渇かないまま
お題こちらからお借りしました
→約30の嘘【http://olyze.lomo.jp/30/】
狭い室内が、湯煙で満たされる。湯につけた瞬間から感じる手足の痺れるような熱さと冷たさを、指先をぐっと丸めてやり過ごす。
「――ん、っう…………ふは、ぁ」
リビングから微かに、耳馴染みのあるアナウンサーの声が漏れ聞こえてくる。ニュースなんてきっと聞き流してるんだろうから、どうせなら録画したドラマでも見ていればいいのに。もう三週間分ほど手付かずになっているはずだ。見ずに溜めていく一方で、容量はギリギリのところをなんとか遣り繰りしている。
だけど、彼女は一人では見ないのだ。前に一度聞いたら「どうせ君も見るんでしょ?」と笑顔で返された。それを聞いてから、僕も一人では見なくなった。
手持無沙汰に水を両手で掬っては落とすを繰り返す。広がる波紋を手を沈めて掻き消し、深く溜め息を吐くと、さっきまで使っていたシャンプーの匂いを強く感じた。
湯船の縁に頭を預けて、目を閉じる。外の雑音と、時たま落ちる水の跳ねる音だけが耳に届く。今まで風呂場で寝たことは無いけど、なんとなくその気持ちがわかるような気がした。
そのまましばらく静かにじっとしていたが、ひたひたと近付いてくる足音がする。
「――――ねぇ、まだ出てこないの」
扉越しにくぐもった声。少し不機嫌そうだし、見える影もどことなくむっとしている。別に顔が見えるわけではないから、多分だけど。
「うん、もうちょっとだけ」
「……そんなに浸かってると、ふやけて溶けちゃうよ」
「人はそんな簡単に溶けません」
それにね、お風呂は意外と水分が持っていかれるんだよ。
見えるはずもないがにこりと笑えば、組んでいた彼女の腕が解かれた。綺麗な指先が、扉にぼんやりと映る。ゆるゆると曲線を描いて、上から、下へ。
「君の好きなアイスは溶けるよ」
「それは困るな。冷凍庫に入れておいてよ」
「私のもあるのに」
「君は食べていればいい」
何度か上下していた指はピタリと止まり、扉から離れる。
「それじゃ、つまらないの」
「……我儘」
ぼそりと呟けば「なんとでもいいなさい」と答える声が聞こえたが、さっきとは打って変わって、それはひどく柔らかなものだった。
「…………ね、アイス出して待ってるから」
髪も濡れたままでいいから、早くおいで。
とん、と軽い音がして脱衣所の扉が閉まる。ただ湯気だけが溢れる静かな浴室には、その小さな囁きも届いた。
「――うん。すぐ、行くよ」
渇かないまま