄ちゃん、起きた?」
「あれ? 何故ここにいる?」
「何故って、お兄ちゃんが何時までも起きないから、生徒会長さんの家から寝たまま車でここに運ばれたの」
酔っ払いが人の家で眠り込んだような醜態を晒したかと思うと、顔が熱くなった。
妹は再び俎の方に向き直り、包丁で何かの皮を剥き始めたようだ。
「学校は?」
「今日は休校。連絡網で回ってきたの。理由は教えてくれなかったけど」
「え?」
「中学も高校も小学校まで、全校休校よ。しかも連絡があるまで登校禁止。どうしたのかしら」
「へー。みんな休みで大喜びかもな」
「そうなんだけど、外出も控えろって言われているの」
俺の元いた世界では考えられない事態だ。
(全校休校……無期限登校禁止……外出を控える……どうなってるんだ?)
もう一度時計を見た。11時32分。
(12時近いな。ん? 12時?)
急にミキとの約束を思い出した。
「そうだ! 12時にミキと待ち合わせていた!」
「えー? お昼ご飯出来るのに」
「ゴメン。夜は必ず食べる」
両手を顔の前で合わせて拝むように謝罪する。
妹はプンプン怒っていたが、最後は許してくれた。
(ギリギリかな……いや、駅3つ先じゃ完全遅刻だな)
ミキの怒る顔が怖い。
慌てて靴を履いて家を飛び出たが、携帯電話を忘れたのでダッシュで戻る。
戻ってきた俺に妹が念押しで言う。
「夜は絶対食べてね。おいしい煮物作ったんだから」
「ああ、必ず」
しかし、この『必ず』の約束が果たせないと気づくのは、30分後であった。
--(9) 第九章 最終戦争編に続く
並行世界で何やってんだ、俺 (8) ルイ編