飽きのこない飽きた味

「ど~すっかなぁ」
何となく呟いてみた。
勿論、これでどうにかなるんじゃないかな~何て事はこれっぽっちも思っていない。てゆーか、マスターに睨まれました。はい、すんません。
残りわずかになったお酒をチビチビ。このバー、安いからこんな俺でも一杯は飲めるんだよな。ひゅう、嬉しい! 
「そうだよな、呟いただけで無くなりゃあ、苦労しねぇよな……」
今、俺の頭を埋め尽くしているのは、「借金」の一言である。うむむ。ゆーうつ。
いや、本当に憂鬱なんだぜ? あと一歩で破滅なんだぜ? 俺。
なのになんでこんなにポジティブなんだろな俺。やっぱ誰かがどうにかしてくれるとか思ってんのかな俺。物事の良い事ばかり考えちゃうんだぜ俺。
だから騙されるんだぜ俺。
そう。
騙されたんだぜ、俺。元(ここ重要!)・親友に。
「な、頼む、保証人になってくれよ、お前しかいねえんだよ!」
何て言われたら断れねぇじゃん! 断れるわけないじゃん!
そして良いよと言ったのが間違いだった。
そいつは蒸発、んで、俺が借金背負わされましたとさ。ちゃんちゃん。
……ちっともワラエネェ。
「どうして俺なのかなぁ?」
簡単だ。馬鹿でいいカモだったから。お人好しで人を疑わなかったから。
「あのねぇ、たまには人も疑わないと駄目よ。痛い目に遭うわよ?」
うん、そうだったよ、母さん。
いつまでたっても純真無垢で馬鹿正直だった俺によくそう諭した母。
俺と同じく純真無垢馬鹿正直だった父親と俺の相手に疲れたのか、七年前に死んじゃったけれど。
畜生あの酢豚が食いてぇ。昔は飽きて飽きて仕方なかったのに(だって毎日出るんだもん。給食で酢豚が出た時は死ぬかと思った)。
そして三年前父さんも死んでさ。結局もう頼れる人なんて居ないんだよな。俺には。
……あー暗い暗いくーらーいー。はい、リセット。俺の脳、走馬灯やってないで今の状況を何とかしましょー。出来ないけど。あは?
「……隣、良いですか?」
お、美人ちゃん発見。で、俺に話しかけてる。何これ、こっから愛が芽生える的なノリですか?
「宜しいですか?」
「あ、どーぞどーぞ」
てゆーかこの子ほんとに成人? 学生じゃないの? 童顔ですと言われればそれまでだけど。
にしても美人さんだねぇ。しっかりしてそう。こんな子嫁にもらったら絶対俺みたいなのになんないよな。その前に旦那にしないか俺みたいのは。
「ご注文は?」
「酒が入っていない物であれば何でも」
何だその注文。マスターも怪訝そうな顔をしてたけれど、すぐ「かしこまりました」と去って行った。すげぇ、さすが商売人。でも俺はそんな器用な真似はできませーん。
「ねぇねぇ、」
「はい」
うお律儀。つーか俺の特技であるマシンガントークが出来ない。唯一の特技なのに。
まあいいや。立ち直りも早いのボク。
「君ってホントに成人?」
「いいえ」
うお、即答。つーか罪の意識とか感じてないよねこの子。一応駄目だよね?
「私は酒を嗜む為にここに来たわけではないのです」
はぁ?
うん、今俺超マヌケな顔してる。確信できる。
「じゃあ、何の為さ」
ここでマスターが「お待たせしました」と何か持ってきた。緑茶か。緑茶だな。シブいねぇ、もうちょっとトロピカルな感じの無かったのかね?
でも彼女は「有難う御座います、好きなんです」と言って両手でもらってやんの。うわ、礼儀正しっ!? 何この子、巷で噂のツンデレ風紀委員とかいうハラデスカ(多分違うよねー、絶対違うよねー)。
てゆーかマスター、密かに赤面すんじゃねぇ。キモい!
そして緑茶をグビグビーと。いーいねぇ、飲みっぷり。酒だったら死にそうだねぇ。
「……した」
「は? ゴメン聞こえなかった、もう一回」
まさかの不意打ち。私聖徳太子違うからいきなり話されても理解できないの(え、違う?)。
「あなたを迎えに来ました」
はいしんこきゅー、吸って―、はいてー。
「ジゴクカラノシシャトカイウハラデスカ、チュウニビョウデンパムスメデスカアナタハ」
「言っている事はよく分かりませんが、地獄からの使者ではありません。『ちゅうにびょう』とは何ですか」
うわお、中二病を知らないのか。まだまだ青いのぅ。
「尾崎晴彦さんですよね」
なぜ俺の名前を知っているのだ! エスパーかお前は!
「違います。えーと、私の店の主が呼んでおります。一緒に来てくれませんか?」
何か一瞬で否定されるって悲しいね。
「一緒に来るって、そんなこと急に言われても……」
「あなたには、もう失うものは無いんじゃないですか? 命の安全は保証致します。どうか」
失うものは無いってひでぇ。でもこんな美人に頭を下げられて無下にできるほど俺は悪くねぇ。心が揺れ揺れ。
しばらく悩んでいた俺にしびれを切らしたのか、彼女は決定打を打ち出した!
「こちらの支払いは、すべて私が受け持ちますので」
指さしたのは、俺が飲んでいた酒。
「うん、行こうか」
俺はつくづく意志が弱いなぁと思いました。うん。

で、そんな彼女(名前は千雪ちゃんというらしい。あと、俺の経歴を全て知られていた)に連れられて来たのは。
「bar kamugamine」
というバーで……って?
「何ですか千雪さん、このいかにも『高級です』といった感じは」
こんな店に入る勇気も金もありやせんぜ俺ぁ。
でも千雪ちゃん、「大丈夫です」だけ言って入って行く……じゃなくて。
「どうぞ、ようこそいらっしゃいました、お客様」
ドアを開けてくれた。
「えぇ?」
ああもういい、乗りかかったヨットとか言うよな! な!
一歩を、踏み出す。
「はーい、いらっしゃいませっ!」
「……は?」
何だい何だいこのいかにも「青春楽しんでます!」というキラキラ顔の青年は! まぶしい! 畜生羨ましい!
それでカウンターの奥から声。
「あの、聖さん。頼みますからもっと大人しくしててください。折角の店の雰囲気がぶっ壊れます。それに、聖さんの馬鹿っぽさが一目瞭然です」
美少女がいた。特上の。
「は? は? は? ねえ千雪ちゃん、一体何これ。ドッキリか何か?」
「千雪ちゃんはやめてください。列記としたバーです。ドッキリではありません。ちゃんとお客様もいらっしゃるでしょう」
うん、いるね。お金持ちそうなお客さんが。完璧浮いてるね俺。
「ようこそ、bar kamugamineへ。お待ちしておりました、尾崎晴彦様。どうぞ、こちらへ」
うわ俺にまさかの様付!? 後が怖いんですけど! 俺もう野口さんも持って無いんですけど! 五百円玉一枚が全財産なんですけど!
「なぁ店長、さっき小十郎さんが持ってきてくれたモルトウイスキーが……って何か睨まれているんだが俺」
うっわー何コイツ特上の美少年が一匹。
「多分しょうがないと思いますよ刀輝さん。男の嫉妬を買うには十分な容姿してますから」
そのとーり!
「褒められてんだか貶されてんだか。あー、めんどくせっ。ここに置いときますね。後レモンジュースも」
畜生逃げんじゃねー! ムカつくんだよ、なんだその絵から出てきたようなカッコよさは! 一瞬俺もドキッとしたぞー!
「師匠、遅くなって申し訳御座いません、手伝います」
え、チョット千雪ちゃん? 師匠て何師匠て。
「おう、頼む。ワインの分類なー」
「かしこまりました」
は? は? は? 何この独特な雰囲気。師匠ってここ何時の剣術道場?
「お客様、そんなとこに突っ立ってないでとっととこっちに来てください」
(多分酒蔵に)去って行った二人を見送ると(畜生羨ましい)美少女に少し毒が混じった催促を受け、俺はカウンターに座る。
「さて、尾崎晴彦さん。歳は三十三、立派なおじさん」
何この子、わざと? わざとだよね?
「母親とは七年前、父親とは三年前に死別。恋人・妻は無し。交際経験も皆無。はっきり言ってモテない、と」
いやそれはっきり言いすぎだから。確かにそうだけど。
「悲しいですねぇ」
ねえ、泣いていいかな? 今ここで泣いていいかな?
「汚い塩水でうちのテーブルを汚さないでくださいね。で、親友に騙されて多額の借金を負った、と」
うわ、声に出てた? てゆーか汚いって何汚いって。何この子、性悪?
「それでは、あなたの叶えたい願いは何ですか?」
「は?」
何ですかそれ。
「さっきからそればっかですよね。いい加減物わかりが良くなってください。叶えたい願い、です」
うわ呆られた。ガーン。
「え、えええ?」
そうして悩んでいると(てゆーかテンパっていると)、少女は溜息をついて話し始めた。
「やっぱり千雪ちゃんは話して無いんですね。まあ、秘密厳守と言う訳で良しとしましょう。当店では、『願いのかなうカクテル』を提供しております。飲むだけで一つ、何か願いをかなえる事が出来ます。いくつか駄目なものもありますが……」
あ、口調が大人しくなった。
いや、それより何何何、その夢のようなワインは! 良いねぇ、早速
「人の話はちゃんと最後まで聞いてください、このウスラバカが」
は? 何この子。俺もさっきからこれしか言ってないけど、客に向かってウスラバカ。それひどくね?
「うん、俺もう我慢の限界。帰るわ」
よし言ってやった。ひゅうひゅう。俺カッコいー!
「はあ、そうですか。それでは有難う御座いました」
……そんなこと言われると俺傷ついちゃう。
「では、どうぞお引き取り下さいませ。聖さん、お見送り」
「アイアイサー!」
そこの青春青年もとい聖君! この性悪女のいう事を丸呑みすんなっ! いや言ってることは合ってるけど! 俺が帰るって言ったんだけど!
「いやいやいやいや、冗談に決まってるでしょ? 丸呑みしないでよ」
畜生屈辱。恥! 上手くはめられた気分っす。
「ですよねー冗談ですよねー。聖さん他の所掃除しといてください。さあとっとと願いを聞かせろ糞野郎」
あのさぁ、糞野郎とかそんな年頃の娘が言うもんじゃないよ。何かもう諦めたわ。多分俺はこの女に一生勝てない(十幾つの娘にも勝てない俺って一体……?)。
「願い、ねぇ」
考えてみる。いや、考えるまでもないか。というより本当に願いが叶うのかよ。まだ信じてねぇぞ俺は。この年であんな事に遭ったら疑り深くなるわけよ色々と。
「借金を返したい、かなぁ……」
「アンタ馬鹿ですか? いえ、馬鹿ですね」
うぉ一瞬にして馬鹿呼ばわりっ! この子ひでぇ! 知ってたけどひでぇ! 悪魔! 鬼畜! 鬼!
でも彼女は気にした風でもない。何この子、効いてない、それとも聞いてない?
「アンタが借金をしてしまってヒーヒー言っているのは自業自得で身から出た錆なんでしょう? じゃあ借金じゃなくて、アンタ自身をどうにかしないと駄目じゃないですか。ここで借金を返済したとしても、アンタがまた借金をしない可能性は無い。うちのカクテルは一回しか使えませんから、今度は自力で何とかしなくてはならないのですよ? じゃあ仮定して、アンタが一生遊んで暮らしても困らないほどの金を出してみるとしましょう。そしたらどうですか? ホントに充実した生活を送れますか? 必至に働いたわけでも、一回も冒険せずにももらった金で、本当の充実が貰えますか? 見た所、アンタは純真で馬鹿。だからきっと、どちらかと言えば罪悪感で一杯になるんじゃないかと私は思います。もっと金とか何とかなる物じゃなくて、もっと何とかならない事にうちのカクテルを使ってください。作るのは私です。アンタごときに渡す金を出すカクテルなんて、作りたくないんですよ」
「……長っ」
どんだけなのこの子。すごっ。どこかで息継ぎしたのかね?
「で、どうなんです? こんだけ言っても理解できないようなら強制的にお引き取り頂きますよ」
うわ、それは嫌だ。
……何とかならない願いを叶える? なんか矛盾している気がするが。
一つ、ある。絶対に叶えられない、叶えたい願い。
そこで俺は、一つの事に思い当たる。
「なぁ、店長さんよ」
さっきのイケメンと同じ呼び方なのは嫌だったが、これしか無いのでそう呼んだ。
「何でしょう?」
綺麗な笑みだなこの野郎。来る前だったらハートを打ち抜かれるとこだが、今はただ単に不気味だぞ。
「代金、代償は?」
願いのかなうカクテル。そんな夢のようなものが、もし、本当にあるのであったら……。
必ず代償があるはずだ。無償で願いを叶えるなんて、慈善事業じゃあるまいし。
「言っておくが、というかもう知っているかもしれないが、俺は一文無しだ。五百円はあるが、これは今日のホテル代だから、譲る事はできねぇ。でも、ここまで触れていなかったって事は、何か特別な代償なんじゃねぇのか?」
よし、言い切った。かなり達成感。
そして、店長(呼び名、以後これで固定)の顔を見る。
表情は変わっていなかった。そして、おもむろに口を開く。
「少しは頭が働くみたいですね、ただの馬鹿かと思っていたのですが。馬鹿から小馬鹿にランクアップです。おめでとうございます」
「はぁ?」
なんだそりゃ。
「あ、今のマヌケ面で馬鹿に逆戻り」
うわひでっ! 何この子!(こればっか)
「で、本題に戻しますよ。ちょっとアンタ、何いつまでも馬鹿面してるんですか。私まで馬鹿みたいに思われますからもう少しましな顔してください」
誰のせいだコラ。それに誰にバカって思われんだよ。客か?
「はいそうですね。で、御代についてですが」
そうだったそうだった。慌てて真面目な顔をする。
「あなた馬鹿面も似合いませんが真面目面も似合わないんですね」
「はい、もう謝りますすいません。話を脱線させないでください」
もう引き下がる。この毒舌は素なんだな。いちいち反応してたら埒が明かない。
「何か謝られると負けた気がするけどほっときましょう。
 願いのかなうカクテルの御代……それは、魂です」
「たましい」
もう、何を言われても驚かなくなってきた。願いが叶うとか叶わないとか、もうここは二次元だ。そう考えれば良い。あーでも夢オチは嫌だな。美少女に暴言吐かれて終わりなんて悲しすぎる。
「何考えているんですか。どうします? 契約を成立させれば、あなたの魂は死後酒瓶に囚われますが」
死後に、酒瓶に。
「もし、契約を交わさなかったら死後どうなるんだ?」
そう問うと店長に鼻で笑われた。悲しいよぅ。
「それは分かりません。死後の事は誰も分からない。天国に行くのかも地獄に行くのかも、はたまた永遠の眠りなのか、私にも分からないのです。分かるのは、契約した人たちは皆酒瓶に囚われる、それだけです。あ、あと」
そこで店長の表情が変わった。笑顔は笑顔でも、妖艶な笑顔と言った感じである。怖いよー。
「信賞必罰の心。悪行をすれば、必ず罰されます。それは、死後の世界でも同じだと思いますよ? 推測ですけど」
彼女が何を言いたいのか、分かったような分からないような。いや、分かりませんねハイ。
でも、分かったことが一つ。
好奇心ってのは恐ろしいねー。飲んでみたくてみたくてしょうがないんだけど、カクテル!
死後の契約。囚われる。怪しげな店と少女。
そんな事を全てひっくるめてなお、飲んでみたいのだ。
柄にもなく神に念じてみた。
なぁ、神様よ。
これは、飲んでみろっていうお告げか何かかな?
うん、きっとはいっていってくれた! ……気がした。
「分かったよ、契約成立だ」
「それは本来私が言うべき台詞なんですけど」
うお、睨まれた。
「まあいいです。馬鹿な尾崎晴彦さんでも、客は客ですからね」
馬鹿言うなもう。俺傷ついて死にそう。瀕死。
「で、お願い事は何ですか」
あ、そっか、決めなきゃ。
ってついつい言っちゃったら、店長に恐ろしい目で睨まれた。クスン、ボクちん悪くないもん!(すみません調子乗りました)
願いごとねぇ。うん、あれしかないよねぇ。あれだよね。
くっだらねぇの、って言われそう。でも、これしかねぇよな。
「早くしてください」
あー苛ついてる、苛ついてるよ。
「……いです」
「は?」
うん、声小さかったね。
「酢豚がくいてぇです。で、おふくろと喋りてぇです。お願いしまーす」
いや、かるっ! 自分で言うのも何だけどかるっ!
「……くっだらねぇの」
言われたーーーーーーーーーーー!
「でも色々としょうがないのでかなえてやります。お買い上げ有難うございました。あと感謝してください」
どっち? いや、どっちも。
「それでは、尾崎晴彦様、作りながらではありますが、少しカクテルの御説明を」
「は、はい」
何か急に礼儀正しくなりましたね。さっすが商売人。
「今回ご提供させて頂くのは、Mamie Taylor、即ち「母親の味」で御座います」
おお、願いとマッチしているのは気のせいではないな。
「こちらはウイスキーベースのカクテルで御座います。しかし、ベースをジンやバーボン、ラムなどに置き換えることも可能です。飽きの来ない清涼感あふれる味となっております。別名、スコッチ・ウイスキーですね」
ほうほう。言ってること半分も理解できないけど。
何か色々材料を氷の入ったコップに入れて、取り出したのは。
「ジンジャエール?」
どうしてそのようなものがここに。
「お客様、カクテルと言うのはお酒をシャカシャカしているだけでは御座いません。このようにありとあらゆる剤用を混ぜるのです」
へーえ。
そして店長はジンジャエールをコップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「あれ?」
シャカシャカは? カクテルの代名詞は何処。
「今回はナシです」
がーん。見たかった……。
「それは再度ご来店いただいた時の楽しみという事で」
畜生商売上手め。
「では、どうぞ」
店長は勧めてくる。手が綺麗だなあ。
あ、いけない、店長の顔が曇ってきた。さっさと頂こう(何で客が店の人に気ぃ使っているわけ?)。
「あ、どうも、頂きます」
白色ともクリームと色も判別のつかない液体を口に含む。あ、普通にうまい。めちゃくちゃ。
そして、液体は俺の喉を通って。
「ほうら見なさい。こんなに見事に騙されちゃって。母親として情けないよ、あたしゃ」
は? 母親?
後ろから声が。振り向こうか振り向かないでおくべきか。店長はニコニコ(ニヤニヤ)しながら傍観決め込んでるし。
「ほら晴彦! とっととこっちをお向き!」
……はい。
「母さん?」
「何で疑問符付けてんだい。もしかして母さんの声も顔も忘れったてかい? そんな不忠義者を育てた覚えはないよ!」
いやだってアンタもう死んでる筈だし。つか不忠義者て何。不忠義者て。
「全くしょうがないね。あ、嬢ちゃん台所借りるよ?」
嬢ちゃん……いつのテキ屋だよアンタ。あと、台所?
「愛息子の願いを叶えるんですよ。当たり前でしょう? せっかく会えたんだし、愛息子がそう願ったんですから」
愛息子? それ俺んこっか。んな訳ねぇんじゃねぇか。
「口ではそんな事言ってながらも、心では違うんでしょうね」
……そーかぁ? と思いながらぽけっとしてると酢豚の香り。早っ! ってか材料あったんだ!
「お客様の願いを叶えるのがうちの店の仕事ですから」
はい、そーですね。そーですか?
「ほら、出来たよ。全く、何アホらしい事願ってんだか。あんなに嫌がってたのに」
嫌がってたと知りながらも毎日出してきたアンタは悪魔か。
そう言えば、だって楽だからねぇと返された。畜生開き直りやがって。
確かに嫌だった。毎日毎日毎日毎日酢豚。あの頃は、匂いをかいだだけでフラフラしたってのに。
今は、すごく、食べたい。
口に含む、あーこれこれ、この味っす。うん、ウマ。くはないかな。
「もう飽きたんだよ」
この味は。
「何だってんだい、魂捨ててまで願って感想がそれかい? んなら出てこなきゃよかったよ。全く……」
うるせぇやい。飽きたからって不味いとは、限らねぇじゃねぇか。
「旨い……」
そんな俺の呟きが聞こえなかったのか、母さんはブツブツと文句を言った後、早口にまくしたてた。
「いいかい、もうアホらしい罠に引っかかるんじゃないよ? でも人を全く信用しないのも駄目だからね。それと、今はきついかもしれないけど頑張りな。きっと良い事があるんだから。嫌になったら好きなだけ暴れな。でも、人に迷惑はかけるんじゃないよ!」
んな無茶な。と言おうとして台所もといキッチンを見ると。
「母さん?」
いなかった。
「母親と話して、母親の作った酢豚を食べる。この二つの願いは成就されました。その為尾崎みつ子様には、帰っていただきました」
どこにだよ。
「さあ、彼女にとっての死後の世界ではありませんか? 少なくとも、願いは聞きとげられたと判断いたしました。どうぞ、酢豚を食べてからもごゆるりと」
残念ながら、ごゆるりとする金がない。
そう吐き捨てた俺は、酢豚を食べると挨拶もそこそこに店を出た(その時ちゃんと青春ボーイもとい聖君がお見送りをしてくれた)。
「また今度来てやるよ、俺ぁまだ、シャカシャカを見てねぇからな」
あと、今度こそ千雪ちゃんと友達から始める! 多分無理だけど!

のどかな朝の日曜日(順番違う?)。いつものごとく四人で掃除。
「ねぇねぇ、更紗」
「どうしたんですか聖さん、ねぇねぇ何て言っても全然可愛くありません、むしろキモいです」
うわひでーとほざく聖さん(ホントの事でしょう)。でもすぐに立ち直り(早っ!)これ見て、と今日の朝刊を差し出す。
それを見て千雪ちゃんと刀輝さんもこちらによって来る。
『三か月前は借金まみれの青年、IT界のニューフェイスとなるか』
「……俺はあの人、青年には見えなかった」
同意。さすが刀輝さん、鋭い。
聖さんが私たちに見せたのは、街角探検隊と言ういかにも新聞記事的なモノ(勿論、位置は端っこ)。
そこでマヌケそうに微笑んでいるのは、まぎれもなく――。
「はいはいはい! この人さ、俺絶対酢豚の人だと思うんだけど!」
うっわー聖さんごときに酢豚の人って覚えられてるあの人って一体……。
「ハイソウデスネ、さっさと仕事してください」
あ、今絶対めんどくさいっておもっただろー! とうるさい聖さんを刀輝さんが横薙ぎの一閃で黙らせ、仕事再開。
「今度こそ千雪ちゃんとお友達から始めるんだ!」
『IT界のニューフェイス』さん、またのご来店、心よりお待ちしております。

飽きのこない飽きた味

いや、短っ! んで、終わり方テキトー!?
はい、何かすいません。すいません。これで少しでもほっこりしてくれたら、嬉しいです。
朽木ありあでした。

飽きのこない飽きた味

友人に騙され、借金を背負わされた男。何の因果か、彼がたどりついた先は……? 短いです。下手です。よろしくです……

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-02

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