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ほんの思いつきの短編集。書き留めてゆくだけの物語。すべてはフィクション。基本的には一話完結。時々数話続く話もあり。


この物語は、ほんの些細なことをただ書き連ねただけの、ノンフィクションのようなフィクションの話。
動じることなど一つもない、これはわたしの心をひとつずつ言葉に変えて物語にしただけのこと。
なにもないことを恐れないで。
ここにあるのは紛れもなく、わたし自身なのだから。

フレンズ


本当はとても心細い思いで、彼のことを思い出すたびに心がぎゅっと狭くなるのを気づかないふりをしてきた。
本当はとても怖くて、彼が本当に私のことをキレイさっぱり忘れて幸せに暮らしているんじゃないかと思うと心底寂しく感じた。

本当のところはどうなのか、それはわたしにはわからない。
彼が今どうしているのかは、わたしは知る由もない。

テーブルの上、ぬるくなったインスタントコーヒーはまずくて気持ちが悪くなる。
恋心というものだって、きっと同じようなもんだろう。
熱いうちはきらきら輝いて良く香りとても美味しいのに、冷めてしまえばその残骸に吐き気さえ覚えるのだろう。
酷い話。

わたしには好きな人がいた。
たった数か月の恋だった。
理想の人とは全然違うのに、なぜだかうっかり好きになってしまった。
真っ先に壁にぶつかった、わたしは彼の理想の人とはかけ離れていた。
恋に落ちた瞬間に、一度目の失恋だった。
それでも好きな気持ちは変わらなかった。
わたしと彼は友達だった、なんでも話せる良い友達だった。
だから、彼はよくわたしに言った。
早くいい人が見つかるといいね、きみに恋人ができることを祈っている、応援しているよ。
言われるたびに心がしくしく痛んだ。
わたしがほしいのはそんな言葉じゃなかった。
そんなこと望んでなんかいないのに、悪気なく言う彼を怒ることもできなかった。
だからわたしは彼を突き放した。これ以上傷つきたくない、というただの保身だった。
きみは勝手だよ、好き勝手にしたいならわたしのことなんて忘れたらいいよ、そう突き放した。
そうして彼はいなくなった。
だけれど、不思議と後悔はなかった。好きだという気持ちはあったけれど、たくさん悩んで決めたことだったから。

あれから数ヶ月が経った。
好きだった彼のことを、わたしは忘れていた。
悲しい、と思った。
それまでの気持ちだったのか、と思った。
だけれど、後悔はしていない。
その時確かに、わたしは彼を好きだった。
今でも時々心配になる。
彼はわたしの友達だ。

きみのもの



僕はいつも孤独だった。
君の隣でいつも、僕は孤独だった。
どう頑張っても君は手に入らない、そんなことはわかっていた。君はモノじゃないのだから。

なんとなく気が合って、なんとなく好きになって、なんとなく付き合い始めたつもりの君にはずっと黙っていたけれど、僕は最初から君のことはなんとなくでなんか付き合っちゃいないんだ。
君は僕のものにはならないけれど、僕は最初から君のものだったんだ。

目もとでまっすぐに切りそろえられた前髪が、君のお気に入りの真っ赤なスカートが、君の歩みに合わせて揺れるたびに、僕の心も揺れる。
心が奪われて苦しくなる。
目が離せなくなって、「どうしたの」って振り返った君に何も言えなかった。


僕とはなんとなく気が合って、なんとなく好きになって、なんとなく付き合っていた彼女は、僕なんかよりずっと良い男の元へ行くと言った。
初めからそういう約束だった。お互いに、良いひとが出来たら、この関係は終わり。なんとなく、付き合って一緒にいるのは、ただのモラトリアム。
惚れたが負けのゲームのようなもの。
最初からわかっていたことじゃないか。それが嫌なら、納得できないのなら、どうして僕は彼女の手を離してしまったのだろう。

ぼくはもう、きみのものなのに。

さよなら、元気でね、そう言って彼女はもう二度と振り返ることはなかった。
改札口に吸い込まれていく君の後ろ姿を、僕はただ見つめていた。

真赤



わたしはどうしてこんな男と付き合っているんだろうか。
目の前で気だるそうに胡座をかいて座る男を一瞥してため息をついた。

「なに、サトコも飲む?」

ビールにもなりきれない安酒の缶を差し出してそう言った男に、またひとつため息をついた。

「いい、いらない。それ、苦手。」

わたしがそう言って断ると、あっそ、なんてそっけなく返事をしてテレビの電源を入れた。
たいして面白くもないバラエティー番組を見ながら、彼は時折ハハッと笑いをこぼしていた。
わたしは自分も少しだけアルコールを摂取しようと思い立って、キッチンに向かいグラスに氷を入れた。
カラン、という音に彼が反応して、あ、俺も、と視線も寄越さずに言った。
仕方なくふたり分のグラスを持って、またソファに座りなおす。

「なに飲むの?」

「うーん、サトコは?」

わたしは梅酒かな、そう答えると、じゃあ俺も、と言った彼に、先日友達からもらった梅酒を手渡す。
コポコポと音を立てながらグラスへ注ぐと、カランと氷の音を立てて一口飲む。
また一口、またもう一口。グラスを手に持つと、間をあけずにずっと飲み続けてしまうわたしの悪い癖が出てしまい、数分後にはアルコールが全身に回ってしまった。
アルコールとともにひとつの思考が頭の中をぐるぐる回った。

わたしはこの男のどこが好きなんだろうか。

わたしがうーんと唸っている間にも、彼はクッションを枕に寝転んでつまらないバラエティーに声を上げて笑っている。
なんでこの男なんだろうか。
どこからどう見てもイケメンではない、と思う、わたしは。
服装だってダサいし、髪型なんて前髪をセンター分けにして、桃太郎かよ!って言いたくなるようなダサい髪型だし。
定職だってないんだ、仲間と音楽をやっている、いわゆるバンドマン。ただ最近ちょっと売れてるらしい。
申し訳ないけれど、こんなダサい男と付き合うなんて、微塵も思っていなかったです、わたし。
しかも最近、何故かこの男はモテているらしい。しかもわたしなんかとは比べ物にならないくらいとびきりかわいい女の子たちに。

「ねえ、ユウイチくん。」

きみはなんでわたしなんかと付き合っているの?
酔った勢いで彼の後頭部に疑問を投げつけると、彼はちらっとこちらを見てうーんと唸った。

「なんでだろうね。」

「なに、それ。」

「いや、なんでかなって、考えた。」

だけど、これって思いつかなくてさ、と彼は続けた。
最近、なんかモテてるらしいね、可愛い子に。なんて皮肉めいたことを口にしてみる。

「あー、最近お客さん増えたからね。でも、ただのお客さんだよ。」

へえ、とわたしが疑いの目を向けると、くるりとこちらに向き直った。

「そりゃ俺も男だし、可愛い女の子に好きだって言われんのは嬉しい、嬉しいけどさ、なんかダメなんだよね。」

サトコじゃなきゃダメっていうか、俺にはサトコが一番しっくりくるんだよね。
だから理由なんてあんまり、考えたことない。
そう言い放った彼のビー玉みたいな目は真っ直ぐにわたしを見つめている。

「ねえ、ユウイチくん。わたし考えてた。」

わたしはなんでこんな男と付き合っているんだろう。
こんな男のどこが好きなんだろう。
ダサいしお金はないし最近はなんか近所のおっさんみたいになってきたし。
なのにどうしてか可愛い女の子におモテになっていらっしゃるし。
なんでなんだろう、って考えてたの。

「わかんないの。でもね、わたし以外の誰かがユウイチくんの隣にいるのを想像してみたの。」

ユウイチくんがわたし以外の誰かと手をつないだり、キスしたり、そういうの想像したの。
すごく嫌だったんだ。

そう言って氷が溶けて薄くなった梅酒を、また一口飲んだ。ユウイチくんはいつの間にかわたしの隣に座っていた。そっと、彼の手がわたしの頭に乗せられた。

「それで、想像して、ヤキモチ焼いてんの?」

なんだよ、可愛いじゃん。
くしゃっとわたしの髪を弄んで、彼は笑った。

「それって好きってことだとおもう?」

「そうなんじゃない?」

「じゃあ、すごく好き。わたし、ユウイチくんのこと、すごく、好き。」

隣の彼を真っ直ぐに見つめて言うと、彼はまた笑った。
俺も、サトコのことすごく好きだよ、そう言って笑った。
じゃあ仲直りね。え、喧嘩してたっけ?そんなやり取りをして、今度は顔を見合わせて笑った。

「ねえユウイチくん、その服装と髪型、どうにかならないの?鬼退治にでも行くつもり?」

「え、これ?お客さんにはオシャレですねって言われて評判いいんだよ?」

「え、嘘。信じらんない。」


全身真赤でステージに立つ桃太郎ヘアーを想像したら、やっぱりダサい。
どこがおしゃれなんだろう。

「やっぱりダサいよ。」

「えええ、ショック。」

ショックだ、立ち直れない、なんて言いながら彼はわたしの肩に項垂れた。
ダサいけど、いいよ、それがユウイチくんだもんね。

「ねえ、キスしていい?」

「サトコ酔ってる?」

「うん。」

「いいよ。」


ん、って目を閉じて待っている彼の唇にそっと自分のそれを重ねた。
そうしたら彼の腕がにゅっと伸びてきて、そのままそっとソファに寝かされた。


「サトコ、かわいい。」


にっこり笑ったユウイチくんはなんだかちょっと可愛くて、わたしも笑った。
つまらないバラエティ番組がやがて通販番組にかわって、いつの間にかテレビにはカラーバーが映っていた。
わたしたちは抱き合ってそのまま、外が白む頃に眠りに就いた。

27歳の別れ



「俺たち、もう終わりにしないか。」


たった今、付き合って5年目になる彼に、突然別れを告げられた。彼の真剣な表情はそれが冗談じゃないということを語っている。わたしはとうとう見切りをつけられたのだ。突然のことにわたしの思考は遮断されてしまった。彼は目の前でまだ何かを喋っているようだけれど、わたしにはもうなにも聞こえなかった。ああ、わたしはこの人とさよならしなきゃいけないのか、そう思ったらいてもたってもいられず、席を立ち、そのまま出口へと足を運んだ。後ろで彼がまだ何かを言っていたようだけれど、やっぱりわたしの耳にはなにも聞こえなかった。

好きだった。大好きだった。彼のことが本当に好きだった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。わたしには皆目見当もつかなかった。だって一昨日も一緒にご飯を食べて映画を見て笑って笑って、好きだって言ってくれて、好きだって言って、それなのにどうして、なんでわたしは彼に別れを告げられて、わたしのどこがいけなかったの、なんて唇を噛んだけれど、そういう自分本位なところがいけなかったんだと思う。彼はいつも優しかったから。

気付いたら二駅分歩いていた。もう少し歩けばわたしの部屋につく。まだ頭は混乱している。部屋の前に着いたとき、どうにもやるせない気持ちに襲われた。そういえば今日、わたし、誕生日だ。なんてツイてないんだろう。部屋に入るなりそのままベッドへ倒れ込んだ。もう眠ろう、眠ってしまおう、目が覚めたらきっと彼がいて、それは悪い夢を見たねなんて笑ってくれるんだろう。そういうことにしておこう。



27歳の誕生日、わたしは彼と別れた。

誤解



大切な話がある、そう言って彼女を喫茶店に呼び出したまでは良かった。少しだけびっくりさせようと仕組んだのがいけなかった。彼女は純粋で、素直で、寂しがりやだということを、もっと考慮するべきだった。

「俺としたことが。」

彼女が突然立ち上がって、そのまま店を出て行ったのを追いかけることもできなかった。きっと今は何を言っても、俺の声は届かないのだろう。
彼女は大きな勘違いをしている。俺は別れ話なんてしたつもりはない。が、彼女はそう捉えてしまったのだろう。
ケータイを取り出して、彼女に電話をかけてみても、応答はない。早く、誤解を解かなければ。

急げ。
悲しみに暮れる顔なんて、きみには似合わない。
早くきみに本当のことを伝えなくては。

つながる


気付いたらあのまま随分と眠ってしまったらしい。外は真っ暗で、部屋には一人で、また悲しくなって泣いてしまいそうだ。あれだけ長く一緒にいたのだから、もう少しくらい悲しみに浸ってもいいじゃないか。暗闇だけが肩を抱く。さみしい、ただそれだけだ。

「わたし、これから、どうやって生きていけば」

窓の月に向かって投げかけても、答えなんて返ってこない。生きていけないほど、彼はわたしの全てだったのかもしれない。途方にくれる。


「真子。」


聞こえるはずのない、彼の声がわたしを呼ぶ。ついに幻聴まで聞こえるようになったのかな、わたし。


「真子、返事くらいしてよ。」


ただいま、と肩を抱かれて、振り返る。
いるはずのない彼が、わたしを見つめている。
どうして、ここに、いるの。


「あ、わ、わたしたち、別れたんじゃ、あれ、?」

「人の話は最後までちゃんと聞きなよ。」


俺、別れ話なんてしたつもりはないよ。驚かせようと思って、回りくどく話してしまったから、きみは勘違いをしたんだ。


「ハルくん、どういうこと、なの。」

「恋人という関係を終わりにしませんか、ってこと。」

「ごめん、よくわからない。」


だから。
そう言ってハルくんはわたしを抱きしめた。わからずや、鈍感、バカ、大好き、そう言ってわたしを抱きしめた。訳がわからなくてわたしは笑った。



「俺たち恋人やめて、夫婦になろう、ってこと。」


ね、別れ話じゃなかったでしょ、勘違いさせてごめんね、俺が悪かったね。情けなく眉を下げて笑うハルくんに、わたしは目の前が滲んできた。


「ねぇそれってプロポーズ?」

「え、そうだよ、プロポーズ。」


鈍感な真子のためにもう一度ちゃんと言うね、俺と結婚してください。
頷く前に抱きしめた、ハルくんを強く強く抱きしめた。わたしはハルくんがいなくちゃ生きていけないほど、ハルくんのことが好きだ。


「ハルくん、結婚しよ。」

「ねぇ、真子。名前呼んで。」

「春翔くん、結婚しよ。」


そうだね、結婚しよう。
春翔くんはそうやっていつも、早とちりで鈍感なわたしを甘やかす。わかるまでちゃんと、見捨てないでいてくれる。やさしいひとだ。

「最高の、誕生日だ。」

「おめでとう、これからもよろしく。」

たった今から、わたしたちは、夫婦になる。
しあわせというものは、こんなにもあたたかく降り注ぐのか。すべてはハルくんがくれたもの。ふたりだから、しあわせ。ただ、それだけ。
終わった、と思った毎日が、これからも続いていく。これからは同じ名字になる、考えただけで、くすぐったい。


「そういえば、あの喫茶店のケーキ、美味しいんだよ、マスターが特別に焼いてくれたんだ。」

「すごい、フルーツたくさん嬉しい。」


ふたりでケーキを切り分けて、一緒に食べた。
苺があまりにも甘酸っぱくて、まるで恋のようだ、なんて言いながら顔を見合わせて笑った。
もうすぐ、誕生日が終わる。
わたしたちは明日へ、続いて行く。

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  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-03

Copyrighted
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  1. 1
  2. フレンズ
  3. きみのもの
  4. 真赤
  5. 27歳の別れ
  6. 誤解
  7. つながる