たい焼き

たい焼き

不思議な力

普段どうりの通学路。なにも変わらない風景を見ながら帰っていると、普段はないたいやき屋さんの屋台があった。見つけた途端、たいやき独特の匂いが私の鼻をくすぐった。
「はーいいらっしゃい」
声を掛けてきたのは白髪交じりの短髪に真っ黒に日焼けしたまだまだこれからそうなおじさんだ。
「チョコ、カスタード、白あん、黒あんがあるけど、なにがいい?」
一つずつ手で指差しながらおじさんが言った。どいつもこいつもいい色に焼けていて、こっちを見るその目は買って買ってと言っているように見えた。
「オススメはなんですか?」
「オススメはカスタードかな。単純におじさんが好きなんだ。その次はチョコ。こっちはお嬢ちゃんぐらいの若い子に人気だね。そして何と言っても餡子系。たいやきと言えば、だよな」
「なるほど…」
結局おじさんのオススメは全部らしい。
「じゃあ…カスタードください」
「あいよ。じゃあちょうど今焼いてるのあるから、それをやろう。これがまたうまいんだ」
ニコニコしながら言うもんだからこっちまで嬉しくなった。たいやきの形の鉄板がぱかっと開き、中から純金に輝くたいやきたちが出てきた。大げさな表現かもしれないけど、少しお腹も減ってたことと、漂う匂いの相乗効果がフィルターになって私にそう見せたんだと思う。さらにその中からおじさんが選んでくれた一番美味しい奴を袋に詰めてもらった。
「じゃ、食べ歩きは禁止してるから、家に帰ってから食べな。早く帰って、熱々のうちに食べてくれよ」
「はいおじさん。ありがとう」
そう言って100円を台においた私は、その屋台を後にした。

屋台を出てからもいい匂いが続くのは私が持っているこの純金のたいやきが発する甘い匂いなのだろう。もう今すぐにでも食べたい。その衝動を我慢しながら一歩一歩帰路を進む。
『早く帰って、熱々のうちに食べてくれよ』
脳内でおじさんの声が聞こえる。
『早く帰って、熱々のうちに食べてくれよ』
純金のたいやきがこちらを見ている。
『早く帰って、熱々のうちに食べてくれよ』
私の足はいつの間にか駆け出していた。

軽い。体が異様に軽い。今までは重りを付けて生活していたのかなと錯覚するほどだ。1人、2人、3人、4人と、次々に抜いていく。10mさきの横断歩道の信号が点滅している。私はさらにギアを上げて、2人抜いた。信号が赤に変わる直前、私の足はすでに横断報道に触れている。セーフだ。向かいで立ち止まった高校生集団を抜けて、私はさらに加速した。
直線のルートが終わると、普段は帰らないような裏路地に入った。頭の中で正確な地図を思い浮かべて、こっちの方が早いことを確信する。空き缶、水たまり、ゴミの山をうまく抜けると、前方にフェンスが見えた。しまったと思いながらも、私の足は止まらない。次の思考へとシフトチェンジし、横に積んである空き瓶を入れる箱に乗りながらそれ伝いに飛び乗っていく。私の感が正しければ、フェンス直前にある4段箱に飛び移れれば、なんとか超えられるはず。
順調に箱に飛び移っていき、いざ四段箱に向けて飛んだ時、踏ん張った箱が少し動き、力がうまく加わらなかった。ギリギリ四段箱に乗れるが、次の一歩が致命的になると読んだ瞬間、私の体は四段目を踏み飛んだ瞬間に回転していた。人生でまだ経験のない運動を体がおこなっている。着地の仕方も分からないはずだが、体が勝手に教えてくれた。フェンスと体はギリギリぶつかることはなく、越えた後に1回転半を決めて着地した。そうこうしている間に路地を抜けて、光に照らされたころには、家の裏手についていた。私ははやる気持ちを抑えつつ、玄関から家に入り、純金のたいやきを口いっぱいに頬張った。

たい焼き

たい焼きファンタジーです。

たい焼き

(…たい焼き食べたいたい焼き食べたいたい焼き食べたいたい焼き食べたい)

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-07

Public Domain
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