紅と白が出会う時

これはBLなので15歳未満の人は回覧をご遠慮下さい。

 あらすじ
条聖高校に転校してきた神宮寺紅【じんぐうじこう】は廊下から見える桜の木から突如現れた自分と同じ制服を着た青年と出会った。
そして同じ頃、紅は校内でも有名な不良であり、自分の席の前である、紅月白夜【こうづきびゃくや】のことが気になり始める。
さて、二人はこれからどうなるのか・・・・・。

  第一章 この世に偶然は無い、全ては必然だ

      1

 朝、夢を見た。
 それは、最近よく見る夢なのだが、起きるとどんな夢だったかをよく覚えていない。
 ただ、一つだけ覚えている事がある。それは、一面の赤―――・・・。まるで、血の様な・・・。
                                    
『ジリリリリリリリリ』
                                    
 けたたましい音が部屋中に鳴り響く。いや、下手をすると外まで聞えるかもしれない。
 そんな事を思いながら俺は起き上がり時計を止め、時刻を見る。
 時計の針は午前八時ちょうどを指していただった。
「嘘だろ!おいっ」
 俺は急いで制服に着替え、洗面所で身だしなみをチェックする。
 そして朝食も取らず、猛スピードで、学校に走った。
 言葉どおり目にも留まらぬ速さで。
 新学期早々遅刻はやばい。ましてや、それが転校初日となると、先生達に悪い印象を与えてしまう。

「朝が苦手なこの体質が恨めしい・・・・」
 走りながら一人、そんな事を言っていると、目の前に俺が今日から通う条聖 (じょうせい)男子高校が見えてきた。
 なんとか遅刻せずに間に合ったようだ。まだ登校途中の生徒がいる。
 ここに来て走るスピードを落とした。
 俺は転校生なので、ホームルームで、先生と一緒に教室に入る。そのため、俺はまずは職員室へ向かった。
 教室に着くと、先生が「呼んだら入りなさい」と言ったので、俺は教室の前で窓の外を見ながら待っていた。
 ここは二階、ちょうど外にある桜の木が桃色の花を咲かせているのが見える。
 と、その時、目の前の木が大きく揺れた。
 そして、木の中から俺と同じ制服を着た男子生徒が出てきた。しかも眩しいほどの金髪だ。顔はよく見えないが、その口元は薄く微笑している。
 その生徒の手には子猫が抱かれていて、その子猫はどこか怯えているように見えた。
 俺は黙ってそれを見届けていた。
 こういう場合、俺は先生に何かしら報告をしなければならないのだろうが、さっきの場面を見る限り、彼は木から降りられなくなった子猫を助けたという風に見えたので、特に報告する必要は無いだろう。
 動物を助ける人に悪い奴はいないというし。
 と、一人納得していると先生から「入りなさい」という合図を受けた。
 先生に言われたとおり、教室に入ると、皆の視線が痛いほど俺に向けられた。そしてクラス中がざわつく。
「こちら、イギリスから来た神宮寺紅(じんぐうじ こう)君だ。数年前までは日本に暮していたそうだ。皆仲良くしてくれ」
 そう、先生からの紹介があり、その後に俺が自己紹介をする。
「神宮寺紅です。これからよろしく―――」
「紅?え、まさか紅君?」
 いきなり教室の後ろの方から声がした。
「え、この声・・・・まさか真(まこと)?真なのか?」
 後ろのほうで驚きの顔で立っている男に俺は、昔の名残を感じた。
 この声、忘れるはずが無い。これは、懐かしい友の声。
「うゎー本当に久しぶり!小学校以来か?」
 俺は真のいる席まで行き、懐かしき友との話を弾ませそうになった。
「えーっと、神宮寺君、清成(しせい)君と知り合いかね?」
「はい、幼年の頃の幼なじみです」
 先生に思い出に浸るのは後にしなさいと、言われた。
「じゃあ、神宮寺君は清成君の斜め後ろに座ってくれ」
 真の席は窓側の後ろから二番目だ。つまり、俺の席は窓側から二列目の一番後ろの席と言う訳だ。
 席について気付いた事がある。
 それは、前の席が空席だと言う事だ。
 たまたま休みなのだろうか?
 その時は、そんな風にあまり深く考えなかった――――。
                                       
「はぁ、疲れた・・・・・」 
 転校初日は、真との再会や、謎の男の目撃、それなりに刺激的な一日だった気がする。
 放課後、帰りの準備をしていると、真が話しかけてきた。
「紅君、一緒に帰らない?」
「ああ、いいよ。・・・・ところで、隣の奴は誰だ?」
 真の隣には、真より少し背の高い、顔の整ったいわゆるイケメンが立っていた。
「ああ、こいつはね、僕の中学の時からの友達、夏目秀一(なつめしゅういち)。野球部のエースなんだよ」
 野球部といわれて、思わず『ああ!』、と言ってしまいそうになる。
 見た目から、爽やかな野球少年というイメージが強かった。初対面で相手の内情を勝手に決めてしまうのは、相手には知られてはいないからといって、失礼だと思う。しかし、今謝っても、夏目は何の事だか分からないだろう。なので、謝罪はしなかった。
「ヨロシク!うちの学校はクラス換えないから、卒業までだな、神宮寺」
 そう言って、夏目は俺の前に自分の右手を差し出してくる。
 俺は差し出された手を、握った。
「こちらこそよろしく、夏目。夏目は今日部活無いのか?」
「ああ、今日は他の部活がグラウンド使っているから」
 そうなのか・・・・・。あ、ちなみに今日は4月の第一火曜日、4月5日だ。
 俺は二人を待たせてはいけないと、急いで教科書類を、鞄に入れた。
 そして帰り道、俺は二人にふとした疑問をぶつけた。
「なあ、俺の前の席って一体誰なんだ。先生出席取る時、『またか』って言っていたけどそんなによく休むのか?」
「あ~、紅月(こうづき)か、それは、神宮寺の勘違いだ。別に奴は学校を休んでいるんじゃない。サボっているんだよ」
 へ~そうなのか・・・・。
「もっと正確に言うと、自分を追いかけてくる上級生から逃げる為に、学校をサボっている」
「?・・・・何で紅月は上級生に追われているんだ?」
 夏目は「うーん」と唸った。
「それはね紅君、彼が―――」
「ちょっ、真、言っちゃ駄目だろ!」
 夏目が真の口を塞ぐ。
「ちょっと、苦しいじゃんよ」
「あ、悪い。でも、それは、言っちゃ駄目だろ。神宮寺こういう話嫌だろうし・・・・」
「それ言ったら、これからそういう目に紅君が遭うかもしれないじゃないか」
「それはそうかもしれないが・・・・」
 また「うーん」唸る夏目。
「分かった、言おう」
 やっと決心したのか、夏目は俺の方を真剣な眼差しで見つめながら、言った。
「そのだな・・・・・紅月白夜(びゃくや)は入学当時、背も高くて、その上顔も良かった。しかも金髪。そのせいで上級生に目を付けられて、喧嘩をよく売られていたんだが、紅月は、その全てに勝ち、百戦錬磨だった。だから最初の頃は学校に来ていたんが・・・・・・でもある日、上級生が十五人がかりであいつの事襲ってさ。ああ、これはな、その・・・・性的な意味での襲った、だ」
 驚いた。 
 確かにうちは男子校で、そういうカップルも居るだろうなと思っていたけど、15人がかりで襲うなんて・・・・・酷いとしか言いようが無い。
「それで、紅月の奴必要以上に学校来なくなってさ。しかもあいつの母親理事長の姉で、先生たちも強くいえないんだ。あ、勿論、紅月を襲ったやつらは退学になったよ。それでもあいつ男性恐怖症になったみたいで。噂だけど」
「もういい、わかったから」
 こんな話聞いているこっちが挫けそうだ。
 ていうかさっき、『これからこういう目に紅君が遭うかも』とか真が言っていなかったか?注意しよう。まあ、もしもの時は奥の手使うから大丈夫だろうけど・・・・。
「なあ、紅月の家って分かるか?」
 思わず口からでてきた言葉に俺自身が驚いた。
 何を聞いているのだ俺は・・・・。
「あいつの家ならこれから通るぜ。あ、ほらあの角にあるひときは大きい家、あれがそうだ」
 夏目に言われ、その方向を見ると、学校の三分の一程はあるかというほどの、大きな家が建っていた。
「すごいだろ、さすが、理事長の血筋って感じだよな」
「そうだな」
 何だろう。この家からものすごく良い匂いがする。甘い匂い。お菓子だろうか?
「なあ、この甘い匂いなのだと思う?」
「甘い匂い?そんなの匂ってこないけど・・・・気のせいじゃないか?」
 二人には匂わないのだろうか?それとも俺の気のせいか?
 紅月の家は、目の前から見ると一層その凄さが分かった。
「改めて見ると、広い庭だな。車何台分だ?」
「十台位は入るのじゃないか?」
 俺の呟きに夏目が答える。
「・・・・・・・」
「紅君、ここで時間食うのも勿体無いからもう行こう」
 真がいつまでも家の前で突っ立っている俺に前から声を掛けた。
「ああ、悪い今行く」
 俺は後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。
                                       
 あれから二週間、彼は一度も学校に姿を現さない。
 授業に身が入らず、前の席を見つめてばかりの俺の耳に、本日最後の予鈴が鳴る。
 俺は鞄に教科書や筆箱をしまい、帰ろうと席を立った。
「あれ、紅君もう帰るの?」
 教室から、出ようとすると真が声を掛けてきた。
「う、うん、今日、用事があるから・・・・・」
「そうなんだ、最近忙しいね?まあ、別にいいけど。無理だけはしないでね。紅君我慢強いから心配」
 真が凄く心配そうな眼差しで俺を見る。
「大丈夫だよ。俺も昔みたいに限界を知らない訳じゃない。心配してくれてありがとう」
 俺はそう言い、微笑んだ。
「じゃあ、俺急ぐから、また明日」
「うん、また明日」
 俺は真に手を振って教室を出た。
 そして俺は今日もまたあそこへ向かった。
『あそこ』とは紅月の自宅の事だ。
 彼の家に始めてきた日から二週間、あの日から放課後はここを通るようになった。
 俺は、遠回りの道なのになぜか気付いたらいつもここに足が向いていた。そして、ここに来る度にインターホンを鳴らしている。
「まあ、毎回誰も出ないけど・・・・・・」
 それでも俺はめげずに今日もインターホンを押す。
 1分経っても誰も出ない。それがここ二週間のお決まりだ。そして今日も誰も出ない―――筈だった。
『はい』
「・・・・・・」
 思わず黙ってしまった。
 な、何か言わなければ!
「えーっと、俺白夜君と同じクラスの神宮寺紅と言います。白夜君いますか?」
『俺が白夜だけど・・・・あんた誰?俺あんたの事知らないのだけど』
 まさかの本人だった。
「俺この間転校してきたから・・・・・それで、君の後ろの席になって、前の人ってどんな人かなって思って。それで・・・・・」
 なに言ってんだ俺。こんな見ず知らずの奴に尋ねられたって、迷惑なだけだろ!ましてやこいつは男性恐怖症気味だぞ?なおさら駄目だろ!
『おい・・・・そんなに緊張しなくてもいいだろ』
「・・・・・・え?」
 俺、そんな緊張しているように見えるだろうか?いやその前に俺のこと見えているのか?一体どこから・・・・・?
 そんな事を考えていると、インターホンにカメラが付いている事に気付く。
『まあ、いいや、上がれよ。今鍵開けるから』
 そう言って通信がプツリと切れた。
「『上がれ』って、大丈夫なのか?男性恐怖症のくせに・・・・・。て、いうか、無防備すぎないか?俺がゲイだったらどうするのだか・・・・」
 と、そこで扉の鍵がガチヤリと解かれた。そして扉がゆっくりと開かれた。
そして出てきたのは金髪の、青年だった。
俺は彼に見覚えがあった。それは、転校初日、桜の木から出てきたあの時の彼だった。
「あ!子猫の!」
 思わず指を指してしまった。
「え、何、お前あれ見ていたの?うわ、恥ずかし」
 彼の頬は微かに朱に染まる。少しだけ、かわいいなと思ってしまった。
「ま、まあ、上がれよ」
 そう言った彼に続き、俺は家に上がる。
 彼に付いて行くと、そこはリビングだった。
 そこにはソファに机、その前にテレビがある。俺から見て、右側に大きな庭に続く窓がある。
 こう見ると庭が丁寧に剪定されている。とても綺麗な庭だ。
 庭に足を進めようとすると、甘い匂いがするのに気付く。外に漂うそれと比べ物にならないほどの甘い匂いだ。それにどこか美味しそうな匂い。
 一体どこから漂ってくるのだろう?
「で、お前は一体何の用があって来たのだ?まさか、ただ、気になっただけとかじゃないよな?」
「・・・・・そうだね、君の事が気になった、だけじゃないかな?俺が初めてこの家に来たのは二週間前。その時にこの家から甘い匂いがした。そして今もしている。俺はそれが気になって気になって仕方が無かった。お前は―――只の人間じゃないな?お前は何者だ?」
 俺の言葉に反応した彼の顔はとても冷たいものに変わった。
「よく、気付いたな。そうだ、俺は只の人間じゃない。俺は、陰陽師の血を継いでいる。ま、血を継いでいるだけで何も出来ないけどな。だけど、区別は出来る。お前だって、普通の人間じゃないだろ?いや、人間でもないのか?」
 陰陽師・・・・道理で変な感じがするわけだ。
「そうだよ、俺も普通じゃない。俺は、人間の血を餌として生きる―――ヴァンパイアだ」
 彼の表情が驚きへと変化する。
「あ、勘違いされると困るから言うが、俺は無闇に人間を襲ったりしない。それどころかこの数十年間俺は人間の血を吸ったことは無い」
「・・・・・・・・・」
「?おい、おーい。大丈夫か?」
 彼が固まったまま反応が無いので、俺は彼に声を掛けた。
「・・・・・驚いた」
 彼がやっと応えてくれたのは、声を掛けてから少し経った時だった。
「何が驚いたのだ?」
「お前みたいな奴がヴァンパイアなんて信じられない・・・・」
 俺はその言葉にキレた。
「悪かったな、弱そうな奴で・・・・・。これでも俺はその世界では有名なアレスタ王家の第二王子だぞ!背だって、人間の血さえ吸えれば高くなる!そもそもお前みたいな陰陽術もろくに使えない奴に俺達の何が分かるってんだ!勝手なイメージを――――」
 俺は最後まで自分の怒りを彼にぶつける事は出来なかった。
 「押し付けるな」と言おうとした俺の喉が焼ける様に熱い。それに鼓動が早くなり、息をするのも苦しい。
「――――ッ・・・くッ・・・・はぁはぁ」
 俺は床に膝を付いた。
「お、おい大丈夫か?どうしたのだ?」
 彼が俺に 近付き、肩に触れようとした。
「やめろ!俺に、俺に触れるな!殺されたいのか!」
 俺は鋭い牙が見え隠れする口で怒鳴った。
「ふっ、そうか、そうだったのか。・・・・あの、甘い香りは血の・・・・匂い道理でここに来る度、体が疼くはずだ」
 息も絶え絶えになりながら、俺はそう言った。
「おい、本当に大丈夫か?急にどうしたのだよ?」
 そして彼はもう一度俺に触れようとする。
『パンッ』
 それを俺は跳ね除けた。
「俺に、触れるなと言ったのが・・・・聞こえ・・・・なかったのか!それに言っただろ、お前の血の匂いに体が疼いているって。・・・・・忠告しておくぞ、俺に触れるな。もしもう一度触れたら・・・・分かっているな?・・・―――くッ!」
 彼に忠告の言葉を口にした後、体の疼きが強くなった。
 彼の顔は酷く青く、そして悲しそうな顔をしていた。
 俺は重い体を起こし、後ろの壁つたいに玄関に向かおうとする。彼は驚きで俺が起き上がった事に気付いていない様だ。
 廊下に出たところで俺が居なくなった事に気付いたのか、彼が追いかけてきた。
「おいっ!そんな状態でどこに行くんだ!」
「・・・・・・・・」
 俺は彼に背を向けて無言を通す。
「おい、何とか言えよ!」
 彼が―――俺に触れた。
「俺は、忠告したからな。それを聞かなかったのはお前だ」
 俺は彼の方を振り返り、言い放った。
 そして俺は次の瞬間に彼を押し倒していた。
「―――ッて~、何すんだよ!」
「黙れ、痛くするぞ」
 俺は出来るだけ低い声で言った。
 そして俺は彼の首筋に唇を近付け、その白い体に俺の物だという印を刻む・・・。
 今、俺の中には歓喜と罪悪感、そして、大きな不安があった。
 歓喜、それは言うまでも無い。血を吸える事に喜んでいるのだ。
 罪悪感、これも言うまでも無い。彼への物だ。
 不安、それは、これから彼がどうなってしまうか。
 俺は、彼が死んでしまうのではないか、不安で、不安で仕方が無かったのだ。
 彼は人間(いや、正確に言うなら殆ど普通の人間なのに陰陽師)だ。俺の様に体が丈夫でも、治癒力が高い訳でもない。そんな彼がこんな激しい欲を持った上での吸血行為に堪えられるはずが、無い―――。
                                    
『吸血行為』
                                    
 ――――それは、人間の血を吸う行為。
 俺は十六年間一度もしなかった行為を、自分に決めたルールを、枷を、解いてしまった。酷く簡単な理由で―――。
 『欲』、それは誰もが持っている感情(もの)で、無くてはならない存在(もの)。
 今、俺の腕の中にいる彼に抱いた罪悪感、不安、それは永遠に消えない傷を俺に負わせた―――・・・。
                                   
 目を覚ますと、俺はベッドの中にいた。
 ここは何処だろうと思っていると、誰かが俺の手を握っている事に気付く。
 手の方に目をやると、紅月白夜が俺の手を握ったまま静かに眠っていた。
 体を起こし、ゆっくりと手を離す。そして俺は自分が被っていた毛布を彼に掛けてやる。
 毛布を掛け終わると彼の首筋に目が留まった。そこには俺が付けた傷があった。
 胸が、ズキンと痛む。
「ごめんな」
 俺は彼の頭を撫でた。
「もう二度とお前には触れないから・・・・」
 そう言って、俺は、静かに部屋を出て行った。そしてリビングにある鞄と上着を取って、机にメモを残し、彼の家を後にした。
 外に出ると真ん丸な月がちょうど真上に来ていた。
 道に出て、上着のポケットからケータイを出す。時刻を見ると十二時を過ぎていた。そのせいだろうか、周りの家には灯りは殆ど点いていない。この道にも人間の気配はしない。
 この道には俺だけだ。
「そろそろ・・・・出て来ても良いだろう、サファ兄、ラミィ」
俺は後ろを振り返り、隠れている二人に言った。
 すると、闇の中から二人の男女が現れた。
 男性の方はサファイア・ヴィ・アレスタ。ヴァンパイアの中でも珍しい蒼い髪に琥珀色の瞳を持つ。そして彼はアレスタ王国の王位継承権第一位を持っている。つまりはアレスタ王家の第一王子というわけだ。
 そしてもう一人、女性の方はラルミスト・ヴィ・アレスタ。第一王女であり、俺の双子の姉でもある。髪はヴァンパイア特有の真っ赤、瞳は緑色だ。(まるで薔薇の様だと、皆の間では噂になっている)
「なんだ、気付いていたの?」
 ラミィが薄く微笑みながら言った。その笑みには少しだけ陰りが見えた。俺の気のせいだろうか。
「何の用だ・・・・なんて聞く必要は無いよな?俺を―――・・連れ戻しに来たんだろう?違うか?」
「―――父上から頼まれたから仕方なく、だ。父上に言われ無かったら誰がこんな奴と一緒に・・・・・」
サファ兄の言葉に「それはこっちの台詞よ」とラミィが言う。
昔からこの二人は仲が悪いのだ。原因は俺なのだが・・・・。
実はこの二人世に言うブラコンなのだ。昔も今も変わらず俺を間に挟んで言い合っている。
「まったく、父上も心配性だな。一人暮らし位できるっつの!子供じゃないんだから・・・・」
「ほらほら二人とも、父様の悪口言わないの!」
 ラミィが俺達の会話に優しい口調で文句を言う。
 ちなみに、ラミィが言った『ルーちゃん』とは、俺の本名、ルージュ・ヴィ・アレスタのルージュから取ったラミィだけのニックネームである。男である俺からすれば、余り嬉しくないのだが・・・・・。
「ま、ルーちゃんの言う事も正しいし、サファの言う事に私も賛同するけどね。父様ルーちゃんに対して凄く甘いし過保護だし。父様と母様が大恋愛の末に結ばれて、ルーちゃんが母様に凄く似ているからそれも仕方ないけど・・・・。それに父様、私とサファが仲悪い事知っているのに一緒にルーちゃんを迎えに行かせるし。確かに私はルーちゃんに戻ってきて欲しいけど・・・・サファと一緒は嫌だったなぁ。ルーちゃんが居ないとつまらないから仕方なくこいつと来たけど・・・・」
「こいつとはなんだこいつとは。仮にも俺はお前の兄だぞ兄。分かっているのか?」
 嫌な予感・・・・。
「なによ、私の言い分に文句ある訳?私とあなたが仲悪いのも、ルーちゃんが居ないとつまらないから仕方なくあんたと一緒に来たのも正しいでしょ?」
「ああ、正しい。それに関しては文句を言うつもりは無い。お前の意見に賛同するさ。でもな、お前は目上の者に対しての敬語や態度が人によって違いすぎだ。その上兄の俺まで『おまえ』、『こいつ』、『あんな奴』扱い、許せる訳が無いだろう」
「ふんっ、狭い男。そんな事で腹を立てていたらキリがないじゃない。もうちょっと心を広く持ちなよ。怒りすぎてショック死しちゃうかもよ?」
「はっ、余計なお世話だ」
 どうやら嫌な予感は的中したらしい。
 しかし、それはすぐに治まった。
「そう言えばルーちゃん、あの人間の家で何していたの?こんな時間まで」
「・・・・・・・・ただの雑談だ。ラミィが気にする様な事ではない」
 俺は咄嗟に嘘をついた。この二人に知られたら困る。父上よりはマシだがこの二人も父同様過保護なのだ。小学校の頃、ラミィはクラスが違うのに俺のクラスだと言い張った。サファ兄に至ってはクラスどころか学年まで違う。俺への愛情+ラミィへの対抗心か、兄までも俺のクラスだと言い張った。
 この二人に知れたら二度と外に出るなと監禁されかねない。・・・・いや、そこまではしないか。やってもずっと側に居ろとかだろう。ある意味監視状態だが。
 と、俺の頭でそんな事がされていたとは知らないラミィは会話を続ける。
「とぼけないで。ルーちゃん、あの家の人間、襲ったでしょ?ルーちゃんがあの家に入った後、あの家一体の血の匂いが増した。そんな事になる原因は吸血したか出血させて殺したか、その二択でしょうね。でも、ルーちゃんが警察沙汰になる様なバカな事するとは考えられない。だから、彼の血飲んだよね?」
 こいつには適わないな。言葉ではこいつには勝てない。というか勝つ気力さえ今の俺には無いのだが・・・・。
 それにこいつには嘘は通じない。いつも俺の嘘はすぐにばれる。双子ゆえにか、俺の気持ちが分かるようだ。俺は分からないけど。
「そうだよ、俺は確かにあいつの血を吸った。言っとくが俺はあいつから逃げようとしたし、忠告もした。あいつがそれを破ったんだ。俺は悪くない。それに俺も、あいつも何とも無いしな」
「・・・・だから、そんな顔をしているのか?」
「そんな顔?俺の顔に何か付いているのか?」
 サファ兄の言葉に引っかかり、思わず聞いてしまった。
「血を吸ったのに足りないという顔をしている。そんなに美味かったか?その人間の血は」
 顔が赤くなるのが分かる。
「なっ、そんな事は・・・・無くも無いかも・・・・。吸血している時の記憶は殆どないし、気付いたらベッドの中に居たから・・・・」
 俺の声は段々小さくなり、顔も俯く。
「やっぱりな。・・・・・ほら、飲め。倒れられても困るからな」
そう言ってサファ兄は首を出してくる。
「こんな道の真ん中でか?いくら真夜中だからって―――」
「大丈夫だこのあたりに人間の気配はしない。だから安心して飲め」
「・・・・分かったよ。飲めばいいんだろ飲めば」
 俺は渋々サファ兄の申し出を受けた。
 そして俺はサファ兄の肩を掴み、首筋に唇を近付ける。サファ兄は俺よりも背が頭一個高いので、俺は背伸びをしてサファ兄の血を貰う。
「―――ッ、おい、いつもより深くないか?」
「サファ兄が言い出したんだから少しは我慢しろよ」
 サファ兄の言っている事は正しい。
 今の俺はいつもの俺とは違う。と、言っても別に体に異常がある訳ではない。本能が血を欲しているのだ。もっと血を、と。
 今までこんな事は一度も無かった。自分から血を欲する、血が欲しいと思うのは。
「なぁ、ルージュ」
 サファ兄がいきなり俺に声を掛けてきた。
 吸血中は余り声を掛けて来ないのに・・・・珍しい。
「何だ?」
「あれ、お前がさっき居た家の人間じゃないか?」
「・・・・ンなはず無いだろ?人間の気配なんてしねーぞ。錯覚じゃねぇのか?」
 さっきも今も辺りには人間の気配はしない。あたりの家の人間は皆寝ている。
「気配がしないからお前に聞いているんだ。いいから後ろを見ろ」
「嘘だったら承知しねぇーぞ」
「俺がお前に嘘つくかよ」
 俺はサファ兄の言う事を信じてはいなかったが、可能性がゼロではない。だから俺はサファ兄の首から離れ、後ろを向いた。
 するとそこにはこちらへ向かって来る紅月白夜が居た。
 俺は咄嗟に口に付いた。別に見られて困る事は無いが、礼儀として、吸血鬼として余り見られて良い物ではない。
 俺達まで後十何歩という所で彼は止まった。
「・・・何、してるんだよお前。・・・・まさか―――」
「何してる?見てたんだったら分かってんだろ。血、吸っていたんだよ。それが何か?」
 俺はバカにするように薄く笑いながら言った。
「お前、さっき言ったよな?無闇に人は襲わないって。なのに、何でお前は!」
「俺は、確かに無闇に人は襲わない、人間の血は今まで飲んだ事がない無い、と言った。でも、それ以外の血は飲んでいないとは言ってない」
「じゃ、じゃぁその人は・・・・・」
「この青い髪見れば普通のじゃないこと位分かるだろ?サファ兄は俺の兄でれっきとした吸血鬼だ。でもって後ろの女が俺の双子の姉でラルミスト」
 俺は彼に兄達を紹介する。
「お前、本当に何なんだ?」
「さっきも言っただろ。俺は吸血鬼だ」
「そうじゃない。俺は、なぜ吸血鬼のお前が同属の血を吸っているのかを聞いている」
 彼は凄く真剣な面持ちで俺に問うた。
「―――それは俺が、人間の血を吸ってはいけないから。俺にとって、人間の血を吸う事は『禁忌』だから、かな」
 『禁忌』、それは犯してはならない絶対の掟、ルール、約束。
 そしてそれを、俺は自分で自分にかせた。
「『禁忌』?どういう事だ?」
 彼は分からないと言う顔で俺を見る。
「俺の国には遥か昔から伝わる古文書があってな、その古文書の一節にこうある。『紅と白の血が混じりしとき、世界の調律が崩れ、世界は災厄に見舞われるだろう』と。紅と白は人間と吸血鬼の事だが、どちらが白か、紅かは生まれてみなければ分からない。そして吸血鬼側にだけ、紅か白、そのどちらかの同じ色が体のどこかに出る。そして俺は―――紅だ」
 そう言った俺の眼は、微かに紅く染まった―――。
                                    
 

 
 真と別れて間もない幼い頃、俺は自分が嫌いだった。この血が、運命が憎くて憎くて堪らなかった。
 でも、それをある人間に言ったらその人間にこう言われた。
                                    
『君は君以外の何者でもない君自身、ルージュ・ヴィ・アレスタだ。僕は君の血も運命も、そして種族すらも関係無く、君の心を大切に思うよ。だから、だから、そんな悲しい事を言わないで・・・』
                                     
涙を流しながら言われたその言葉を聞いて、俺は立ち直る事が、自信を取り戻す事が、自分を好きになる事が出来た。
唯一俺が吸血鬼である事を知っていた人間、それで尚俺の事を受け入れてくれた人間。彼の名は―――。彼の名は・・・・・?
「・・・・い・・・・おい・・・・おい!」
「・・・・・・・え?」
「『え?』じゃない。どうしたんだ、ずっと上の空だったぞ?さっきの人間の事でも考えていたのか?」
 俺達三人は、今俺が住んでいるマンションのリビングにて、今後の俺の事について話し合っていた。
 結局あの後、俺は何も言わず、あいつは俺を引き止めず、このマンションに帰ってきた。
 後悔・・・・・だろうか。俺は彼にこの事を話してはいけなかった気がする。俺は、こんなに弱かっただろうか。俺はこんなに迷う男だっただろうか。
 違う。俺は逃げているんだ。自分の仕出かした過ちから。
 だから『彼』の事を思い出したのだろうか。
 俺が自分を信じられない時に側にいてくれた彼を。
「違う。ただ今日は疲れただけだ。異様に眠い。それに、あいつの事はいい。あいつはもう俺には近付いて来ないのだから・・・・」
「それは無いと思うよ?」
 ラミィがクッションを抱きながら、甘い声で言う。
「どういう意味だラミィ。だってあいつは俺の正体を知っていて、俺はあいつの血を吸ったんだぞ?また吸われるかもって、普通は警戒するものだろ?」
「いやね、あの子、えーっと、白夜君って言ったけ。その白夜君ルーちゃんを追っかけて来たんだよ。それも血、吸われた後に。だったらルーちゃんの、吸血鬼側の内情を知ったくらいで、離れていくとか警戒するとか、ないと思うよ?反対に『お前の事教えろ』なんて言われるかも」
 いや、最後のは無いだろう。それにそんな事言われたら俺が警戒する。
「その場合は教えなくていいぞ、ルージュ。あんな人間にこれ以上我々の情報を与えるのは感心しない。ただ・・・・お前がどうしてもと言うなら、少しくらいは・・・・」
「サファ兄、それは無いから。それに言われなくても何も言わないよ」
 俺はサファ兄の言葉を塞いでそう言った。
「俺はあいつが近付いて来てもあいつと話す気はないし、近付く気もない。出来れば二度と会いたくない位だ」
「あらあら、もしかして照れ隠し?ルーちゃんらしいな~。ふふ、あの子の血に惚れちゃったとか?」
「ない、確かに上手かったが、それ以上でもそれ以下でもない。ましてや照れ隠しなんて・・・・・ありえない」
 俺は心底嫌そうに言った。
 でもそれには少しだけ嘘があった。彼の血に惚れた、それはラミィの言うとおりだった。
「それでどうするんだ、ルージュ。父上はお前にどうしても戻ってきてらしいし、俺達も戻ってきて欲しい。お前があの人間にも会いたくないのだったらなおさらだ」
「私達はルーちゃんがしたい方にしてくれて良いよ。もし帰りたくないならそれで良いし、戻りたいならなるべく早く帰ってきて欲しい。もうそろそろ、ソウルファイトの季節だからどっちにしろ一回は帰んなきゃだし」
 『ソウルファイト』、それは、種族を問わずに戦い、優勝を決める競技だ。優勝者には階級が一つ上がって、賞金が貰える。
 俺達の世界ではそれぞれ階級があり、それは低い方から男爵、子爵、伯爵、候爵、公爵、大公。俺は男爵。それは十歳の時、そのソウルファイトで優勝して貰った。その時の年で階級を貰えるのは凄い事だ。確か最年少記録だった。
まぁ、その時はサファ兄も参加していなかったし俺が優勝できたのは不思議じゃない事だ。もしサファ兄がいたら俺は上位にも行けなかっただろう。
「俺は帰らないぞ。俺は『彼』を見つけるまで帰らない。確かに、今年は俺も出るから一回は帰るけど、それは夏休みになってからだろ?まだ帰る必要はない」
「・・・・・・そう。やっぱり断るか」
 ラミィは本当に残念そうに言う。
「じゃぁ、帰るか。俺達の用は終わった」
「ええ、そうね」
 そう言って二人は席を立つ。
 俺も二人を見送ろうと思い席を立った。
「じゃ、ルーちゃん、夏にまた会おうね」
「元気でな、ルージュ」
「ああ、二人も元気で。夏には必ず帰るから」
 俺は二人を玄関まで見送って、二人の背中を、見えなくなるまで見ていた。
 この日は風呂に入ってすぐに寝た。
 と、言っても既に時間は3時。仮眠といっても良い時間だった。
                                   
翌朝、俺は学校に行くと、衝撃を受けた。
なぜなら、俺の席の前、つまりは紅月白夜の席に、その本人が座っていた。
彼はむすっとしていて、機嫌が悪そうだ。いや、実際悪いのだろう。何せ俺があんな事を言って立ち去ったのだから。
恐らく彼は俺の事を待っている。彼がそれ以外に学校に来る理由がない。というか見当たりもしない。
「なんか、教室に入るの嫌だな・・・・・。あいつは気が付いていない様だし、今日は早退するか?」
 いや、まて。そんな事をしたらどうなる?彼はいつまでも俺を待つだろう。挙句の果てに誰か脅して俺の住所を聞き出しかねない。それの方がおれは困るんじゃないか?真や夏目に迷惑がかかるのも嫌だし・・・・・。
 俺は意を決して、教室に入った。
 すると案の定、彼の目に俺の姿が映ったようで、凄い形相でこちらに向かってくる。
 うわ~、怒ってるサファ兄より怖いかも、あの形相。さすがヤンキー。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 相対するが、お互い無言・・・・。
「こい、話がある」
痺れを切らしたのか、彼が俺を急かした。
「ああ」
 俺はこいつの言った事に従った。
 俺もここで話す気は無かったからだ。
 俺達は無言で廊下を歩く。
 階段をあがり、屋上へ上がる。
鍵がかかっていた様だが、それを器用にピッキングで開ける。
ある意味犯罪だが彼はこの学校の持ち主の甥だ。別に良いのだろう。ここを鍵で開けたっておかしくは無い。
外に出ると、春だからか日差しが強い。最近は学ランだと暑いぐらいだ。
俺は眩しくて眼に手で日陰を作る。
「やっぱり、太陽には弱いのか?」
 いきなり問われて俺は戸惑う。というか正直驚いた。
「別に・・・・。俺はそうでもない。小さいころは日本に居たからここの気候にも慣れている」
「そうか・・・・」
 気まずい・・・・!
「お前さ、あのサファイアとか言う奴の事好きなの?」
「・・・・・・・。いや、どちらかと言うと嫌いだ。いつも纏わり付いてウザい事この上ない」
「じゃぁ、あいつの血を貰っているのは何でだ」
 唐突に話が変わった。サファ兄の事に。
「俺が人間の血を吸ったとして、そいつが白だったらどうする?世界が壊れてしまうんだぞ?だから俺は人間の血は飲まなかった。お前は良かったよ、白じゃなくて」
 俺は心底安堵したように言う。
「俺の・・・・・・・いいぞ」
「ん?今なんて言った?聞えなかった」
「だから、俺の血のんでいいぞって言ったんだ」
「・・・・・・・・・え?」
 今、こいつは何て言った?
 血をあげる?そう言ったかこいつは。
「お前、何言っているのか分かってるのか?お前はこの俺に自分をあげると言っているのと同じなんだぞ。いいのか?」
「別に、いい・・・・」
「なっ!お前本当に後悔しないのか?俺はもしかしたらお前を殺すかもしれないんだぞ!」
「お前はそんな事しない・・・・と、思う」
「お前は俺を買いかぶりすぎだ!俺は冷酷非常な吸血鬼だぞ、人間みたいに優しい感情が当たり前にある訳じゃない。それでもお前は俺に血を与えるというのか?」
 俺は声を荒げ、怒鳴り散らした。
 彼は顔を俯けてこう、答えた。
「いい・・・・」
「・・・・そうか、わかった」
 俺は諦めた。
 こいつを説得することに。
 自分の欲を抑えることに。
「じゃあ、今、お前の血を貰っても良いな?」
「・・・・・・・え?」
 俺は彼の答えを聞く前に、彼を押し倒す。
「いいと言ったのはお前だぞ」
「ああ、俺はいいと言った。お前の好きにすると良い」
「良い覚悟だな」
 俺は少し笑って、彼の首筋に自分の唇を近付けた。
 俺が彼の首筋に触れると、彼の体がビクッと動く。
「くくっ、案外敏感なんだな」
「う、うるせーな!人に触れたことなんて無いんだ!」
「開き直りか。俺結構そういうの好きだぞ」
 俺はまた、くくっ、と笑い、行為を続ける。
 そして、俺はその鋭い牙を、彼の白い肌に刺す。
「―――ッ、・・・・・あっ!」
 彼の口から甘い吐息と声が上がる。
 彼は俺が分かるほど耳を真っ赤にしていた。
 実はというと、吸血行為は人間にとって快楽を与える行為なのだ。
 ヴァンパイア、つまり同族であるサファ兄は、痛みこそ感じるが、快感はないのだが。
「・・・・・くっ、あっ・・・何だ、コレ?昨日と違・・・・んっ!」
「吸血はな、人間にとって快楽なんだ。でも最初は殆ど痛みしかない。でも、今日は二回目だ。体が俺の毒になれて快感を感じるようになったんだな」
「え?・・・・なに?・・・・ど、く?」
 彼はもう、少しだけ快感に浸っているようだった。
 こういうのを淫乱というのだろうか?
「そう毒。そうだな、媚薬って言うと簡単かな?」
「び、薬?何で、そんなもん・・・・ッ!」
「そりゃ、暴れさせない為と、快感を味わって貰う為さ。俺だけ貰うなんてずるいだろ?」
「それは、そう・・・だな」
「・・・・ん、これ位で良いかな?」
 俺はそう言い、彼の首筋から口をはずす。
「もう、いいのか?」
 彼は少し物足りなさそうに言う。
「ん?何だ、まだして欲しいのか?」
「なっ!そんなんじゃない!」
「くくっ、照れ屋だな~」
「余計お世話だ」
 そう言って、ふんっ、と顔を背ける。ほのかに彼の耳が赤い。俺の言葉は図星のようだ。
「そろそろ、教室に戻るか。一時間目も終わっただろうし」
「そうだな」
「・・・・あ、そうだ」
 俺は教室に向かうはずだった足を彼の方に戻した。
「お前、俺と友達にならないか?」
「・・・・・・・・はぁ?」
「その間は何だ。その間は」
「それを確認するのかお前は?」
 そうだな、と俺は言う。
「お前の血を貰っているのだから、俺はお前から離れることは出来ない。ある意味運命共同体だな」
「俺もそう思う」
 俺達の考えは、至極まっとうな形でまとまった。



 俺達二人はそれから二ヶ月で、親友と言って良いほど仲良くなった。
 俺達はあれから殆ど毎日会った。勿論血を貰うと言う目的もあったが、それよりも彼、いや、白夜と話すのが楽しくて仕方なかった。
 あれから二ヶ月、俺と白夜はお互いの呼び方が変わった。
 俺は白夜と、彼は紅と呼び合うようになったのだ。
 さて、今日は俺と白夜が出会ってちょうど、二ヶ月になる、七月十七日の火曜日だ。
 そして俺はいつもの様に学校から直で白夜の家に行く。
 彼の家には、家政婦というものが無く、夜はいつもレトルトや、外で買ってきた物を食べていたらしい。
 なので、俺は彼の家政婦として家の仕事もしている。
 俺は王子にありながら、料理が得意だ。そして趣味と言って良いほどに、日常的にしている。
 そして今日の夕飯は俺の得意料理、オムライスだ。
「よし、出来た!」
 俺はそう言い、冷蔵庫からケチャップを出し、食器棚からスープ用の皿を二枚と、スプーンを二本取り出す。
 そしてスープ皿にミネストローネを入れ、ケチャップでオムライスに顔を書く。スプーンはオムライスにそえた。
「白夜~、皿運んでくれ~」
 俺は廊下に出てリビングの方向に声を掛ける。
「おー」
 リビングから声が返ってくる。
 しばらくして、白夜がパタパタとキッチンにやって来る。
「お?今日はオムライスか?相変わらず料理が得意だよな、紅は」
「それ、昨日も言ってなかったか、白夜」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ」
 俺は内心呆れつつ、白夜に皿を渡す。白夜はスープの皿を、俺はオムライスの皿を持った。力では俺の方が強いのは明白なのだった。別に白夜が弱い訳ではないのだが。
「で、紅は今日、どうするんだ?明日は学校の創立記念日で休みだから泊まるのか?」
「ああ、そうするつもり」
 俺は週末になると白夜の家に泊まっていた。ゴールデンウィークにはずっと彼の家に泊まっていたくらいだ。
 最初の俺達からは考えられない事だと、今の俺は思う。
「なぁ、そう言えばなんだけど、お前の実家ってどこなんだ?」
「ん?ああ、そうだな・・・・・秘密、だな」
「秘密か~。ちょっと興味出てきた、嫌でも吐き出させてやる」
「出来る物ならやってみろ」
 俺はそう言って、白夜を置いてリビングへ向かった。
 リビングにある机に皿を向かい合わせになる様に置いて、俺は椅子に座る。
 俺が椅子に座った直後、リビングに白夜が入って来て、俺と同じ様に皿を置き、椅子に座った。
「「いただきます」」
 俺と白夜は同時にそう言い、オムライスを食べ始めた。
「そういえばさ、紅は夏休みどうするんだ?」
 俺が三口目を食べようとした時、白夜が声を掛けてきた。
「ん?俺か?俺は実家に変えるつもりだけど。そう言うお前は?」
「俺は特に予定は無いな。実家もここだし。ところでさ、紅、本当お前の実家ってどこな訳?俺そこら辺について何も知らないんだよな」
「・・・・・・・・」
 俺は黙った。
 勘違いされたら困るので言うが、別に俺は自分の家がどこにあるか知らない訳ではない。勿論忘れた訳でもない。
しかし、俺はその質問に答えることが出来なかった。
「教え、られないのか?」
「あ、いや、そういう訳じゃない。ただ・・・・・」
「ただ、何だ?」
「ただ、お前の常識とかを覆してしまう事だから・・・・」
 最後の方は、自分自身でも聞き取るのが難しいほど小さかった。
「なに言ってるんだよ、お前が俺の目の前にいる時点で常識なんて覆っているような物だろ?何を今更」
「・・・・・そうだな」
 白夜の嘘偽りの無い笑顔を向けられて、俺はそれまで考えている事がバカらしくなった。
「俺の家はイギリスなんだ」
「へぇ、イギリスのどこだ?パリ?それともローマか?」
「いや、イギリス全体が俺の国。あ、間違い。親父の国、だ」
「・・・・・今、何て言った?俺の聞き間違いだよな?イギリス全体がお前の親父の国なんて・・・・」
「いや、本当だから」
「・・・・・・」
 今度は白夜が黙った。
 俺はそんな白夜を無視してスープに口をつける。
 お、案外このミネストローネ上手くいったかも?血の色だからという理由でこれにしたけど・・・・うん、これからもうちょっと作る回数増やしてみるか。
「あ、ついでに言うと、イギリス国民の約三分の二が俺みたいに人間ではない魔物と呼ばれる生き物だ。皆上手く擬態しているよな~」
「・・・・おい、それ本当か?」
「それってどれだ?親父がイギリスを治めている事か?それともイギリス国民の半分以上が人間じゃない事か?」
俺はオムライスを口に運びながら言う。
「その両方だ」
「それなら本当だ。俺がお前に嘘を付いてどうする?それにそんなに疑うなら自分の目で確めてみれば良いだろ?」
「ん?それもそうだな・・・・・・って出来るか!」
 白夜はオムライスを食べながらそう言った。
 だからご飯粒が俺にもろかかった。
「白夜、お前、俺に殺されたいのか?」
 俺はドスの利いた低い声で言う。
 今の俺は誰からどう見ても怒っている様に見えるだろう。
 なぜなら、俺は殺気を放ちまくりだからだ。
「いや、俺に悪気は無い、悪気は無かった!だからたのむ、許してくれ!」
「たのむで済んだら警察要らん!・・・そうだな、この後、覚悟しとけよ?」
 俺は笑顔でそう言ったが、その目は決して笑ってはいなかった。
「うっ・・・・・はい」
「よろしい」
 白夜は観念したようで、すぐに返事をした。
 そして俺達は、この後一度も喋る事無く、黙々とオムライスとスープを食べた。
                                   
「なぁ、何でいつもお仕置きが『コレ』なんだ?もっと他にあるだろう?」
「他って?例えば?」
「そうだな・・・・・肩を揉む、とか?」
「お前がやったら骨が砕ける。俺の治癒力も万能じゃないんだ。止めてくれ」
 俺は白夜の首筋に唇を近付けながら言う。
 そして俺は、首筋にある傷に合わせて、鋭い牙を押し当てる。そして、噛み付いた。
「―――ッ・・・・あっ!」
「くく、お前は相変わらず敏感だよな。いじりがいがある」
「俺で、遊ぶ・・・・なよ!」
「俺が言った事は事実だろう?」
「なっ・・・・んっ、ああんっ!」
 白夜はいつもより甘い声を上げた。
「なんだ、今日はいつもより敏感だな」
「んな訳ない、だろ・・・・!」
「ふーん、ま、俺は別に良いけど」
 俺は血を吸う勢いを強くした。
「―――ッ!・・・・んっ・・・・あんっ!」
 白夜がまた甘い声を上げる。
「やっぱり・・・・」
 俺は白夜には聞えない様にそう言った。
「え?何?何か、言った?」
「いや、いつもよりお前が可愛い声を出すな~って言っただけ」
「だから俺で、遊ぶなよ・・・・」
「面白いから良いじゃん」
「だからって―――ッ、あっ!」
 俺は一回強く噛み、それから首筋から口をはずした。
「・・・・いてーじゃねーか。後残ったらどうするんだよ」
「そんなへましねーよ」
 俺はそう言って。白夜の上からどく。
「白夜、明後日学校に行ったら、俺の言うとおりに行動してくれるか?」
「?別に良いけど・・・・どうしたんだ?」
「いや、今日のお仕置きって事で王様ゲーム?みたいにしようかと」
 これは嘘だ。白夜に余計な心配をされたくなくて嘘を付いた。
「別に良いけど」
 おい、いいのか!
 と、まあそんな訳で、俺達の休日はそんないつもの風景の様に終わっていった・・・・・。
 俺はこの後起こる事を、まだ知らなかった。
                                   
 そして休みがあけて木曜日―――・・・。
「なぁ、何でこんな所でこんな事する必要があるんだよ。俺は良いが、お前はばれたら駄目なんだろう?」
「大丈夫だ。いざとなったら俺の力でそいつの記憶を操作して俺達の情報を消す。そうすれば何の問題もない」
「そう言う物か?」
「そう言う物さ」
 俺達は今、学校の屋上に居る。そして俺が胡坐をかいて座り、その正面に白夜が片足を立膝にして座っている。
 今は昼休みなので、ここに居ても何の心配も無い。
 それに俺達の姿は結界を張っているので人間には見えない。
 しかしこの事は白夜には秘密だ。この後の白夜の反応が楽しみだから、と言うのもあるが。
「と、まぁそう言うわけで、いいだろ?」
「ああ、好きにしろ」
 白夜は学ランのボタンを上から二つ外す。
「じゃぁ、遠慮なく」
 俺はそれを見て白夜の首筋に噛み付いた。
「―――ッ・・・はっ」
「声、あんまり上げるなよ。誰かに聞かれたら困るからな。さすがに俺でも大勢の記憶は操作できない」
「ああ、わかった・・・・・んっ」
 白夜は咄嗟に口を手で押さえる。
「そんなに我慢出来なかったら俺の制服でも噛んどけ。ま、俺自身でも良いがな」
「お前な、よく、そんな歯の浮く台詞が言えるな・・・・ッ」
「そりゃ、王子だからな。こんぐらい言えないと女性は口説けない、だそうだ。親父いわく」
 親父も親父でそう言うこと手馴れているんだよな・・・・。どこであんなに口が上手くなったのか・・・・謎だ。
「お、来たか」
「・・・・・え?」
『バンッ!』
 その瞬間、屋上のドアが大きな音を立てて開かれた。
 俺は白夜から離れた。
「紅君、何してるの?こんな所で」
「見りゃ分かるだろ」
「ああ、見れば分かるさそんな事。でもね、こんな所でそんな事して良いと思ってるの?」
 真が、物凄い形相で睨んでくる。これが真の本性かと思うと・・・・本当に信じられないよな。
「思ってはいないさ。だけどな、お前が来る事は容易に予想できたよ。俺が学校で、しかも人が屋上に来る昼休みともなれば、な。お前は俺が人前で、または人が多い場所で俺が吸血を行う事にいつも大袈裟に怒っていたよな?」
「よく覚えているね。そんな十年以上前の事。そうだよ、僕は確かに人の多い場所での吸血には厳しく怒った。でもそれは、僕達の正体を守る為には必要な事だ。でもそれを王子である君が破るのは、駄目だと思った。だから怒ってでも止めた。それだけの事さ」
「それだけ、ね。でも、今回は『それだけ』じゃないだろ?」
 俺は立ち上がり、真の正面に立つ。
「白夜に何をした?」
 俺は真を睨みながら言った。
「何の事?」
「とぼけるな。真、お前白夜に何かしただろ。白夜からなんか変な臭いがすると思ったら・・・その匂いにまぎれて今まで分からなかったが、お前のにおいも混じっていた。正直に言え、白夜に何をした。返答しだいじゃ、真と言えど容赦はしない」
 俺は真を更に強く睨みつける。
「お、おい紅、これはどういう事だ?なんでこいつはお前の正体を知っているんだ?」
 驚いた表情で白夜が俺に質問した。
「こいつは清成真、またの名を、マコト・ヴィル・アレスタ。俺のいとこであり、お目付け役だ。俺がこの学校に、この町に来たのもこいつが居たから。ま、こいつは吸血鬼の血こそ流れているものの、力は無いと言って良い。しいて言うなら、王家の恥さらし、ってとこか。ま、これはお偉いさん達の言い分だけどな。真はあいつらが言うほど甘くも、弱くも無い。なんせこいつは、魔法使いの血が濃く出た、先祖がえりなんだからな」
 そう、こいつは、真は弱くなんか無い。それは俺が、俺が一番良く知っている事だ。それを大人達は・・・・・・。
 俺は歯を強く食いしばった。
「紅君、僕の事は良いんだ。僕の事なんかで君が心を痛める必要は無い。それよりも、今は君達の事だ。紅月君、君は紅君の事をどこまで知っているのかな?」
「俺が、俺が知っているのは、いつも明るい、元気な紅だけだ。闇の部分は知らない。でも、俺達はまだ知り合って二ヶ月だ。今まで知った事よりもこれから知っていく事の方がきっと多いと思う。・・・・だから、俺は紅の事をまだ良く知らない。それが答えだ」
「うん、君らしい答えだね」
 真は笑顔で白夜にそう言った。
「でも、それじゃ紅君を任せられない」
 途端、真の表情がとても冷たいものに変わる。まるで氷の様な、そう表しても良いほどに真の表情は冷たかった。
「おい、どういう事だ。お前、サファ兄に何か言われたのか?」
「言われたよ。『紅月白夜を、試してルージュに相応しくない場合、そいつを殺せ。そいつの事は人間の記憶から抹消せよ』とね。僕はそれを承諾した。僕はサファイア様には逆らう事が出来ないからね」
「真、お前・・・・」
「おっと、僕は紅君を相手にはしたくないんだ。だから、ちょっとそこで見学でもしてて」
 真が上着から杖を取り出し、それを振った。
 すると俺の目の前に透明な壁が立ちはだかり、俺を囲んでいく。そして俺は結界の中に閉じ込められたのだ。
「・・・・ッ、くそ、こんな所に閉じ込めやがって・・・・・。これじゃあっちの声もこっちの声もあいつらには届かない―――」
 俺はただ二人を見守る事しか出来なかった。
「でも、俺には相手の口の動きを見れば・・・・・」
 俺は小さい頃、身を守る護身術として、読唇術を習った事があった。今でもそれは覚えている。
 唇の動きを見ると、二人はこう言っていた。
『清成、お前俺を殺すつもりなのか?』
『いや、それは君と二人で話すための口実だよ』
『嘘を吐いた、と言う事か?』
『そう言う事になるね。でも、サファイア様に君と紅君の事を任されたのは本当だよ。殺せとは言われていないけどね』
 真・・・・なぜそんな事を?なぜ白夜と二人きりで話す必要があったんだ?
『なぜ、お前は俺と話す必要があったんだ?』
 白夜は俺と同じ疑問を持ったらしい。
『僕はね、君を知りたかったんだ。一体君が何者なのかをね・・・・。正確に言うと、君ではなく、君のお祖父さんについて、なんだけどね』
 白夜のお祖父さん?なぜその人の事を真は知りたがるんだろう?
『俺の祖父さんについて調べたのか?』
『うん、そうだよ。僕は、紅君が興味を引く人間である君が不思議でならなかった。だから君について調べたんだよ。そしたら、君のお祖父さんが僕達の世界で有名な陰陽師、白崎白狐(しろさきびゃっこ)だと言う事が分かった』
『!・・・・そうだ、俺の祖父さんはその白崎白狐だ。でも、それが紅に何の関係があるんだ?』
『その白崎白狐が紅君に関係おおありの人間なんだよ』
 白崎、白崎白狐、だと?
 いやだ、思い出したくない・・・・・。
 思い、出したくない!
「いやだ、いやだ!俺は、俺は思い出したくない―――ッ!」
 そう叫んだ瞬間、結界が破られた。いや、俺が無意識の内に破ってしまった。
「え・・・・?紅君?」
 驚いた。いや、それよりも何かに怯えたような表情を、真はした。
 でも俺にはその声が、もう聞えなかった。
 そして目の前も暗く、暗く、見えなくなる。
「白狐―――ッ!」
「まずい!紅君悲しみで我を忘れてる。僕じゃ、僕じゃ紅君を止められない!」
 真はそう叫んだ。
「おい、どういう事だ?紅はどうしたんだ?」
「紅君にとって、白崎の名は禁句なんだ。だから僕は外の声が聞えない結界の中に閉じ込めた。まさかそれが意味の無い物なんて・・・・」
「・・・・あ!そう言えばあいつ、昔護身術の一貫で読唇術を習った事があるって言っていた様な・・・・」
 白夜は顎に手を当てて、そう呟いた。
「まさかそれで僕達の口の動きを・・・・!」
「だとしたら紅は祖父さんの名前を聞いていたという事か?」
「そういう事だね」
 二人はあくまで冷静に言った。
「どうすれば良いんだ?紅を止めるには」
「それは・・・・・・」
 真は言葉を濁した。
「知っているんだな?教えろ。俺はあいつを、紅を助けたい」
 白夜は真っ直ぐに真の眼を見て言った。
「君のその覚悟と、紅君を助けたいと言う気持ちは受け取った。でも、だからと言ってこれを教える事は出来ない。人間である君には危険すぎる」
「今はそんな事を言っている場合じゃないだろ!いいから教えろ、俺は危険でも何でもやってみせる!」
「・・・・分かった」
 真は少し考えてから言った。
「紅君を止める方法は二つある。一つは紅君の意識を白崎白狐以外に向ける事。そしてもう一つが、紅君を、殺す事だ」
「なっ!後者は無しだ!絶対に!」
 白夜は激しく怒った。
「うん、それは僕も分かってる。僕だって紅君を殺したくは無いからね」
「だったら言うな」
 その言い合いをしている間も、俺は叫び続けた。いや、嘆き続けた。
「いやだ、いやだ―――ッ!白狐、俺を、俺を置いて行かないでくれぇ!白狐、俺はお前が居ないと何も、何も出来ない。俺を一人にしないで!」
 それは悲しい悲しい嘆きだった。俺は自分が何を言っているのか、何をしているのか、何をしようとしているのか分からなかった。でも、無意識にその頬には大量の涙が流れた。
「白狐~ッ!何で、何で俺を一人にしたんだ!俺は、俺は・・・・!」
「紅!紅しっかりしろ!」
 白夜は俺の肩を強く揺さぶる。
「白狐・・・・?」
「・・・・え?」
 俺は白夜の姿を見て白狐と呟いた。
「白狐、やっと、やっと俺の元に帰ってきてくれた!白狐!」
 俺は白夜に抱きついた。俺の眼には彼が白狐に見えていたのだろうか?分からない。俺には白狐についての記憶が無かった。この時は・・・・。
「おい、紅。何言ってるんだ?俺は白夜だ!白狐じゃない!」
「白狐、もう二度と俺を一人にしないでくれ。俺は、お前が居ないと・・・・」
 そう言って俺は、白夜にキスをした。
 側に居た真は眼を見開く。そして白夜も。
「紅君!だめだ!そんな事をしたら紅月君が!」
 真がそう言った瞬間だった。
 白夜が、ゆっくりと倒れたのだ。
 彼の顔は白い。それはいつもの事だ。でも今は少し違う。彼の顔色は青白いのだ。そう、まるで死人の様に・・・・。
「・・・・・白、夜?」
 俺は白夜のそんな姿を見て我に戻った。
「白夜?おい、白夜!白夜―――ッ!う、うああああぁ!」
 俺は白夜を揺さぶる。でも、白夜は起きる事は無かった
 もう二度と大切な人を失いたくは無かったのに。なのに俺は、俺は・・・・!
「―――ッ、真、これはどういう事だ!?俺は、俺はこいつに何をしたんだ?」
 俺は誰から見ても分かるほど動揺していた。
「紅月君は悲しみで我を忘れた紅君を止めようとして、それで・・・・」
「俺がこいつを傷付けたと言うのか?」
「・・・・・」
 真は黙った。きっと俺には言いたくは無かったのだろう。
「そうか・・・・」
「・・・・って、紅月君をこのままにしとくのは不味いよ!このままだと紅月君死んじゃう!」
「そうなのか?それなら早く言えよ!・・・でも、どうするんだ?救急車を呼ぶのか?」
「呼ぶしかないでしょ!」
 そう言って真はズボンのポケットから携帯を取り出す。
 そして119のボタンを押す。
 すぐに電話は通じた様で、俺の横で喋り始める。
「あ、あの救急車一台お願いします。はい、はい。場所は条聖男子高校です。はい。状態はかなり瀕死状態です。息もしていますし、心臓も動いていますが脈が弱いです。はい、はい分かりました。はい」
 そしてプツリと通話は切られた。
「紅君、救急車十分もかからず来るって」
「ああ。分かった・・・・・」
 俺は上の空で答える。
 俺は白夜の手を握りる。その手はとても冷たかった。
「俺は・・・なんでこんな事―――・・・ッ!」
 俺の頬にまた、涙が流れる。でも今度は、一筋だけだった。それは、俺がこいつの事をそれ程大切に思っていないからなのか、それとも、涙が流れないほどこいつの事を大切に思っているからか・・・・。
 今の俺にはその答えは出そうにも無かった。
「あ、そう言えば、結界張りっぱなしだ!これじゃぁ、救急車が来ても屋上に入れない!」
 今思い出したかのように真が言う。
 でもそれを口にする必要は無かった。俺が気付かない間に解いておけば良い事だ。でも、あえてそれを口に出したという事は俺を元気付けているつもりなのだろうか?
「真、ありがとうな」
 俺は真に聞えないようにそう言った。
「?何か言った?」
「いや、何でもない」
 俺は真のおかげで少しだけ落ち着く事が出来た。
                                    

「・・・・ん」
 眼が覚めると俺は真っ白な空間に居た。ベッドが一つの個室だ。
 ここは病院だ。白い場所といったらそこしか思い付かない。
「そうだ、俺白夜と一緒にここに来て泊まってたんだった・・・・・」
 その瞬間ガラっと、病室のドアが開かれた。
 俺は咄嗟にそっちの方を見た。
「あ、紅君・・・起きたてたんだ」
「ああ、マコトか。今何時だ?」
「え、えーっと」
 マコトは慌てて腕時計を見る。
「夜中の十二時だけど・・・」
「そうか。ところで、白夜の容態は?」
「大丈夫、命に別状は無いけど、1週間は入院が必要だって。ドクターが言っていたよ」
「思ったより軽くて良かった・・・・・」
 俺は安堵の息を吐いた。それにしても、俺はいつの間に眠ってしまったんだろうか?
 俺は、ベッドの方を見る。そこにはさっきよりも顔色が良くなった白夜が静かに寝息を立てて眠っている。
 俺は白夜の手を取り、言った。
「白夜、早く目を覚ましてくれ。俺はお前に言わなくてはならない事があるんだ。だから、早く目を覚ましてくれ」
 俺に気を使ったのか、マコトは自分の荷物を取って病室を出て行った。
 俺は白夜の手を握ったまま、顔を俯けていた。
 なんとなく、白夜に今の俺の姿を見せてはいけない様な気がしたからだ。
 そのままの姿勢でどの位経っただろうか。少し、日が出てきた、そんな時間帯だった。
「・・・・・紅?」
 俺を今現在、『紅』と呼ぶのは一人だけ。サファ兄も、ラミィもそしてマコトでさえ俺の事をそうは呼ばない。
 そして、そう俺を呼ぶのは・・・・・
「白、夜・・・・?」
 俺は俯けていた顔を上げる。
 そこには俺を優しい表情で見る白夜が居た。日の出に照らされて、まるで天使の様に俺は見えた。
「良かった・・・・!本当に良かった!」
 俺の頬には安堵の涙が次々と流れていく。
 その涙を白い綺麗な指がさらって行く。勿論白夜の指だ。
「泣くなよ、紅。お前に涙なんて似合わない。笑ってくれ」
「・・・・そうだな」
 俺はそう言い、涙を拭う。そして出来る限り笑ってみせる。
「うん、やっぱり紅には笑顔が良く似合う」
「・・・・ありがとう」
 俺は思わず俯いてしまった。白夜にこういう事を言われる事に俺は慣れていなくて、どうしても照れてしまう。
「紅が照れるの珍しいな。お前が俺を苛めたくなるのも分かる」
「分かるな!」
 俺は思わず叫んでしまった。
「紅、ここ一応病院。静かにしろ」
「あ、はい。すみません」
 俺は素直に謝った。今のは俺が明らかに悪かった。
「・・・なぁ、紅」
「ん?何だ?」
「何で俺は倒れたんだ?俺、お前を止めようとして、そしたらお前に・・・・キ、キス・・・された」
「・・・・・・はぁっ?おい、嘘だろ?俺が、お前にキスしたって言うのか?」
 俺は否定した。思わず、反射的にと言っても良い。それは決してありえない事だったからだ。
「本当だ。何でお前にこんな嘘を吐かなきゃならないんだ」
「そ、それもそうだな・・・・」
 俺は戸惑う。普通、嘘じゃないと言ったら、安心する物なのだが、俺は逆に動揺した。
「・・・それで、俺がお前にキスしたって、真が知ってたりするか?」
「そりゃ、現場に居たからな。知ってるだろ」
「うわああああああ、最悪だ!あいつに見られるなんて!絶対国に無理矢理帰らされる!」
 俺はまた白夜に「うるさい」と、注意される。そして俺は「ごめん」と返す。
「・・・・おい、今何ていった?『国に帰される』?どういう事だ?」
「あ・・・それは・・・」
 俺は言葉を濁し、眼を背ける。
「おい、答えろよ。それに人と話す時は相手の目を見て話す!」
 そう言って、無理矢理俺の顔を自分の方に向けさせる。
「今から俺が聞くことに嘘を吐かず正直に話せ。いいな?」
「はい・・・・」
 俺は無理矢理白夜の眼を見せられ、逆らう事が出来なかった。
 白夜は俺が逆らわないと思ったのか、顔から手をはずす。
「じゃぁ、まず、何で国に帰らされるんだ?」
「うっ!それは・・・・」
 一番聞かれたくない事だった。
「『それは』・・・なんだ?」
「俺が誰かとキスして、それが人間の場合、俺達側には都合が悪いんだ。だから俺を連れ戻そうとするんだよ」
「・・・・・そうか」
 白夜は聞いてはいけない事だと思ったのか、顔を俯ける。
「俺はあの国を出ても結局、あの国に縛られているんだよな・・・・」
 俺は思わず口に出してしまった言葉を取り消したくなった。
 それは弱音でしかない言葉だった。いや、弱い部分と言うべきか・・・。
「俺、本当はあの国出て、一人で生きて行きたいんだ。一人の人間として。いや、俺は人間じゃないんだけどな・・・」
 俺は苦笑を浮かべながら言う。
「そんな事無い。お前は確かに体とか家とかは人間じゃない。でも、お前の心は人間だよ。れっきとしたな」
 俺は、また涙を流した。俺は今日ほど涙を流した日は無いかもしれない。
「紅、お前今日はよく泣くな。どうしたんだ?涙腺でも緩んだか?」
 そう言って、白夜はまた俺の涙をすくう。
 本当に今日は白夜に慰めて貰ってばかりだ。いつもは俺が白夜を苛めて楽しむ方なのに・・・・。
「なあ、紅。俺の祖父さん、白崎白狐とはどういう関係なんだ?」
「白崎、白狐?誰だそれ?」
「は?何、お前知らないの?お前が小さい頃そいつに会っているだろ?」
「いや、そう言われても・・・俺、産まれて三十五年くらいの記憶が無いんだ・・・。だから、その間の記憶を聞かれても・・・」
 先程、真が白崎白狐は有名な陰陽師だと言っていたが、俺にはそんな話一度もしたことが無かった。いや、された事が無かった。陰陽師だという事は、本当に知らなかった。ましてや白夜の祖父だなんて事も・・・。
「・・・・ちょっと待て。お前今、三十五年くらいの記憶が無いって言ったよな?お前一体いくつだ?」
「あれ?俺言ってなかったか?俺は今年で百六十歳だ。あ、ちなみに真は百五十四歳」
「・・・・俺の祖父さんに会っている時点で気付けばよかった。俺の祖父さん、親父が生まれてすぐに死んだのに、その時産まれてもいないお前に会う訳無い・・・」
 白夜はそう言って顔を俯ける。
「おい、白夜大丈夫か?」
「ああ・・・・」
 顔を俯けてしまった白夜に、俺は問い掛けるが、なんとも言えない答えが返ってくる。
 俺は顔を上げた白夜の顔色が思わしくなかったので、心配になり、俺は「本当に大丈夫か?顔色が悪いぞ」と聞いた。
「これはお前のせいだ」
 俺にはその言葉は聞えなかったが、思っている事は分かった。俺の発言が悪かった事は・・・・。
「お前知らなかったのか?普通吸血鬼は長生きだろ?」
「それはそうだがな・・・・。その見た目で俺より年上なんて普通思わないだろ?近頃の吸血鬼は人間と同じ寿命だって噂もあるし・・・」
「噂を鵜呑みにするなよ・・・」
 俺は呆れて物も言えなかった・・・・。
 人との混血じゃない限り、俺達の寿命は短くはならない。半分でも最低二百年は生きるし。
 4分の一位じゃないと人と同じ寿命にはならないと、俺は思う。憶測だが。
 まぁ、それでも、俺達の治癒力は最低限残るが・・・。
「なあ、本当に祖父さんと会ったこと無いのか?」
「くどいな。会った事は無いと言っている。ま、記憶が無い間に会ったのかもしれないがな・・・」
 俺は苦笑っぽく笑いながら言った。
「ほら、もう寝ろ。体調まだ万全じゃないんだろ?」
「お前がそう言うなら・・・・」
 白夜は俺の言う事を素直に聞いてくれた。
「おやすみ、白夜」
「おやすみ、紅」
 すると、紅はすぐに静かな寝息を立て始めた。
「・・・・ごめんな白夜。俺のせいでこんな事になって。本当にごめん」
 白夜の目に掛かった髪をどけながら俺は言う。
 そして俺は静かに病室を出て行った。
「このままお別れする気?紅君」
 病室の扉を閉めたと同時に、扉の横にいる真に声を掛けられた。
「彼に嘘まで吐いて、どう言うつもりなの?」
「俺の記憶が無いのは本当だろ」
「違うよ。僕が言っているのは白崎白狐の事」
「・・・・・」
 相変わらず勘が鋭い。と言うか、真は俺達の話を聞いていたのだろうが・・・。
「俺は、白狐の事はたった一つの場面しか覚えてないんだぞ?それを知っていると、覚えていると言えるのか?」
「少なくとも、多少とも覚えていると言えばよかったんじゃないの?それが彼を落ち着かせたかもしれないのに・・・」
 きっと真は白夜の事をそれ程心配はしていないのだろう。この言葉は白夜を心配してではない。俺を、俺の心を心配して言ったんだ。
 真はいつでもそうだ。俺を心配して無理をする。そのせいで真はよく高位の人達に嫌味だの酷いいじめなどをされていた。
「良いんだこれで。俺は、これで良いんだ」
「じゃぁ、彼の事心配じゃないの?君が居なくなった後の彼はどうなるのか、想像つかないの?」
 真・・・お前は俺にここに居て欲しいのか?あいつの、白夜の為にここに居ろと、そう言いたいのか・・・・?
「俺はお前がなんと言おうとこの国を出て行く。俺はあいつが嘆こうが悲しもうが、笑おうが、お前があいつに薬を盛ろうが、どうでも良い」
「嘘だ!君はそんな非情じゃない。それに、君は、紅君はあの人間の事が・・・」
「言うな!分かってる・・・・分かっているさ、そんな事。俺自身の事だ。俺が一番良く知っている。でも、それは叶わない事だ。それならこのまま別れた方が、よっぽど良い」
「紅君・・・・・。本当に、本当にそれで良いの?それで後悔しない?確かに、今回の事は僕が彼にあんな事をしたから起きた事だけど、それを紅君が背負う事は、無いと思う」
 真・・・お前は優しすぎる。人間としても、勿論吸血鬼としても・・・・。
 俺達の世界でそれは命取りになる。それを分かっていて、いや分かっているからこその優しさか・・・。悲しいな。
 今俺達の世界には非情な奴、無感情の奴、勝つ事にしか興味が無い奴、狂戦士、だけどそういつらはそれぞれ戦いを喜んでいる。それを真は否定した。だからこそ優しいままでいられる。
「真、俺はたとえ後悔しても、自分で選んだ道を行きたいんだ。俺はいつも親父に命じられるまま生きてきた。だから俺は出来る限りの事は自分で決めたいんだ」
 俺は出来るだけ笑って言った。でも、真から見ると引きつって見えているかもしれない。
「・・・・分かったよ。紅君の好きにすると良い。僕はもう何も言わないよ」
「ありがとう、真。白夜の事、よろしく頼むな」
 俺はそう言い、真の前を通って、出口へと向かった。
 外に出ると、空にはまた、真ん丸な月が浮かんでいた。
「別れにはちょうど良い日・・・・だな。でも、嫌な日だ」
「ルージュ、迎えに来たぞ」
 暗闇からサファ兄がゆらりと現れる。
「ああ、今行く」
 俺はサファ兄の言葉にすぐに応えた。
 今の俺に思い残しは無い。俺にはただあいつの幸福を願う事しか出来ない―――。
「さようなら、白夜。お前に会えて良かった」
 俺はそう言い、もう一度病院を見てからその場を後にした。
 涙が一筋、頬を伝った。
 さようなら、白夜。俺は・・・・・・
「お前が好きだったよ―――・・・」

・・・・・数日後・・・・・・・・
あの後、サファ兄が学校に退学届けを出してくれたので、俺は白夜が退院する前にこの国を出立する事が出来た。
結局、夏目やクラスの皆、そして白夜にもお別れの挨拶をする事は出来なかった。いや、わざとしなかったのだが・・・
『コンコン』
 窓の外を眺めながら物思いに耽っていると、誰かが部屋のドアをノックした。
 でも俺は無視した。
 それが誰だか俺には分かっていたが、今は誰とも会いたくなかった。
 しかし、それが使用人と言う事はありえなかった。なぜなら、今俺が誰とも会いたくないことは俺付きの執事、ネルセに言ってあるからだ。だから、この部屋に使用人が訪ねて来るなど、命令無視も良いところだ。
『コンコン』
 ドアをノックする音は続く。
『コンコン』
 まだ続く。
 だんだん俺はイラついてきた。
『コンコン・・・・ガチヤ』
 何度目かのノックの後、扉が開かれた。しかも俺の了承無しに。勝手に。
 そして、入って来たのはサファ兄だった。
「サファ兄・・・・」
「ルージュ、居るなら返事ぐらいしろ。心配するだろ?」
 サファ兄は本当に心配そうな瞳で俺を見る。
「悪い、一人になりたかったんだ。それに、その事はネルセに言っていたから・・・・」
「そうだったのか?じゃあ俺も謝らなければいけないな。すまん。今帰ってきたから知らなかったんだ」
 サファ兄は俺をここに送るとすぐに仕事でどこかに行ってしまった。ラミィもどこぞのパーティーにお出かけ中だ。
「別に、サファ兄なら良い・・・・」
俺の声は暗かった。それは自分でも分かるほど・・・・・。
「なぁ、今日ついでで日本に寄ったんだが・・・・」
「え・・・・?」
「あの人間、マコトを連れてあの国を出たらしい」
「なっ!それは本当なのか?」
 だとしたら・・・・・
「不味い・・・・あいつ、絶対にここに来る」
「?どうしてそう思うんだ?」
「俺、あいつに母国がイギリスだという事を言ってしまったんだ。それに、マコトを連れているという事は、遅かれ早かれここに辿りついてしまう・・・・」
「ルージュ、お前はバカか?我々の居場所をそう簡単に教えてどうする。他の人間に知られでもしたら大騒ぎだぞ」
 ゔ・・・・!
サファ兄の言う事はごもっともだった。
「た、確かにサファ兄の言う事は正しいけど、俺にとってあいつは俺の正体を知っても友達で居てくれた数少ない人間だ。だから、出来るだけあいつに秘密を作りたくなかったんだ」
 俺の周りにいる者など、俺の表面、作り物の俺しか見ていない。
 それに、俺は殆どの人間に、自分の正体を言うほど、信用の感情は抱いていない。
「ルージュ、お前の気持ちは俺にも分かるさ。だけどな、それを言ったらお前は一体いくつの人間に自分の正体を明かさねばならなくなるんだ?」
「俺が友達と言えるのは白夜だけだ。それ以外は他人同然。風景と同じだ。マコトだって、ただのお目付け役としか認識していない」
「・・・・・お前らしいな。相手の為に自分が本当は思っていない言葉を言う。嘘を言う。それはお前のいい所でもあり、同時に悪い所でもある」
 サファ兄は俺を真っ直ぐに見て言った。
「俺はただあの人間を見に行った訳ではない。ついでだが、お前の級友達とも会ってきた」
 なっ・・・・!会って来た、だと?それはつまり、言葉を交わしたという事か?
「夏目、と言ったか。あの人間、お前に事をそれは心配していたぞ。それに、あいつは『なぜそんな心配になるんだ?あいつとはたったの二ヶ月弱の付き合いだろう?』と俺が聞いたらこう答えたんだ。

『友達だから当たり前だろ』

とな」
「・・・・・・」
 俺は言葉を発する事が出来なかった。
 俺はうれしかった。うれしくて、言葉を発する事が出来なかった。
「『友達だから』・・・か。俺の事を、人間だと信じて言ってくれたんだよな・・・」
 俺はうれしかったが、それと共に悲しかった。夏目に本当の事を言う事が出来なくて。
「その夏目と言う人間、お前の正体に気付いていた様だぞ」
「・・・・・え?なんで―――」
「お前が白夜と言う人間の血を吸っている所を見たらしい。それも何度も」
 あ・・・・そう言えば、俺人目が無さそうな校舎裏とかでよくあいつの血吸ってたな・・・・。まさかそれ見てたんだろうか?
「でも、なんで夏目はその事言わなかったんだ?夏目の事だから誰かに言う様な事はしないだろうけど・・・・」
「怖かったそうだ。お前と友達で無くなるのが、お前がいなくなる事が」
「・・・・・夏目がそう言ったのか?」
「そうだ」
 あいつは、俺を怖がらなかったんだな・・・・。それよりも俺と友達で居たいと望んでくれた。
「サファ兄」
「なんだ?」
「俺、日本に帰るよ」
「分かった。父上には頃合いを見て俺が言おう」
 サファ兄は、俺の言う事を予想していたようで、あっさりと了承してくれた。
 昔からサファ兄とラミィは、自分の要望を言ってもそれを俺に押し付ける事は無かった。あくまで俺の意志を尊重してくれたのだ。今も昔も、俺にとってそれはとてもありがたい事だった。
 こうやって、俺があの国に行けたのも、帰る事が出来るのも二人の存在があってこそだ。
「サファ兄、もしここに白夜が来たらこう言ってくれ。『俺は、いつもの場所に居る』ってな」
「了解した。伝えておく」
 サファ兄は何故か笑顔だった。普段感情を表にあまり出さないサファ兄が・・・・珍しい。
「ん?何だ?俺の顔に何か付いてるか?」
「い、いや!何でもない。あのさ、サファ兄」
「今度は何だ?」
「ありがとう」
 俺は満面の笑みでそう言った。
「・・・・いや。兄として当然の事をしたまでだ」
 何だろう今の間は。
 間をあけて話すなんて、それこそ珍しい。
「じゃあ俺、もう行くな」
「ああ。気を付けていけよ」
「分かってるよ」
 俺は帰ってきてからずっとそのままにしてあったスーツケースを持ち、部屋を出て行った。
 目的地は日本。飛行機で早くても半日はかかる。
 俺の脚は軽かった。
 まるで、飛んでいるように・・・・。

紅と白が出会う時

はじめて投稿をしてみました。
ちなみにこれはまだ続きますのでよろしくお願いします。
ちなみに題名は同じです。

紅と白が出会う時

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-07-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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