並行世界で何やってんだ、俺 (6) 妹&リク編
妹の死
電車に乗って十三反田公園前駅に着いた。
同じ国でありながら遠い異国のような土地で1ヶ月もいると、見慣れたはずの駅の光景に懐かしさが込み上げてくる。
北口を出て時計を見ると、17時10分前である。
待ち合わせには少し早い。
すぐに待ち合わせ場所のパン屋へ行っても良かったのだが、妹にはずっと家を空けていて一人にさせて悪かったと思い、お土産を買うことにした。
(そうだ。妹だけでなく、ミキにも何か買ってあげよう)
北口の前は、3車線の道路が左右に伸びていて、ガードレールが車道と歩道を分けている。
北口から歩道へ行くまでは、少し空間がある。
駅前広場と言える代物ではなく、具体的に広さを言うなら、商店街の建物の4件分くらいあるだろう。
このせいで歩道に出て左を見ないと横断歩道が見えない。
広場もどきの空間を渡って歩道に近寄ってみた。
そこから左向け左をして歩くと横断歩道があるのだが、そこまでの距離は40メートルくらいだ。
その近くのパン屋が待ち合わせ場所である。
今、そこをチラッと見ると、近くに妹らしい女の子が立っている。
駅周辺は、車の往来は10秒に1台程度あるが、人となるとこの時間帯はまだあまり歩いていない。だから、遠くまで見通せるのだ。
あの方向にお土産店を探しに行くと妹に見つかる可能性がある。
(反対方向に店を探すことにしよう)
そう思って視線を右に移動した時、女の子の位置から見て右斜め前の反対車線に、立派な黒塗りの高級車が止まっていることに気づいた。
もちろん、横断歩道のそばに車を止められないので、少し駅側に移動している。
(珍しいな、あんな車を見るのは)
この並行世界に来てからは、高級車そのものを見ていない。
誰が乗っているのだろうと気にはなったが、それはさておき、今立っている位置から見て右側へ土産店を探すことにした。
すると、10メートルほど向こうのシャッターが閉まった店先で、紺の風呂敷を広げてアクセサリーを売っている女が胡座を搔いている。
アクセサリーから、ミキの髪飾りを連想した。それもあって、アクセサリーが気になり、女が広げている風呂敷の前に近づいて行った。
女はヒドく痩せていて、面長で顔は浅黒く目はギョロッとしている。
唇は真っ赤に塗られているが、顔の色に負けているため、自己主張がない。
髪は長いがボサボサで、いくつか派手な髪飾りを付けている。
自分自身でアクセサリーのサンプル品を付けることで、マネキン代わりなのだろう。
細い腕にはブレスレットと言うより何か腕輪のような物をたくさん付けてジャラジャラさせている。あまりに数が多くて風呂敷に載らないからだろうか。
服は原色のラテン系で実に派手だ。
女は客が来ないせいか大きな欠伸をしていたが、こちらの視線を感じたらしく慌てて口を閉じると、白い歯を見せた。
「おや、男の兵隊さんかい。これはこれは珍しいね」
女はそれまで搔いていた胡座から正座に直り、こちらに浅黒い顔を向けてキューッと口角を上げて笑う。
「彼女用?」
「そう」
「いいねいいね。お兄さん、イケメンだからモテてしょうがないでしょう?」
「それほどでも」
「謙遜しちゃってぇ。両手に花なら、一杯必要だろう? さあ、どれでも安いから買っておくれ」
女はそう言って両手を目一杯広げる。
値札を見ると、大体5千円から2万円の間だ。元の世界の感覚では5百円から2千円の間ということになる。
1万円のを2個買うことにした。
「たったの2個かい。10個ぐらい要らないの? まけとくからさ」
「いや、これでいい」
財布を開き、支給された手当から2万円を取り出した。
「分厚い財布だね。手当がタンマリ出たとか?……って、なんだ軍票かい」
「ぐんぴょう?」
「軍用手票。兵隊さんのお金だよ。外では使えないことないが、特殊なお金だから後1万もらわないと。割が合わないよ」
「なんで?」
「こっちの通貨と両替するのに手数料がかかるからさ」
「5割も?」
「う~ん……じゃ、サービスするわ。男の兵隊さんに免じて大負けに負けて2千円でいいや」
(たぶん、これが交換手数料プラス自分のマージンだろう)
「じゃ、これ」
「毎度あり」
アクセサリーを1つずつ入れた袋を2つもらうと、突然ポケットの中の携帯電話が鳴った。
(妹か?)
俺は携帯電話の画面を見た。
発信者はイヨと表示されている。妹が設定したのだ。
俺は電話に出た。
「もしもし」
「マモルさん!? 戻ってきたの?」
「ああ」
「ちょっと大事な話があるの。今どこ?」
「北口の-」
浅黒い顔の女がこちらを見てニヤニヤしている。
「アクセサリー売り場の前」
「ああ、もうそこにいるの」
「そうだ。アクセサリー付ける?」
女は右耳の後ろに右手を当て、耳の穴をこちらに向ける。
「うん。マモルさんがくれるなら何でもいい。お守り代わりにする」
「じゃ」
それからまたアクセサリーを探し始めた。
迷っていると、女がニヤニヤしながら花柄の髪飾りを薦める。
値段が高いので値引き交渉をしているちょうどその時だった。
待ち合わせ場所の方角から大音響の爆発音が轟いた。
続けてドカンと重く響く音がして、バリバリとガラスの割れる音が聞こえる。
「キャーー!!!」
複数の女性の叫び声がした。
声の方向を向くと、高級車が黒煙を上げて燃えている。
斜め向かいのパン屋の前に人が集まり始めた。
俺はイヤな予感がした。女兵士も集まって来た。恐る恐るそこに近づく。
パン屋のガラスがメチャメチャに壊れているのが見えたが、野次馬が集まってきたので、後ろからでは何が起こっているのか見えない。
連中の肩越しに覗くと、バイクが店に突っ込んでいるらしい。
「バイクをどけろ!」
女兵士達が4人がかりでバイクをどけているようだ。
「すぐに病院だ! 車を持ってこい」
病院という言葉に背筋が寒くなった。
(人が怪我している!? もしかして、妹!?)
さらに増えた野次馬の輪をかき分けて一番前に出た。
飛び散ったガラスが大量に散乱する道路。
そこには、しゃがんだ女兵士が血まみれになった女の子を抱きかかえていた。
(妹だ!!)「マユリ!!」
女兵士がこちらを見た。
「ご家族の方?」
「はい! 兄です!」
野次馬達が一斉に同情の目を向ける。
「一緒に来て! 病院まで」
女兵士達に連れられて病院へ行った。
妹は緊急治療室に運ばれたが、程なく医師が出てきた。
「お気の毒です……」
俺は泣き崩れた。
女兵士が現場の証人達の話をまとめたので教えてくれた。
高級車が爆発し、たまたま近くを通っていた大型バイクが吹き飛び、パン屋に突っ込んだ。
その時、パン屋の前に立っていた妹が巻き込まれたとのこと。
(なぜこんなことに……なぜ……どうして)
俺は運命を呪った。
一度家に戻った。
ところが妹は家に鍵をしていて、妹に鍵を預けていたため家の中には入れない。
仕方なく、玄関の前に膝を抱えて座り込んだ。
すっかり暗くなっている。
何もする気がなくなった。ここで一夜を明かすつもりでいた。
しばらくすると、突然、左手中指の指輪がブルブルと震えだした。
未来人と交信する電話が鳴ったのである。
指輪に口を近づけた。
「もしもし」
泣き疲れたので、小声しか出なかった。
「あら、元気ないわネ~? どうしたノ?」
未来人は優しく声をかけてきた。
俺は指輪の電話を通して妹の顛末をかいつまんで説明した。
未来人はすぐに返事をした。
「話を聞いていると、アクセなんか買わないで、待っている妹さんのところにサッサと行けば良かったのヨ」
「でも、長く家で待っていてくれた妹に何かお礼をしたいから」
「アクセより命が大事よ」
「でも……」
「じゃ、さっき誰かと電話して遅くなったみたいな話をしてなかった?」
「ああ、……イヨとかな?」
「それそれ。イヨちゃんの電話を取らなければ、少し何とかなったんじゃない?」
「でもイヨの電話を無視できなかったし」
「あれも駄目、これも駄目じゃん」
そうは言われても、そうするしかなかったのであるから、仕方がない。
「これからどうしたいノ?」
「このまま終わりたくない」
「じゃ、時間を戻してあげるから、やり直したら?」
「時間を戻す?」
「あら、覚えてないのネ。……ま、いいワ。とにかく、やり直すために時間を戻すから、行動を変えなさいヨ」
「そんな簡単にできる?」
「時間は簡単に戻せるけど、あんたの行動を変えることまでは、こちらからでは無理。それはあんた次第なノ」
「そんなこと出来るかな……」
「やらなきゃ駄目。時間を戻しても何もしないと同じことを繰り返すわヨ。またこうして同じことを嘆いて後悔することになるけど、それでもいいノ?」
「……なら、どうすれば?」
「だ・か・ら、行動を変えるしかないノ」
「どういう風に?」
「あらあら、自分で考えられなくなったのネ。……えっと、アクセは大事なんでしょう? なら、アクセを買う前の時間まで戻してあげるから、イヨちゃんの電話を無視したら? 無視すれば妹さんに早く会えて、その事故の現場から遠ざかれるわヨ」
「なるほど。……出来るかもしれない」
未来人は、一呼吸置いて言う。
「一応言っておくネ。そっちの世界であんたの時間を戻すと、あんたの記憶もその時点に戻るノ。と言うことは、何かしないともう一度同じことを繰り返すのヨ。だから頑張ってイヨちゃんの電話に出ないこと。強烈な印象があれば今回のことが過去に戻っても微妙に記憶に残るから、それを頼りに行動を変えられる。出来るわネ?」
「大丈夫……だと思う」
「ちょっと頼りないわヨ」
「大丈夫!」
「ヨシヨシ」
未来人は俺の決心を確認すると「じゃ、時間を戻すわヨ」と言う。
俺は、イヨの電話に出ないこと、と頭の中で何度も繰り返した。
そうしているうちに、フッと意識が遠のいた。
未来人の失敗
電車に乗って十三反田公園前駅に着いた。
実に懐かしい。
北口を出て時計を見ると、17時10分前である。
待ち合わせには少し早い。
時間もあるのでお土産を買うことにした。
歩道まで出てチラッと待ち合わせ場所の方を見ると、妹らしい女の子が立っている。
さらに、その位置から見て右斜め前の反対車線に、最近見かけない黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。
車が気にはなったが無視して、妹に見つからないように反対方向に歩く。
すると、10メートルほど向こうのシャッターが閉まった店先で、紺の風呂敷を広げてアクセサリーを売っている女が胡座を搔いている。
近づいていくと、手頃な値段のアクセサリーがあったので、妹とミキ用に1つずつ買った。
支払いに軍票を出したが、手数料がいるという。
値切ってもらって支払った。
「じゃ、これ」
「毎度あり」
アクセサリーを1つずつ入れた袋を2つもらうと、突然ポケットの中の携帯電話が鳴った。
(妹か?)
俺は携帯電話の画面を見た。
発信者はイヨと表示されている。妹が設定したのだ。
俺は電話に出ようとボタンに指をかけた。
と突然、遠い記憶が蘇った。
(この状況、一度経験している気がする……そうだ、イヨの電話に出てはいけない……絶対に出てはいけない)
確かに今ここで電話に出れば、遅くなるだけだ。
俺は悪いと思いながら電話を無視して、妹が待っている場所へ向かった。
その途中で電話が切れた。
(ゴメン。今は出たくないんだ)
妹は俺の濃い緑色の服を見て不思議そうだったが、元気な兄貴の顔を久しぶりに見て、「お兄ちゃん!!」と泣きそうなくらい喜んでくれた。
「さっきレストランを見たら満席だって」
「そうか、残念だな」
妹は左斜め前の方向を指さす。
「あっちの洋食屋さんに行かない? 私あそこのケチャップたっぷりのオムライスが好きなの」
「じゃ、そこにしよう」
横断歩道を渡った。
右側に見える黒塗りの高級車が気になるが、妹が手を引くので、黙ってついて行った。
妹に手を引かれる兄貴も情けない話である。
すると突然、妹が「アッ!」と短く叫んで手を離した。
何かにつまずいたのか、前方にドサッと倒れた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないかも」
妹を起こすと、両膝に血がにじんでいる。服も所々すり切れている。両方の手の平も擦り傷があった。
俺は手に持っていたバッグの中に救急用具が残っていないか調べたが、見当たらない。
「こういうときに限って救急用具がないんだよな」
すると、「あら大変。大丈夫?」とアニメに出てくるような可愛い女の子の声が聞こえた。
声の方を見ると、すぐ近くに小学生くらいの背丈の女生徒が大きな人形を抱えて立っていた。うちの学校の制服を着ている。
(おや? 壮行会で生徒代表の挨拶をした<小学生>だ)
今日はちょっと雰囲気が違う。
彼女の両側に、黒いスーツを来てサングラスをかけた長身の女が一人ずつ立っているのだ。
二人とも面長で髪はオールバックだ。白い肌に濃い赤の口紅が印象的だった。
(ついに生身の人間まで従えたようだ)
「どれ、よく見せて?」
彼女は妹の傷口を見ると「可愛そう」と慰めて言葉を続ける。
「私の車の所に擦り傷に効く特効薬があるの。一緒に来てくれる? 歩ける?」
妹は少々自信がなさそうだったが「歩けます」と言った。
しかし、オールバックの女の一人が、妹をお姫様だっこで抱きかかえる。
その素早さに妹がさらわれるかと思った。
「いや、俺がおぶります」
女は丁寧に、しかし無表情で言う。
「お任せください」
「お兄ちゃん。私歩けるから、大丈夫。後で洋食屋さんへ行くね。席取っておいて」
うちの学校の女生徒なので大丈夫と思い、洋食屋に足を向けるが、妹を抱えた女がどうしても気になる。
洋食屋に向かって歩きつつ、振り向いては妹達の様子をうかがった。
女は妹を黒塗りの高級車の横に降ろした。
妹は女に一礼している。
(あの車が女生徒の車? いやいや、それはないだろう)
女生徒は人形を抱えながらもう一人の女と一緒に高級車に近づき、女は運転席に、彼女は後部座席に乗り込んだ。
(え? やっぱりあいつの車だったのか。まさか、妹を誘拐しないよな)
俺は立ち止まって車の様子を伺っていた。
すると、俺の後ろからぶつかって来た奴がいる。
振り向くと、髪の毛が爆発したようにボサボサで、薄汚れた服を着た老女だった。
長いこと手を洗っていないと思えるくらい汚い手で俺の右肩を横方向に押して、『どけ』というような仕草をする。
(なんだ? こいつ)
老女は俺の肩越しに何かを見ているようだ。
とその時、車の方角から大音響の爆発音が轟いた。
音の方を振り向くと、車は黒煙に包まれて火を噴いた。
車の横に立っていた女と妹は、煙の中に飲み込まれて姿が見えない。
続いて、右斜め前の方向でドカンと重く響く音がして、バリバリとガラスの割れる音が聞こえる。
「キャーー!!!」
複数の女性の叫び声がした。
「マユリ!!」
俺は黒煙の立ちこめる場所に走った。
何処に消えたのか、吹き飛ばされたのか、人影が見えない。
「危ない! 近寄るな!」
近くにいた女兵士に二人がかりで制止された。
暴れると羽交い締めにされ、動けなくなった。
俺はマユリの名前を叫び続けた。
女兵士達に連れられて病院へ行った。
妹は緊急治療室に運ばれたが、程なく医師が出てきた。
「お気の毒です……」
俺は泣き崩れた。
女兵士が現場の状況を教えてくれた。
高級車が爆発し、中にいた二人と外に立っていた二人、つまり彼女と女達と妹が爆発に巻き込まれた。
妹含め4人とも全員死亡したという。
おそらく、最近増えてきたテロらしい。
(なぜこんなことに……なぜ……どうして)
俺は運命を呪った。
一度家に戻った。
ところが妹は家に鍵をしていて、妹に鍵を預けていたため家の中には入れない。
仕方なく、玄関の前に膝を抱えて座り込んだ。
すっかり暗くなっている。
何もする気がなくなった。ここで一夜を明かすつもりでいた。
しばらくすると、突然、左手中指の指輪がブルブルと震えだした。
未来人と交信する電話が鳴ったのである。
指輪に口を近づけた。
「もしもし」
泣き疲れたので、小声しか出なかった。
「あら、また元気ないわネ~? 今度はどうしたノ?」
未来人は優しく声をかけてきた。
俺は指輪の電話を通して妹の顛末をかいつまんで説明した。
未来人はしばらく黙っていた。
「もしもし。聞いてる?」
少し間を置いて彼が話し始めた。
「おかしいわネ……。あんたがアクセの店で携帯電話に出なければ、妹さんが救われるはずだったのに」
「え? 救われるはずって、何の話?」
「妹さんは前に一度、事故で死んでいるの。パン屋の店先で」
「え!?」
「覚えていないノ? ……あ、そっか。時間を戻したからネ」
「時間を戻した?」
「あら、それも記憶から消えたのネ。なんて不便な話」
意味が分からなくなって、不快になった。
「よく分からない」
「あのネ。妹さんが死んだからってあんたに相談されて、じゃあ携帯電話に出なくてサッサと店に行けば事故に遭わない、と思って時間を戻したノ。でも、今の感じじゃ、それでも駄目だったようネ」
「時間を戻してやり直したってこと?」
「そうヨ。違う行動でやり直してもらったノ」
「と言うことは、時間を戻しても何をやっても妹は今日必ず死ぬ、ってこと?」
「その並行世界ではそういう運命の人もいるかも知れないけど-」
俺はまた泣きそうになった。
「じゃ、諦めろと?」
「う~ん、……そうじゃないケースもあるから調べてみるワ。……あ、そうそう、黒塗りの高級車に乗った女の子の名前は?」
「知らない」
「特徴は?」
「背が小学生くらいで、いつも体の半分の大きさの人形を手放さない。アニメ声」
「アニメ声って何ヨ?」
「いや、思ったこと言っただけ」
「気になるじゃない」
「別にいいじゃん」
「冷たいわネ。……じゃ、しばらくこのまま待ってて」
本当に、長い沈黙が続いた。することがないので、ずっと星を眺めていた。
「もしも~し」
未来人の声がする。電話がつながっていたことをすっかり忘れていた。
「分かったわヨ、その子」
「誰?」
「梨獲華リクって言う子ヨ」
「ナシエカ リク? 聞いたことない」
本当は、壮行会の時に名前を聞き損ねたことを思い出していた。
「この子、政府が情報管理していたから記録が乏しいノ。つまりトップシークレットなのヨ」
「なんか嬉しそうだけど」
「当時のトップシークレットって軍関係者ヨ。凄いじゃない、そんな子とお知り合いなんて」
「喜んでるところ悪いんだけど、それ間違ってない? そんな女の子がうちの学校にいるわけない。しかも知り合いじゃないし。たまたま通りかかって妹の怪我を見てくれただけ」
「間違ってないわヨ」
「何故分かる?」
「その子の記録を見ると、何度も命狙われているノ。最初に狙われたのは花道丘高校にいた時-」
「今、なんて言った?」
「命狙われた」
「その後」
「花道丘高校」
「え? そこで命狙われたって?」
「そう、その子を校舎ごと吹き飛ばすため、敵の空軍から猛烈に爆撃されているノ」
(黒焦げの校舎は、彼女が原因だったのか)
「でも助かったので、それから今の十三反田高校に編入されて。その後も何度か命狙われたみたい」
敵国のやり方を思うと不安になってきた。
「まさか、俺が赴任している間に校舎が爆撃されてないよな?」
「それは記録にないわヨ」
「記録って?」
「今あんたがいる並行世界の記録。そこに駅前の事件のことがあって、その事件で死んだ子ということで調べたら、リクちゃんを割り出せたノ」
「じゃ、今の運命だと、必ず巻き込まれる?」
「いいえ、変えられるわヨ。あのネ、詳しく調べたら、ここには別の運命があるノ。別の分岐というか。そこを辿るとリクちゃんが救えるノ」
どうしても腑に落ちない。
「でも、記録によれば駅前の事件は必ず起こるんじゃないのか?」
「そのまま辿らず、あんたが別のことをして別の運命に分岐すると、そっちの運命を辿る世界では記録が違うノ。つまり、リクちゃんが今後も生きている記録があるノ。妹さんはゴメンネ。有名人じゃないから記録がないけど、別の運命を辿ると今日リクちゃんが死なないから妹さんも大丈夫なはずヨ」
「また時間を戻して違う行動をすれば、運命が変わって違う道を辿るってこと?」
「そうヨ」
「じゃ、時間を戻してもらったとして、どうやって運命を変えればいい?」
「それはネ……」
彼は急に黙った。
よく聞こうと、指輪をさらに耳元へ近づけた。耳も大きくなった気がする。
それから彼は勿体ぶって言う。
「ちょっとあんたには悪いけど、ずーっとずーっと前まで時間を遡ってもらうワ。そこでリクちゃんと知り合いになってもらうノ。そうすると、今日の運命が変わるワ」
「マジで!?」
「そう。リクちゃんと知り合いになってからは、ミイちゃん達4人を救うこともやって、妹さんを待ちあわせた時にリクちゃんと出会うところまで繰り返すことになるけど、我慢してネ」
俺は天を仰いだ。
「何、今までやって来たこと全部やり直せって?」
「そうヨ」
「冗談だろ?……RPGをセーブし忘れて頭からやり直す気分だぜ」
「リクちゃんがあそこで死なないルートは今のところ一つしかないの」
「マジで勘弁」
「じゃ、このままにしておくノ?」
「……」
「もう一度聞くけど、このままにしておくのネ?」
「それもイヤだ」
「我が儘ネ」
「じゃ、……時間を戻してリクと知り合いになれば、もう妹は死なないんだな」
「お婆さんになる時までは保証しないわヨ」
「……分かった。やってみる」
未来人は俺の決心を確認すると「じゃ、時間を戻すわヨ」と言う。
俺は、リクと知り合いになること、と頭の中で繰り返した。
そうしているうちに、フッと意識が遠のいた。
分岐する運命
腕時計を見ると22日だ。学校に復帰してから3週間ほど立っている。
その日、俺は下駄箱の中からラブレターをもらった。
相手の名前は読めないが会ってみることにした。
17時に体育館の裏で待ち合わせだったのだが、17時にまだ昇降口で靴の履き替えに手こずっていた。
焦るとうまく靴が履けない。
ようやく昇降口を出ると、3階の方から僅かにピアノの音と女声合唱の声が聞こえてきたので立ち止まり、上を見上げた。
(何か……懐かしい音楽だな)
なぜそう思うのか不思議だと思いつつ、体育館の方向に足を向けた。
指定の場所へ向かってスピードを上げて走っていると、目の前に130~140センチくらいの背の低い女生徒が、体の半分の大きさの人形を持って俺と同じ方角へ歩いているのが見えた。
ミディアムのヘアスタイル。少し赤毛。
(ああ、廊下でよく見る小学生か)
あの髪で人形を持っているのは一人しかいない。
彼女はうちの学校の女生徒だが、背が低いので俺は<小学生>と名付けている。
すると、その彼女のポケットから何かが落ちた。
その時、遠い記憶が蘇ってきた。
(この光景……どこかで見たことがある……いつだろう)
彼女は落とし物に気づかない。
さらに、記憶が蘇った。
(そうだ……話しかけないといけない気がする……何故だろう……分からないが、この子に話しかけないといけない気がする)
俺は彼女の落とした物を拾って、「落ちたぞ」と声をかけた。
彼女が振り向く。
「ほら」っと落とした物を手渡した。
彼女はちょっと驚いた様子だったが、ニコッと笑って「ありがとう」と言う。
アニメに出てくる小さな女の子によくある可愛い声だ。
「どういたしまして」
「お礼をしたいけど」
(そんなに大事な物か?)「いいって、いいって」
俺が走ろうとすると、彼女は手を振った。俺も手を振った。
そのまま体育館の裏へ急いだ。
体育館の裏へ行く途中、渡り廊下で男子生徒に絡まれている女生徒を助けようとして男共と喧嘩になり、派手にやり合って保健室へ運ばれた。
女生徒は、身賀西イヨと名乗った。
成り行きで俺の彼女になったが、彼女は照れている様子だった。
喧嘩のせいで待ち合わせ時間が過ぎたため、ラブレターの相手と会うのを諦め、教室へ鞄を取りに行くと、遠くでピアノの音と合唱が聞こえてきた。
まだ練習しているらしい。
さっきも気になったので、音の聞こえる3階へ行ってみた。
合唱は音楽室の方からだ。
音楽室の近くに行くと、廊下でしゃがみ込んでいる女生徒が見えた。
大きな人形を抱えている。さっき落とし物をした彼女だ。
音楽室の扉の前に陣取り、壁を背にして指をしゃぶっている。いや、爪を噛んでいるのだろう。
彼女が俺に気づいて立ち上がり、手を振りながら近づいてきた。
「さっきはありがとう……あ? 怪我している。どうしたの?」
喧嘩とは言えないので誤魔化した。
「いや、転んで」
「ああ、さっき走っていたからね」
「そうそう」
明らかに嘘だ。
「保健室の薬より、私が持っている薬の方が効くのに。まあ、いいか。」
ちょうど音楽室の中では練習が終わったらしく、ガヤガヤと声がする。
彼女はポケットの中に手を入れて何かお守りみたいな物を取り出した。
赤いお札のようだが学業成就みたいな言葉は書かれておらず、首にかけられるように細い金の鎖が付いている。
「今度会ったときに渡そうと思ったけど、ちょうど良かった。お礼にどうぞ」
「そこまでしてもらわなくても」
「あれは凄く大事な物だったから。受け取って」
「そう。じゃ、遠慮なくもらっておく。ありがとう。何のお守り?」
「幸運が来るわ。ところで、お名前聞いていい?」
「俺? 鬼棘マモル」
「……やっぱり」
「やっぱり、って?」
「いいえ、こっちの話。……私、梨獲華リク。よろしくね」
「ナシエカ リクさん? こちらこそよろしく」
「私2年1組。マモルさんは?」
「俺6組」
「わかったわ」
その時、音楽室の扉が開かれて、色とりどりの髪の女生徒が出てきた。
その中に黄色い髪でマネキンのように美しい女生徒が混じっていた。
彼女は笑顔で「キャー!」と言ってリクの人形に近づいて言う。
「カワイイ~」
彼女は人形をなでなでする。リクが微笑む。
「今日はクマさんよ。カワイイでしょー」
「ウンウン」
他の女生徒も二人を取り囲むように集まる。そんな和やかな雰囲気に、満身創痍の俺は場違いなのでその場を去った。
リクの秘密の部屋と未来人
次の日の朝、いつものように学校に登校してダラダラと教室へ向って歩いていると、廊下でリクに会った。今日は大きなサメの人形を持っている。
「やあ」
「あ、お早う、マモルさん」
「今日はサメなんだ」
「うん。人形好き?」
「自分では買わないけど、見るのは嫌いじゃない」
「じゃ、好きなんだ。放課後、来る?」
「どこへ?」
「私の部屋」
いきなりの誘いに面食らった。
「部屋? まさか、家に?」
「いや、学校の中」
(人形のコレクションが学校にあるのだろうか?)
不思議な女の子だなと思ったので、少し興味が湧いた。
「いいの?」
「うん、いいよ。17時に屋上に来て」
「わかった」
なぜ屋上に部屋があるのか理解できなかったが、一応返事をした。
リクと別れて教室へ行くと、同級生達がジロジロとこちらを見ている。
席につくと、彼女らが周りに集まりだした。
そして、席の後ろの女生徒が俺の背中を鉛筆で突くので振り返った。
彼女はニヤニヤして言う。
「ヒューヒュー」
「俺の顔に何か付いているか?」
「惚けなくていいよ。あんた、イヨの彼氏だって?」
それから俺はしばらく、みんなにサカナにされた。
昼はイヨがお礼にと手渡してくれたサンドイッチを食べた。
17時に屋上へ行った。
陽は落ちかけていた。
屋上から見る夕暮れは、どこか感傷的であり心が揺さぶられる。
その光景に見とれていると、「私はこっちよ」と声がする。
すでにリクが待っていた。
朝持っていたサメの人形を今も抱えていて、「こっちこっち」と言いながらスタスタと歩き出した。
言われるままについて行った。
案内されたのは、屋上の隅だった。
(どこに部屋が?)
そこはコンクリートの屋根の一部だ。部屋の扉などない。
(アニメで見た<何とかドア>の類いか?)
本当に目の前の空間に扉でも現れるとしたら空想の世界だ。
訝しがる俺を無視して、彼女はポケットから何かの小さい箱のような装置を取り出した。
彼女はそれを指でカチャカチャさせると、コンクリートの屋根の一部がゴゴゴと音を立てて自動ドアのように開き、下に降りる階段が見えてきた。
<何とかドア>に匹敵するほど衝撃的だった。
固まっている俺を置いてきぼりにして、彼女はスタスタと降りていく。
「早く早く」
彼女の手招きに誘われてようやく体の呪縛が解けた。
薄暗い空間に飲み込まれる階段を、両側の壁に交互に手をつきながら用心深く降りる。
結構長い階段らしい。
(学校にこんな階段があるなんて……七不思議だな)
20段ほど降りた時、頭の上でゴゴゴと音がした。
見上げると、コンクリートの自動ドアが閉まって行く。
その不思議な光景に見とれていると、やがて一筋の光も見えずにピシャリと閉まった。
すると、階段の足下辺りにうっすらと電球が点った。これなら暗くなっても歩くのには支障がない。
「あれが秘密の部屋?」
「そう」
階段を降りきる位置に、人一人が立てるような狭い踊り場と細長いドアが見える。
彼女はドアの前に立つとポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴らしいところに差し込んでカチャカチャさせてからグッと押した。
ギィーと重い音を立ててドアが開いた。何年も油を差していないのだろうか。
中に入ると、学校の教室の4分の1くらいの広さだ。
人形のコレクションで溢れているかと期待していたが、何も置かれていない机と、壁に立てかけて床に並べられた6体の人形だけだった。
クマ、ウサギ、馬、イルカ、鯨、よく分からない人物のキャラクター。
どの人形も彼女の背丈の半分くらいある。
「ここがリクさんの部屋?」
「そう。研究室よ」
「研究室? 何の研究?」
彼女はサメの人形を床に置いて、少し考えてからこちらを向いて悪戯っぽく笑う。
「その前に、……マモルさんの秘密、暴いていい?」
突然の暴露宣言にギョッとした。
他人から自分の秘密を暴露されるとは、名探偵の前で化けの皮が剥がされる怪人の気分だ。
「ひ、秘密って?」
「私、リゼから聞いているの。マモルさんの秘密」
「リゼって誰?」
彼女は一呼吸置いて徐に言う。
「200年後から来た未来人」
彼女の言葉に心臓が飛び出るほど驚いた。
(この並行世界に未来人を知っている人物がもう一人いた!)
そう思うと悪寒まで走った。
彼女は畳みかける。
「マモルさん、鬼棘って名前じゃないでしょう?」
刑事に目にライトを当てられて尋問されているかのようだ。喉まで渇いてきた。
「じゃないでしょう?」
震えが止まらなくなり、声が出なくなった。
彼女はニヤッと笑う。
「確か-」
(これはもう、白状するしかない)「き、君農茂」
やっとの思いで声が出た。
「そうそう、キミノモさん」
「……そうか。知ってたのか。俺のこと。……でも、なぜここに案内してくれたんだ? 初対面なのに秘密の部屋に案内してくれるって、何かおかしい」
「廊下でこんなこと話せないでしょう?」
「そりゃまあ-」
彼女は両手を後ろに組んで、腰を左右に揺らす。
「私、マモルさんに興味があるの」
「興味?」
「リゼが言うには、同じ研究室の仲間が、並行世界の人物を交換する装置を作って、過去でも使えるか実験したとか」
彼女は左手を肩の高さまで上げて、人差し指を立てる。
「それをマモルさんに使った。それでこちらの人物、つまり鬼棘マモルさんに成り切っているのね?」
ここまでバレているなら、開き直るしかない。
「そう。俺から頼んだんじゃないけど、勝手にこっちの並行世界に飛ばされた」
彼女はまた両手を後ろに組んで、腰を左右に揺らす。
「お気の毒に。同情するわ。もちろん、妹さんには内緒にしてあげるから」
「よろしく、……って、どうして妹がいることを知っている?」
「リゼが教えてくれたの」
「へええ……何でもお見通しか」
「でも、凄いことよね」
彼女がこちらに顔を近づけて、穴が開くように見つめる。
「今ここにいる人が、並行世界の人なのだから。同じ人間なのに、なんか宇宙人に遭遇した気分」
「こっちはいい迷惑さ。……ところで、ここで何を研究しているの?」
「じゃ、見せてあげる」
戦う人工知能
彼女は机に向かって椅子に腰掛けた。
そして、右手を机の上に翳してクルリと円を描くと、机からニューッとモニター画面がせり上がってきた。
初め魔法かと思ったが、目の前は現実である。近未来が目の前にあるのかも知れない。
「研究は、AIを使った兵器の研究よ」
聞き慣れない言葉に戸惑った。
「えーあい?」
彼女はこちらに向き直る。
「人工知能のこと。人工知能を使って、兵器が自分で状況を把握したり先読みしたりして、最適な方法を判断してから敵を攻撃するの」
何のことかサッパリ分からなかったので頭を搔いた。
未来人と話をするくらいだから、言っていることが分からなくて当然かも知れない。
「難しくてよく分からないけど」
「人工知能が戦争するの」
「知能が? 戦争?」
「そうね。ゴメンなさい。マモルさん、理数系?」
「いや、ゲーム系」
彼女は笑う。
「ゲームは授業にないわよ」
「いや、コンピュータの学科はあった」
「それでも、授業ではやらないわ」
俺も笑った。
「放課後の課外授業だけど」
「やっぱり」
「で、その机の上でどういう研究をするの? 実験道具もないみたいだけれど」
「私、AIのプログラムを作っているの。兵器の頭脳みたいな部分」
「プログラムを作っている? ああ、ハッカーみたいな?」
「違う。軍の関係者も敬意を込めて私のことハッカーって呼ぶけど、そんなんじゃない。あの人達は意味も分からずそう言っているだけ」
「違いが分からないけど。同じじゃないの?」
「プログラマとハッカーはイコールじゃないわ」
説明されても分からないので、話題を変えることにした。
「えーあいがあると何かいいことがあるの?」
「人間が兵器を操作すると、戦闘中は冷静じゃないから当てずっぽうになり、攻撃が当たらないことが多いの。当たったとしても、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる状態ね。AIを使うことで兵器自身が状況を判断したり予測したりして、的確に相手を攻撃できるのよ」
「夢みたいな話だ」
「それよりもっと凄いのは、AIが作戦まで立案してくれるの。人間の作戦って、結構感情やらメンツやらが入るから間違いが入り込むけど、AIなら冷静な人間と同じく判断できるわ」
「作戦を立てて、実行するまで全部自分でやるの?」
「そう。今の軍部は、派閥の啀み合いや潰し合いで作戦の軌道修正が多く、それが必ずしも良い方向に行っていない。早くしないと前線の兵士の命がドンドン失われていく。軍部の判断はこれに取って代わらなくちゃ」
「いつ出来るの?」
「もうすぐ。リゼが原理を教えてくれたおかげで、プログラムは早く完成することが出来たわ」
彼女は机に向き直り、両手の指を目にも止まらぬ早さで動かして机を叩く。
キーボードがないのに、まるでそこにキーボードがあるかのようだ。
すると、真っ黒なモニター画面に何やら白い文字が一杯出てきて、下から上に動いて消えていく。
しばらくすると、中央にミサイルの画像が出てきた。
「たとえば、このミサイルが敵の陣地に飛んでいく時、事前に相手の攻撃を予測して、その裏を搔いて飛んでいくの。だから、敵はミサイルを迎撃しようとしてもまず当たらない。また、どんなに風が吹いても攻撃目標の誤差は3メートル以内になるように自分で調整して飛んでいくし、途中から攻撃目標が逃げてもその逃走経路を予測して最短ルートで近づくの」
解説が終わるとミサイルの画像が動画のように動き出し、周りから近づいてくる敵のミサイルのような物を避けて相手の陣地に落ちて爆発した。
「たとえば、この魚雷は、敵の船のどの部分を攻撃すると一番沈みやすいかを判断して、船が逃げても目標の場所にぶつかるの。万一、進行方向の近くに味方の船があると、それを避けるのよ」
今度は魚雷の画像が出てきて、動画のように動き出し、味方と思われる船を迂回して逃げる船を追いかけ衝突。爆発により船は沈んでいった。
「これは、ロボットの小隊。お互いが連携し合って、敵の位置から自分たちの配置を決めて攻撃するの。もし敵が物陰から銃を撃っているとすると、敵がどういうタイミングで撃ったり隠れたりするかを判断し、頭を出した瞬間に無駄なく攻撃する」
「そのロボットが捕まったら利用されるんじゃない?」
「捕まったら自爆するわ。ただし、すぐに自爆しないで、敵陣の中に連れて行かれたと自分で周囲を判断してからね。半径20メートル以内は粉々になるはず。人が多ければ多いほど戦果は挙がるわ」
「恐ろしい。……これが新時代の戦争なのか」
「この国の軍部が旧式の考えにとらわれていて、未だに肉弾戦を、前時代的な突撃を続けているの。それで人がドンドン死んでいく。男性が減って今は女性ばかり戦争に行っている状態。それは何としてでも止めないと。お互いの軍部が戦争を止めないし、兵士も感情がコントロールされているから、憎悪が広がって、いつまでも消耗戦を続ける。こんな馬鹿なことはないわ」
「感情がコントロールされているだって?」
「前線の兵士は特にね」
イヨの家族は全員戦死している。そういうことだったのかも知れない。
それから、彼女はいろいろと軍事関連の話を続けたが、俺には難しくてサッパリ分からなかった。
しかし、結局のところ、えーあいを使っても人殺しには変わらない。
俺は結論づけた。
「思うんだけど、最初は人を救う話にも聞こえたけど、結局は効率よく人を殺す研究なんだね」
彼女の顔は一瞬曇った。しかし、すぐに苦笑する。
「う~ん、そうズバリ言われると返す言葉がないけど。敵が降参してくれないと戦争が終わらないから」
「人間の数を効率よく減らすことで戦争が終わるみたいな言い方だね」
彼女は黙った。
「素人の考えでゴメン。結局のところ、大量破壊兵器と何も変わらない気がする。話し合いで解決しろとは言わないけど、もっと他の方法がないのだろうか?」
まだ黙っている。
「敵が降参してくれないと戦争が終わらない、イコール、敵が降参するまで戦争をするんだよね? だったら消耗戦に変わりないな」
彼女は少し泣きそうになった。
「私もそう思ってリゼに聞いたけど、リゼはこれが一番いいって薦めたの」
「薦めた? 際限ない人殺しを?」
「後1ヶ月したら、プログラムは完成するわ。きっと、これで形勢が逆転する。これで軍事バランスが変わる。これで戦争が終わる」
彼女は自分に言い聞かせるように言う。
「それまでの犠牲は必ず未来の平和に必要……それまでの悲しみは未来の喜びで打ち消される……それまでの辛抱……それまでの辛抱」
自分のやっていることに気づかない彼女がだんだん可愛そうに思えてきた。
同時に未来人が胡散臭く思えてきた。
「そのリゼって、リクさんを使ってこの世界で実験しているんじゃないかな?」
「何を?」
「えーあい使った兵器を作ると、この世界に何が起こるのだろう、と。どういう結末を迎えるのだろう、と」
「え?」
「リゼはこことは違う世界、自分の世界に生きているよね? それなら、違う世界で何が起こってどうなろうと関係ないじゃない?」
彼女は黙って俯いた。考え込んでしまったようだ。
すると、俺の後ろで何かが動いているような気配がする。
この部屋には二人しかいないはずだ。
ギョッとして振り返ると、同じ背丈の全身黒タイツの女が目の前に立っている。
「うわぁ!」
思わず仰け反ってしまったが、その体制で体が動かなくなった。
女は丸顔で肌が白っぽく、目は灰色、唇はピンク、髪の毛はいろいろな色で塗られていて虹のように見えた。本当に七色あるのかも知れない。
「リゼ! どうしてここへ!?」
リクも驚いたようだが、逃げだそうとしない。
同じく体が固まったのだろう。
リゼと呼ばれた女が機械人形のような言葉を発する。
「お前達はこれ以上の議論をしてはいけない。直ちに記憶を消去する」
急に目の前が暗くなり、そのまま気を失った。
一寸先は闇ならぬ悲劇
気がついたときは屋上に転がっていた。
リクも隣で倒れていたので起こしてやった。
彼女は近くに転がっていたサメの人形を手にとって不思議そうに言う。
「あら? 17時に待ち合わせて、秘密の部屋に入ろうとしたはずなのに、何でここにいるのかしら?」
「確かに。部屋はまだ見せてもらっていないな」
おかしなことに、二人とも17時からの記憶が欠落しているのだ。
暗くなり始めたので、秘密の部屋への訪問は諦めて、家へ帰ることにした。
次の日からはリクに会えず、結局、秘密の部屋を見ることは出来なかった。
その後は語り尽くせないほどいろいろなことがあった。
イヨの身代わりになって後方支援部隊に赴任することになった。
壮行会の当日は、講堂で舞台に立っていた。
校長の長い話が終わって、次は生徒代表の挨拶だった。
最初名前が紹介された時は眠かったので何という名前かは聞き損ねたが、舞台の袖から大きな人形を手にしたリクが出てきたのには心底驚いた。
彼女はこちらを見てニコッと笑った。俺も軽く会釈した。
彼女は壇上ではさすがに人形を持ちながら話は出来ないだろうと思ったら、持ったまま話を始めた。
「全校生徒より贈る言葉!」
全文暗記しているらしい。
例のアニメの少女の声で淀みなく贈る言葉を読み上げる。
ただただ呆気にとられるしかなかった。
後方支援部隊の赴任先は、味方も信用できない場所だった。
一緒に赴任した彼女達三人、ミイとミキとミルを魔の手から救った。
銃撃戦に巻き込まれたこともある。
敵との肉弾戦、タイマン勝負もあった。
ミキとの付き合いも始めた。
本当にいろいろ貴重な体験をした。
妹に話をしたら一日では終わらないだろう。
赴任して1ヶ月経つと3日の休暇が出た。
妹とパン屋の前で待ち合わせした。
お土産にアクセサリーを買うとイヨが携帯に電話をしてきた。
遠い記憶が蘇り、出てはいけないような気がしたので、悪いと思ったが無視した。
待ち合わせ場所で久しぶりに妹に会った。
妹は俺の濃い緑色の服を見て不思議そうだったが、元気な兄貴の顔を久しぶりに見て、「お兄ちゃん!!」と泣きそうなくらい喜んでくれた。
「さっきレストラン見たら満席だって」
「そうか、残念だな」
妹は左斜め前の方向を指さす。
「あっちの洋食屋さんに行かない? 私あそこのケチャップたっぷりのオムライスが好きなの」
「じゃ、そこにしよう」
横断歩道を渡る時、右側に見える黒塗りの高級車が気になったが、妹が手を引くので、黙ってついて行った。
すると、途中で妹が「アッ!」と短く叫んで手を離した。
何かにつまずいたのか、前方にドサッと倒れた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないかも」
妹を起こすと、両膝に血がにじんでいる。服も所々すり切れている。両方の手の平も擦り傷があった。
俺は手に持っていたバッグの中に救急用具が残っていないか調べたが、見当たらない。
「こういうときに限って救急用具がないんだよな」
すると、「あら大変。大丈夫?」とアニメに出てくるような可愛い女の子の声が聞こえた。
声の方を見ると、制服姿のリクが大きな人形を抱えて立っていた。
彼女も俺もこんなところで出会うとは思いも寄らず、大いに驚いた。
「あ、マモルさん、久しぶり!」
「こんなところで会うとは珍しいな」
「もう終わったの!?」
「いや、休暇で。……そうだ、お守りありがとう。ずっと身につけていたよ」
鎖で首から下げていたお守りを服の中から引き出し、彼女に見せる。
「アラッ! 本当に肌身離さずだったのね!? ありがとう! 凄く嬉しい!!」
喜ぶ彼女の両側をよく見ると、黒いスーツを来てサングラスをかけた長身の女が一人ずつ立っている。
二人とも髪はオールバックだ。濃い赤の口紅が印象的だった。
その時、遠い記憶が蘇った。
(あれ?……この女……見覚えがある……いつ……どこでだろう)
「そこの洋食屋に入ろうとしたら、妹が転んで」
「どれ、よく見せて?」
彼女は妹の傷口を見ると「可愛そう」と慰めて言葉を続ける。
「私の車の所に擦り傷に効く特効薬があるの。一緒に来てくれる? 歩ける?」
妹は少々自信がなさそうだったが「歩けます」と言った。
とその時、また遠い記憶が蘇った。
(妹が女に連れて行かれる……車の方へ行ってはいけない……絶対に行ってはいけない)
急に不安になったので妹を女から引き離し、車の方へ行かせないようにするため、「大丈夫ですから。その辺の薬局で薬買いますから」と断った。
そして、妹に「おんぶする?」と言うと、妹はすぐに俺の背中に抱きついた。
「じゃ、薬持って来るから、そこの洋食屋の中で治療しましょう。座っている方が楽でしょう。私も久しぶりにマモルさんと会えたので、お話が聞きたいし。お腹もちょっと減ってきたし。……お願い、薬箱取ってきて?」
彼女の右側にいた女がそれを聞いて駆け出す。走って行く先を見ると高級車だった。そして、高級車のドアを開けて、中から箱を取り出して小走りに戻ってくる。
(あの高級車が彼女の車なんだ……)
組み合わせが意外だった。
俺は妹をおんぶして洋食屋へ向かった。リクも女達も従った。
洋食屋の中に入った。
繁盛しているのか割と混雑していて、席は4つしか空いていなかった。
俺と妹とリクが席に座って、残りの席は彼女の人形の席になった。
彼女の両脇にいた女は席のそばに監視役として立っていた。
それを見ていた店員がこちらに来て、眉を顰めて口は笑顔で言う。
「お客様。こうしてここに立たれますと、店の通路が狭くなりますので」
リクは一人の女に耳打ちする。女は答える。
「では、私が残りましょう。君は人形を車の所へ置いてきて。それから店の前で待っていて」
指示されたもう一人の女は、人形を持って店の外に出た。
残った女は人形の席に座った。
リクが薬箱を開けて消毒薬と軟膏を取り出し、妹の膝の治療を始めた。
「大丈夫、俺がやりますよ」
「いいのいいの。私こういうの大好きなの」
彼女が妹の右膝に消毒薬をかける。妹が小声で叫ぶ。
「痛っ!」
「ほらやっぱり。これじゃ、しばらく歩けないわ」
彼女が治療を続けていると、突然、外で大音響の爆発音が轟いた。
店の中は騒然となった。席を立つ者、机の下に潜る者。
リクの隣に座っていた女が、反射的に店の入り口へダッシュする。俺も女に続いた。
店の外に出て爆発音がした方を見ると、高級車が黒煙に包まれ火を噴いていた。
俺より先に店の外に飛び出した女が「チッ」と舌打ちをし、当たりをキョロキョロすると、急に車の反対方向にダッシュした。
俺はダッシュした方向を見た。
すると、女は誰かに飛びかかった。
飛びかかられた弾みでそいつが倒れたようだ。
女はそいつに跨がり、上から押さえ込んでいる。ボディーガードの本領発揮である。
駆けつけて見ると、女が取り押さえたのは髪の毛が爆発したようにボサボサで、薄汚れた服を着た老女だった。
この騒ぎで、近くにいた2人の女兵士も駆けつけた。
取り押さえた女が言う。
「その装置は何だ!?」
老女の右手にはアンテナが立ったトランシーバーのような装置がある。
装置の大きさは拳の3個分くらいで割と大きい。
黒いボディの真ん中に丸くて赤いボタンが1つ。実にシンプルだ。
老女は泣きそうな声で言う。
「装置? 何のことか分からないよ」
「右手に持っている物だ!」
「ああ、この箱? 渡されたんだよ」
「誰から!?」
「眼鏡をかけた知らない女から」
「知らない女から渡されてなぜ受け取る!?」
「金をくれたんだよ」
左手を見ると、紙幣らしき物を握っている。
「金を渡して、何をしろと言われた?」
「あっちの黒い車に人形を持った女が乗り込むから、この赤いボタンを押して私に連絡しろと」
「何!?」
「ただそれだけだよ。乗ったら知らせりゃいいんだろ? だから簡単だと思って請け負ったんだよ。言われたとおりにしただけだよ。これ以上は何も知らないよ」
老女は右手の親指で何度も赤いボタンを押す。
「ほら、今何度も押したから、奴さん飛んで来るはずさ。そしたらそいつに聞いとくれよ」取り押さえた女は溜息交じりに言う。
「来やしないよ」
女兵士が「ご苦労。こちらで連行するから、後は任せなさい」と言う。
老女はジタバタした。
「何も悪いことしていないよ! やだよ! 年寄りを虐めないでくれよ!」
2人の女兵士は、老女の両腕を掴んで引きずっていった。
俺はテロの非情を目の当たりに見た。
自分は手を下さず、利用して実行させた者をトカゲの尻尾のように捨てていく。
何から何まで計算ずくめなのだ。
残った女が新しい車を手配している間、リクは誰かと携帯電話で話をしていた。
慰めの言葉が思いつかなかった。
彼女は電話を切ってこちらに近づいてきた。
「今日初めて警護に来てくれたのに、こんなことになって……」
彼女は俺のみぞおち辺りに額を当てて震えた。
ソッと抱いてやった。
彼女は俺にグッと抱きついた。
「彼女達、これが仕事と言って割り切っているけど、私……こんなの耐えられない」
「気の毒にな。でもリクさんが無事で良かった」
「ありがとう」
彼女は俺の服で涙を拭く。
そして、顔を上げて意を決したように言う。
「あと少しで完成よ。そうしたら、こんな悲劇はなくなる。必ず平和になる」
「完成って?」
「いいえ、……こっちの話よ」
リクは、新しい車が来たのでそれに乗って帰って行った。
騒ぎで食事どころではなくなったので、俺と妹は外食を諦め、妹をおんぶして家まで帰ることにした。
途中の弁当屋で弁当を買っていると、ポケットの中で携帯電話が鳴った。
取り出して画面を見るとイヨからだった。
今度は躊躇せず電話に出た。
「もしもし」
「マモルさん!? 少し前に電話したのに!」
イヨは少し興奮していた。
「ああ、ゴメン。出れなくて。ちょっと事件があって」
「事件!? 大丈夫!?」
「ああ、怪我はしていない。妹は転んで怪我しているが、もう大丈夫」
「よかった」
「心配かけてゴメン」
「それはそうと、ちょっと大事な話があるの。今どこ?」
「弁当屋の前」
「弁当屋?」
店の方に振り返る。
時々利用する弁当屋なのだが、ちゃんと店の名前を知らなかったのだ。
「ホカ弁屋クルミって書いてある」
「地図ないから店の名前だけじゃ分からない」
「北口出て左に200メートルくらい行ったところ」
「分かった。ちょっとそこに迎えの車が行くから、待っていて」
「え? 急な話だな。弁当買っちゃったし、妹は怪我しているし」
「ゴメンね。ちょっと代わる」
少し沈黙が挟まれた。
彼女は誰かと話しているようだ。
「マモルさん? お久しぶりですわ」
生徒会長ルイの声だ。
今回イヨとの交代を許可してくれた恩、間接的にイヨの救出に関与してくれた恩もあるが、家に集団で踏み込まれたことを思い出したので少々不機嫌に答えた。
「何か用?」
「大事なお話がありますの。妹さんと一緒にお弁当持って、私の家まで来てくださる? 迎えの車を向かわせますから」
「ケッコー。大事な話なら、今ここで言ってくれ」
「会っていただきたい方が今ここにいらっしゃるの」
「疲れたし、家に帰りたい。逆に、そっちから家につれて来てくれないか?」
彼女が勿体ぶって言う。
「ミキさんでも?」
まさかここで彼女の名前が出るとは思わなかったので、驚きのあまり声が出なくなった。
ルイは、沈黙からこちらの感情を悟ったようだ。彼女の勘は実に鋭い。
「お目にかかりたいでしょう? では、お迎えに上がりますから、そこで待っていてくださる?」
急に彼女が小声になった。
「ところで、……さん」
何と言ったか聞き取れなかった
「ゴメン、声が小さくて聞き取れない。周りもうるさいし」
車の走る音とか道ゆく人の会話とかで少々うるさいので携帯電話を耳に押し当てた。
「コホン」
彼女が咳払いしてから言う。
「ところで、マモルさん?」
彼女の語尾が上がった。それに意味深の空気を感じて警戒した。
「イヨさんはカノジョじゃなかったのかしら?」
またもや語尾が上がった問いかけが余韻を残す中、一方的に電話が切れた。
ツーツーという音だけが聞こえていた。
非常に情けないことに、他人に言われて今頃気づいた。
俺は最近ミキと付き合いを始めた。
イヨにカノジョだと言っておきながら。
それからしばらく、妹をおぶりながら心の中で繰り返していた。
(これって立派な二股じゃないか。何やってんだ、俺)
--(7) 第七章 泥沼編に続く
並行世界で何やってんだ、俺 (6) 妹&リク編