花のにおい残して
タイトルこちらよりお借りしました→約30の嘘【http://olyze.lomo.jp/30/】
視界の端に引っかかった動く影に目をやれば、それは僕のよく知る彼女だった。
紺のリボンが映える白いブラウスに、淡い紫のスカートがひらり。すれ違う人間を気にすることなく、笑顔で勢いよく手を振る様子が、こんな離れていてもわかる。小さく手を振り返せば、笑みを深めて、ほんの少しヒールのついたローファーを軽やかに鳴らしながらこちらに走り寄ってきた。
「……元気だねぇ、渡は」
「そういう西野はお疲れモードなの?」
「そりゃあ、まぁ」
ちらりとノートの表紙を見せれば、納得したように「あぁ……」と声が漏れる。試験が面倒だと噂の講義だ、あまりわかりやすく手を抜くわけにはいかない。
「渡は課題でもしてた?」
「当たり。そろそろ休憩しようと思って」
彼女が出てきたのは図書室側の棟の扉からだ。鞄から覗く授業プリントの綴じられたファイルを見れば、それなりに予想はつく。
「西野、次は? もし空いてるなら、ちょっと私とデートしましょう」
「次が休講になったから、今日はさっきので終わり。勿論、お相手しますとも」
にっこりと笑う彼女にその言葉と同時に手を差し出せば、白く柔らかな右手がそっとのせられる。
「教えてもらったカフェがあるんだけど、そこはどう? フルーツケーキが美味しいんだってさ」
そんな彼女から、ふわりと甘い香りがした。控えめな、品のいい香り。
「渡の好きなところにしよ。僕は何処へでも、お供しますよ」
綺麗に切り揃えられたピンク色の爪は、僕の肌には触れない。
花のにおい残して